51◇元聖女と聖騎士
ひとまず、班の体裁が整った。
白銀の長髪に青い瞳をした、お姫さんことアストランティア様と、俺。
赤髪ポニテのツンデレ娘クフェアちゃんと、青髪ボブの何かと気の利くリナムちゃん。
元いじめっ子の金髪お嬢様アグリモニアちゃんと、その新たな聖騎士である中性的な容姿の美女ヒペリカムちゃん。
一見夢のハーレムパーティーに思えなくもないが、メンバーの実に四人が対象外という悲しい事実があった。
唯一聖騎士のヒペリカムちゃんは二十歳を越えているというので、親しくなるべく努力中なのだが、お姫さんとクフェアちゃんの視線が厳しく、難航している。
新メンバーの二人は、正式な仲間に採用できそうなくらいに優秀。
クフェアちゃんの剣が、独学の型に嵌まらぬものだとすれば、ヒペリカムちゃんは質実剛健。
アグリモニアちゃんの魔力や魔力操作も、同学年の中では上位に入る。
このまま共に鍛錬を積み、連携を強めれば、封印都市内でも上手く活動できるだろう。
『片腕の巨人兵』討伐作戦は、俺とお姫さんが『雪白』として、オルレアちゃんとマイラが『深黒』として参加することになった。
十二聖者となった『吹雪』のネモフィラちゃんと『黄金郷の墓守』も発案者なので当然参加する。
この三組だけならば事情を知っている者たちのみなので、形骸種としての力も惜しげなく使えるのだが、実際はそうはいかないだろう。
世間的には『深黒』と『吹雪』が一体ずつ、十二形骸を討伐したことになっている。
そのまま三体目もこの二組が倒すとなると、面目が立たないと考える者は多い筈だ。
あるいは純粋に、世界を救おうと参加する十二聖者もいるかもしれない。
どちらにしろ、他に干渉してくる者は現れるだろう。
まぁ、誰が参加することになっても、俺のやることは変わらない。
お姫さんを護り、敵を討つだけ。
そんなわけで、休日がやってきた。
休む日と書いて休日なのだから、思いっきり心を潤そうではないか。
魂の癒やし。すなわち、女性だ。
俺は新たなる出逢いを求め、街を歩いていた。
最近は少女たちや孤児院のガキ共と過ごすことが多いが、本来の俺は大人の女性と親しくなることに情熱を掛けていた筈ではないか。
今日こそは、俺は俺の幸福が為、大人の女性との愛を――。
と思っていたところで、見知った顔を見かけてしまった。
路地だ。
何かの店舗の、裏口らしき場所に、美女といやらしい顔のオッサンが立っている。
俺は一瞬、通りに面した店の名を確認。
どうやら、薬草店のようだ。
俺には馴染みがないが、魔力の生成を促す薬草があるのだという。
また、こういった店には、空の魔石や、誰かが魔力を充填させておいた魔石も売っているのだとか。
この街は聖者を育成する学園があるので、そんな学生たちを対象とした商売なのだろう。
庶民だって、任務をこなしていく内に討伐報奨などで懐も温かくなっていく。
そうすれば薬草や魔石に手を出す余裕も出てくる、というわけか。
つまり、裏口にいるおっさんは店員か、もしくは店長か。
そして美女の方だが、なんと――エーデルだった。
実の母である婆さんと共に孤児院を経営する、麗しき美女である。
年齢こそ三十を過ぎているようだが、その金の髪は美しく輝き、肌は十代に劣らぬツヤを保ち、それでいてどこか物憂げな瞳と泣きぼくろは尋常ではない大人の色香を放っている。
おまけに胸部は豊満、腰はくびれており、臀部は大きな曲線を描いているときた。
ただ立っているだけで、勝手に男が魅了されてしまうほどの美女。
俺は、彼女がおっさんに対して気まずそうな表情を浮かべているのを確認すると、音を立てずに路地に近づいていく。
すぐに飛び出せるように準備しつつ、物陰に隠れる。
何事もなければ、それでいいのだ。
「今日もお疲れさま、エーデルさん。これ、今日の分ね」
おっさんに銀貨数枚を手渡されるエーデル。
「はい、ありがとうございます」
「魔石に魔力入れてくれる人って結構少ないからさ、助かってるよ」
なるほど、魔力入りの魔石は、エーデルのように何かしらの事情がある人間が引き受けるわけか。
現役魔法使いならば自分の魔力は自分の為に使うので、人に魔力を売る者は少ないのだろう。
「いいえ、こちらこそ、魔力注入でお給料をいただけて、助かっています」
「エーデルさんって元聖女なんでしょ? 癒やしの魔法の方が稼げるんじゃない?」
それは俺も気になっていたことだ。
かつて聖女として活動していた彼女は、癒やしの魔法が使えるはず。
しかし、誰でも考えつくようなことをしていないのなら、そこに何か事情があるのだと察せそうなものだが、デリカシーのないおっさんだ。
「……」
「ごめんごめん、なんか事情があるんだよね」
「あの、子供たちの世話がありますので、本日はこれで」
「あー待って待って。例の件、考えてくれた? うちで店員として雇うって話」
「ありがたいお申し出ですが、まだ幼い子も多く、長時間家を空けることは避けたいのです」
その点、空の魔石を預かって、隙間時間に魔力を注ぎ、この店に持ち込んで給料を貰うというのは、エーデルに合った仕事に思える。
「いいの? もっと給料ほしくない? その方が、子供たちも沢山ご飯食べられるでしょ」
……なんだか腹が立ってきたが、俺はまだ我慢することに。
強制介入するほど悪どいことは、行われていないのだ。
とはいえ、子供を心配しているふうを装って、更なる労働に誘導するのは褒められた行いではないだろう。
「魔力注入のお仕事だけで、充分助かっておりますので」
エーデルが丁寧に頭を下げて断ると、おっさんは、これみよがしに溜息を吐いた。
「……はぁ。あのさぁ、わからない? 今後も魔石で金を稼ぎたかったら、うちで働けって言ってんの」
優しげな態度から一変、高圧的な言動へと変わる。
そして、男はエーデルの肩に手を伸ばし――。
その手首を、俺は掴んで止めた。
「エーデル、遅いから心配になって迎えに来たよ」
俺はエーデルに微笑み掛ける。
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに俺の演技に気づいたようだ。
「あ、アルベール、さん」
と、俺に合わせて呼び方をいつもと変えている。さすがの対応力だ。
「それで、こちらが薬草店のご店主ということでよろしいのかな?」
おっさんは俺の格好を見て、バツが悪そうな顔になる。
それもその筈。俺は休日も聖騎士の制服に身を包んでいるのだ。
そして薬草店の主な客層な聖女。
聖騎士は、言わばメインターゲットと密接に関わる職業。
「せ、聖騎士様っ。何の御用でしょうか……」
「いや、大事なエーデルを迎えにきたはいいものの、なにやら男が彼女に触れようとしているのが目に入ってね。悪漢だったら懲らしめてやらねばと思ったのだが、ご店主だったとは。俺の早とちりだったかな?」
握る手首にほんの少し力を加えただけで、おっさんの顔が青くなっていく。
「いっ……! え、エーデルさんとお知り合いで?」
「あぁ、ご店主はまさか、人の大事な女性に手を出すような愚か者ではあるまい?」
「も、もちろんですともっ!」
おっさんはこくこくと高速で首を縦に振る。
「よかった。頼れる街の薬草店を、女性の弱みにつけ込むクズが経営しているだなんて思いたくはない。そんなことになれば、学園の聖女サマたちもさぞかし失望するだろう」
学校というコミュニティでは、噂が広まるのは早い。
このおっさんも、そんなことは承知の上だろう。
元聖女を手篭めにしようとしていた悪人だなんて話が、もし広まったら大変だ。
一気に客足が遠のく未来を想像したのか、震えだす。
「め、滅相もない! 今後とも質のいい魔石をよろしくと話していただけで……!」
「そうか。今後も買ってくれるか。そうだよな、エーデルは何の問題も起こしていないものな?」
俺がこの場で助けても、男が機嫌を悪くしてエーデルが仕事を失う可能性もあった。
しかし、エーデルを粗末に扱うことで今後の己の仕事に悪影響が出るかもしれないとなれば、そうもいかない。
これで、引き続き魔力注入での賃金は得られるだろう。
「は、はい!」
そろそろ血の気がなくなってきた店主を、俺は笑顔で解放する。
彼の手首には俺の手形がくっきりとついていたが、折れてはいまい。
「じゃあ、子供たちのところへ帰ろうか、エーデル」
俺はそっと彼女の肩に腕を回す。
彼女も演技中と理解しているので、抗わない。
去り際、首だけ振り返って店主に言う。
「今度、俺の聖女サマと店に寄らせてもらうぞ」
「……お、お待ちしております」
ここまで言っておけば、妙な真似はしまい。
店が見えなくなるまで、エーデルと共に歩いていく。
「あ、あの、アルベール様」
「アルくんで構いませんよ、俺のエーデル」
「お戯れを……」
彼女は恥ずかしそうに頬を染めつつも、俺の腕をそっと外す。
無理やり続けてはあのおっさんと同じになってしまうので、俺も素直に引き下がった。
「すみませんエーデルサン、どうしても放っておけず」
「いいえ、助けていただきありがとうございます。それも、今後の仕事に影響が出ぬよう、ご配慮までいただき……」
「いえいえ。それにしても腹の立つおっさんでしたね。というか、クフェアちゃんたちのことは知らないのでしょうか?」
困っている女性に手を差し伸べるところまでは善行だが、それで自分になびかなかったからと言って脅し始めては、そんな者は男とは呼べない。
「ご存知かと。しかし、その……」
エーデルが言いにくそうな顔をしている。
「あぁ、実際そういう関係になったところで、エーデルサンがクフェアちゃんたちに言うことはないだろうと、高を括っていたわけか」
もしくは、バレたところで孤児院出身のクフェアちゃんやリナムちゃんの発言など、誰も聞き入れないだろうと考えたのか。
どちらにしろ不愉快だ。
「おそらく……」
あんなやつのところで、わざわざ働く必要はないのだが……。
彼女だって、それが出来るのならそうしているだろう。
俺が黙っていると、エーデルがくすくすと微笑んだ。
「どうしたんです?」
「いえ、あの子たちから聞いていた通り、本当にお優しい方なのだなと」
俺があれこれ詮索しないことを言っているのだろう。
「もちろんです、俺は全ての女性の味方ですから」
「ふふ、そうですね。私の母も、クフェアやリナムも、そしてリナリアまで、みんながアルベール様には感謝しています。もちろん、男の子たちもですが」
なんだかんだと、あの孤児院の面々とはだいぶ縁が出来ている。
「同じように、エーデルサンとも親しくさせていただきたいのですが」
「からかわないでくださいな、このような年増女……」
「俺には素敵な女性にしか見えませんよ。しかし、あまりしつこくしては先程の男と同じになってしまいますね」
「そのようなことはございませんよ」
「そうですか?」
「アルベール様は、私が誘いをお断りしても、きっと私や家族に、引き続き優しく接してくださるでしょうから」
「分かりませんよ。今後もチビたちにお菓子を買ってほしくば、乳を揉ませろ~などと言い出すかもしれません」
「ふふふ、それは困りました。アルベール様のお菓子は、あの子たちの楽しみになっていますから。こうなっては、覚悟を決めて年増女の胸を差し出す他……」
エーデルが俺の冗談に乗って、わざとらしくしなを作る。
それから、俺達は互いに笑った。
「エーデルサンを魅力的だと思っているのは事実ですが、無理やりということはありませんのでご安心を」
「子供たちが信用している方ですもの、私も信用しておりますよ」
それからしばらく、とりとめのない話をしていたのだが。
「あ、あの、アルベール様」
「なんでしょう?」
「あの子たちは……クフェアとリナムは、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫というと?」
「その、前回の実施訓練で、多数の戦死者が出たと聞いたので……」
孤児院の子供たちを我が子のように思っているエーデルからすれば、心配で仕方ないのだろう。
自身も元聖女だったので、封印都市の恐ろしさを経験として知っているわけだし。
「二人は優秀でしたよ。緊急時にも、よく対応できていましたし」
「そ、そうですか……。ただ、その、パートナーを失った子も、いたと聞きますし……」
「確かに、そういう者もいますね」
「あの子たちが、そのような目に遭うかと思うと……」
「そのお気持ちは、分かります」
俺だって、クフェアちゃんとリナムちゃんのどちらか一方、あるいは両方が戦死するだなんて考えたくもない。
だがそれが起こり得るのが、戦場というもの。
挑む者は死力を尽くすしかなく、待つ者は祈るしかない。
「アルベール様」
「なんです?」
「勘違いでしたら、申し訳ないのですが……。貴方には、大切な人を失った経験があるのではないですか?」
彼女がわざわざ、そういった部分に踏み込んでくるということは、何か意味があるのだろう。
「……えぇ。聖騎士であった、父を」
ゾンビになったから、自分の手で殺したのだとは、言えないが。
「それは、お気の毒に……」
「いえ、昔のことですから」
ほんの、三百年ほど前のことだ。
「時間など……。愛する者を失った喪失感は、時の流れが自然に癒してくれるものではありませんから」
「そうですね」
確かにその通りなのだろう。
たとえば妻を失ったダメージが『100』で、それは一年ごとに『10』癒えます――なんて、人の心は便利に出来てはいないのだ。
心はもっと複雑で、厄介なもの。
すぐに立ち直れる者もいれば、ずっと前を向けない者もいる。
「私の話を、聞いていただけますか? とても、楽しい話ではないのですが」
「是非、聞かせてください」
そして、エーデルは語りだす。




