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59◇討伐数と予定




 ルザリーグにおける形骸種(キュリオン)討伐任務は、三日続いた。

 学生の動員はここまでで、残りは正規の聖者たちが担当するそうだ。


 慣れない都市内戦闘で学生たちが疲弊しているというのもあるし、この三日でかなり数が削れたというのもあるし、それ以外の大人の事情もあるのだろう。


 三百年前の聖騎士時代にもあったが、誰が(とど)めを刺しただとか、作戦成功にどれだけ貢献したかだとか、そういうことにうるさい連中というのはいるものだ。

 そこに貴族が絡むとなれば、更に状況はややこしくなるだろう。


 きっと、今後都市が解放される段階になっても、最後の一体を誰が討伐したかとかで、無駄な諍いを繰り広げるのだろうと想像がつく。

 まぁ、俺には関係のないことだ。


 さぁ帰ろうとしたのだが、まだ一つイベントが残っているようだった。

 馬車に乗り込んで学園のある街へ戻る前に、討伐数の発表が行われたのだ。


 この三日間でどれだけ形骸種(キュリオン)を倒したか。

 その上位十組を発表するようだ。

 ちなみに、あくまで学生に限っての順位のようだ。


「十位、六十六体――ヒペリカム・アグリモニアペア」


 俺の班のモニアちゃんとヒペリカムちゃんのペアが、上位十組入りを果たす。

 二人はこの結果に驚いているようだ。


 そして九位の名が呼ばれ、次の八位で再び俺たちの班メンバーが呼ばれる。


「八位、七十一体――クフェア・リナムペア」


 クフェアちゃんとリナムちゃんの幼馴染ペアも、ランクイン。

 クフェアちゃんはポニテを揺らしてどこか誇らしげな顔をしており、リナムちゃんは手を合わせて静かに喜んでいる。


 七位、六位と続き、次は五位の発表だ。


「五位、百三体――『金色(こんじき)』オージアス・パルストリスペア」


 知り合いの名前が出てきた。

 入学試験で対戦相手だったり、『毒炎の守護竜』エクトル戦でもしばし共闘した二人だ。


 以前、パルちゃんは自分たちを『色彩』十二組の中で討伐数八位と言っていた。

 それでも、三日で百体は討伐できるわけだ。


 班で取り組んでも日に二十体に届かぬところもあるので、それを思えばやはり『色彩』というのは優秀なのだろう。

 三桁に及んだからか、周囲の生徒たちからも「おぉ……!」という声が上がる。


「四位、百十九体―― 『滅紫(めっし)』クレイグ・セティゲルムペア」


 セティゲルムちゃんは、とても十代とは思えぬ大人の色香を漂わせる、紫髪の美少女だ。


 あんまり凝視するとお姫さんとクフェアちゃんの鋭い視線が飛んでくるので、今日は控えめにしておく。


「三位、二百二体――『黄褐(おうかつ)』セルラータ・ユリオプスペア」


 セルラータちゃんは、褐色肌に黒く長い髪を持つ、野性味溢れる美女だ。

 双剣使いで、今度模擬戦をする約束をした。


 彼女の方を見ると、タイミングよく彼女もこちらを見ていた。

 口の動きだけで「すごいな」と伝えると、彼女は照れくさそうに鼻を掻く。


 かわいい。


 ユリオプスちゃんは聖女だが、彼女自身も剣を振るうらしいので、それで他よりも討伐数が多いのかもしれない。


 残るは一位と二位。

 呼ばれていない実力者は、オルレアちゃん・マイラのペアと、俺とお姫さんのペアだ。


 何故か、俺よりも仲間たちの方が緊張しているようだった。


「二位、二百七十一体――『深黒(しんこく)』マイラ・オルレアペア」


「一位、二百八十五体――『雪白(せっぱく)』アルベール・アストランティアペア」


 周囲が騒然とする。


「さすが、お二人ですね」

「やったわね……!」

「し、『深黒』をも上回るなんて」

「おめでとうございます」


 リナムちゃん、クフェアちゃん、モニアちゃん、ヒペリカムちゃんが口々に言う。


 正直、街の中央の方が強個体の割合も多いので、討伐数だけ勝ってもなぁ……という思いもある。

 強個体がうじゃうじゃいる中で、オルレアちゃんの班はあれだけの討伐数を記録しているのだ。


 俺たちの配置も徐々に中央寄りになったとはいえ、この三日で倒した強個体は四体。

 班合計でも大きく負けているわけだし、功績で(まさ)ったとはとても言えない。


 だが――。


「憧れのお姉さまにも負けてないじゃないか、お姫さん」


 我が(あるじ)にとって、この結果は大きな価値を持つ。

 優秀な姉だけに『とこしえの魔女』討伐の使命を負わせやしないと、そう考える少女にとっては。


「は、はい……!」


 と、喜ぶお姫さん。


「見事な戦果ですね」


 そこへ、お姫さんの姉であるオルレアちゃんがやってくる。


「お姉さま! あ、ありがとうございます」


 彼女だけでなく、その聖騎士であるマイラも一緒だった。


 あともう一人、『黄褐』のセルラータちゃんの姿もあった。


「さすがはアルベール殿ですね」


 金髪碧眼のマイラは、義弟ロベールの子孫でもある。

 俺にとっては、姪のようなものだ。


 姪にキラキラした瞳で見られて、気を悪くする伯父はいまい。


「ありがとな。マイラも、すごいじゃないか」


 つい手が伸びて頭を撫でてしまったのだが、マイラは嫌がっていないようなのでよかった。


 くすぐったそうに笑う彼女を見ていると、無性に美味いものを食べさせてやりたくなる。


「うお、あのマイラがまるで子犬じゃねぇか……。お前ら、どういう関係?」


 セルラータちゃんが驚いた顔で俺とマイラを見ている。


「あー、まぁ、遠い親戚みたいなもんかな。俺を育ててくれた家と、マイラのご先祖に繋がりがあったんだ」


 ぎりぎり、嘘にならない説明になったのではないだろうか。


 俺を育ててくれたのはダンとミルナ夫妻。

 マイラのご先祖はロベール。

 ロベールは夫妻の子なので、当然繋がりがある。


「ふぅん? マイラから、そんな話は聞いたことなかったんだがなぁ」


「知り合ったのは最近なんだが、そのあとで判明したんだよ」


 これも嘘ではない。


 俺はマイラがロベールの子孫だと、初対面の時は知らなかった。

 マイラも同様で、一時は互いに剣を向けあったものだ。

 その時、俺は彼女の前髪をぱっつんにしてしまったわけだが……。


「へぇ、そんな偶然もあるんだな」


「いいえ、『英雄ロベール』様が、我々を引き合わせてくださったのです」


 マイラが熱弁する。

 まぁ、当時のロベールがお姫さんの実家と協力したからこそ、お姫さんの代で『骨骸の剣聖』と契約しようという発想が生まれたのだろうから、マイラの言葉も間違ってはいないのかもしれない。


 そのあたりの事情を知らぬ者からすれば、マイラの発言は運命を信じる乙女レベルにしか聞こえないだろうが。


「そ、そうか。お前、意外と熱いやつだったんだな」


 実際、セルラータちゃんは反応に困っている。


 確かに、マイラに初めて逢った時のクールな印象はもうない。

 いや、俺の関わらないところでは相変わらずクールなのかもしれないが。


「それよりも、セルラータ。貴女は何故ここに? ユリオプス様を放っておいてもいいのですか?」


 マイラに問われ、セルラータちゃんが頭をぼりぼりと掻く。


「あー、まぁ、お前と同じだよ。アルベールに、一位おめでとさんって伝えにな」


「……? 貴女、三日前に一度挨拶をしただけでは?」


「う、うっせぇな! いいだろ別に!」


 褐色肌をほんのり赤く染めて、セルラータちゃんが照れている。


 俺は彼女の手をそっと握り、微笑みかける。


「ありがとうセルラータちゃん。君のところも二百体以上討伐していたね」


「ちょっ、手っ……。あ、あぁ、まぁな!」


「噂に聞く嵐の如き双剣の冴えを、是非ともこの目で見たかったな」


「こ、今度見せてやるって。だからお前も剣の腕を――って、二の腕まで上がってきた!?」


 俺は右手で彼女の手を握りつつ、左手で彼女の腕をさすり、それを徐々に上に移動させていた。

 セルラータちゃんはびくっと反応しつつも、拒絶はしない。


「よく鍛えられている。美しき剣士の腕だ」


 手はこぶだらけで、腕にも筋肉がついているが、心から美しいと思う。

 そもそも、美しさは一つではないのだ。


「いや、手つき、やらしくねっ?」


「そのようなことはないさ。俺はただ、芸術的なまでの君の美しさに――」



「――それ以上は、責任をとるお覚悟を持ってお進みください」



 銀の髪に赤い瞳の褐色っ娘、ユリオプスちゃんだった。


 彼女は『黄褐』の聖女で、自らも剣を振るうという異国の姫。

 視線は眠たげに細められているが、まっすぐと俺を見ている。


「ひ、姫さんっ!?」


 やましいところを見られたとばかりに、セルラータちゃんが俺から離れた。


「これは、ユリオプス様。私はアストランティア様が聖騎士――」


「アルベール、ですね。無駄な敬意など求めませんので、自由に話して構いませんよ」


 偉い人間の言う『自由に話せ』は実際全然自由じゃなかったりするのだが……とセルラータちゃんを見ると、顔を赤らめたままの状態ではあるが、頷いてくれた。

 つまり、ユリオプスちゃんの言葉はそのまま受け取ってよいのだろう。


「では、ユリオプスちゃん」


「えぇ」


「さっき、責任と言っていたが」


「そのままの意味ですよ。私のセルラータを弄ぶ者は、決して許しはしません」


 声は淡々としているが、相棒に対する深い情を感じさせる言葉だった。


「セルラータちゃんを弄ぶような悪いやつがいたら、俺も許せないな」


「そうですね。そのような者が現れぬよう、祈っていますよ」


「ふ、二人ともなんだよ! つーか、弄ばれるほど弱かねぇから!」


「そうでしたね。自分で八つ裂きに出来ますものね」


「おうとも!」


 話は落ち着いたようだ。


「ところでセルラータちゃん、模擬戦はいつにしようか」


「おっ、そうだな~」


 セルラータちゃんが顎に手をあて、思案顔になる。


 すると、俺の腕を引く者がいた。

 拗ねたような顔でこちらを見上げるのは、クフェアちゃんだった。


「あたしと出かけるって約束、忘れてないわよね?」


 打ち上げの際に約束したが、しっかりと覚えているようだ。


「もちろんだとも」


「ん? なんだよアルベール、約束って」


「アルベールは、あたしと出かける約束してるのよ。それだけ」


 俺が答えるより先に、クフェアちゃんが答えた。


 その言葉に、セルラータちゃんがスッと目を細める。


「ふぅん? ま、いいんじゃねぇの? 強い男のところに女が集まるのは、どこも同じだよな。ところでアルベール、模擬戦の件だが」


「あ、あぁ」


「街に戻って、すぐ次の日にしようぜ」


 クフェアちゃんを見ながら、セルラータちゃんはそう提案した。

 クフェアちゃんはその視線に何を感じ取ったか、負けじと一歩踏み出し、視線を交差させる。


「アルベール? 出かける約束だけどさ、街に戻った翌日にしましょうよ」


「おいおい嬢ちゃん。先約があるんだ、聞いてなかったか?」


「アルベールが了承するまで、予定は未定よ」


 二人が正面から睨み合い、互いに巨乳なので胸同士が潰れるようにぶつかっている。

 両者一歩も引かず、火花を散らす。


「もう一度言いますが、私のセルラータを弄ぶ者は、決して許しはしません」


 何故このタイミングで言うんだい、ユリオプスちゃん。

 いや、わかるけどな。

 自分の聖騎士を蔑ろにするなよ、と言っているのだ。


「クフェアちゃんを泣かせる人は、わたしも、お母さんも、家族も、ゆ、許さないと思います」


 やや無理したように、リナムちゃんも言う。


 彼女なりに、幼馴染に加勢しようとしているのだろう。

 異国の姫に並んででも幼馴染を応援する気概、さすがとしか言いようがない。


 ところで、俺はこの状況でどうすればよいというのか。


 両者を立てる正解がない時点で詰んでいるわけだが、かといって選ばないという選択肢は許されない。


「どうすんだ? アルベール!」


「どうするの? アルベール!」


 形骸種(キュリオン)を三百体近く倒すよりも、この選択の方がよっぽど難しい……とそう思う俺だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 大河ドラマ どうするアルベール
[一言] マジでいつか刺されるんじゃないかなぁ
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