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67◇巨人と瓦礫




 トリスリミガンテは南北の門が残っており、そこが進入に利用されている。

 二手に分かれることも出来るが、進入地点が離れすぎては片側が襲撃を受けた際のフォローに時間が掛かるので、一点から入ることに。


 結界内に入った後で、幾つかに分かれて巨人兵を囲む予定だ。

 ところどころ崩れてはいるが、門も外壁も無事。


 そのことに、俺は違和感を覚えた。


「なぁ、巨人兵が街を護ってるんなら、門を塞ぐ方が早くないか?」


 侵入者を排除するのは理解できるが、ならばそれより先に侵入者を阻む手を考えるのが自然ではないだろうか。

 瓦礫でも積んでおけば、大抵の侵入者は防げそうなものだが。


 別の侵入口を作られる方が面倒、とでも考えたのか。


「おっ、アルくんいいとこ気づくねー」


 門へ近づく中、俺の言葉にカンプシスちゃんが反応する。

 ド派手な格好をしたサイドテールの美女だ。『炎天』の聖女でもある。

 彼女は両手の人差し指を俺に向かってビシッと構えながら、続けた。


「巨人くんはさ、待ってるんだよ」


「待ってる?」


「そそ。三百年前、この都市から無事に脱出できた人もいたんだ。ほら、違う都市だけど、『英雄』ロベール様とか有名じゃん?」


「……あぁ」


 意外なところから義弟の名前が出て、なんとも反応に困った。

 俺の近くで、マイラが気遣うような視線を向けてくる。


「その人達の記録も残っててね。いわく、巨人くんが逃してくれたらしいよ。『街が平和になったらまた逢える』なんて約束した子もいたんだって」


 随分と、希望に満ちた約束をしたやつがいたものだ。

 俺の街とこの街では状況に多少の違いはあったかもしれないが、都市が死者で満ちようという時に再会の約束をするとは。


「なるほどな。じゃあ巨人兵は、無事だった街の奴らとの再会の時の為、門を開いて待ってるわけか」


「多分ねー」


 普通の人間は三百年も生きられない。それとも、形骸種(キュリオン)になって戻って来ることを期待しているのだろうか。

 死者にならぬよう民を逃した筈だが、巨人兵は最終的に形骸種(キュリオン)になってしまった。

 考え方が変容してしまっても、おかしくはない。


「そういうことなら、門が無事なのも納得だな」


「でしょでしょ」


「しかし興味深いな、『炎天』の聖女よ。私はそのような話、聞いたことがなかったぞ」


 子供にしか見えないウサ耳フードの先輩、イリスレヴィちゃんが顎に手を当てながら唸る。こちらは『霧雨』の聖女だ。


「イリスんが知らないのも無理ないよ。うちの地元に伝わる話だからね」


「ほぉ。君の故郷に、トリスリミガンテからの生還者がいたわけか」


「そういうことー」


 ふむふむ、とイリスレヴィちゃんは感心したように頷いていたのだが。


「それと、さりげなく威厳のない愛称をつけるのはやめたまえよ」


 と、やや遅れて指摘した。


「えっ、可愛くない? イリスん」


「私にこれ以上可憐要素を積むと、可愛いの過積載になってしまうだろう」


「あはは、ごめん意味わかんないや」


「いいえ、イリスレヴィ先輩の言う通りですよ。先輩がこれ以上可愛くなってしまったら、可愛い値が危険域に達してしまいますから」


 イリスレヴィちゃんの相棒、狐目のリコリスちゃんが神妙な顔で言った。


「さすがはリコリス後輩だ、よくわかっているな」


「それはもう」


「二人の世界って感じだねー」


 カンプシスちゃんは笑顔で理解を放棄した。


「危険域に達すると、どうなるんだ?」


 俺は理解しようと話を続ける。


「最悪、死者が出る」


「そうですね。先輩が制服を改造してそのフードを付けた時も、危うく死人が出るところでしたからね」


「可愛すぎて、手を出そうとする男が寄ってきたとか?」


 イリスレヴィちゃんは子供にしか見えないがれっきとした成人女性だという。

 そういう趣味の者が引き寄せられてもおかしくはない。


 まぁ、十二聖者に邪な思いで近づいた者の末路など、想像するまでもないが。


「いえ、私が少々鼻血を出して、死にかけただけです」


 死にかけたのはリコリスちゃんだったようだ。


「あとにも先にも、鼻血で血の海を作ったのはリコリス後輩だけだろうな」


「いやぁ、それほどでも」


「これが称賛に聞こえるとは、随分と前向きな鼓膜だ」


「なるほど、相棒が死ぬんじゃ、あんまり可愛くなるのも考えものだな」


 俺は納得を示すことにした。

 趣味は人それぞれだ。


 そんな気の抜けた会話が続く中、いよいよ門の前に到着。


「まずは我々十二聖者が先行する。少し間を開けてから、『色彩』の面々も入ってきてくれ」


 『炎天』の聖騎士が言った。名前は確か……グレンだったか。

 先に入った奴が狙われやすいということで、その役を買って出たのだろう。


「カンプシスちゃん、イリスレヴィ先輩、リコリスちゃん、ネモフィラちゃん、気をつけて」


 俺が先行する四人の美女の武運を祈っていると、グレンが俺を見て苦笑していた。


「いっそ清々しいな、君は」


「男の応援はしない。気持ち悪いからな」


「十二形骸との戦いを前にして、その平常心は素晴らしい。まるで歴戦の戦士のようだ」


「男が俺を褒めるな」


 グレンはもう一度苦笑してから、四人の美女と青髪野郎を引き連れて、門の中へと消えた。


 残されたのは、『色彩』の三組だ。

 俺とお姫さん、マイラとオルレアちゃん、セルラータちゃんとユリオプスちゃんである。


 静かに精神を落ち着けている子が多い中、セルラータちゃんは獰猛に笑いながら体を震わせている。


「これまで交戦禁止だった十二形骸と戦えるなんて、楽しみだ」


 十二聖者でも命を落とす相手なのだから、優秀とはいえ学生に交戦許可は出ないだろう。

 だが『毒炎の守護竜』と『天庭の祈祷師』が立て続けに討伐されたことで、流れが変わった。


 そして今回の『片腕の巨人兵』討伐作戦。

 三百年間変わらなかったことが、変わろうとしている。


「あと、アルベールの本気が見れるのもな」


 彼女がこちらを向いて笑う。


「こっちも、木剣なんかじゃない、セルラータちゃんの双剣が楽しみだよ」


 俺たちは違う班なので、そういえば模擬戦以外で互いの戦いぶりを見たことがなかったのだ。


「アルベール殿! どうか私の剣技もご覧になってください!」


 マイラが会話に混ざってきた。


「そうだな。マイラの剣も楽しみだよ」


 彼女の場合は、初対面の時に互いに剣を抜いたことがあるわけだが、蒸し返すつもりもないので黙っておく。いまだに前髪がぱっつんなあたり、本人は気にしてなさそうだが。


 それに、彼女はまだ若いので、この短い期間で更に強くなっていた。楽しみなのも本音だ。


「……セルラータ、我々の目的はあくまで死者の還送ですよ」


「わかってるって姫さん。ただ、こういう性分なのは許してくれよ」


 戦いを好むセルラータちゃんに、自身も帯剣しつつ冷静に相棒を引き締めるユリオプスちゃん。この二人は、中々相性がよさそうだ。


「マイラ、貴女も浮かれないように。聖騎士アルベールに実力を示す為に、封印都市に入るわけではないのですよ」


「はっ、申し訳ございませんオルレア様」


 冷徹にも響くオルレアちゃんの声だが、俺は彼女が心優しいシスコンだともう分かっている。

 それに、(あるじ)やロベール、そして俺に関することで若干心が動きやすいだけで、それ以外のマイラは冷静沈着な忠誠の騎士である。

 本来は、揃ってクールなお似合いの主従なのだ。


 俺は自分のパートナーに視線を向ける。

 白い長髪に青い瞳の、美しき少女だ。


「アルベール? どうしました?」


「お姫さん、今回はあんまり俺から離れないでくれ」


「はい。あの、作戦は頭に入っていますよ?」


 巨人の攻撃力やその範囲を思うと、離れて動くのは得策ではない。


「ははは、鈍感なんだなアストランティア嬢。アルベールは、貴女を心配してるんだよ」


 セルラータちゃんがからからと笑いながら言い、それを聞いたお姫さんが照れたように赤面する。


「あ、すみません、わたし……」


「――無駄話はそこまで。突入しますよ」


 オルレアちゃんの言葉に、俺たちは全員意識を切り替える。


 そして、門を潜ったその瞬間。


 瓦礫の流星に迎えられた。

 元は石造りの建造物だったのか、巨大な石が一塊となってこちらに飛来してくる。


 俺たちを狙った――いや、結界の内外は切り離されており、中からは外を見ることさえも出来ない。

 十二聖者との戦いの流れ弾と考えるべきだろう。


「『天聖剣・大狐(おおきつね)剃刀(かみそり)』」


 誰かが流星の近くを跳躍している。

 『霧雨』の聖者――聖騎士リコリスちゃんだ。


 彼女の剣はぶわりと(ほど)けるように六本の帯へと変化し、瓦礫へと殺到。

 橙色をした帯状の刃たちは、瞬く間に瓦礫を切り刻んだ。


「ごめんなさい! 後はそちらで頑張ってください~!」


 細かい流星群へと変貌を遂げた瓦礫が、勢いを若干弱めつつも俺たちへと降り注ぐ。


「お姫さん、強化の方を頼む」


「――はい!」


「マイラ、露払いです」


「はっ!」


「セルラータ、私も出ます」


「了解だ!」


 聖騎士とユリオプスちゃんが抜剣し、瓦礫の群れを刃で迎える。


 淡い光が俺を包み、『身体強化』の加護を与えてくれた。


 直撃の軌道を描くのは六つほど。

 勢いが弱まっていると言っても、生身で受ければ頭は潰れ、掠っただけでもその箇所が千切れ飛ぶだろう。


 瞬間。

 骨の刃が幾重もの剣閃を描き、全ての瓦礫を、ケーキを切るかのように容易く断ち切る。


 直後、破壊された瓦礫は地に落ちるか、勢いを失わず俺たちを避けて後方に飛んでいく。


 その現象は四人の剣士全員の側で起きた。


 目先の脅威を取り除いた俺たちは、それを生んだ元凶を目視する。


 巨人。

 人魚や妖精などのように、時に幻想生物に数えられる種族。

 実際、今の時代に巨人がいるという話は聞いたことがない。


 だが、少なくとも三百年前には、まだ残っていたらしい。


 二階建ての建造物さえ、やつの足の長さしか賄えない。

 山に手足を付けて動かしているかのような威容。

 そんな骨の巨人兵には、左腕がなかった。


 その一歩が地鳴りを起こし、その拳は突風を伴い、その雄叫びはこちらの魂まで震わせるほどに大きい。


 ――竜の次は、巨人か。


 まるで英雄譚のような流れだが、これは紛れもない現実。

 死んだ聖騎士が、死んだ巨人を殺し直すというだけの話。


 茨が巨人の足に絡みつき、六本の帯がやつの気を引き、やつの上半身を灼熱が覆う。

 先行した十二聖者が、巨人兵と戦っているのだ。


「よし、俺たちも行こう」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 少なくとも現時点でアルが直接戦ったことのある十二形骸は、「何かを守るために強い意思があった」から特別になれたのかな? その中でも意識がはっきりしてるアルがどれだけ異常かわかる。
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