56◇特殊能力と獲得条件
十二形骸『毒炎の守護竜』が討伐された封印都市、ルザリーグ。
残る形骸種を掃討する作戦にて、俺たちの班は門からやや離れた地点に配置された。
死者の群れの第一陣は問題なく処理できたのだが、そこに第二陣が。
その中に一騎、馬を駆る骨の剣士が混ざっていた。
三百年前の聖騎士だろう。
俺はそれを迎え撃つ。
まともな人間なら、騎兵に剣一本で正面から挑みはしない。
踏み潰されるにしろ弾かれるにしろ、凄まじい速度で走る巨体それ自体が兵器のようなもので、とても無事では済まないからだ。
蹄が悪路を叩く音を聞きながら、ふと思った。
――蹄って確か、爪だったよな? じゃあとっくに無くなってるんじゃ……。
もちろん蹄鉄だってとっくに壊れるなり外れるなりしているだろう。
では、今あの馬は足の骨で走っていることになる筈だが、それで生前の速さは出せるのだろうか?
見た限りでは、生きた馬と遜色ないように思えるが……。
まぁ、骨だけになって動き回るという時点で世の理に反しているので、そのあたりは大した問題ではないのかもしれない。
気になることがあるとすれば――。
「一つ訊くが、その馬は雄か!」
『それがどうした!』
「別に。ただ雌なら、少し心が痛むってだけだ」
馬は聖騎士にとって相棒。
俺にはかつて、ビオラという愛馬がいた。
どうしても彼女を連想してしまうので、牝馬を斬るのには抵抗があるのだ。
俺は馬の正面に立ち、剣を上段に構える。
騎士から驚きの声が上がった。
『貴様、正気か!?』
「試してみな」
『狂人めが!』
俺への怒りからか、相手は挑発に乗ってそのまま馬を進めた。
すれ違いざまに俺を斬るのではなく、馬で轢き殺そうというのだ。
猛烈な速度で迫る馬は骨となっても迫力満点だが、俺は目を逸らさない。
馬の足が弾く砂塵の粒一つ一つまでが確認できるような距離。
瞬間ごとに縮まる距離を正確に測り、その時が来た瞬間、全身を駆動させる。
――今……ッ!
骨の剣による振り下ろしが馬の鼻骨に激突し、それを砕きながら頭頂から下顎までの骨を断つ。だが疾走していた馬の速度はその程度では殺せない。頚椎は途中でへし折れ、前脚から肋骨までと胸椎腰椎も剣にぶつかってバラバラに砕け散っていく。後ろ脚から尻尾までの骨は俺に触れることなく軌道を逸れて大地を転がり――騎士だけが投げ出された。
『ぐおおおおっ!?』
宙を舞う骨の騎士が落下する頃には、馬の骨は塵と化して消えていた。
俺は立ち上がる騎士に近づきながら、声を掛ける。
「どうやら俺は正気みたいだ」
『くっ……! それほどの力を、何故正しきことに使わぬのだ!』
騎士が斬りかかってくるが、その剣はどうにも新しい。
新品とは言わないが、三百年経っているとはとても思えない。
どこかの聖騎士から奪い取ったのだろう。
『色彩』の面々が負けるとは思えないので、以前に殺された誰かの持ち物か。
「正しきこと、ね」
俺は三度ほどやつの剣を弾き、大方の力量を把握。四度目の攻撃に合わせてこちらも力を入れると、相手の剣が折れた。
『むっ!?』
「じゃあな」
そのまま首を跳ねようとしたのだが、寸前で――弾かれてしまう。
まるで、見えない壁でも生じたかのようだった。
『隙あり!』
「いやいや」
折れた剣で突いてくる骸骨騎士だったが、俺はそれを横に飛んで回避。
通り過ぎていく騎士の背中に向かって剣を振り下ろすが、これも弾かれた。
だが先程と違い、あと一瞬遅ければ骨に達しそうなタイミングだった。
そして、やはり不可視。
聖女の加護と似ているが、違う。あの淡い光がないからだ。
『ぬぉおっ!? せ、背中から斬りかかるとは卑怯な!』
「元気な死人だなぁ」
そんなに常に叫び続けて喉が枯れたりしないのだろうか。
しないのだろうな、喉ねぇし。
『しかし、私の力を初めて見たにしては中々の反応! 見事と言っておこう!』
こちらに向き直った骸骨騎士は、折れた剣を短剣のように構え直しながら言う。
「妙な力を使う死人がいることは、こっちも知ってるからな」
『我が力は全ての悪を弾く聖なる盾! またの名を「絶対聖光防護――」』
「いい、いい。覚えねぇから」
そもそも自分の力を敵にべらべら喋るやつがあるか。
それが嘘やハッタリだとか、時間稼ぎであるとかなら分かるが、そんな様子もない。
つまり言葉通り、こいつの『神心の具現』は不可視の盾ということになる。
『人の言葉を遮るとは、無礼な!』
こいつと話すとげんなりしてくる。
生前は根性、気合、誇りとか叫んで後輩聖騎士にさぞうざがられていたに違いない。
今度はこちらから相手に斬り掛かる。敵は折れた剣でなんとかこちらの剣を弾こうとするが、そんなものは長くは続かない。やがて鍔まで砕け、残るは握りと柄頭のみ。これではさすがに武器として運用することはできない。
「騎士なら潔く死ねよ」
思ってもいないことを口にしながら右下から左上への切り上げを放つが、これも結局弾かれた。敵の剣ではなく、不可視の防壁だ。
敵はその隙を突いて俺に飛びかかろうとしたようだが、無駄。
最初から弾かれることを想定していたので、俺はその勢いを利用して身体を回転させ、今度は左上から右下へと斬撃を繰り出す。
『なっ……!』
これは予想外だったようで、その一撃は弾かれることなく――敵の首から上半身までを斜めに斬り裂いた。
骸骨騎士の身体が地面に落下し、そのまま崩れていく。
『……気づいたのか、この僅かな間に、我が「絶対聖光――」』
最後まで言い終えることなく、やつの身体が消える。
こいつの防御壁は、まず己の身体しか守れない。
馬や剣を守れていたなら、能力を使っていたはずだ。
次に、防御壁の展開は己の認識によって操作される。
発動すれば常時展開される、というものではない。
そうでもなければ、俺に背中を斬られそうになった時にあそこまで慌てはしまい。
ならばあとは簡単。
やつが能力を「発動する」と意識するよりも先に殺せばいい。
正面から虚を突く為に、一度は敢えて防御壁を展開させたのだ。
まさか自分の防御能力による反発を利用されるとは思わなかった骸骨騎士は、驚きのまま死ぬこととなった。
死に際に己の能力の性質が読まれていたことを悟ったあたりも含め、この敵は雑魚ではなかった。
能力も持ってたしな。
仲間たちを振り返ると、見事に第二陣も撃破していた。
彼女たちに合流しながら、考える。
――さっきの骸骨騎士の力は、獲得できてないな。
『毒炎の守護竜』エクトルの『毒炎転化』は、俺の中に引き継がれた。
だが今の聖騎士の『絶対なんちゃら』は、引き継がれていない。
――十二形骸じゃないから、か?
確か、十二聖者の聖騎士に与えられる『天聖剣』は、形骸種の特殊能力を最大一つまで奪えるという。
十二形骸である俺は、自分のとエクトルのを合わせて二つ所持している。
しかも『天聖剣』の方は十年で宿した力も消えてしまうなど様々な制約もある。
似ているようでいて、両者は異なる力なのかもしれない。
だとすると、十二形骸以外の能力を複数獲得する術は、現状存在しない、ということになるか。
これは人類からすれば助かる情報だろう。
形骸種同士は殺し合わないが、十二形骸は別。
俺はもちろん、『黄金郷の墓守』である青髪野郎だって、他の形骸種を殺している。
能力の継承に制約が存在しない場合、十二形骸は他の形骸種の能力を奪ってどんどん手がつけられなくなっていく。
それがない、と分かっただけでも朗報だろう。
まぁ、これに関しては『とこしえの魔女』が関わっている以上、抜け道などもあるのかもしれないが……。
それに、最大の脅威である十二形骸は、同類を殺すことで強くなれるのは確かなのだ。
十二形骸が外に出たり別の都市に入るということ自体、結界の性質を考えれば有り得ないのだが、これに関しては前例が二つも存在してしまっている。
その一つは俺だ。
「アルベール? どこか痛むのですか?」
こちらを心配するように見上げる、お姫さんと目が合う。
相変わらず、空の青さを閉じ込めたような、綺麗な瞳をしていた。
「いいや、問題ないさ」
「本当ですね?」
「あはは、こんなことで意地を張ったりはしないよ。まぁ、お姫さんの防護がなければ怪我していただろうがね」
ありがたいことに、衝撃の類もダメージ扱いで相殺してくれるらしい。
「よかった」
本当に安心したように笑う彼女が、なんだか無性に愛らしい。
「それにしてもアルベール、強化なしで疾走中の馬を斬るって……貴方って本から出てきたとかじゃないわよね?」
クフェアちゃんが苦笑しながら言う。
「ありがとう。英雄譚の主人公が飛び出してきたかのようだなんて、嬉しいね」
「そこまでは言ってないから」
「しかしもしそうなら、俺が結ばれるであろう美姫は誰なんだろうか」
軽い冗談のつもりで口にしたのだが、お姫さんとクフェアちゃんがぴくりと肩を揺らした。
この話題は掘り下げない方がよさそうだ。
「――という冗談はさておき。みんなも見事だったな。おかげで一騎打ちに集中できたよ」
形骸種との戦いは乱戦になりがちなのだが、気にせず目の前の敵に集中できたのは仲間たちの実力あってこそだ。
「アルベールさんが、あの騎士さんを抑えてくれたからこそですよ」
リナムちゃんが柔らかく微笑みながら、そう言ってくれる。
彼女はこの班の癒やしだ。
「そうですわ。あれがなければ、騎士の突撃でこちらの統率は乱れていたことでしょう」
モニアちゃんが真面目な声色で言う。
「アグリモニア様の仰る通りかと」
ヒペリカムちゃんも追従した。
どうやら俺が褒められる空気のようだ。
大半が少女とはいえ、女性に褒められて悪い気はしない。
俺は期待の眼差しでお姫さんを見る。
お姫さんは何かを察したように呆れ顔を見せたが、咳払いのあと、改めて俺を見上げる。
「……見事な働きでした、我が騎士アルベール」
「こちらこそ素晴らしき加護に感謝いたします、アストランティア様」
俺たちは顔を見合わせて、互いに小さく笑った。
そこに、形骸種の第三陣がやってくる。
「空気の読めないやつらだ」
俺は仲間たちの様子を一瞬見て、体力などに問題がないことを確認。
「これが済みましたら、一旦門まで引きましょう」
お姫さんの言葉に、全員で頷く。
魔力も体力も集中力も無限ではないので、連戦ではどんどん消耗していく。
班での行動となれば、仲間たちのことまで考える必要があるが、お姫さんはそのあたりもしっかり出来ていた。
骨の剣を構え、形骸種共を迎え撃つ。




