54◇班と班
数日後、俺たちは『毒炎の守護竜』エクトルのいた封印都市へとやってきた。
十二形骸が討伐されたことで危険度が下がり、それによって本格的な都市の解放を目指して形骸種の掃討を行うのだ。
当然一日二日で終わるような任務ではないが、莫大な数だからこそ学生まで動員するのだろう。
エクトルはいないので、いい加減街の名前を覚えた方がいいかもしれない。
『毒炎の守護竜』のいる都市、とはもう言えないのだから。
「お姫さん、この封印都市ってなんて名前だっけ?」
既に移動の馬車から降りた俺たちは、班ごとに門の近くに集合している。
門の近くには、学生ではない正規の聖者たちの姿も確認できた。
「……ルザリーグです。教官が男性の際に著しく記憶力を低下させる癖、直した方がよろしいですよ」
お姫さんがジト目で言う。
そうか、男の教官が授業で教えていたのか。そりゃ覚えていない筈だ。
「俺の脳みそは、世の女性たちの言葉を忘れない為にあるんだ」
「では、わたしの訓戒も全て記憶されている筈ですね?」
ふむ、確かに色々なお小言を頂戴してきたが。
「もちろんです、我が主。しかしそれを実行できるかは、また別の話かと」
「もう……」
お姫さんは困ったような、呆れたような声を出した。
そんな彼女は、今日も美しさと可憐さの調和した絶妙な魅力を放っている。
白銀の長髪と蒼の瞳はそれ自体が輝いているようだし、白い肌は透き通るかのよう。
聖女の制服を押し上げる胸部は、とても十五歳になりたてとは思えない。
「我が騎士アルベール、不敬な視線を感じるのですが」
「そのようなことは、決して」
「女神様に誓えますか?」
「敬愛する主の魅力に目を奪われることが不敬に値するのであれば、どうぞ罰をお与えください」
「そ、そんなことを言ってっ」
澄まし顔で言い逃れをする俺の言葉に、お姫さんが照れたように顔を赤くする。
「そこの主従? 班行動なんだから二人だけの世界に入らないでくれる?」
じろりとした視線でこちらを見ているのは、赤髪ポニテのクフェアちゃんだった。
クフェアちゃんは引き締まった身体の眩しい美少女だ。
ツンデレ気味だが心優しい彼女もまた、胸部の膨らみに富んでいる。
「クフェアちゃんの健康的な美しさも、俺は好きだぞ」
「……軽口はいいから」
と言いつつ、顔を逸した彼女の横顔は赤い。
「もちろん、リナムちゃんもな」
「ふふ、ありがとうございます、アルベールさん」
柔らかく微笑むのは、青髪のリナムちゃんだ。
やや人見知りなところはあるが、親しくなると穏やかで非常に話しやすい。
周囲の者を落ち着かせ、和やかな気持ちにさせてくれる少女だ。
ちなみに、胸はクフェアちゃんに劣らない。
「モニアちゃんとヒペリカムちゃんも」
元いじめっ子ちゃん改め、アグリモニアちゃん。
金の長髪を靡かせたツリ目がちな少女だが、かつてのような高慢な気配はない。
なにせ、モニアちゃん呼びやタメ口も許してくれたくらいだ。
以前の彼女からは考えられない歩み寄りである。
それに先日、俺は見てしまったのだ。
彼女が模擬戦の件の詫びにと、クフェアちゃんに制服を弁償しているところを。
補填すれば許されるとは言わないが、彼女に謝罪の意思があることは確か。
クフェアちゃんはもう乗り越えているようなので、外野が何か言うことはないだろう。
「……その落ち着きようは、さすがですわね」
どうやらモニアちゃんは緊張しているようだ。
彼女だけではない。
中性的な容姿をした金髪の麗人ヒペリカムちゃんも、僅かに震えている。
「どうすれば、皆様のように平常心でいられるでしょうか」
なんて訊いてくる。
そう言われても、俺は恐怖というのがピンとこないので、上手く答えられない。
あるいはまだ知らないだけで、俺も何かを恐れる日がくるのだろうか。
最近、女性に声を掛けた時のお姫さんやクフェアちゃんの視線に凄まじい圧力を感じるのだが、あの時のなんともいえない感情がもしかすると恐怖なのだろうか。
「わたしも恐怖は感じていますよ。ですがそれ以上に形骸種の魂を解放したいという思いがありますので、それを原動力に己を奮い立たせています」
お姫さんが言う。
「あたしたちの場合は家族ね。死にたくないと思うし形骸種を見て悲しくなることもあるけど、家族の為に戦うし家族の許に帰りたいから戦うって感じかしら」
クフェアちゃんが続き、リナムちゃんと視線を合わせて頷き合っていた。
そして自然に、俺の番みたいな空気になる。
「死ぬのが怖いなら、俺の近くにいればいい。女の子なら守るとも」
それじゃあ解決にならないという抗議の視線がお姫さんあたりから飛んでくるので、言葉を続けることに。
「けどな、それなら都市の外にいてくれた方が安心だ」
俺の言葉に、モニアちゃんもヒペリカムちゃんも目を見開き、それから目を閉じた。
次に目を開いた時、彼女たちの中から迷いは消えていた。
恐怖が完全に消えたわけではわけではないだろうが、己が何者かは自覚できただろう。
俺たちは以前、実地訓練で同じ学び舎に通っていた者たちを何人も失った。
その記憶はまだ薄れていない。
しかし俺たちは、学園に残ることを選んだ。去ることも出来たのに。
それは戦い続けることを、既に選んでいたということであり。
今更門の前で悩むようなことはない。
さて、班メンバーの戦意が充分確認できたところで。
そろそろ都市に入れればと思うのだが……。
何やら、まだ全員揃っていないようなのだ。
と、そこへ最後の馬車が到着。
中からぞろぞろと聖者が出てくる。
見知った顔もいくつかあった。
周囲の生徒たちが騒ぎ出す。
「きゃあー! 『金色』のお二人よ! 加護の最長展開時間の記録を更新したパルストリス様に、彼女を守る鋼の騎士オージアス様! 素敵!」
近くの聖女ちゃんが叫ぶ。
『金色』は俺とお姫さんが入学試験で戦ったペアだ。
学内最優秀の十二組『色彩』の一角。
金髪聖女のパルストリスちゃんとは、実地訓練でも共に戦った仲である。
オージアスもいたような気がするが、些細なことだ。
パルストリスちゃんは黄色い声援に応えることなく、クールに歩いている。
「見て! 『滅紫』のお二人もいるわ! 攻撃力強化の出力は学内随一と言われるセティゲルム様に、彼女の加護を乗せて石造りの建造物さえ断ち斬ったと噂のクレイグ様! 共に戦えるなんて光栄ね!」
セティゲルムちゃんは、紫色の波打つ長髪が特徴的な美少女だった。
いや、年齢的には美少女で間違いないのだが、十代が放つには妖艶すぎる色香だ。
制服のボタンを大胆に外している関係で、豊満な胸部がこぼれ落ちそうになっている。
妖しい眼差しといい下唇のほくろといい、年齢を除けば俺の好みにばっちり嵌っている。
その横を真面目そうな男が歩いているような気がするがどうでもいい。
「……お姫さんも、あぁいう着こなしに挑戦してみたらどうだい?」
「呪いますよ?」
綺麗な笑顔で呪詛を吐かれてしまう。
「……もう呪われてるよ」
俺はすごすごと退散して、しかし諦めきれずに今度はクフェアちゃんに耳打ちする。
「あぁいう格好のクフェアちゃんも、見てみたいんだが」
「……子供の教育に悪いから、ダメよ」
「そ、そっか」
こちらは頬を赤くして感触は悪くなかったのだが、孤児院での年長者としての振る舞いを持ち出されては引くしかない。
確かにガキ共の性癖に甚大な影響を与えてしまいかねない。
仕方ない、セティゲルムちゃんを目に焼き付けよう。
とガン見していたら、お姫さんとクフェアちゃんから冷たい視線が飛んできた。
「セティゲルム様は十七歳ですよ?」
「対象外よね?」
「恋愛的に対象外かどうかと、魅力的かどうかは関係がないんだ」
俺が説明している間に、次の組が出てきたようだ。
「すごい! 『黄褐』のお二人まで! 聖女ながら自らも剣を振るう異国の姫ユリオプス様と、嵐の如き剣の腕を誇る双剣使いセルラータ様だわ!」
このペアは二人とも女性だった。素晴らしい。
ユリオプスちゃんは銀色の髪を肩まで伸ばした、褐色の肌に赤い瞳の美少女。
聖女の制服を着て帯剣している姿は、中々に珍しい。
眠たげな目をしているが、その佇まいには隙がない。
セルラータちゃんの方も剣を所持しており、褐色肌と赤目は同じ。髪は黒の長髪でボサボサに伸ばしており、歯はギザギザしている。
野生児という感じで、これまた素敵だ。
「そして! やはり来られたわ! 『深黒』のお二人よ! 入学時点で将来は十二聖者確実と言われたオルレア様と、英雄の再来と謳われたマイラ様よ!」
オルレアちゃんは、お姫さんの実の姉でもある。
白銀の長髪に、氷を思わせる青い瞳、細身でありながら肉感的な身体。
どこか冬のような気配を漂わせている点を除けば、お姫さんとよく似ている。
マイラは金髪碧眼前髪ぱっつん聖騎士で、義弟ロベールの子孫だ。
俺にとっては、姪っ子のような存在である。
マイラが俺に気づいたので軽く手を上げると、嬉しそうに表情を緩めた。
うぅむ……懐いた犬のようで、なんとも可愛い。
最初の頃のような剥き出しの刃感はどこへやら。
「『薄紅』のお二人はご欠席のようだけれど……。オルレア様を班長とする学内最強の班が来られるなんて、これ以上心強いものはないわ!」
ありがとう、ここまで解説してくれた名も知らぬ聖女ちゃんよ。
どうやら、登場した面々は全て一つの班に所属しているらしい。
何ならもう一組いるらしいが、その『薄紅』ペアは不参加のようだ。
というか、学内十二組の『色彩』の内、五組が固まるって戦力集めすぎだろう。
それをまとめあげる、オルレアちゃんのカリスマはさすがだが。
「さすがは、お姫さんの姉だな」
魔女の末裔というハンデをものともせず、圧倒的実力で己を認めさせ、他の強者さえも従えるとは。
「は、はい」
誇らしそうな、どこか悔しそうな顔をするお姫さん。
俺は彼女にだけ聞こえる声で、そっと話しかける。
「おいおい、何を悔しがる必要がある。確かに強者を率いるオルレアちゃんは格好いいが……それを言うなら、君が最初に従えたのは、『骨骸の剣聖』じゃないか」
彼女の視線が姉から外れ、俺に向く。
そして、花咲くように微笑んだ。
「ふふふ、そうでしたね。そしてわたしは、貴方に相応しい最高の聖女になってみせます」
「その意気だ」
その為にも、経験を積むのは重要。
この任務は最適と言えた。
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
みなさまの応援のおかげで、
本作の【書籍化&コミカライズ】が決定いたしました!!!!!!!
ありがとうございます!!!!!!!
レーベルや刊行時期などの詳細は、お話しできる段階になりましたらまたご報告いたします。
今後も楽しんでもらえるよう頑張りますので、
引き続き応援いただければ幸いです!!!!!




