64◇見送りと想い
そして、あっという間に日々は過ぎ。
『片腕の巨人兵』討伐任務への、出発前日となった。
その日、俺とお姫さんは孤児院の夕食に招かれた。
同じ班の仲間ということでモニアちゃんとヒペリカムちゃんも誘ったのだが、断られた。
というより、モニアちゃんが遠慮した感じだ。
そりゃまぁ、心を入れ替えたとはいえ、モニアちゃんは貴族意識からクフェアちゃんにつっかかっていたのだ。
そんな彼女の家族団欒にお呼ばれするのは、まだまだ時間が必要なのだろう。
その日の晩餐は、中々に豪華だった。
普段の孤児院の食卓に比べれば華やかというだけなのだが、なんと鶏の丸焼きが何羽分も並んでいる。
子どもたちは目を輝かせ、涎を垂らし、いつもは仲のいいやつらが肉の取り分を巡って口喧嘩をし始める始末。
「こら! あんたたち、喧嘩しないの!」
俺の左隣に座るクフェアちゃんが、子供たちを一喝するのだが。
「だって、あいつの方がお肉大きい!」「そんなことない!」「そ~っ」「あんたさっき食べたでしょ」「むぐむぐ」「はむはむ」
封印都市ルザリーグにおける形骸種討伐作戦の報酬が入ったこともあり、クフェアちゃんとリナムちゃんが奮発した形だ。
「まったく……ごめんなさいね、あんたたちの為の食事会なのに」
「いいさ。シスターエーデルや、クフェアちゃんに逢えるだけで元気がもらえるからな」
「ありがとう、と言いたいけれど母さんは渡さないわよ」
「ねぇ、リナはー?」
俺の右隣には、紫髪のツインテ童女が座っている。
妙に俺に懐いている子供の一人、リナリアだ。
「なんだ?」
「リナとあっても、元気でる?」
「普通だ」
「えー!」
何故か、リナリアはショックを受けたような顔をする。
露骨にしょぼん……と肩を落とす様を見ると、なんだか悪いことをした気になる。
たとえガキでも、女性は女性。悲しい顔をさせては男失格というものだろう。
俺は自分の皿に取り分けられた肉の内、パリパリした皮付近の肉をフォークで刺し、リナリアの口に入れた。
「んっ……おいしい!」
彼女の顔が綻んだ。これでいい。
「ガキは笑ってろ。その方が、見てて気分がいい」
「リナの笑うかお、好きってこと?」
ここで否定すると先程の繰り返しだ。
「あー、まぁ、そうとも言えるな」
「むふー」
リナリアは満足げに笑い、それからしばらく俺に笑顔を向けてきた。
子供というのは程度を知らないので、褒められるとずっとそれを繰り返したりする。
わかったわかったとやや乱暴に頭を撫でたが、彼女は嬉しそうに笑うだけだった。
あぁ……グラマラスな元聖女サマや、可憐な美少女たちがいる空間で、何故にチビの相手をしているのだろうか。
「リナだけずりぃ! 兄ちゃん俺にも肉分けてくれよー!」
俺とリナリアのやりとりを見ていたガキが、声を上げる。
「黙れクソガキ」
「贔屓だ贔屓だー」
「なんだ、まだ俺が女性贔屓だってことに気づいてなかったのか」
「いや、それはもうみんな知ってるけど」
何故か呆れたような顔をされる。
たまに剣の稽古をつけてやってるガキ共が、その言葉にうんうんと頷いていた。
そんなガキ共の様子に、クフェアちゃんがぷっと噴き出した。
「おいクフェアちゃんや、お姉さん役として、この失礼なクソガキに説教かますべきではないかね」
「ふふっ。まぁ、騒がしいのはよくないけど、言ってることは合ってるし」
まぁ、その通りなのだが。
「ねぇ、アルくん」
くいくいと、リナリアが俺の袖を引く。
「なんだ」
「クフェアちゃんとの、でぇと、楽しかった?」
クフェアちゃんがピシッと固まるのがわかった。
周囲のガキも騒ぎ出す。
「そうそう! 兄ちゃん聞かせてよ! クフェア姉ってば、全然話してくれなくてさ!」
「ちょ、ちょっとあんたたち! 食事中にうるさくしないの!」
クフェアちゃん、そのお叱りはワンテンポ遅いぞ。
「いいだろう。俺とクフェアちゃんの、楽しい一日について語ってやろうじゃないか」
「ぎゃあ! アルベールやめて!」
クフェアちゃんが顔を真っ赤にしながら俺の口を塞ぎ、それを見た子供たちが大笑いする。
そして、あまりにうるさかったのか、シスターエーデルと孤児院の院長である婆さんに窘められてしまうのだった。
◇
食後、俺とお姫さんは寮へ帰ることに。
ちなみに食事中のお姫さんは、リナムちゃんと和やかに話していた。
暗くなりつつある空の下、別れを告げる。
「ごちそうさまでした、シスター。騒がしくしてしまい申し訳ない」
「いいえ、アルベール様が来てくださって、子供たちも嬉しかったのでしょう」
泣きぼくろが色っぽい金髪聖女サマが、俺を見て微笑む。
「子供たち、だけですか?」
俺が悪戯っぽく言うと、エーデルは困ったように頬に片手を添えた。
「ふふふ、実は、私もお逢い出来て嬉しいです」
「俺もですエーデルサン。今日も、もう少し貴女とお話ししたかった」
「是非、次の機会に」
「約束ですよ」
そっと彼女の手を握ろうとしたのだが、お姫さんに腕を引っ張られて失敗に終わる。
「明日も早いですし、もう帰りますよ、我が騎士アルベール」
もっともらしいことを言っているが、頬がぷくりと膨らんでいた。
近くに立っているクフェアちゃんも、俺をギロリと睨んでいる。
「クフェアちゃん、出発前に見る君の最後の表情が険しい顔だなんて悲しいから、笑ってくれないか」
「あんたが母さんを口説いてなければ、そうするつもりだったんだけど」
「あはは」
俺は笑うが、彼女は俺に近づいてきて、一瞬、手を握った。
「気をつけて」
「あぁ」
「アストランティアと二人で、ちゃんと帰ってくるのよ」
「任せてくれ」
「よし」
そう言って、クフェアちゃんはからっと笑う。
エーデルとリナムちゃんが胸の前で手を組み合わせ、俺とお姫さんの無事を祈ってくれる。
「アルくんっ!」
さぁ帰るか、となったところで、リナリアが飛び出してきた。
「なんだ?」
「これ!」
そういって彼女が差し出してきたのは、四葉のクローバーだった。
非常に珍しく、幸運を招くとか言われているのは、俺でも知っている。
「……くれるのか?」
「うん! アルくんのために、さがしたの」
ガキ共も出てきて「俺たちも手伝ったんだぜ!」と照れくさそうに鼻の下を掻いている。
「あのね、アルくんがね、ぶじに帰ってこれますように、って」
「そう、か」
その時、胸に去来した感情の名前を、俺は知らなかった。
心臓をくすぐられるような、温かく美味い料理が喉を通る時のような、ふわりと体が浮くような、この感情を、他の者はなんと呼んでいるのだろう。
一番近いのは、感謝か、喜びか。
どちらも掠っているようで、芯を捉えてはいない気がする。
「アルくん?」
「……探すの、大変だったろう」
「うん。でも、他に、リナたちにできること、ないし……」
リナリアの瞳が潤んでいる。
金を稼ぐ手段もない子供が、必死に考えたのが、時間を掛けての採取というわけだ。
俺は胸の内に広がる感情の正体が掴めぬまま、彼女からクローバーを受け取る。
「リナリア、それにガキ共」
子供たちが、俺を見た。
「ありがとよ」
四葉のクローバーを胸の前で掲げて笑うと、子供たちが嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
俺たちが視界から消えるまで、孤児院のみんなはずっと手を振っていた。
お姫さんは律儀に何度も振り返していたが、俺はそんなことはしない。
角を曲がり、完全に孤児院の面々が見えなくなってから、お姫さんが呟いた。
「……必ず、生きて帰らねばなりませんね」
「俺は、もう死んでるけどな」
「また、そのようなことを言って……」
お姫さんと会話しながらも、俺はずっと手のひらに乗った四葉のクローバーを見ている。
なんで、こんなもん一つで、あんなにも心が揺さぶられたのだろう。
「折角頂いたお守りなんですから、大切にしないといけませんよ」
「まぁ、チビとはいえ女性からの贈り物だ。無下には扱えんよ」
「ふふ」
「なんだ?」
「いえ、相変わらず、素直ではありませんね」
「どういう意味だい?」
「宝物を見るような目を向けながら、どうでもよさそうに言っても、説得力がないというものですよ」
俺は、そんな目をしていたのだろうか。
「宝物? これが? 手間は掛かるが、誰でも探せば見つけられるだろ」
「いいえ。そこに込められた、子供たちの想いこそが、それを唯一無二の宝物にしてくれるのです」
「想い……」
「それが、嬉しかったのではないですか?」
リナリアや、ガキ共が、俺の無事を願って四葉のクローバーを探していた。
その想いに、俺は反応していたというのか。
「そう、かもな」
「そうですよ」
心の内に、器があるとして。そこに、液体が注がれていくような。
満たされつつあるような、このような気持ちを。
なんと呼べばいいのか。
三百年以上、この世で過ごしてきたというのに、とんと分からない。
取り敢えずは、『嬉しい』でいいのか。
「わ、わたしも何か、できればいいのですが」
お姫さんの声に緊張が交じる。
「ん?」
「で、ですからっ。クフェアさんはペンダントを、子供たちはお守りを、貴方に贈ったでしょう。だから、その、わたしも何かすべきだった、と思いまして」
お姫さんの頬が、ほんのり赤い。
彼女は無意識なのか、以前俺が贈った花の髪飾りをしきりに触っていた。
「お姫さん」
「は、はい」
「お守りってのは、一緒に行けないから渡すんだろう。でも、君は違う。俺たちは、共に封印都市に向かうんだ」
「そう、ですね……」
「だから、俺のことは――直接守ってくれ」
「――――」
「君は、俺に直接ご加護をくれればいい。違うかい?」
お姫さんは、今それに気づいたとばかりに、目を丸くし。
それから、くすぐったそうに笑った。
「そうですね。その通りです」
「だろう?」
「我が騎士アルベール。わたしが、貴方を必ず生還させてみせます」
「我が聖女アストランティア。俺が、君を必ず生還させてみせるとも」
俺たちは顔を見合わせて笑い、寮への道を並んで歩く。
『片腕の巨人兵』討伐作戦。
参加メンバーは、
『色彩』から三組、
『雪白』――アルベール&アストランティアペア。
『深黒』――マイラ&オルレアペア。
『黄褐』――セルラータ&ユリオプスペア。
十二聖者から三組
『吹雪』――『黄金郷の墓守』&ネモフィラペア。
あの二人の他に、『炎天』と『霧雨』を冠する聖者もやってくるようだ。
どうやら、十二聖者はみな天候を司るらしい。
予定とは違ったが、十二形骸との戦いは望むところ。
特別な不死者は、全て俺が殺す。




