47◇班組み相談と吹雪の動向
ここ最近、学園内は『毒炎の守護竜』討伐の話題で持ち切りだったのだが。
数日前から、そこにネモフィラちゃんの話題も加わることとなった。
聖騎士を失った聖女が新たなパートナーと共に再起し、十二形骸の一角を打ち崩す。
物語として、出来すぎているのは確かだ。
討伐が確認されたのは、『天庭の祈祷師』。
こいつがいたのはかつての鉱山都市なのだが、そこは元々とある部族の暮らす地域だった。
そして、山はその部族にとって尊いものだったという。
高い山はそれだけ空に近く、天の庭に続くもので、畏れ敬うべきなのだとか。
この場合の天は、俺たちの言う神様とはやや異なるようなのだが、そのあたりは今は置いておく。
やがて鉱山を欲した時の領主と、自然への敬いを忘れた強欲な裏切り者との間で交渉がなされ、採掘が決定。
せめて山の怒りを買わぬようにと、祈祷師が毎日のように祈りを捧げたのだとか。
といった話が、今に伝わっている。
だが実際のところ、当時の祈祷師が『天庭の祈祷師』かは不明だ。
しかし、鉱山内に足を踏み入れると、必ず地震が起き、生き埋めになってしまうらしい。
あまりに狙いすましたような頻度から、そのような特殊能力を持つ形骸種がいる、というのはほぼ確定。
その現象を山の怒りに例え、そいつの異名を祈祷師としたのだろう。
『無声の人魚姫』と並んで、目撃例の極端に少ない、あるいは全くない十二形骸だ。
つまりあの青髪聖騎士は、その能力を手に入れた可能性が高い。
「『毒炎の守護竜』を還送された『深黒』ペア、『天庭の祈祷師』を還送された『吹雪』ペア。わたしたちって、とんでもない時代に生まれたのね」
「三百年間動かなかった時計の針が、この時代に進むことになるなんて……」
学園の食堂。
女生徒たちが、そんな話題で盛り上がっている。
主に、二年生や三年生の聖女ちゃんたちだ。
一方で、一年生には暗い顔をしている者たちも少なくない。
『毒炎の守護竜』の件で、同級生の戦死を経験している者たちだ。
あの件では最終的に、聖者一組、生徒からは十六組の戦死者を出してしまったのだから、当然とも言える。
ショックから立ち直れず、学園を去った聖女や聖騎士もいるようだ。
「……」
さて、俺たちの卓だが。
俺とお姫さんだけでなく、今日はクフェアちゃんとリナムちゃんも一緒だ。
お姫さんはここ数日、ネモフィラちゃんの件で色々と悩んでいるらしい。
姉のオルレアちゃんに相談したり、実家のお祖母様とやらに手紙を出したりと、彼女なりに情報収集に努めている。
「短期間で二体の十二形骸が還送されるなんて……そんなこと、あるのね」
赤髪ポニテのクフェアちゃんが、パンを千切りながら言う。一口大に千切られたパンはもちろん、彼女の口の中に放り込まれる。
「十二形骸が消えたからといって、すぐに都市が解放されるわけではないですけれど……でも、よいこと、ですよね」
青髪ボブのリナムちゃんは、トレーに載ったオムライスとサラダを前に、祈りのポーズをとる。
その際、彼女は懐から取り出したペンダントをきゅっと握った。
「お、使ってくれてるんだな、リナムちゃん」
「あっ、はい。以前使っていたのはエーデル母さんのものだったので……。改めて、ありがとうございます」
ペンダントトップはコインで、そこには右上から左下に向かって伸びる、三本の斜線が描かれている。
これは降り注ぐ光を表しているらしく、聖女に魔法を授けてくれる、あの女神様を象徴する紋章だ。
聖女の他、女神様を信仰する者が所持し、普段から身につけ、祈りの際に使用する。
当然、お姫さんも持っている。
リナムちゃんとクフェアちゃんは孤児院育ち。
ペンダントにお金を掛けるくらいならば子供たちの食事代に使うような子たちなので、入学当初はペンダントも養母エーデルのお古を使っていた。
前回、お姫さんに髪飾り、クフェアちゃんに髪紐を贈った俺だが、リナムちゃんだけ仲間外れはよくないだろうと考え、このペンダントを贈ったのだ。
「どういたしまして」
「こ、こほんっ。んーっ」
わざとらしい声を上げながら、クフェアちゃんがポニテをいじる。
『自分も使ってますけど?』という無言のアピール……のつもりだろう。
「クフェアちゃんも、普段使いしてくれて嬉しいよ」
確か、封印都市で落としたら嫌だからと、実地訓練では付けていなかったのだ。
「そ、そう。まぁ、その、あたしも気に入ってるし」
「ふふふ、寝る前にじーっと眺めていたりするくらいだもんね」
「ちょっ、リナムっ!?」
同室で寝泊まりしているらしい幼馴染からの暴露を受け、クフェアちゃんが赤面する。
俺はかわいい情報が聞けて満足である。
「あぁ、でも、子供たちが羨ましがるから、そこは少し困るかも」
「うっ。そ、そうよね。リナリアに『いいなぁ』とか言われると、胸が痛くなったりね」
リナリアというのは、孤児院にいる童女だ。
「任務のお金もまだ残っているし、たまには食べ物以外に使おうか」
「そうねぇ。リボン、髪飾り……お人形とか?」
リナムちゃんの提案から、幼馴染同士の会話が広がっていく。
「お人形を女の子全員分買うのは難しいかも。材料だけ買って、手作りするならなんとか……エーデル母さんと、おばあちゃんにも手伝ってもらって」
「そうねぇ。一人ずつが難しそうなら、みんなにってことで絵本を買うとか?」
「本を買うのは素敵かも」
なんて良い子たちなのか。
感動している俺の横で、お姫さんはまだまだ悩み顔。
俺は彼女の頬をつついた。
ふわりと指が沈み込む柔らかさと、ぽよんと跳ね返す弾力。
「……なんですか、アルベール」
お姫さんは俺の指が頬に触れている状態で、抗議の視線を送ってきた。
「食事が冷めるぞ」
「そう、ですね……」
そういって食事に手をつけるお姫さんだったが、やはり集中できていない。
ネモフィラちゃんと青髪聖騎士――『黄金郷の墓守』の件だろう。
時系列で言うと、まずネモフィラちゃんと彼女の初代聖騎士は、自分たちの家が管理する黄金郷へと足を踏み入れた。
そこで初代聖騎士は戦死。
だがネモフィラちゃんだけが無事に帰ってきた。
そして後日、ネモフィラちゃんは『黄金郷の墓守』を二代目聖騎士に迎え、そのまま『天庭の祈祷師』を討伐。
現代の十二聖者は天候に関わる異名を与えられるらしく、彼女たちには『吹雪』の称号が与えられた。
こうして並べてみると、初代聖騎士の死から、墓守野郎を二代目に任命するくだりに、空白が残る。
どのようにして、聖騎士を失った聖女と十二形骸が契約するに至ったのか、が抜けている。
現状俺たちが集められた情報では、これが限界。
他にも、形骸種に肉の鎧を取り戻す術式をどこから入手したのかといった謎もある。
お姫さん的には実家の秘術なので、そこも大いに引っかかっていることだろう。
予想を幾つ立てても、所詮は予想でしかない。
確定した情報が欲しい筈だ。
「なぁ、お姫さん」
「……なんでしょう?」
「そんなに悩んでたって、何か好転するわけじゃないだろう。なにより、主が暗い顔をしていると、俺も楽しくない」
俺の言葉に、彼女は何かを思い出すような顔をする。
「『何の得もないのに気分だけ暗くしておく理由』はない、ですか」
「ん? あぁ、前にそんなことも言ったか」
まだお姫さんの実家でお世話になっている頃に、そんな話をした覚えがある。
「確かに、貴方は一貫して明るいですね」
お姫さんの不安も、推察はできる。
十二形骸を外に出すというのは、とても大きな決断だ。
いくら実家の秘術で感染能力を封じられると言っても、恐ろしかっただろう。
形骸種を自らの判断で結界の外に出すなんて。
だが彼女は決断した。
そこに、同じ決断をした二人目の聖女が現れたのだ。
しかし、その聖女の秘術が自分の家に伝わるものとまったく同じなのか、確証は掴めない。
それに、その聖女も聖騎士も、どこか妖しい雰囲気を漂わせている。
一歩間違えれば、三百年前の災厄の再来となりかねない。
魔女の血脈としての責任感を持つお姫さんにとって、墓守野郎は到底放置できない問題なのだ。
「考えるなとは言わんよ。だが、悩みすぎてうじうじするのもよくないと思うんだ。だから、こう考えたらどうだ? 何があっても――」
俺がなんとかする、と言おうとしたのだが、寸前でやめる。
そうだ。俺はもう、彼女をパートナーと認めたではないか。
「アルベール?」
「何があっても、俺たちでなんとかすればいいじゃないか」
彼女は目を見開き、それからふっと綻ぶように笑う。
「……そうですね。どのような問題にぶつかろうとも、共に解決して参りましょう。我が騎士アルベール」
「もちろんですとも、アストランティア様」
俺たちは互いに顔を見合わせて、ふっと微笑む。
「……よく分からないけど、その時はあたしたちも手伝うわよ」
見れば、クフェアちゃんがこちらにジト目を向けていた。
「ふふふ、アストランティア様がお元気になったようで、嬉しいです。ここ何日かは、暗い顔をされていたので」
リナムちゃんは柔らかい笑みを湛えている。
「お二人とも、ご心配おかけしました。何かあった際には、是非頼らせてください」
「えぇ、任せなさい」
「今後は学生を投入しての救済活動も活発になるそうですから、一緒に頑張りましょうね」
『毒炎の守護竜』と『天庭の祈祷師』が討伐されたことによって、二つの封印都市から十二形骸という最大の脅威が消えた。
あとは、通常の形骸種――といっても強さに個体差はあるが――を全て片付ければ、都市を解放できる。
そこで、学生を投入してでも形骸種救済を推し進めよう、ということになったようだ。
――特に鉱山都市の方は、三百年越しに採掘を再開できるかもしれないので、気合いも入るというものだろう。
もちろん、学生は結界との境界付近に配置され、すぐに退避できるよう配慮がされるようだが。
ちなみに、『骨骸の剣聖』である俺や、『黄金郷の墓守』である青髪野郎の件に関しては伏せられているので、聖者の組織が都市解放に動くことはない。
俺の方なんかは、既に街に形骸種は一体もいないので、今すぐ復興に移れるといえばそうなのだが……それをするには俺の件を説明しなくてはならないので、お姫さんの実家が情報の秘匿を選んだようだ。
「本格的に、班の結成に移らねばなりませんね」
都市内での活動が増えてくるとなると、共に戦う仲間も重要になってくる。
「そうだなぁ。三組くらいあれば、班の体裁は整うと思うが」
三組もいれば人数で六人にもなるので、小規模な部隊として充分機能するだろう。
パッと浮かぶのはオルレアちゃんとマイラペアやパルちゃんとオージアスペアなのだが、この二組は先輩だし、当然のように彼女たちの班が既にある。
「あたしたち、実はかなり色んな子に誘われてるのよね。まぁ、あんたたちと組むってことで断ったんだけど」
クフェアちゃんが困り顔で言う。
「あぁ、二人は一般受験組に大人気だもんな」
いじめっ子撃退の件で、一躍人気者になったのだ。
この学園は貴族と庶民で派閥ようなものが出来ており、特に貴族は庶民を見下す傾向にある。
みんながみんなそうではないのが救いだが、差別意識というのはそう簡単にはなくならない。
「それもあるけど……。最近は、あたしたちを通して、二人とお近づきになりたいって子もいるのよ」
表立っての非難はないが、お姫さんはやはり魔女の血縁ということで、それなりに距離を置かれている感がある。
クフェアちゃんやリナムちゃんのように、裏表なく接してくれる者は希少だ。
そんな中、俺たちに興味を持っている者たちと言うと……。
「『雪白』になったからか?」
「そう、だと思います……」
リナムちゃんが気まずそうに頷く。
魔女の血縁と恐れたかと思えば、実力者だと分かったらすり寄ってきたりと、忙しいやつらだ。
「お姫さんはどう思う?」
「強き者と組みたいと考えるのは、自然なことかと。ですが信頼というものは一日で築けるものではありません。そのかたたちと顔を合わせるにしろ、見極める時間は必要になりましょう」
むかつくから却下とならないあたり、お姫さんは人間が出来ている。
主がそう言うのなら、俺も文句は言うまい。
「そうだな。じゃあひとまず、希望者を募って面接でもするか。聖女ちゃんの方は、お姫さんが対応してあげてくれ」
途端、お姫さんとクフェアちゃんの視線が湿気を帯びる。
「んで、女性聖騎士の方は俺が担当するよ。それで問題ないよな」
リナムちゃんまで苦笑し始めた。
「アルベール? 男性聖騎士の方はどうされるのですか?」
お姫さんが問う。
「男と話すことなんかないから、面談はなしでいいだろ」
「アルベール? その女性聖騎士が、貴方の対象内だったら、どうするわけ?」
クフェアちゃんが問う。
「そりゃあ、お近づきになるべく努力しないとな」
「そうですか」「そうなんだ」
二人はにっこりと、目を細めて笑っている。
なんだか日々、この二人から放たれる圧力が強くなっているような……。
「とまぁ、冗談はおいといて。俺たち四人で、面接をするのはありだと思うぜ」
『本当に冗談だったのか?』という二人からの疑惑の視線をその身に受けながら、俺は鋼の精神で話を進める。
「そう、ですね。互いを支え合える仲間は、必要だと思います」
リナムちゃんが話に乗ってくれたおかげで、二人も渋々ながら疑惑の視線を解き、面談に関しての話が進む。
最終的に、希望者との面談を行うことが俺たちの中で決まった。
◇
そこから更に数日後。
瞬く間に十二聖者きっての有名人となった『吹雪』のネモフィラちゃん。
彼女はなんと、次なる獲物を十二形骸『片腕の巨人兵』に定めたと発表。
討伐隊への希望者を募集するという。
そして、俺の許へ一通の手紙が届いた。
それは先日約束した、話を聞く場を設ける件についてのもの。
俺はお姫さんと共に、ネモフィラちゃんと逢うことに。
……したのはいいのだが。
「オルレアちゃんとマイラもついて来るんだな」
「当然です。『吹雪』には、私も尋ねたいことがありますので」
白銀の長髪に氷の蒼眼、そして抜群のプロポーションを誇る美少女オルレアちゃん。
「……お邪魔、でしょうか」
そして、金髪碧眼前髪ぱっつん真面目美少女聖騎士、マイラ。
「いやいや、そんなことはないさ」
そんな申し訳無さそうな視線を向けないでくれ。
無性に甘やかしたくなってしまう。
まぁマイラはともかく、オルレアちゃんにしてみたら、実家の秘術が他家にも使えるというのは家系そのものの問題と言えるので、気にかけるのは当然か。
ネモフィラちゃんは元々この街に予定があったようなので、逢うのも街の中だ。
「じゃあ、話を聞きに行こうか」




