49◇決裂と策謀
ネモフィラちゃんは、穏やかに笑っている。
そんな彼女に対し、お姫さんは理解できないとばかりに表情を歪めた。
「……仮にも己の聖騎士を、他家の者に差し出すというのですか」
ネモフィラちゃんはなおも笑顔を作りながら、首を僅かに傾けた。
「? 形骸種を還送するのは、聖者の職務では?」
「待ちなさい。それよりも、何故聖騎士アルベールにあの者を還送させたいのか、その説明を」
感情的になりかける妹を制し、オルレアちゃんが問う。
「単純です。私があれを使うと決めたのは、そうすることで一体でも多くの形骸種を殺せると考えたからに過ぎません。ですが――アルベール様がいれば、もうあれは不要でしょう」
――あぁ、この子はダメだ。
俺と似ているようで、根本的に違う。
復讐はいいのだ。
俺だって『魔女』を殺す為に生き延びたのだから。
だが、この子は壊れてしまっている。
覚悟しているのではなく、暴走しているのだ。
聖騎士を殺されたことで心が壊れたのか、あとは自分が破滅するまでに一体でも多くの敵を殺そうとしているだけ。
だから危険な十二形骸を外に出すし、命を惜しまず他の十二形骸に挑むし、より使えそうな十二形骸を発見すれば、自分の道具は簡単に捨てられる。
危険な道具を捨てるという彼女の判断は一見理知的に思えるかもしれないが、そもそも理性が残っているなら危険な道具を結界内から持ち出したりしない。
お姫さんは、ロベールの手記や、俺が他の形骸種を皆殺しにした事、前に派遣された聖者を殺さず追い返した事実などの他、実際に対話することで俺に人間性が残っているかを確認するなど、多くの情報を許に取引相手になりうると判断した。
だがネモフィラちゃんにはそれがない。
いかれた形骸種だと知りながら、青髪野郎を連れ出したのだ。
最初の一手が狂っている時点で、彼女はもう信用できない。
「今、あれは二つの能力を有しています。植物を生み出し操る『黄金庭園』、地震や山崩れを誘発する『震撼伝達』です。あれを殺せば、アルベール様は新たに二つの力を獲得することでしょう」
「引き換えに、貴女は何を求めるのです?」
オルレアちゃんも彼女の狂気に気づいているだろうが、対話が成立するならばと情報収集に徹するようだ。
「我々の家の間で、アルベール様の権能を共有できればと考えています」
使い勝手の悪い、いつ壊れるとも知れぬ道具を捨て、比較的安定した動きを見せる新たな道具に乗り換えようというのだ。
その道具はアストランティア嬢のものだから、共有しないかと提案をしている。
「私は形骸種を殺せればそれでよいのですが……。当家は元々、あれの力を利用することを目的としていました。ですが、あれは騎士としての働き以外ではまるで役に立たないのです。特に『黄金庭園』の利用に関しては、『姫』たる私の命令を以てしても、固まるばかりで発動さえしない始末」
能力は本人の意思で操る。
命令されても使わないということは、青髪野郎の心が引っかかっているのだろう。
俺だって、たとえば守護竜エクトルの炎を、焚き火に使いたいから出せなどと言われたら、不愉快に思うかもしれない。
そのように、能力を利用できるかどうかと、実際にそのように利用するかどうかの間には、大きな違いがある。
形骸種を利用しようと考える者たちは、不死者が心を持って生きていた人間である、という意識に欠けるのではないか。
人間が理屈だけでは動かないという当たり前を、失念しているように思える。
「これから先も形骸種を殺し続ける為には、当家にも利を齎さねばなりません。そこで、アルベール様に力の全てを集め、我々の間で恩恵を共有しようと考えたのです。幸い、そちらのアルベール様は、アストランティア様と良好な関係を構築されているご様子。協力する余地はあるかと」
ネモフィラちゃんは、俺たちの反応を待たずに言葉を重ねる。
「こちらが『黄金庭園』を提供すれば、どれだけの利益が見込めるかは、ご説明するまでもないかと思います。無論、アルベール様への報酬も約束いたします。当家の力を尽くして、アルベール様好みの美女を用意いたしましょう。いかがですか?」
「――いい加減にしてください!」
バンッと卓を叩きながら、お姫さんが立ち上がった。
椅子が倒れ、卓上の茶器がカチャンと音を立てる。
「どうされましたか、アストランティア様」
「貴女は聖騎士をなんだと思っているのですか! 己の聖騎士を道具の如く扱い、他者の聖騎士を共有しようなどと提案する! あまりに無礼です!」
「……私は、互いの利益となるような――」
「最初の聖騎士も、貴女はそのように扱っていたのですか?」
「――――」
そこで初めて、ネモフィラちゃんから笑みが消えた。
「命がけで自分を守る聖騎士を、軽々しく他家と共有するなどと口に出来たのですか?」
一瞬だけ崩れた彼女の笑顔だが、ネモフィラちゃんは次の瞬間には笑みを貼り直していた。
「……なるほど、確かに礼を失していたのは、私のようですね。貴女にとって、アルベール様がそれほど大事な御方だとは、見抜けませんでした」
確かにネモフィラちゃんからすれば、十二形骸は不死者殺しの道具に過ぎない。
俺とお姫さんの関係を正しく把握するのは、難しかっただろう。
「一応尋ねますが、アルベール様の方はいかがですか?」
ふむ。
「私は、誰の隣で死ぬかを、もう決めております。国中の美姫を集めたとしても、この意志が揺らぐことはありませんよ」
まだ見ぬ美女との出逢いは正直垂涎ものなのだが、お姫さんと天秤に掛けられるものではない。
彼女と共に死ぬと、つい先日誓ったばかりなのだ。
「それほどですか、アストランティア様は」
「それほどなのです」
「振られてしまいましたね」
ネモフィラちゃんは淡く微笑むだけで、落胆さえ見せない。
その後、主にオルレアちゃんがネモフィラちゃんに聞き込みをし、情報を収集。
ネモフィラちゃんは渋ることもなく質問に答えた。
それが済むと、俺たちは屋敷を後にすることに。
「あぁ、『片腕の巨人兵』討伐作戦ですが、『色彩』であれば学生であっても参加できますので、よろしければ」
ネモフィラちゃんが別れ際にそう言った。
色を異名に冠する学内最優秀の十二組を、『色彩』と総称するらしい。
「やられたな」
みんなで馬車に乗り込んでから、俺は口を開く。
「……アルベール?」
お姫さんが不安そうに俺の顔を見ている。
「聖騎士アルベールの言う通りですね。ネモフィラ様は元々、今回の交渉などどうでもよかったのでしょう」
「え?」
「同意が得られれば儲けものくらいには考えてただろうが、そもそも家同士の契約って当主同士で話し合うものじゃないのか?」
「――た、確かにそうですが……」
互いに十二形骸と契約した聖女、という当事者同士とはいえ、これほど重要な話ならばお互いの当主が話すべき内容に思える。
おそらくこの後、実際の協議が二つの家の間でも行われるのではないか。
「ではネモフィラ様は何故、今日の話し合いを?」
「『片腕の巨人兵』討伐に、俺とお姫さんを引っ張りだす為だ」
俺の説明は簡潔過ぎたのか、お姫さんはピンと来ていないようだ。
それに気づいたオルレアちゃんが補足してくれる。
「聖騎士アルベールが十二形骸であると気づいた時点で、彼女は『毒炎の守護竜』還送を果たしたのが誰かも気づいたことでしょう。そして今回話したように、己の聖騎士が抱える不安は事実。どこかでアルベールに、『黄金郷の墓守』を殺めさせたい。そう考えた時に適しているのは、封印都市内です」
「さすがに、屋敷や街の中で殺すとか不安が残るしな」
剣士としての腕は俺の方が上だが、やつには二つの特殊能力がある。
命を狙われていると気づけば抵抗するだろうし、周囲にどんな被害が出るか。
殺させるのならば、狙い目は封印都市内。
それまでは、あいつが暴走しないよう祈るしかない。
仮に暴走したとしても、感染拡大しないことだけが救いか。
お姫さんの家と同じ秘術のようなので、感染能力は封じられている。
「『黄金郷の墓守』はいつ暴走するとも知れない個体です。それが今、封印都市の外で活動している。これを長く放置することは出来ません」
「それは……お姉様の言う通りです」
「そして、この件に関して学園や組織、他家を巻き込むことも出来ません」
「……そんなことをすれば、最悪アルベールの件も露見してしまうから、ですね」
こちらがなりふり構わず青髪野郎を潰そうとするなら、ネモフィラちゃんもこちらの秘密を守る理由はない。
十二形骸の利用を両家の秘密として共有している現状は、崩してはならないのだ。
「また、『片腕の巨人兵』討伐が成功した場合、保有する能力の総数で、『黄金郷の墓守』が勝ることになります」
俺が二個、青髪野郎が三個になるわけだ。
いつ暴走するか分からん野郎が、強化されることになる。
これは放置できないので、俺たちも参加することになるだろう。
俺たちが一足飛びに十二聖者にならなかったことから、昇格などに興味がないことは把握している筈。
そんな俺達を戦場に引きずり込む為に、今日は話し合いの場を設けたのだ。
青髪野郎を聖騎士にした経緯一つで、俺たちはネモフィラちゃんとあの野郎を放置できなくなった。
あの子は精神を病んでいるが、元々賢い子だったのだろう。その知性は衰えていないようだ。
「……お姫さんには、しっかりと成長する時間を確保したかったんだが」
その為の学生期間である筈なのに、何故こうも立て続けに問題が起こるのか。
「私も妹を危険に晒したくはありませんが、今回の件は放置できません」
「……わたしも同じ思いです」
「より一層、厳しい鍛錬を課す必要が出てきました。ついてこれますね?」
「はい!」
お姫さんは力強く頷いた。
前回の守護竜エクトルとの戦いで、俺も聖女の力の重要性は悟ったつもりだ。
エクトルを倒すことは出来たが、残った骨格だけで動き出してしまい、これを還送するのにお姫さんの力を借りたのだ。
次の巨人兵、そして墓守野郎でも同じことが起こるかもしれない。
そういえば、次の標的に選ばれた十二形骸が『片腕の巨人兵』だった理由は不明だ。
ネモフィラちゃんの家と、巨人兵の都市を管理している家に繋がりがあるとかだろうか。
あるいは、俺たちを目論見通りに動かせなかった場合、青髪野郎に入手させる能力として、巨人兵の力が欲しかったのか。
『骨骸の剣聖』が思い通りに動かないなら、ネモフィラちゃんは『黄金郷の墓守』を使い続けるだけだろうし。
今回はネモフィラちゃんやオルレアちゃん、そして作戦に参加する他の聖女もいるのだろうが、どのような戦いになるだろうか。
どちらにしろ、彼女の聖騎士として彼女を護り、聖騎士として敵を討伐するだけだ。
「……ん?」
馬車に揺られていると、マイラが俺をキラキラした瞳で見つめているのに気づく。
今回の話し合いではまったく口を挟まなかったマイラだが、聖騎士としては彼女の方が正しい。
当事者とはいえ、主の話に口を挟む俺の方が変なのだ。
それはいいとして。
「どうした、マイラ」
「いえ、さすがはアルベール殿であるなと、感服しておりました」
「は、はぁ。一体、どのあたりでそんなことに?」
「どのような報酬を積まれても、二心なく主に仕える。まさに聖騎士の鑑です! なによりも、あの台詞! アストランティア様の隣で果てるというお覚悟! このマイラ、魂が震えました!」
マイラは本当に感動しているのだろう、小さく震えている。
「あー……」
俺としては、お姫さんとの約束を踏まえて、ネモフィラちゃんの誘いを断っただけなのだが。
確かに、忠誠心迸る聖騎士の熱い台詞にも聞こえる。
義弟の子孫から注がれる輝く視線に、なんだか恥ずかしくなってきた。
マイラの視線から逃れるようにお姫さんを見ると、彼女は彼女でぷしゅーと蒸気でも出そうなほどに顔を赤くして俯いている。
俺のセリフを思い出して照れているようだ。
「確かに、マイラの言う通りですね。見上げた忠誠心です。今後も妹を頼みますよ、聖騎士アルベール」
「そりゃあ、もちろん……」
俺はたまにお姫さんの発言をからかうことがあるが、その時の彼女はこういう気持ちなのかもしれない。
俺の場合は褒められているのだが、その上でなんとも居た堪れない気持ちだ。
「オルレア様! 私も、この命尽きるまでお仕えする所存です!」
マイラやめてくれ。
俺に感化された感じのフレーズを俺の目の前で言うのはやめてくれ。
せめてオルレアちゃんと二人きりの時とかにしてくれ。
「よい心がけですね。期待していますよ、マイラ」
「はい!」
なんだかいい感じの空気を形成する『深黒』ペア。
そんな彼女たちと向かい合うように座っていた、俺たち『雪白』ペアは。
一人が赤面して俯き、一人が馬車から飛び出したくなる気恥ずかしさに耐えていた。
近い内に来るだろう、『片腕の巨人兵』との戦いとか、青髪野郎との戦いとか、学園での班作りとか、色々と考えることはある筈なのに。
今はとにかく、馬車がさっさと学園に到着することを祈るばかりだ。




