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57◇討伐報告と信仰心

 



 封印都市ルザリーグにおける形骸種(キュリオン)掃討作戦は、順調に進んだ。

 数が数なので今日中に終わるなんてことはないのだが、全体で五百体から千は削れただろうか。


 今回は聖者の戦死者がゼロだったので、素晴らしい。

 形骸種(キュリオン)殺しが形骸種(キュリオン)になる、なんて事も前回はあったので、それがなかったのは喜ぶべきことだろう。

 敵を減らす為に戦っているのに、味方が減って敵と化しては、気が滅入る。


 その日の任務は終了し、俺たちは門の外で全員の無事を喜びあった。

 今回の作戦、俺たちは数日間働くことになっているので、学園のある街へ直帰ではなく、最寄りの街に数日滞在することになっていた。


「みなさんご無事で、本当によかったです」


 我が班の癒やしこと、青髪のリナムちゃんが周囲を見渡し、ほっとした様子で呟いた。


「そうね。それに、前回よりも上手く動けていた気がするわ。もっと速く動けそうな気もするんだけど……」


「だめだよ、クフェアちゃん。そんなことを言っても、防護は解かないからね」


「わ、わかってるわよ」


 我が班のツンデレこと、赤髪のクフェアちゃんは、少々拗ねた様子。


 彼女は、いじめっ子時代のアグリモニアちゃんとの再戦に向けての修行で、加護による防護に回す分さえも脚力強化に当ててもらうことで、凄まじいスピードを手に入れた。

 あの感覚を覚えているクフェアちゃんにしてみれば、都市内での自分に物足りなさがあるのかもしれない。


 だがリナムちゃんからすれば、噛まれれば終わりの状況で防護を外すなんてリスクはとても犯せないだろう。

 クフェアちゃんもそれは分かっているので、唇を尖らせるに留めているのだ。


「しかしクフェア殿のお気持ちも理解できます。アルベール殿の動きを見ていると、同じ聖騎士として、憧憬と共に焦燥感も生まれますから」


 中性的な容姿をした聖騎士ヒペリカムちゃんが、クフェアちゃんに共感を示す。


「そう! それよ!」


 クフェアちゃんが、うんうんと頷いた。


 この二人も年齢を考えるとかなり優秀なのだが……。

 俺は見た目こそ十八歳相当だが、実際は三百歳超え。

 さすがに、そう簡単に追いつかれるような鍛え方はしていない。


「悔しいと思えるなら、二人はまだ伸びるよ。まぁ、その間に俺もどんどん強くなるので、永遠に追いつかせはしないわけだが」


「見てなさいよ。あたしの足は速いんだから」


「一歩ずつでも迫れるよう、精進いたします」


 俺の言葉に対し、クフェアちゃんが好戦的に、ヒペリカムちゃんが静かに、闘志を燃やす。

 そんな二人を、各々の聖女が見守っていた。


 この向上心は見事だ。


「アルベール。わたしは救済した形骸種(キュリオン)の数を、報告して来ます」 


「おっ。じゃあ俺もついていくよ」


 仲間たちから一旦離れ、お姫さんと共に報告へ向かう。


 三百年前の死者たちは、完全に死ぬことで骨が風化するので、討伐証明となる物は何も残らない。

 では、どのようにして討伐数などを計算するのか。


 これが驚きなのだが、単純に――言葉だ。


 十体討伐しましたと言えば、それがそのまま討伐数に加算される。

 それでは、いくらでも実績を盛れるではないかと考えてしまうのだが、そうはならない。


 一つは、水増しによる過剰な実績を作ると、身を滅ぼすから。

 当然強者はより危険な場所へ配置される可能性が高まるので、実力に見合わない嘘の実績など作っても、死期を早めるだけ。


 ただ、これは抑止の効果はあっても、完全な虚偽報告の排除は出来なそうだ。

 しかし、もう一つの理由によって、ほぼ全ての虚偽は取り除ける。


 報告の際に、女神像が用意される(、、、、、、、、、)のだ。


 使用されるのは当然、聖女に魔法を授ける女神様だ。

 信仰心で魔法を授けてくれる女神様の前で、嘘をつける聖女がいるだろうか。


 無宗教の人間にはピンと来ないかもしれないが、神を信じている者にとって、神の前で嘘を吐くことは大きな罪だ。

 この女神様の場合は実際に魔法を授けてくれるので、実在性は他の比ではない。


 そういう事情もあって、報告は聖女が行うように決められている。


「クフェア・リナムペアが二十四体、アグリモニア・ヒペリカムペアが二十一体、『雪白』アルベール・アストランティアペアが――六十四体。そして内一体が『神心の具現』発現個体。以上、相違ないか?」


 この作戦で報告を受け付けるのは、聖者が所属する祓魔機関の職員だ。

 普段、学生が報告する相手は教官なのだが、この作戦は規模が大きいのでいつもとは違う。

 職員は簡素な机に書類を出し、討伐記録を書き込んでいる。


 生真面目そうな大人の女性で、聖騎士や聖女とも違う制服に身を包んでいる。

 是非親しくなりたいものだが、声を掛けられるような雰囲気ではない。

 反射的に声を掛けるばかりが、仲良くなるきっかけではないのだ。

 机の上に乗っかりそうなほどの胸部に思わず目が行くが、グッと堪える。 


 卓上には他に、女神様を模した小さな木製の像が置かれていた。


「はい。間違いありません」


「女神様に誓えるか?」


 職員が女神像に目を()る。

 お姫さんは手を胸の前で組み合わせ、頷いた。


「女神様に誓って、真実です」


「よろしい」


 これで報告は完了。

 あっさりしているように思うが、神への宣誓とは非常に重い意味を持つもの。

 信徒からすれば、充分以上の儀式だ。


「ろ、六十四体?」「他のメンバーも二十超え……」「班合計が百を超えているんだけど……」「こちらは班全体で二十にも満たないというのに」「それに加えて『神心の具現』発現個体まで救済を?」「い、一体どのような戦いを……」


 なにやら周囲がざわついている。

 どうやら、俺たちの戦果は平均よりも幾らか上のようだ。


 お姫さんの姉であるオルレアちゃんが率いる班などは、どんなものなのだろうかと少し気になった。

 班全体を考えると、俺たちよりも討伐数は多いのだろうが。


「先程も言いましたが、見事な働きでしたよ、アルベール。みなさんが驚かれるのも無理はありません。通常、新入生があれだけの数を救済することはありませんから」


 周囲のざわめきは、お姫さんの耳にも届いていたようだ。


「まぁ、俺は普通の新入生じゃないしなぁ」


「……確かに、貴方のしたことを思えば小さな数字かもしれませんが、新たに六十四人の魂を解放できたことは、誇ってよいことだとわたしは思います」


 『骨骸の剣聖』と呼ばれる俺は、自分の都市の不死者を全員殺した。

 それを思えば、六十四という数字は決して大きくはない。

 だが。


「お姫さんの言う通りだな」


 魔女に植え付けられた幸福で思考を固定され、三百年も死ねずにいた者たちを。

 次の人生に向かえるよう、手にかけた。


 数の多い少ないは関係なく、聖者がやらねばならぬことだ。


「えぇ、わたしも貴方を誇らしく思っていますよ」


 なんだか、真面目な空気になってしまった。


 仲間たちの許へ戻る道中、空気を変える為にも彼女に訊く。


「なぁ、お姫さん」


「なんでしょう」


「もし女神様に嘘をついたら、聖女の魔法を剥奪されたりするのか?」


 彼女は少し考えるように間を開けた。


「そのように習いますが、わたしは正確には少々異なるように思います」


「へぇ?」


「女神様の魔法が使えなくなる条件は、信仰心の揺らぎや消失です。つまり、もし女神様に嘘をついたとしても――」


「信仰心に混じり気がなければ、魔法を取り上げられはしない?」


「おそらく」


 まぁ、中々状況が想像しづらいが、たとえば愛する者を人質にとられるなりして、女神様に嘘をつくよう仕向けられたりなどした場合は、『嘘をついたが信仰心に偽りはない』という状況は成立する。


 そういった時、女神様は信徒から魔法を取り上げたりしない、ということだろう。

 見ているのは虚言などの表向きのものではなく、信仰心という内面である、ということか。


「無論、報酬や実績ほしさに神の御前で虚偽を述べる行為は、信徒として許されざる行いであり、女神様も失望されるでしょうが」


 結局、信徒なら女神像の前で実績(かさ)増しは出来ない、ということ。


「神を信じる者も、大変だな」


「いいえ、女神様がご覧になっていると考えることで、気が引き締まりますよ」


 彼女は淀みなく言う。

 本気でそう考えているようだった。

 まぁ、神様が常に見ていると思えば、その教えに背くようなことも出来ない……か。


「へぇ」


「……貴方は、女神様を信じていないのですか?」


 少々、悲しげな声。


「お姫さんが信じてるなら、いるんだろうな」


「なんなのです、それは」


「俺が信じてるのは、逢ったこともない女神様じゃなく、君だってことさ」


「――――っ」


 お姫さんが急に立ち止まったので気になって振り返ると、その顔が真っ赤になっていた。


「大丈夫かい、お姫さん」


「え、えぇっ。だ、だいじょぶ、ですが」


 彼女はこくこくと頷き、再び歩き出す……が。

 手と足を一緒に出して歩くという、奇妙な動きになっている。


「そんな照れんでも。一生一緒にいることを、女神様に誓った仲じゃないか」


 『毒炎の守護竜』エクトルを倒した後日、そのような話をした。

 あれに比べれば、先程の発言など軽口のようなものだと思うのだが。


「~~~~っ!?」


 思い出したのか、お姫さんがビクッと震え、そのままひっくり返る。

 俺はすぐさま彼女の背中に手を回し、転倒を回避。


 彼女の身体は柔らかく、細く、儚げで。

 びっくりするほど、熱を持っていた。


「悪い、からかい過ぎたな」


 純情なお姫さんには、刺激が強すぎたようだ。


「……からかったのですか?」


 咎めるような視線は、水気を帯びている。


「あぁ。でも嘘はついてないぜ」


「そう、ですか」


 彼女を助け起こし、そっと離れる。

 怒らせてしまっただろうか。


「……わたしも」


「ん?」


「わたしも、貴方を信じていますので」


 それだけ言って、スタスタと歩いて行ってしまう。

 後ろから見える彼女の耳は、真っ赤だった。


 ――いかんな。


 彼女の年齢は対象外である筈なのに、少し前から、どうにも我が(あるじ)がかわいすぎる。


 俺は彼女を追いかけ、隣に並ぶ。


「すまんお姫さん、よく聞こえなかったからもう一回頼むよ」


「……それは嘘ですね。またわたしをからかおうと言うのでしょう」


「訂正する。よく聞こえてたけど、もう一回頼むよ」


「お断りします。にやにやしないでください。呪いますよっ」


 頬を膨らませる彼女を見て、俺は笑う。


「もう呪われてるよ」




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