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48◇依頼と空虚




 俺たちの先代『雪白』を務めた聖女ネモフィラちゃん。

 彼女は自分の聖騎士を失ったあとで、即座に二人目の聖騎士を迎え入れ、なんと十二形骸の討伐を達成。


 しかしそれには秘密があった。


 二人目の聖騎士は、十二形骸だったのだ。

 瞬く間に最強の聖者の称号である十二聖者に数えられたネモフィラちゃんは、次に『片腕の巨人兵』を討伐予定だと発表。


 そんなある日、俺たちは彼女に呼び出されたのだった。


 俺とお姫さんだけでなく、オルレアちゃんとマイラも同行することに。

 みんなで一台の箱馬車に乗って、目的地についた俺たちだったが……。


「でけー屋敷。ネモフィラちゃんの家の持ち物か?」


 馬車から降りた俺たちを迎えたのは、背の高い門扉と門番。


 俺たちが約束の相手だと確認がとれると、門が音を立てて開かれる。

 広い前庭を歩きながら呟いた俺の言葉に、お姫さんが反応した。


「いえ。ここは確か……」


「貴方に通じるように言うのなら、『天庭の祈祷師』を封じた都市の責任者、その家の持ち物です」


 お姫さんの言葉を、彼女の姉であるオルレアちゃんが引き継ぐ。


「あー、なるほど。ネモフィラちゃんに厄介者を倒してもらったから、恩があるわけね」


 それで、寝泊まりなり話し合いなりの場所を提供しているわけか。


 俺たちはそのまま屋敷の中に迎えられ、メイドの一人に案内してもらう。

 可愛い子だったが、俺もさすがにこの状況で口説きはしない。


 部屋の前まで到着。

 メイドがノックし、中からネモフィラちゃんの応じる声。

 メイドちゃんが開いてくれた扉を、俺達はくぐる。


 広い部屋だ。

 バルコニーに広がる戸が開放されていた。そこから部屋に柔らかい日の光が射し込み、涼やかな風が吹き込んでいる。


 風に揺られるカーテンと、ネモフィラちゃんの空色の髪。


 彼女は椅子に腰掛けており、テーブルの上には茶器と菓子が載っている。

 こちらに向けられる顔は今日も美しく、今日も空虚だ。


「お待ちしておりました。……おや、『深黒』のお二人もいらしたのですね」


「何か問題が?」


「いいえ。また貴女にお逢いできて嬉しく思いますよ、オルレア様」


「私も、同じように言えればよかったのですが」 


 二人は共に学内最強十二組の聖女だったので、面識はあったのだろう。


「あら、何か貴女を怒らせるようなことをしてしまいましたか?」


「それを今日、伺いに参ったのです」


「そうなのですね」


 ネモフィラちゃんはメイドにお茶の用意を命じると、俺たちにも座るよう促す。

 とはいえ、椅子の数が足りない。


 ネモフィラちゃんと元々の客人に合わせて全三脚だったので、俺とマイラが立つことに。


 元々聖騎士は護衛も兼ねるので、これで問題ない。

 聖騎士繋がりで渋々言及すると、青髪野郎は俺たちが入ってきた扉の脇に立っていた。


「貴方は出ていなさい」


 ネモフィラちゃんが、やつを見もせずに言う。


「しかし、姫……」


「同じことを何度も言わせないでくれるかしら?」


「屋敷内を巡回して参ります……」


 青髪野郎は深く頭を下げ、部屋を出ていく。


「……十二形骸をよく躾けているようですね」


 オルレアちゃんのは皮肉というより、驚きを込めた確認だ。

 『深黒』ペアはあいつを初めて見るのだ、無理もない。


「いいえ、あれは最初からあぁ(、、)だったのですよ」


 ネモフィラちゃんは微笑しているが、やはりそこに感情の色はない。


「最初から、ですか?」


 お姫さんの口から漏れた疑問に、ネモフィラちゃんは頷く。


「お茶が入りましたら、順を追ってお話しいたしますね」


 その後、メイドが用意してくれたお茶が卓上に並ぶ。

 追加の椅子の提案を断り、室内が関係者のみになってから、話が始まる。


「当家に限ったことではありませんが、形骸種(キュリオン)の有効活用を考える者がこの世には大勢おります」


 それは分かる。

 形骸種(キュリオン)は不完全とはいえ不死者であり、首を断たない限りは損傷も再生する。


 それを利用して、魔法や武器の性能を試す実験体に使う、というのは俺も以前想像した。

 世の中にはもっと様々な利用方法を考えつく奴らがいるのだろう。


「十二聖者の持つ『天聖剣』も、その一つです」


「『天聖剣』?」


 俺は首を傾げる。

 お姫さんやマイラも知らないようだ。


 だが、オルレアちゃんは表情を崩さない。


「ご存じないのも無理はありません。これは一部の者しか知らぬ情報ですから。まず、市井の者には誤解している者も多いですが、『神心の具現』……形骸種(キュリオン)の特殊能力は、十二形骸固有のものではありません」


 十二形骸が特別強いのであって、特殊能力自体は形骸種(キュリオン)が持つ三つの可能性の一つに過ぎない。


 感染能力、再生能力、特殊能力だ。

 これらは全ての形骸種(キュリオン)が持つ可能性。


 俺はまだ遭遇したことはないが、形骸種(キュリオン)は能力無しと十二形骸の間に、能力ありのそこそこ強い個体が存在するのだ。


「それは存じておりますが」


 お姫さんが答える。


「『天聖剣』は王家の至宝であり、十二振りのみ存在すると言われています。この剣で形骸種(キュリオン)を討伐した場合――その能力を奪えるというのです」


「――――」


「まるで、十二形骸のようだとは思いませんか?」


 なるほど、十二聖者の聖騎士は、新たに特殊能力つきの剣が貰えるわけか。


「とはいえ、『天聖剣』は不完全な代物です。剣に宿した特殊能力は、十年から五十年ほどで使用不能になってしまう。また、能力を二つ以上宿すことも出来ないそうです」


 ……奪った能力を、長く定着させられないのか。

 それに、二つ以上宿せないという制約もある。


 その時点で、十二形骸同士の奪い合いとは性質が異なると分かる。

 俺は『骨剣錬成』と『毒炎』を併用できる。

 つまり二つ以上を同時に扱えるのだから。


 しかし、似ていることは確かだ。


 ということは、おそらく――。


「それは、『魔女』によって齎された技術ではないのですか」


 お姫さんが苦しげな声で、絞り出すように言った。


 不死者に関与する技術など、いかにも怪しい。


「その可能性はあります。どの時点、どの立場からなのかは分かりませんが、『とこしえの魔女』は我々の世に度々干渉しているようです」


 それは想像がついたことだ。


 魔女は形骸種(キュリオン)の不完全な死を最大限利用した上で、俺や青髪野郎も使っている再生魔法をより高度に使いこなしている。


 つまり、あらゆる時代に、好きな姿で登場することが出来るのだ。


 祓魔機関が結成された初期の構成員に紛れることも、貴族や王族を殺して姿を真似ることで成り代わることもできる。


 人相でやつを探すことは出来ない。


 そして、それが分かっていたとしても、『魔女』に齎された力を、人は無視できない。


 都市を封印するのに結界術を利用しているように。


 お姫さんが俺に肉の鎧を与えたように。


 王家が『天聖剣』を十二聖者に貸し与えているように。


 もっと言えば、魔女に与えられた死ねない力で、俺が三百年後の世界を生きているように。


「……驚きではありますが、アストランティア様。本題がまだかと」


 俺が彼女に囁くと、お姫さんは心を落ち着けるように呼気を漏らし、頷いた。


「ネモフィラ様は、同様に『黄金郷の墓守』を利用できないかと考えていたのですか?」


「正確には、当家の者が、ですね。あれ(、、)は好んで黄金の花を咲かせていましたが、侵入者を排除する際には異なる植物も生み出し操っているのが確認されていました。仮にその力を自在に扱えるとなれば――巨万の富が得られます」


 好きな植物を好きなだけ生み出せるのなら、確かに大金持ち待ったなしだ。


 希少な植物からしか作れない薬なども大量に生成できるし、綿や麻の他、野菜や穀物も自在に生み出せることになる。


 俺には考えつかないような利用法だってあるだろう。


 しかし、十二形骸を商売に利用しようというのは、考えが甘いのではないか。


「あの日も、私は父に命じられ、都市へ踏み入りました。『黄金郷の墓守』との交渉役を護衛するのが役目です。もう結果は想像がつきましょう?」


「失敗したのですね。そこで貴方は聖騎士を喪った」


 オルレアちゃんは容赦がない。


「その通りですよ、オルレア様。交渉役も我が聖騎士も、一瞬でミイラのようになってしまいました。植物の養分になってしまったかのように、身体が干からびてしまったのです」


 想像はついていたが、やはり青髪野郎は、ネモフィラちゃんにとって初代聖騎士の(かたき)なのだ。


 その仇を、彼女は二代目聖騎士にしている。


「しかし、ここからが不思議なのですが。あれは私の顔を見るなり、(ひざまず)いたのです」


「……やつは、ネモフィラ様のことを『姫』とお呼びしていましたが」


 剣を交わした日のことを思い出し、俺は口を挟んだ。


「アルベール様の仰った通り、あれには、私が『自分の姫』に見えているようなのです」


 青髪野郎の忠誠心は、俺には本物に見えた。

 だがネモフィラちゃんは、あいつを徹底的に物扱いしている。


 そのちぐはぐ感が、これで解消された。


 忠誠心こそ本物だが、あれはネモフィラちゃん本人に対するものではなかったのだ。


 かつて自分が仕えていた相手に対する忠誠心を、何を勘違いしたかネモフィラちゃんに向けているだけ。


「そういった理由で、私は殺されずに済んだわけです。なんとか帰還した私は、あれの話していた断片的な情報を許に、ある事実に至りました」


 ネモフィラちゃんは一呼吸置いてから、続ける。


「当時、当主の正妻とその子供たちが、都市に残っていたようなのです。当家自体は、王都の屋敷に滞在していた当主の弟が家督を継いだ為、血筋が途絶えることは避けられたのだと記録に残っています。そして都市に残っていた当主の子供の内、娘二人は私と同じ年頃だったのだとか」


「……つまり、三百年前の当主のご令嬢のどちらかが、ネモフィラ様に似ていたと? 『黄金郷の墓守』はその騎士であり、ネモフィラ様を己の(あるじ)と誤認しているのですか?」


 信じられないという顔で、お姫さんが言う。


「おそらく、そうなのでしょうね。あれが勘違いする程度には、似ているのでしょう」


 よく生き写しなんて言うが、同じ血が流れているのなら、一族に似た顔が生まれることも有り得るだろう。


 ネモフィラちゃんは、たまたま三百年前のご令嬢に似ていたから生き延びたわけか。

 凄まじい偶然だ。


 それが幸運だったのかは、分からないが。


「そして、アストランティア様とオルレア様が最も気にされているであろう再生の秘術に関してですが……これは、元々当家にも伝わっているものだったのです」


「――なっ」


 お姫さんが声を上げて驚愕し、さすがのオルレアちゃんも眉を歪めて反応する。


「正確には、かつて黄金郷内の屋敷跡の探索を行った際に、資料を発見したようです」


「そ、それはどういう……?」


「……三百年前、ネモフィラ様の家の誰かが、『とこしえの魔女』と繋がっていたのでしょう」


 戸惑う妹に、姉のオルレアちゃんが言う。


 そのあたりも、予想の中の一つだったので、俺は驚かない。


 『とこしえの魔女』にも研究仲間や出資者などの関係者はいるだろうと思っていた。


 ネモフィラちゃんの先祖がそうだったのだろう。


 そして、当時の資料を発掘したネモフィラちゃんの実家は、利用できる機会を窺っていたわけだ。


 それを、ネモフィラちゃんがこの時代に使った。


 こうなると、『魔女の関係者』は国中の色んなところにいそうだ。


 そして、魔女の生家であるお姫さんの家を除けば、みんな魔女との関係発覚を恐れて無関係を決め込んだのだろう。


 だからこの時代で、魔女の縁者として忌み嫌われているのがお姫さんの家だけなのだ。


 他に差別されている家というのは、聞いたことがない。

 みんな、上手く隠し通したのだろう。


「ここまでの話を踏まえ、私はアストランティア様にお願いしたいことがあるのです」


 単に情報を提供の為にこちらを呼んだなどとは、こちらも思っていない。

 ネモフィラちゃんからすれば、ここからが本題。


「……なんでしょう」


「今、皆様は不安に思われたことでしょう。あれの妄想はいつ途切れるとも分かりません。今は私に従っていますが、それもいつまで続くか分かったものではありません」


 その通りだ。


 そしてネモフィラちゃんは、その危険を承知であいつを外に連れ出したのだ。

 つまり、危険なのはネモフィラちゃんの精神状態も同じ。


「ですので、アルベール様にあれを討伐して頂きたいのです」




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[良い点] 想像以上に不発弾案件だった!
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