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52◇残された者と守りきった者




 エーデルの話は、そう複雑なものではなかった。


 聖女時代の彼女は、それなりに優秀だった。

 しかしある時、封印都市での戦いで窮地に陥ってしまう。

 彼女の聖騎士は、相棒を逃がす為の囮となり、命を落とした。


 生還した彼女だが、戦場で相棒を失ったショックから、魔法が使えなくなってしまう。

 魔法の使えぬ聖女に居場所はなく、彼女は引退を余儀なくされた。


 そしてエーデルは、母が運営していた孤児院を手伝うこととなった。

 魔法は使えないので、聖女の力で運営資金を工面することはできない。


 だから、あくまで魔力を注ぐだけで済む魔石で、賃金を得ているのだろう。


「なるほど……」


「みっともないとお思いでしょう? 私はパートナーと共に、魔法も失ってしまったのです」


「みっともないとは、思いませんよ」


「せめて女神様の魔法を今も使うことができたのなら、子供たちにもう少し豊かな生活を送らせてあげられるのですが……」


「いやいや、雨風凌げる建物と、面倒見てくれる大人がいるだけで充分ですよ」


 それが、どれだけありがたいことか。


「……ありがとうございます。先程のお店は、やっと見つけた働き口なのです。魔法の使えぬ元聖女を雇ってくれるところはほとんどなく……。その、女神様への信仰を失っている可能性があると」


 エーデルが、言いにくそうに説明する。


 確かに、その可能性もあるのか。

 それだと、あまりに縁起が悪い。


 信仰心を失った聖女の魔力入り魔石、なんて品を好んで欲しがる者はいない。

 実情と異なるとはいえ証明できないのだから、そのあたりを気にする者がいるのは当然と言えた。


「そういう事情で、あの店を使い続けるしかなかったのですね」


 エーデルの身体目当てが透けて見えるとはいえ、他所では門前払いされる彼女に、仕事をくれるほぼ唯一の相手でもあったわけだ。


 まぁ先程『注意』したので、今後は普通に魔力を買うだけの関係でいてくれるだろう。


「私は、恐ろしいのです。クフェアとリナムは家族の為に聖者になろうとしてくれていますが、あの子たちが悲劇的な別れを迎えることになりはしないかと」


「……悲劇、ですか」


 ……うぅむ。


 どうしたものかと、俺は悩んだ。

 彼女の言い分は、ある一面では正しいので、完全否定したいわけではないのだが……。


「アルベール、様?」


「エーデルサン。聖騎士として、ちょっとお尋ねしてもいいですか?」


 よし、決めた。

 言ってしまおう。


「は、はい」


「相棒を失ったその日、エーデルサンは、どこか大きな怪我をしたのでしょうか?」


 彼女は何を思ったか、申し訳なさそうな顔をする。


「いえ……私だけが、無傷で生き残ってしまいました」


 やはり、彼女は勘違いしている。


それは素晴らしい(、、、、、、、、)


 俺の言葉を皮肉と捉えたのか、温和な彼女もさすがにカッとしたような顔をするが――。


「貴女の聖騎士は、自分の聖女を完璧に守り抜いた。違いますか?」


「――――あ」


 俺の言葉に、彼女は目を見開き、固まる。


「俺なら、相棒を無事に帰すことが出来たと、あの世で胸を張りますよ」


 こんな美人を、戦場で傷一つつけず結界の外まで逃せたのだ。

 聖騎士として、これ以上立派な行いはあるまい。


「…………」


「んで、相棒が『自分だけ生き残ってしまった』なんて罪悪感を抱いていたら、悲しくなっちまう。どうせなら『お前のおかげで助かった! ありがとな!』くらいの気持ちでいてもらいたいもんです」


 もちろん、外部から見て悲劇なのは理解できる。二人いた人間の一人が死んだのだ、嘆かわしいことだろう。


 生き残った側として、悲しいのも理解できる。相棒を失って喜ぶ者は異常だ。


 しかし、聖騎士として誇るべき結果を残せたのも、確かなのだ。

 現代の聖騎士は聖女を守る為におり、エーデルのパートナーはそれを果たしたのだから。


「……そう、でしょうか」


 やがて、エーデルが絞り出すように声を発した。


「貴女の聖騎士が何を言うか、俺よりも貴女自身の方が想像がつく筈だ」


 もちろん、俺のは聖騎士側に立った意見だ。

 聖女側からすれば、相棒に生きていてほしかっただろう。


 だが、共に死ぬか、あるいは片方だけならば生きられるか、なんて状況は実際にあるのだ。

 なんとか生き残った片方に、その後も一生落ち込んでほしいなんて、そんなことを考える相棒はいない。


 エーデルサンはしばらく黙っていたが、やがて小さく吹き出す。

 きっと、相棒の言いそうなことが想像できたのだろう。

 それはきっと、思わず笑ってしまうような回答だったに違いない。


「……なんて言ってました?」


 俺を見た彼女は、少女のように悪戯っぽい表情を浮かべている。


「秘密です」


「嫉妬してしまいますね」


「ふふふ、またご冗談を」


 冗談ではない。

 元相棒くんには悪いが、俺はエーデルサンと仲良くなりたいのだ。


「アルベール様は、不思議な御方ですね」


「格好いい御方、ではなく?」


「ふふふ」


 笑って流されてしまった。さすがは大人、対応に余裕がある。

 彼女からすれば俺は十代の若造なわけだし。


「貴方以外の方に同じことを言われても、これほど胸を打つことはなかったと思うのです」


 まぁ、知り合って間もない相手に自分のトラウマについてあれこれ言われたら、普通は腹が立つだけだろう。


 だが例外もある。

 相手が自分と同じトラウマを抱えている場合などは、共感から心を開きやすかったり。

 あるいは、相手の言葉に妙な説得力を感じたりだ。


 俺は見た目こそ十八のガキだが、三百年以上も生きている。


 そして彼女は、俺が父を失っていることも先程知った。

 それに俺はあの実施訓練にて戦場を経験している。


 世を知らぬ若造の綺麗事ではなく、喪失を知る青年の言葉として、彼女に響いたのだろう。


「偉そうに説教垂れるガキ、と思われなかったのなら良かった」


「これまで、私は自分の心だけで自分を罰していました。あの人の心にまで、考えが及ばなかった。いえ、想像はできた筈なのに、それは自分に都合のよい思考だと切り捨てていました」


 確かに、相棒が死んだ直後に『あいつが守ってくれた命だ、楽しく生きよう!』と即断するのは、前向きすぎるかもしれない。


 死の重みを受け止める時間は、誰にでも必要だ。

 人の死を咀嚼し、消化するのに掛かる時間は、人それぞれ。


「アルベール様の言う通りです。救われた命に、私は感謝すべきだったのですね」


 この会話で、急に過去を乗り越えることは出来ないだろうが、ほんの少しでも心が軽くなったのなら幸いだ。

 陰のある美女も素敵だが、やはり笑顔は明るい方がいい。


「俺だったら、その方が嬉しいですね」


 ――あ。


 そこで俺は、唐突にある少女のことを思い出していた。


 十二聖者――『吹雪』のネモフィラちゃんだ。


 今エーデルに言ったことは、ネモフィラちゃんにも当てはまるのではないか。

 エーデルは相棒を失い、悲しみに暮れ魔法を失った。

 ネモフィラちゃんは相棒を失い、復讐に狂って十二形骸を外に出してしまった。


 やっていることは違うが、喪失という出発点は同じ。

 あの子もまた、己を守って死んだ相棒の心に向き合うことが出来れば、今からでも変われるのだろうか。


 そもそも、俺の言葉が響くかどうか、という問題もあるが。

 エーデルに響いたのも、色々な条件が揃っていたからこそだし。


「アルベール様?」


 考え事していている俺を、エーデルが不思議そうに見上げている。


「あぁ、いえ。さっきの話ですが、母親としてクフェアちゃんとリナムちゃんを心配するのは当然の感情ですし、本人たちも伝えてあげるとよいかもしれませんね」


「そう、ですね。あの子たちは気を遣って、私の過去を訊いてくることもありませんでしたが……。大事に思っているからこそ、自分の経験をあの子たちにも伝え、お互いを支え合ってほしい……と、今日、思えるようになりました」


 二人揃って帰ってきてくれるのが最上の結果なのには、変わりない。


「えぇ。それに二人には、俺とアストランティア様もついていますから。最近、新しい仲間も出来ましたし」


「班の件ですね。アルベール様、今後とも娘たちをよろしくお願いいたします」


「もちろんですよ」


「それと……」


 エーデルを見ると、なんだか恥ずかしそうにもじもじしている。


「どうしました?」


「その……また、お話を聞いてくださいますか?」


「えぇ、俺でよければいつでも」


 おや。

 どうやら今回の件で、少しは心の距離が縮まったようだ。


 予定とは違ったが、こんな日があってもいいだろう。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おもろくて一気読みしました!
[一言] エーデルに100票‼︎ そしてこのヒロイン戦争に終止符が打たれたのであった 私はエーデルがヒロインでも一向に構わん‼︎
[良い点] 義父に死なれた、殺されてしまい大量虐殺をさせてしまった、残りの家族を生かすために戦った、義父に2度目の死を与えた。 アルベールのそこら辺の経験値はアホほど高いからなぁ…。
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