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55◇興味と実戦

 



 『毒炎の守護竜』エクトルのいた街、ルザリーグ。

 このルザリーグに残る形骸種(キュリオン)の掃討を目的とした任務に、学生も動員されることに。


 そこへやってきたのが、お姫さんの姉であるオルレアちゃんを班長とする班だったのだが、これが実力者揃いの集団だった。

 学園最優秀の『色彩』十二組の内、五組が一つの班に集まっているというのだ。


 今回は一組欠席のようだが、それでもすごい。

 特にすごいのが、その美女率だ。


 なんて思っていると、『黄褐(おうかつ)』の聖騎士が俺に近づいてきた。

 ボサボサの長い黒の髪に赤い瞳、美しい褐色の肌にギザ歯という野性味溢れる美女だ。

 双剣使いらしく剣を二振り差している。


「お前がアルベールか?」


 ギロリとした視線を向けられるが、目つきが悪いだけだろう。


「えぇ、貴女はセルラータ様ですね」


 俺は紳士的に対応。


 瞬間、俺と彼女の間で視線が交錯し、互いの脳裏に、ある映像が駆け抜ける。

 それは、もしここで剣を(、、、、、、、)抜いたらどうなるか(、、、、、、、、、)というもの。


 実力者は対峙することで相手の力量をある程度計ることが出来るが、その応用だ。

 つまり、視覚情報から戦力を推定し、脳内で瞬時に己と戦わせるわけだ。


「――ッ!」


 彼女が一歩半、俺から離れた。


 俺はその反応を見て、彼女と俺の脳内に流れた映像が同じ結果を迎えたことを確信する。

 最初の距離だと、彼女が剣を抜くより先に首が飛ぶからだ。


 だが改められた彼我の距離ならば――。


「そうですね、そこなら僅かに届かない」


 そして彼女が剣を抜くのもギリギリ間に合うだろう。

 セルラータちゃんはぶわりと汗を掻きながら、好戦的に笑う。


「悪かったな、アルベール。試すような真似をして」


「構いませんよ」


「普通に喋ってくれていいぜ、敬語とか背中が痒くなる」


「それは助かるよ。俺も同じだから」


 異国の姫の聖騎士となると、どのような立場なのか分からず、お姫さんの手前もあって丁寧に接していたが、どうやら不敬云々に興味はない子のようだ。


「しっかし、わかんねぇな。どうしてお前みたいなのが無名だったんだ?」


「静かに生きていたところを、アストランティア様に拾われたんだ」


 嘘ではない。

 ゾンビさえもいない街で、長いこと一人で生きていたのだ。


「ふぅん? まぁ、強いやつが増えるのは大歓迎だ。オージアスが負けたっていうから、気になっててよ。マイラのやつもやけに褒めるもんだから、一度逢ってみたかったんだ」


「実際逢ってみて、どうだい?」


 セルラータちゃんはニカッと笑う。


「納得だね。こんな日じゃなきゃ、本当に手合わせ願いたいくらいだ」


 互いに木剣ならば、いい勝負が出来るだろう。

 聖女と共に戦うのなら、戦いの内容は更に変わるはずだ。


「それはいい、是非今度やろう。双剣使いは滅多にいないから、俺としても楽しみだ」


「約束だぜ」


「安心してくれ。俺は女性との約束は絶対に守る主義なんだ」


 俺としては当然のことを言ったつもりだが、彼女は呆気にとられたような顔をする。


「女性って、お前なぁ。あたしは、こんなナリだぞ」


「君が女性として見られることに嫌悪感を持っているなら謝るが、あくまで俺個人の感想を言わせてもらうなら、君は美しいよ」


「うっ。そ、そうかよ」


 わかりにくいが、彼女の頬が赤くなっている。


「そうだとも」


「ふ、ふぅん?」


 セルラータちゃんは照れたように頬を掻きながら、なんでもないかのように振る舞っている。

 かわいい。


「――セルラータ、行きますよ」


 少し離れたところにいた班の方から、声が掛かった。

 セルラータちゃんのパートナーであるユリオプスちゃんだ。


 彼女の近くで、マイラが不満げな顔をしている。

 自分が我慢しているのに、セルラータちゃんが俺に声を掛けたからだろうか。


「おっと、うちの姫さまが呼んでるから行くわ」


「あぁ、じゃあまた」


「……ん」


 セルラータちゃんが仲間の許に戻っていく。

 そして、最後の班が到着したことでいよいよ任務が始まる。


 ……まぁその前に、恒例となりつつある、お姫さんとクフェアちゃんのジト目攻撃を受けるわけだが。


「随分と素直に褒めるのですね。わたしの時は、頭蓋骨とか言っていたのに」


「あの双剣使いが美人なのは否定しないけど、あんたが褒めない女っているわけ?」


 二人を宥めつつ、任務の詳細説明を聞く。


 正規の聖者とオルレアちゃんの班は、街の中心部に向かって強個体の討伐にあたり、ほとんどの学生はすぐに退避できるように門の近くで討伐を行うという、シンプルな作戦だ。


 強個体が街の中央付近に集まる、というのは封印都市では常識らしい。

 三百年あっても自我の取り戻し方にはバラつきがあり、不可視の結界の外に出ていこうと外縁でうろうろする個体もいれば、結界を正しく認識する個体もいる。


 『出られない』と理解した上で、彼らなりの『生活』を送っていたり、または侵入者が来た時に祝福できるように鍛えていたりする。


 俺のいた街でも、見覚えがあった。

 さすがに街中(まちじゅう)のゾンビを殺すのは骨が折れる作業で、結構な時間を費やすことになったのだが、その過程で見てしまったのだ。


 夫婦仲良く手を繋いで散歩するゾンビやら、追いかけっこしながら遊ぶ子供ゾンビやら。

 彼らは、魔女に与えられた永遠を謳歌していた。


 そう。『魔女の呪い』はあくまでも、永遠の命。生者を噛むのは、そのおすそわけに過ぎない。彼ら彼女ら全員に、それぞれの人生がある。あると、本人たちは思っている。


 そういう者たちも、俺は全員討伐した。


「アルベール?」


 お姫さんが、気遣うような視線を向けてくる。


「どうした?」


「いえ、その……悲しげな顔をされていたので」


「気の所為さ。それより、俺たちも一応『色彩』なのに、中央に行けとは言われないんだな」


「そう、ですね。わたしたちは任じられたばかりですし、班としてのバランスなども考慮されているのでしょう」


「そっか、そうだな」


 説明が終わり、次々と班単位で門をくぐっていく。


 中々に張り詰めた空気だ。

 ふざけるような場面でないのは分かるが、それにしても緊張感がありすぎる。

 みな、まだ先日の実地訓練の悲劇が尾を引いているのだろう。


「なぁ、この任務が終わったら、班で打ち上げしないか?」


「打ち上げ、ですか?」


 お姫さんが首を傾げる。


「あぁ。この班での初任務成功を祝して、飯を喰うんだよ」


「いいですね。素敵なアイディアだと思います」


 リナムちゃんが賛成してくれる。


「そうね。生きて帰ったらいいことある、くらいの気持ちはあってもいいわよね」


 クフェアちゃんも同意してくれた。


「……わ、わたくしも行っていいものですの?」


 モニアちゃんは、気後れしているようだ。


「もちろんだ。班のメンバーなんだから。もちろん、ヒペリカムちゃんもな」


「ありがとうございます」


 ヒペリカムちゃんも参加してくれるようだ。


 お姫さんを見ると、なんだかそわそわしている。

 彼女は『魔女の血縁』ということで地元ではぼっちだったので、こういう友達とわいわいする機会がとても嬉しいようだ。


 俺はわざと大きめの声で話していたのだが、これを受けて似たような話題がそこら中の班で始まる。


 任務への集中は重要だが、暗い気持ちで臨んでもよい結果は出まい。

 それならば、少し未来の楽しいことを目標に、目の前の仕事に全力で取り込む方がよっぽどよいのではないか。


 その光景を目にしたお姫さんが、ふわりと微笑んだ。


「……なるほど。わたしの聖騎士は、やはり優しい心の持ち主のようですね」


「もちろんですとも。俺の心は、女性への優しい気持ちで構築されているのですから」


「女性以外も、明るい顔になっていますよ?」


「そんなものは、おまけです」


「ふふふ」


 やがて俺たちの順番がやってくる。


 門を潜ると、そこは死の街。

 人の手が入らなくなった建物は朽ちていき、元は舗装されていただろう道は石がそこら中でめくれて悪路と成り果て、生者に惹かれて集まった死者の呻きが木霊する。


 そして集まった死者たちの首を、我ら聖者が刎ねて回るのだ。


 俺たちが割り当てられたのは、門から少し離れ、大通りを進んだ地点。

 門付近でもなく、中央でもない微妙な位置に、俺たちの実力への評価が窺えた。

 実績を積めば、やがて中央配置になるのだろう。


『あぁ、やはり』『まだ祝福されていない子たちがいる』『可哀想に』


 先日も結構斬ったが、あの程度では到底全滅などしない。

 大通りからはどんどん形骸種(キュリオン)がやってくる。

 

「じゃあ、行くか」


 リナム・クフェア組も、アグリモニア・ヒペリカム組も、聖女の加護を展開。


「お姫さん、防護を頼んでいいかい」


「――っ。は、はい!」


 自分一人で戦うという縛りはもう捨てた。彼女は俺の相棒。頼らせてもらおうではないか。


 彼女が祈り、淡い光が俺を包んでくれる。

 骨の剣を抜き放ち、大地を蹴る。


 駆け抜けざまに三つの首を飛ばし、形骸種(キュリオン)が密集する地帯に飛び込んだ。


「そうら」


 腰に溜めた剣を放ちながら、ぐるりと一周。形骸種(キュリオン)共が、旋風に巻き込まれたかのようにバラバラと飛び散っていく。

 地面に散らばるパーツは全て無視し、立って動く個体に狙いを定める。


 先程の一撃で右腕骨が砕け散ってしまった個体の頸骨を断ち、両手首を失いながらこちらに近づいてくる個体の頭蓋から胸骨柄までを叩き割り、返す刃で別の個体の肩甲骨や肋骨を巻き込んで強引に首の骨を破壊する。


 首を刎ねないことには完全に死なないとなると、形骸種(キュリオン)への有効な攻撃手段は限られるように思える。

 だが、最終的に首を断てばいいというのなら、斬撃の自由度はそう損なわれない。

 首へ至るあらゆる障害ごと、斬り裂けばいいだけなのだ。


 別に俺に限ったことではなく、現代の聖騎士は聖女の加護を得られるのだから、攻撃力強化で似たようなことは出来るはず。


 目に映る歩く個体を大方潰した頃、ふと足に何かが噛み付くのが分かった。

 上半身だけになった形骸種(キュリオン)だ。転がる部位を無視するとこういうことも起こる。


 以前ならば細心の注意を払っていたのだが、今の俺には聖女の加護による防護があるので、こういった不意打ちは淡い光に遮られて届かない。


「残念ながら、俺を呪おうとしても無駄だ」


 ――もう呪われてるからな。


 俺はそいつが何か喋るよりも先に、足で頭蓋を踏み砕いた。

 綺麗に殺せば救われるわけではない。俺も、死者も。


 周囲を見れば、俺の仲間たちも自分の担当分を処理し、先程死に損なった個体に(とど)めを刺して回っているところだった。


 三百年前の個体は、死ぬと同時に骨が風化するので、討伐確認が簡単だ。

 骨の身が残っていれば、そいつはまだ死に切れていないということなのだから。


 形骸種(キュリオン)の第一陣が全て風に溶け、息をつく間もなく第二陣がやってくる。


「……ん?」


 なにやら道の向こうから、やけに背の高い個体が凄まじい速度で近づいてくる。

 いや、違う。あれは背が高いのではなく――。


「馬に乗ってるのか」


 もちろん、馬も騎馬している者も骨だ。


『祝福を授けんと近づいた民を斬るとは、悪魔の所業! 許せん!』


「マジか……ありゃもしかして、三百年前の聖騎士か?」


 今でも民を傷つけんとする者と戦おうとは、中々に仕事熱心だ。


 街の中央の方から来ているのかもしれない。

 だとすると、そこそこ強い個体ということになる。

 『神心の具現』……特殊能力に目覚めている可能性もある。


「アルベール!」


「大丈夫だお姫さん。あれは俺がやるよ。他のみんなは周囲の奴らを頼む」


 その言葉だけで即座に行動してくれる仲間たちは、とても頼もしい。


「許せんとか言ってるが、じゃあどうするんだ? 俺たちを殺すのか?」


『否! 私直々に罰したのち、祝福を授けるとも! そして貴様らは、己が殺めた以上の者たちを祝福することで、その罪を償うのだ!』


 聖騎士としての正義は残っているのに、やはり優先順位の第一位に祝福の拡散が来てしまっている。

 こいつも、魔女の呪縛からは抜け出せなかったようだ。


「そりゃ無理だ。俺がお前を殺して、その罪とやらを重ねるからな」




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