58◇打ち上げと酔い方
「任務の成功と全員の生還を祝って――乾杯」
俺の挨拶に合わせて、全員が木樽ジョッキを掲げる。
封印都市ルザリーグでの形骸種退治一日目は無事に終了。
馬車で最寄りの街まで運ばれた俺たちは、約束通り打ち上げに来ていた。
参加者は班のメンバーのみ。
白銀の髪をした真面目な聖女アストランティア様と、俺。
赤髪ポニテのツンデレ聖騎士クフェアちゃんと、青髪ボブのおっとり癒やし系聖女のリナムちゃん。
女子生徒の間で王子なんて呼ばれてそうな美しき聖騎士ヒペリカムちゃんと、金髪ロングのお嬢様聖女モニアちゃん。
両手に花どころか、円卓に花だ。
ぐるりと卓を囲むメンバーは、俺以外が全員美少女か美女。
並びは俺から時計回りにクフェアちゃん、リナムちゃん、モニアちゃん、ヒペリカムちゃんと来て、最後がお姫さんだ。
俺の両隣は、クフェアちゃんとお姫さんということになる。
周囲の客からの視線がそれはもう集中しているが、声を掛けてくる者はいない。
俺たちは聖者の制服のまま来店したからだ。
聖女に貴族子女が多いのは庶民も知る事実。無礼を働けば最悪首が飛ぶと知ってナンパする愚か者は、そうそういない。
「こ、こういったお店に来るのは初めてです」
お姫さんは両手で木樽ジョッキを包むように持ちながら、唇を濡らす程度に中身を飲む。
「あたしたちもそうよ。外食なんて、もったいなくて出来ないもの」
肉料理をフォークで口に運びながら、クフェアちゃんが言った。
孤児院出身のクフェアちゃんとリナムちゃんは、任務報酬もほとんど孤児院の運営資金に回すようだから、こういった経験はなかったようだ。
「お酒も初めてですし、なんだかドキドキしますね」
リナムちゃんは口に泡をつけて気持ちよさそうな顔で左右に揺れているが、まさか一口で酔ったのだろうか。
「話には聞いていましたが、庶民はこのような場所で食事をとるのですね」
モニアちゃんは興味深そうに周囲をきょろきょろと見回していた。
「もっと静かなところもございますよ。……もっと騒がしいところも、ございますが」
ヒペリカムちゃんは、こういった酒場が初めてではないらしい。
庶民である俺からすれば、こういう場所こそ慣れ親しんだ場所である。
三百年経っても、庶民向け酒場の雑多で騒がしく、洗練されていない感じは変わらない。
変に気取ったりしない分、心地よくさえある。
庶民の料理はお嬢様たちのお口に合わないかとも思ったが、お姫さんもモニアちゃんも文句を言わずに食べていた。
まぁ、聖女ともなれば封印都市への行き帰りで野営もするし、保存食や携帯食料で腹を膨らませることもある。いざ本番で口が受け付けないなんてことにならぬよう、授業でそれらを食す機会があるくらいだ。
聖女志望のお嬢様たちは、存外に逞しいのだ。
そんなこんなで、和やかに時が進んでいたのだが。
「アルベェエエルっ! あんたに、言っておきたいことがあるんらけろっ!」
髪色ばりに顔を赤くしたクフェアちゃんが立ち上がり、俺の方を向く。
彼女が前傾姿勢をとったことで、俺の頭に彼女の巨乳が乗った。
柔らかくも確かな重量感を持ったそれが、ふよんっと俺の頭の上で跳ねた。
「なんだい、クフェアちゃん」
俺は頭頂部に意識を集中しつつ、平静に応える。
「あたしには二年後って言ったくしぇに、アストランティアとはデートしたんれしょ!」
お姫さんと祭を一緒に回った件か。
クフェアちゃんにも贈り物をして、一旦は許されたと思ったのだが、実はまだ気にしていたらしい。
「前にも言ったが、あれはデートではないと思うんだ」
「で、ではなんだと言うのですか、我が騎士アルベール!」
右隣のお姫さんが、これまた顔を赤く染めた状態で、頬を膨らませていた。
そして俺の肩に、自分の額をぐいぐいと押し付けてくる。
抗議のつもりなのだろうか。
――あー……。
この国の成人は十五歳。
だから、このメンバー全員が飲酒してもまったく問題ない。
のだが、経験者は俺とヒペリカムちゃんだけだった。
酒は合う合わないがあるが、一度試してみないことには分からない。
未経験のまま大事な場面で失態を晒すより、仲間だけの場で試してみた方が今後のためにもよいだろうということで、この打ち上げでの初挑戦となった。
だがどうやら、お姫さんとクフェアちゃんはあまり酒に強いとは言えないようだ。
ちなみにリナムちゃんは「ふふふ」とずっと柔らかく微笑みながら、左右に揺れている。
どうやら、穏やかな笑い上戸のようだ。
酒を飲んでも癒やし系とは、さすがリナムちゃん。
しかし、彼女の幼馴染であるクフェアちゃんは、怒り上戸のようだ。
「ほら、ほら! アストランティアはデートらと思ってるじゃないの!」
座り直したと思ったら、今度は俺の腕に巻き付くようにして不満を吐き出す。
先程から呂律が回っていないようだが、ここまで弱いとは。
いや、気分が悪くなったりはしていないようだから、酒に弱いのではなく、酒癖が悪いというべきか。
暴力的なまでの迫力を持つ双丘に己の腕が飲み込まれるというのは、本来ならば喜ぶべき場面なのだろうが……。
彼女自身が言ったように、年齢的にあと二年は育ってからではないと、手は伸ばせない。
だが、それはあくまで男女としての話。
「……じゃあ、クフェアちゃんさえよかったら、今度一緒に出かけようか」
親しい友人としてならば、別にいつだって共に居ても構うまい。
そんな俺の発言だったが、彼女は反発する。
「それじゃあ、あたしが言わせたみたいじゃにゃいの!」
まったくもってその通りなのだが、口に出せるわけもない。
「いいや、俺がそうしたいのさ」
「……ほんと?」
気まぐれな猫が、珍しく甘えてきた時のような。
普段ツンツンした子の弱気な態度というのは、それくらいの破壊力がある。
「もちろんだとも」
「じゃあ、行く」
彼女はこくりと頷いた。
「そうしよう」
これにて一件落着、と思い酒を飲もうとしたのだが、右腕が動かない。
左腕は今もクフェアちゃんに捕まっているから仕方ないにしても……と視線を向けると、お姫さんが右腕にしがみついていた。
「じぃ~~……」
「お姫さん?」
「我が騎士、アルベール」
「はい」
「わたしは、聖騎士としての貴方を誇りに思っていますし、いくら自分の聖騎士だからといって、私生活にまで口を挟むべきではないのでしょうが」
「はい」
「ですが――不満です!」
彼女は頬を膨らませ、駄々をこねるように言う。
「そう、仰られても」
辛うじてそう返すが、お姫さんの潤んだ瞳を見ていると、思うように言葉が出てこない。
「約束した、その日に、周りが女性だらけというのは、想像すると、なんだか、嫌です」
全てを解決したあと。
お姫さんが死ぬ時が、俺という形骸種が終わる時。
そういう約束をした。
彼女はその時を俺と二人で迎えるつもりで言ったのに、俺のこんな性格を思うと、人数的にとんでもなく賑やかになるのではないかと危惧しているようだ。
俺もそんなシーンを想像し、一瞬笑いそうになってしまう。
だが彼女の顔が真剣そのものなのを確認して、表情を引き締めた。
「大丈夫、それはないさ」
「本当ですね?」
「あぁ」
「信じましょう」
安心したのか、そのまま彼女は寝てしまった。
こてんと首を倒し、俺にもたれかかる。
気づけばクフェアちゃんも同じだった。
「打ち上げは、日をずらすべきだったかな」
心地よいような、生殺しのような、複雑な感情に襲われながら、打ち上げの時間は過ぎていく。
ちなみに、ヒペリカムちゃんは何杯飲んでも顔色がまったく変わらない酒豪で、モニアちゃんは過去の後悔を口にしながらポロポロ涙を流す泣き上戸だった。
その内寝ていた二人も目を覚まし、主に女性陣たちの間で会話に花が咲く。
どうしても少し距離のあったモニアちゃんペアだが、心を開いての会話を通して、以前よりも溝が埋まったように思う。
それを思えば、打ち上げは大成功と言えた。
そして翌日。
俺とヒペリカムちゃん以外の女性陣は二日酔いの頭痛に襲われ、それを癒やしの魔法で治し合うことになる。
女神様の魔法は二日酔いさえも癒やしてくれる。
まぁ、そうでもなければ、翌日に任務があるのに酒場には行けまい。
「お、おおお、おはようございます、我が騎士アルベール」
「きょ、今日も頑張って行きましょうね、アルベール!」
どうやらお姫さんとクフェアちゃんは、酔ってもしっかり記憶が残るタイプらしい。
そして昨日のことを思い出して羞恥に悶えているようだ。
この二人は今後、お酒を控えた方がいいかもしれない。




