50◇面談と成長
「……」
「クフェアちゃん、そう怒らんでくれ」
「怒ってないわよ」
放課後の空き教室。
そこに俺とお姫さん、クフェアちゃんとリナムちゃんの四人が揃っていた。
俺たちは座席の前列に並んで腰掛け、先日も議題に上がった班の仲間の面接を行おうと集まったのである。
最初の候補者との約束の時間数分前、俺は右隣に座る赤髪ポニテのツンデレ美少女を宥めている。
「しかし、明らかに機嫌が悪いじゃないか」
ここに来る途中、彼女たちに『片腕の巨人兵』討伐作戦への参加を伝えたのだ。
詳しくは話せないが、同じ班の仲間であり友人、話せるところまでは話すべき。
クフェアちゃんは自分たちも参加すると言ってくれたのだが、参加資格がない。
学生で参加できるのは、学内最優秀の十二組『色彩』のメンバーのみ。
『深黒』オルレアちゃん&マイラペアと、『雪白』になったお姫さんと俺は問題ないが、この二人は一緒に来ることができない。
そこまで説明したところで、クフェアちゃんが不機嫌になってしまったのだ。
「なんで、あんたたちが参加しなくちゃならないのよ。まだ入学間もないのに……」
どうやら、クフェアちゃんは俺たちの身を案じてくれているようだ。
「ごめんなさい、クフェアさん。これは当家の問題も絡んでいまして、参加しないわけにはいかないのです」
お姫さんが言う。
言えない部分を隠しつつ、嘘でもない説明だった。
十二聖者『吹雪』のネモフィラちゃんと、『黄金郷の墓守』。
復讐に狂った聖女と、三百年前の忠義を別人に向けている騎士。
このいびつな聖者を放っておくことは出来ない。
特に騎士の方は、お姫さんの実家に伝わる秘術で、結界の外へと連れ出されている十二形骸だ。
魔女の血縁としての責任感を持つお姫さんとしても、とても無視できない存在。
「だとしても……!」
「クフェアちゃんは、お二人の為に何もできないことが悔しいんだと思います」
青い髪をあご丈に伸ばしたリナムちゃんが、幼馴染の背中をさすりながら言う。
「うっ、そ、そうよ! だから、あんたたちに怒ってるわけじゃないから!」
自分が友人に協力できないことを悔しく思っているわけか。
なんとも彼女らしい。
「そうか。じゃあ、クフェアちゃん」
「なによ」
「次は手伝ってくれ」
「――――」
今の彼女に必要なのは、謝罪でも慰めでもない。
ただ、未来の彼女を信じればいい。
「……ふふっ。任せなさい、すぐに追いついてみせるんだから!」
数秒ほど呆気にとられた顔をしていた彼女だが、やがて吹き出すように笑う。
そして馬の尾のようなポニテをフッと払い、自信満々に宣言。
ようやくいつもの彼女に戻ってきた。
「君が走る間、俺も進むわけだから、残念ながら追いつかれることはないんだが」
「ちょ! そこは『待ってる』とか言うところでしょ!」
「あはは」
「もう……」
唇を尖らせつつ、クフェアの顔に先程までの不満はない。
「アルベールさんは、クフェアちゃんを元気にするのが上手ですね」
「リナムっ!? 変なこと言わないで!」
「まぁ、俺は大人になったクフェアちゃんの初デートを予約している男だしな」
「ばっ、あんたも何言ってるの!?」
二年後に改めて親しくなろうと、以前話していたのだ。
「え? 初めてじゃないのか?」
「……は、はじめてだけど」
消え入りそうな声で答えるクフェアちゃんの顔は、彼女の髪よりも赤い。
非常にかわいいが、いじりすぎたかもしれない。
せめて、締めは真面目な話にしなければ。
「その光栄な役目を他の奴にとられない為にも、俺たちは必ず帰ってくる。だから、鍛錬でもして待っていてくれ」
「……うん」
素直な子供みたいに、こくりと頷くクフェアちゃん。
よし、上手く話がまとまったな。
と思っていると、左隣のお姫さんに袖を引かれた。
見れば、彼女がジト目で俺を睨んでいる。
無言の圧力だった。
「もちろん、お姫さんとの約束も忘れてないぞ」
俺の最期はもう決まっているのだ。
彼女の目を見てハッキリと伝えると、そっと袖から手を離される。
ひとまず許されたらしい。
「……なによ、アストランティアとの約束って」
クフェアちゃんは聞き逃さない。
「お、そろそろ最初の面談者が来るんじゃないか」
「誤魔化すつもり? ……まぁ、大体予想はつくけど」
彼女の予想はデート関連だと思うが、実際は違う。もう少し重めの約束を交わしたのだ。
それを言うのは野暮なので、訂正はしない。
そんなやりとりとしていると、本当に最初の候補者がやってきた。
教室の扉を開き、普段は教官が立つ教壇に向かって進んでくる。
そして面談が始まる。
◇
それから四組ほど面談したのだが、どうにもピンとこない。
「強化前提とはいえ、聖騎士の実力がなぁ」
実力者ともなると、相対しただけで相手の力量がある程度は分かるものだ。
それで言うと、面談を済ませた四人の聖騎士は全員、微妙と言わざるを得ない。
「わたし自身が修行の身であることは棚に上げて言いますが、聖女の方々も魔力量や制御能力に不安を感じます。無論、共に戦うことを考慮した場合はですが」
彼ら彼女らもこれから成長するのだろうが、この時点で共に戦う仲間としては頼りない、ということだろう。
「あたしみたいに、アルベールに修行つけてもらえば変わったりしない?」
「いやクフェアちゃん、君は元々才能があったんだ。それに、プライドなんて捨ててなんでもするっていう意思もあった。俺は誰でも強くできるわけじゃない」
「そ、そう……」
クフェアちゃんが、少し照れたように返事する。
「誰かを審査するって、責任重大で緊張しますね。でも、命に関わることだから、しっかりとしないと」
穏やかな気性のリナムちゃんには、人の価値を計って合否を出すということに抵抗があるようだ。
それでも、この面談の重要性を理解し、頑張っている。
「そうですね、共に戦う仲間に巡り会えるよう、引き続き真摯に取り組んで参りましょう」
というわけで、五組目。
入ってきて聖者を見て、おやと思う。
その一人に、俺は、いや俺たちは、見覚えがあったのだ。
「いじめっ子ちゃんじゃないか」
金髪ロングの傲慢お嬢様。
入学間もない頃、孤児院出身のクフェアちゃんたちに突っかかってきた貴族令嬢だ。
最初の模擬戦でクフェアちゃんを苦しめたが、再戦時には逆に恥を晒すこととなった。
その後は大人しくしており、『毒炎の守護竜』のいる都市内での実施訓練も俺たちと同じグループだった。
元々聖者としての実力はあり、実施訓練でも生き残っていた。
だがおかしい。
「……けど、聖騎士が違うわ」
クフェアちゃんもすぐに気づいたようだ。
生還した筈の聖騎士の姿はなく、代わりに女性騎士が側に立っている。
中性的な容姿の金髪美人で、前髪に近い横髪が長く、後頭部に向かうにつれそれが短くなっていっている。騎士の制服には女性用のスカートもあるのだが、彼女が着用しているのは男用のズボンだ。
翡翠の瞳は宝石のように美しい。
少しだけ、出逢った当初のマイラと雰囲気が似ている。
パッと見た限り、中々やるようだ。
「……聖女、アグリモニアと申します」
「その聖騎士、ヒペリカム」
かつての彼女ならば、このような場に訪れることも、自ら名乗ることもなかっただろう。
いじめっ子ちゃん改めアグリモニアちゃんに、俺は声を掛ける。
「これは、私たちの班メンバー候補の面談なのですが、よろしいので?」
「はい。本日は、わたくしたちが貴方がたに相応しいかどうか、ご判断いただく為に参りました」
……なるほど、少なからず彼女の内面に変化があったようだ。
人は簡単には変わらないが、絶対変わらないわけではない。
話を聞くと、実施訓練を経てアグリモニアちゃんの聖騎士は辞めたとのこと。
そして、ヒペリカムちゃんの聖女も、学園を退学することを選んだ。
残った者同士ということで、二人は組むことになったという。
そして、多くの訓練生に被害を出した先の実施訓練を通して、アグリモニアちゃんは自分がやっていたことの愚かしさを悟った。
身分で人を差別するような余裕は、聖者にはないのだと、本当の戦いを経験することでようやく理解できたようだ。
これをいつまでも理解できない者もいるので、変化できた分、彼女は救いようがある……と、俺は思うのだが。
因縁があるのは、クフェアちゃんとリナムちゃんの方。
特にクフェアちゃんは、アグリモニアちゃんの前の聖騎士に、こっぴどくやられた過去がある。
生徒たちの面前で服を切り裂かれ、模擬戦とはいえ嬲られたのだ。
その張本人は既にいないとはいえ、命じた側のアグリモニアちゃんを果たして許せるかどうか。
「クフェア様、リナム様、その節は大変申し訳ございませんでした」
アグリモニアちゃんは深く腰を曲げて謝罪。
「わかった。許すわ」
あっけらかんと、クフェアちゃんは答える。
「……私も、クフェアちゃんがいいなら」
リナムちゃんもそれに追随する。
「ほ、本当によろしいのですか?」
あまりに軽い感じで許しを得てしまったからか、顔を上げたアグリモニアちゃんの顔には戸惑いが浮かんでいる。
「別に、あたしだってやり返したし。それに……あれがきっかけで、強くもなれたし」
クフェアちゃんがこちらをちらりと見ながら、頬を染める。
俺との修行や、仲良くなれたことを思い出しているのだろうか。
相変わらず、かわいい子だ。
そして、とても心の広い子だ。
「あんたこそいいわけ? こっちと組んだら、貴族のお友達に嫌われるんじゃない?」
彼女の友人は一部が実施訓練で命を落としたが、全員が亡くなったわけではない。
その子たちの中には、俺たちと班を組むことを裏切りと感じる者もいるだろう。
「構いません」
過ごしやすい環境から離れてでも、強くなりたいという覚悟を感じる。
かつてクフェアちゃんも言っていたが、アグリモニアちゃんは弱くない。
むしろ聖女としては優秀な部類。きっと入学前から聖女としての訓練を受けていたのだろう。
新しい聖騎士ちゃんの方も、中々優秀な様子。
俺は他の仲間三人を見回し、彼女たちが頷くのを確認してから、候補者に向き直る。
「では、まずは試用期間ということで、よろしいですか?」
アグリモニアちゃんが目を見開く。
覚悟を決めてやってきたはいいが、落とされるとでも思っていたのだろう。
「え、えぇ。力を尽くします」
隣の聖騎士ヒペリカムちゃんもぺこりと頭を下げる。
こうして、俺達は新たな仲間候補を得たのだった。




