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61◇決着と優先順位




「……まいった」


 セルラータちゃんは両手から力を抜き、木剣を地面に落とした。

 その降参宣言により、勝敗が決する。


「いいのかい? 首への一撃が決まっていたとしても、『身体防護』で守れたかも」


 俺が微笑みかけながら言うと、セルラータちゃんが苦々しい顔になる。


「おい、そこまで言わせるつもりかよ。目への防護が狙い通りのものなら、その後の攻撃まで組み立ててなきゃおかしい。つまり、首への一撃には『身体強化』が乗ってると判断すべきだ。こっちの防護を一時的に上回るほどの、な」


 セルラータちゃんは荒々しさの中に、確かな理性を感じる。

 そこが彼女の強みだろう。


「……それだけではありませんよ、セルラータ。彼はこちらの目を狙うことも出来た筈です」


 ユリオプスちゃんがやってきて、補足する。


「あー、確かに。目に防護被せるとか普通やんねーしな」


 実戦ならば、そちらの方が無駄がない。

 いくら治癒魔法があるとはいえ、瞳に寸止めは危険なので避けたのだ。


「勝敗に異論はありませんが、疑問があります」


「なんでも聞いてくれ」


「瞳に防護を展開するのは、視界を塞ぐことになり危険です。それでも実行するのなら、先程のようにタイミングを完全に制御する必要があります。どのような方法でそれを成立させたのですか?」


「簡単だ。合図を決めてたんだよ。な、お姫さん?」


 俺はとてとてとこちらに近づいてきたお姫さんに顔を向ける。


「はい、アルベールの言う通りです。今回は、運にも恵まれましたが」


「合図なんかあったか? ……いや待てよ、運?」


 セルラータちゃんは首を捻っていたが、途中で気づいたようだ。


「……なるほど。『見えている』が合図だったのですね?」


 ユリオプスちゃんの言葉に、俺とお姫さんは頷く。


「その通り」


 瞳に絡んだフレーズが、合図だったというわけだ。


「セルラータ様との会話の中で自然に合図となるフレーズが出てきたのは、幸運でした」


 俺のタイミングで「見えてるぜ」なんて言ってもよかったのだが、会話の流れで言えたのはよかった。おかげで不自然さが出ずに済んだ。


「これは、お二人の間で決めているいくつかの動きの一つですか? それとも、今回の模擬前の為に用意したものなのですか?」


「俺たちは組んで日が浅いからな。二人みたいに以心伝心とはいかない。だからって息が合わないわけじゃない。相棒として戦えるように、色々考えているよ」


 まぁ、俺が彼女を心から相棒として扱うようになったのは『毒炎の守護竜』戦以降なので、結構付け焼き刃なのだが。


「今回は上手く決まったな、お姫さん」


「は、はい。ですが、心臓が凍るかと思いました。あまり経験したくはありません」


 まぁ失敗したら俺の目に穴が空くわけだし、お姫さんの気持ちも分からんでもない。


「あはは、模擬戦で経験できてよかったな」


「相手によっては有用な策であると、改めて理解できましたが……」


 お姫さんは困った顔だ。


「だぁ~~~~負けた!」


 セルラータちゃんが悔しそうに頭を掻いた。


「初見でセルラータの動きに完全に対応するとは、さすがアルベール殿です」


 審判役だったマイラが会話に加わる。


「なんでマイラが自慢げなんだよ」


 セルラータちゃんは不思議そうな顔をしている。

 俺がマイラの先祖の義理の兄だなんて知るよしもないので、当然の反応だ。


「アストランティア様も、己の聖騎士を信じてのご判断、見事でございました」


 マイラがお姫さんの活躍にも触れた。


「あ、い、いえ。ありがとう、ございます」


 お姫さんが照れている。


「聖騎士が優秀な分、本来ならば『身体強化』に回す分の魔力を温存できるのは明確な利点と言えるでしょう。日々の訓練や任務時に生まれた余剰魔力を魔石に貯蔵しておけば、緊急時に役立てることができる筈です」


 オルレアちゃんが降りてきた。


「は、はい! そのようにしています!」


「よろしい。基礎の強化と共に、己の聖騎士を理解することも肝要です。その点で言えば、『黄褐』は参考になるでしょう」


 確かに、この二人は息ぴったりだった。


「ユリオプスちゃんの剣技を見れなかったのは、少し残念だったな」


 俺の言葉にセルラータちゃんが反応した。


「あー、そうだな。すまん姫さん、途中で剣を貰っちまって」


「いいえ、その方が勝利に近づくと判断したのは私自身ですので」


 本来ならば、嵐の如きセルラータちゃんの攻撃に加えて、ユリオプスちゃんの攻撃にまで対処しなければならないのだ。

 俺は早い内にそれを潰すことができたので、その分やりやすかったとも言える。


「今回は負けたけどよ、またやろうぜ」


「あぁ、そうしよう」


 俺とセルラータちゃんは笑い合って握手をした。


 だがすぐに、彼女は顔を赤くして俺からスッと離れる。


「?」


「い、いや、また、触られんのかと思ってよ」


 そういえば、前回は彼女の腕を触らせてもらったのだったか。


「不快にさせていたのなら、申し訳ない」


「べ、別に、そんなんじゃねぇけど」


「それはよかった。なら是非今日も――」


 手をわきわきさせながらセルラータちゃんに近づく俺だったが、そこにユリオプスちゃんが割り込んだ。


「聖騎士アルベール」


 感情の窺えない赤い瞳が、俺を見上げていた。


「なんだい、ユリオプスちゃん」


 彼女は異国の姫とのことだが、前回普通に喋る許可を貰っている。


「貴方に興味が湧きました」


「ちょっ、姫さん!?」


「それは光栄だ」


 俺は胸に手を当て一礼する。


「セルラータの動きはあまりに自由で、特に初見では翻弄される者が大半です。ですが貴方は違いました」


「いやいや、驚きっぱなしだったぜ」


「貴方は、魔獣討伐の経験が豊富なのではないですか?」


「あー……まぁ、そうかもな」


 セルラータちゃんの人間離れした動きに対応できたのは、思えば三百年前の経験が活きていると言えるかもしれない。

 多種多様な魔獣との戦いを通して、あらゆる攻撃への対応が身についたのは確かだ。


「我が国では魔獣対策にも力を入れています。私がこの学園に通うことになったのも、この国の聖者制度が、我が国の魔獣戦に役立てられないかと考えてのことでもあるのです」


「なるほど」


 形骸種(キュリオン)が生まれたからって、魔獣は消えてくれない。

 その脅威はいまだ各国を悩ませている。


 そういえば、この国で魔獣討伐を担う人材を、今はなんと呼んでいるのだろう。

 聖騎士は聖女と合わさって、今や形骸種(キュリオン)殺しの職業となったわけだし。

 今度誰かに訊いてみるか。


「貴方のような戦士であれば、引く手数多でしょう」


「ありがたい申し出だけど、先約があるんだ」


 俺はお姫さんを見たが、ちょうど彼女も俺を見ていた。

 こちらの会話を聞いて、そわそわしていたらしい。


 俺の返事を聞いて、安心したような顔をしている。


「残念です」


「俺も非常に心苦しいよ」


 俺は彼女に向き直って、心苦しさを表情で表現する。


「ふっ」


 ユリオプスちゃんは微笑んだ、のか。

 すぐに普段の無表情に戻ってしまったので、判然としない。


「聖騎士アルベール」


「なんだい?」


「デートの誘いならばどうですか?」


 その言葉に、セルラータちゃん、お姫さん、マイラが目を見開いた。


 ――この子、さては諦めてないな?


 俺が美女に弱いことはとっくにバレているだろうし、そちらの方向で説得しようとしているのではないだろうか。


 だが残念。俺の恋愛対象は十八からで、彼女はまだそこに達していない。


「それならば喜んで」


 だがしかし、未来の美女を冷たくあしらう俺でもないのだった。


「では、いつに致しましょう」


「いつでも構わないが、こちらも先約があってな。君も知っているだろうが、クフェアちゃんと約束が入っているんだ」


 ユリオプスちゃんは、俺の返事に――目を丸くした。

 それは後ろのセルラータちゃんも同じで、そこで俺は気づく。


 あぁ、そうか。


 庶民との先約があろうが、普通は貴族令嬢を優先するのか。

 気を悪くするだろうかと思ったが、次の瞬間、彼女は明確に微笑んだ。


「素晴らしい。ますます貴方に興味が湧いてきました」


 どうやら、逆に好感度が上がったようだ。

 口先だけでなく、しっかりと先約を優先する姿勢がよかったのだろうか。


「それは嬉しいね」


「では、聖騎士クフェアの次、ということで」


「あぁ」


「詳細はまた後日と致しましょう。……帰りますよ、セルラータ」


「ちょ、姫さん? な、なぁ、デートって何かの冗談だよな?」


「強き者が欲しいのは事実ですよ。まぁ、彼をこちらに引き込むのは、貴女でも構いませんが」


「うっ、あ、あたしはさ、ほら、そういうキャラじゃねぇっていうか」


「はぁ……」


「溜め息!? ちょっとひどいんじゃねーの!?」


 仲のいい主従は、そんな会話をしながら遠ざかっていく。


 さて、残された俺はというと。

 お姫さんの方へ振り返ることに、若干の抵抗を感じていた。


 意を決して振り返ると、彼女はあからさまに頬を膨らませている。


「心配は無用でしょう。この者の目的を考えれば、今更異国で魔獣狩りになることなど考えられませんから」


 オルレアちゃんは冷静だ。


 俺は頷いて、お姫さんに微笑みかける。


「その通りだぜ。俺は最期までお姫さんの聖騎士だよ」


「ですがユリオプス様とデートされるんですよね?」


 彼女の咎めるようなジト目の圧力に、俺はスッと目を逸らす。


「……するけど」


「もう!」


 ぽふっと胸を叩かれる。

 姉とマイラがいなければ「呪いますよ!」を連発していたことだろう。


 俺は彼女の気が済むまでぽふぽふと叩かれることにした。


 なにはともあれ、『黄褐』との模擬戦には勝利したわけだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] アル本人が高みに居るから、個人よりコンビネーションを高めるのが有効な時期だよなぁ。 しかし元々居た町の中で、どんな変異種が居たのやら…。
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