46◇空色の聖女と青の騎士
折角、いい気分だったってのに台無しだ。
お姫さんとオルレアちゃんの白銀髪美人姉妹や、義弟の子孫マイラと訓練の時間を共にし。
クフェアちゃんやリナムちゃんの暮らす孤児院で夕食を頂き、そこで美人聖女のエーデルさんとも話をした。
ついでに、ばあさんやチビのリナリアも加えておこう。
そんな、この街で知り合った女性のほぼ全てと顔を合わせるという、男としてかなり好ましい一日であったというのに。
おまけに学園の正門前では、金髪聖女のパルちゃんとも遭遇。
そんな一日の最後に、ケチがついた。
それもこれも、突如として現れた青髪騎士の所為だ。
「アル殿!?」
お姫さんが驚きの声を上げる。
状況を整理する。
パルちゃんと遭遇した俺たちは、彼女が別の誰かと話していることに気づいた。
空色の髪をした少女ネモフィラちゃんは、先日俺たちが貰った『雪白』の先代。
聖騎士を失った筈の聖女だった。
しかしどういうわけか、彼女は短期間で新たな聖騎士を手に入れたようで。
その聖騎士である青髪男は、現れるなり俺に斬り掛かってきたのだ。
「ネモフィラ!? 早く止めなさい!」
聖騎士の監督は聖女の務め。
パルちゃんは青髪野郎の暴走を止めるよう、ネモフィラちゃんに言っているのだ。
ネモフィラちゃんはそれに、素直に従った。
「やめなさい」
と、そう口にした。
ただし、パルちゃんの言葉から、数秒後に、だ。
その間、俺たちも呑気に鍔迫り合いを続けていたわけではない。
俺はまず、刃越しに敵を押した。
巨漢に突き飛ばされるような威力に耐えかねて、相手の剣と体が僅かに浮く。
ガラ空きの腹に前蹴りを叩きこもうとするが、相手は空中で半身になってそれを交わす。
それどころか反撃とばかりに、一瞬前に浮いた己の刃を振り下ろした。
俺は前蹴りに使った右足を引き戻しつつ柄を空へ向け、剣を斜めに構える。
衝撃を逃しつつ敵の振り下ろしを逸らすことに成功。
それから三度、互いの剣閃が交錯。
だが一回剣を交わす度に、彼我の実力差が露わになる。
最初こそ攻防が成立していたが、急速に片側の有利へと戦いが傾いていく。
無論、勝利に近づいているのは俺だ。
四度目、ついに青髪騎士は不利を悟り、攻撃を中止して大きく飛び退った。
直前にやつの首があった空間を、右手のみで振るった鎌のような一閃が通り過ぎる。
相手がもう少し鈍ければ、今ので決着はついただろう。
「目はいいみたいだな」
こいつは雑魚ではない。
が、最強には程遠い。
剣の腕だけでいえば、義父のダンや、義弟の子孫マイラの方が上の筈だ。
――どうにも、おかしいな。
「……ゴロツキの喧嘩術と、聖騎士の剣術を混ぜたような戦い方をする」
瞳に殺意を宿らせたまま、青髪騎士が抜かす。
「お前のそれは、対人剣術だな。元々は聖騎士じゃなかったんだろ」
昔の聖騎士は様々な脅威にあたる職業だったので、対人戦闘は想定される可能性の一つに過ぎなかった。
しかしこいつの戦い方は、あくまで人特化。
つまり、元聖騎士ではない。
別に、聖騎士だけが特別な形骸種になるわけではないが。
――と、そこでタイミングを見計らっていたかのように、ネモフィラちゃんの制止の声が入ったわけだ。
「やめなさい」
「……姫。しかし――」
「その御方は、同胞ですよ」
「どう、ほう……?」
「これ以上、貴方程度の為に、私に言葉を重ねさせるつもりですか?」
ネモフィラちゃんは笑っている。
うっすら笑っている。
空虚な笑みだ。
まるで、寒空の路地裏に吹き抜ける凍てつく風のような。
「申し訳ございません」
青髪野郎はすぐさま剣を鞘に収め、ネモフィラちゃんの前に駆け寄って膝をつく。
彼女は、そんな自分の聖騎士を無視して、俺を見る。
「これが随分と失礼をいたしました。アストランティア様、聖騎士アルベール、どうかお許しを」
詫びるように、ネモフィラちゃんが頭を下げる。
――この子、俺の力量を試そうとしたな?
「……何故、このような狼藉を」
お姫さんは、青髪騎士の正体に気づいていない。
そりゃそうだ。
形骸種でもなければ、肉の鎧を纏った俺たちみたいなのを一目で死人と見抜くことは出来まい。
「よく言って聞かせますので、どうかご容赦を」
「説明になっていません!」
お姫さんは本気で怒っている。
そういえば、前にマイラが俺の頬を斬った時にも憤っていたので、俺は結構大事に思われているのかもしれない。
嬉しいじゃないか。
「ネモフィラ様に、伺いたいことがあるのですが」
喜びは一旦横に置き、ネモフィラちゃんに声を掛ける。
彼女は一瞬パルちゃんに視線を向け、それから再び俺を見た。
「では、後日席を設けましょう」
彼女は理解している。
自分の聖騎士が死者であることを。
そして、自分の聖騎士が突如襲撃したことなどから、俺もまた死者であることを。
また、それを無関係なパルちゃんの前で話すわけにはいかないことまで。
「お誘いいただけるのを、心待ちにしております」
「私もです。貴方には、興味がありますから」
ネモフィラちゃんに臣下の礼をとったままの青髪騎士が、俺を睨みつけていた。
主への忠誠心……執着心は、本物のようだ。
「今日のところは、これで失礼しますね。改めて、『雪白』の件、おめでとうございます。共に戦える日が来ることを、祈っていますよ」
彼女はそう言って、荷物運搬用とは別に用意された箱馬車へ向かう。
青髪騎士はすぐさま立ち上がり、彼女の為に馬車の扉を開いた。
彼女が乗るの待ってから、扉を締める。
同乗は許されていないようだ。
「……貴様は何故、此処にいる」
「お前の知ったことかよ」
「姫に危害を加えようものなら――」
「お前さ、縫い針と空色の糸は持ってるか?」
「……なに?」
「自分の御主人様にバレないように、こっそり縫い合わせとけよ?」
はらり、と。
やつの右腕に装着されていた腕章が、落ちる。
「――――」
先程、斬っておいたのだ。
完全に切断するのでなく、僅かに繋がっている箇所を残しておいた。
少し動けば完全に切れて、落ちてくるように。
「……何故、姫様の前で落とさなかった」
「自分の聖騎士が雑魚だって気づいたら、ネモフィラちゃんが傷つくかもしれないだろ。傷つくのは男だけで充分だ」
青髪野郎は歯噛みしつつも反論はせず、切れた腕章を拾う。
そして荷物を乗せた幌馬車の方へ乗り込んだ。
そのまま、馬車は去って行った。
「聖騎士アルベール」
パルちゃんが近づいてきた。
「アルくんでいいぞ、パルちゃん」
「わたくしの友人がごめんなさい。……前は、あんな子ではなかったのだけど」
「君が謝ることじゃないさ」
「それに、あの聖騎士。いきなり貴方に斬りかかるなんて、どうかしているわ」
「どこにでも馬鹿はいるからなぁ」
十二形骸を見て殺そうとしたのなら、聖騎士としてはむしろ正しいと言えるかもしれない。
いや、街中であることを考えると、考えなしには違いないか。
「ちなみにパルちゃん、あの聖騎士のことで、何か知ってることはあるかい?」
彼女が首を横に振る。
それに伴い、少女の金髪がさわりと揺れた。
「いいえ。わたくしは、いまだに信じられないのよ。あの子が、二人目の聖騎士を選ぶだなんて」
どうやら、一人目の聖騎士との絆は非常に固かったようで、喪失の悲しみに浸る間もなく二人目を選定するなど想像も出来なかったそうだ。
「しかも、十二形骸を殺したらしいもんなぁ」
「アルベール……貴方から見て、あの聖騎士にそれだけの技量はある?」
「……どうだかな」
聖騎士としての技量は、正直なところ『上の中』程度に思えた。
ちなみに、『上の上』の更に上に、最強の俺が君臨している。
ただ、俺たちは死者だ。
俺に『骨剣錬成』と『毒炎』があるように。
やつにも、最低二つの特殊能力がある筈。
というか、いつの間にか十二形骸が十形骸になってしまったではないか。
「それより、もう帰ろう。部屋の前まで送るよ」
パルちゃんも何かしらの違和感は抱いているだろうが、追及はしてこなかった。
「……そうね」
そのまま三人で寮の前まで行き、パルちゃんと別れる。
そして俺たちは、自分たちの部屋へと戻ってきた。
「お姫さん、どうしたんだ? さっきから随分と静かだな」
ちなみに、居間は夜でもほの明るい。
拳大くらいの魔石が天井から吊り下がっており、それが淡い光を発しているのだ。
さすがに貴重な品なので、寮の一室ごとに一つしか設置されていないのだが。
「……アル殿」
「ん?」
「……ネモフィラ様の聖騎士は――十二形骸なのですね?」
なるほど、それを考えていたのか。
聖騎士を失った聖女。
謎の新たなる聖騎士。
そんなペアによる、十二形骸討伐という突然の戦果。
青髪聖騎士の俺に対する態度や、ネモフィラちゃんの俺に対する関心。
お姫さんの立場からなら、それらの情報から推測することは確かに可能かもしれない。
「さすが我が主、聡明でいらっしゃる」
お姫さんはソファーまでてくてくと歩いていくと、そのまま腰掛けて思案顔になった。
俺はテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰掛ける。
「お姫さんとネモフィラちゃんって、親戚だったりする?」
それならば、俺の身体を再生した魔法も伝わっているかもしれない、と思ったのだが。
「いいえ。彼女の生家と当家に繋がりはありません。無論、血を遡ればどこかで交わっている可能性はありますが……」
少なくとも、彼女が知る限りは関係ないそうだ。
「じゃあさ、お姫さんの家で、例の魔法について知っているのは?」
「……歴代の当主と、わたしです」
「あれ、オルレアちゃんは?」
「お姉様は魔法の存在こそご存知ですが、習得はされていません」
「あぁ、だから人に教えようもないのか」
「はい」
「となると、歴代当主の誰かが、情報を漏らしたのか? もしくは……」
「もしくは?」
「ネモフィラちゃんの実家は、魔女の関係者だったのかもな」
「かん、けいしゃ」
「いや、分からんけどな。『とこしえの魔女』だって元は人間だろ? 研究仲間とか友達とか出資者とかよ、色々いたっておかしくはないだろ」
「それは、その通り、ですね……」
「まぁ、そのあたりは今度逢った時に訊けばいいさ」
わざわざ逢う約束をしたのだ。
向こうからまた接触があるだろう。
お姫さんが頷き、顔を上げる。
そして俺を見つめた。
「アル殿は、あの二人をどう思われますか?」
「ネモフィラちゃんは可愛いけど、何か病んでる感じがするよな。いやまぁ、そういうのがダメってわけじゃないぜ? とはいえ、心も健康であるに越したことは――」
「誰が貴方の好みを聞きましたか。呪いますよ?」
「もう呪われてるよ」
とお決まりのやりとりをしてから、俺は続ける。
「まぁ、色々訊きたいことがあるから、逢うのは賛成だ。だが、一緒に戦うのは反対だね」
「理由をお聞きしても?」
「どっちも、まともじゃない」
「……パルストリス様の話によると、ネモフィラ様は性格が変わられたようだとか」
彼女の方は単純だ。
「どう考えても、最初の聖騎士の死から立ち直れてないだろ」
「貴方に斬り掛かった件こそ許し難いですが、二人目の聖騎士はネモフィラ様に従順に見えました。彼女も我々に同胞という言葉を使っていましたし……その」
お姫さんが何を考えているかはわかる。
「俺たちみたいに、一生一緒にいる約束をした熱い主従の可能性もあるって?」
俺がわざとらしく言うと、お姫さんの顔が赤くなる。
彼女は拗ねたように俺を睨みながら、やけくそのように首肯した。
「そうですっ!」
本日も俺の主がかわいい。
「あの二人の間に、信頼関係があるように見えたか?」
「……それは」
ネモフィラちゃんはどう考えても、あいつを駒以上には見ていない。
それを知った上で、青髪野郎は盲目的な忠誠心を向けていた。
あまりに、いびつな主従だ。
「そもそも、あいつと俺を同じにするのはやめてほしいね」
「貴方の方が、剣士として優れているからですか?」
「いやいや、それはまぁその通りだしもっと褒めてくれてもいいんだが、そういうことじゃないのさ。お姫さん、前に俺に言ったことを忘れたのかい?」
「……というと」
「封印都市内の形骸種を皆殺しにしたのは、十二形骸の中で唯一俺だけなんじゃないのか?」
「――――」
出逢った日に、言っていたではないか。
――『はい。さすがに死者を殲滅する死者というのは、貴方以外に聞いたことがありませんが……』と。
「あいつがなんでネモフィラちゃんに従ってるかは分からないが、少なくとも根っからの聖騎士じゃないのは確かだ」
王国直轄の三都市以外であっても、完全に聖者を遮断できるわけではない。
『骨骸の剣聖』が自分以外の不死者を全滅させた異端であることも、世の中には知られていたのだ。
それぞれに管理を任された貴族のいる九都市に関しても、最低限の情報は共有されている。
俺のいた街以外に、形骸種の全滅している都市はない。
三百年もあったのに、あの青髪野郎は、形骸種退治をしていなかったのだ。
もちろん『毒炎の守護竜』エクトルのように、何か理由はあったのかもしれないが。
「……確かに、貴方と同じではありませんね」
「あぁ。それで、お姫さん。ネモフィラちゃんの実家は、封印都市の管理を任されている貴族ってことでいいのか?」
「……はい。彼女の生家が管理しているのは――『黄金郷の墓守』が棲まう都市です」
『黄金郷の墓守』。
やつが棲むのは実際に黄金で出来た都市なのではなく、黄金に例えられる美しい花が咲くことで有名な都市だったのだという。
街が死人で満ちてからどれだけ経っても、その花畑が枯れることはなく。
それどころか、街を満たすように狂い咲くようになったのだとか。
そいつは、自分で作ったと思しき不出来な墓の手入れと、黄金の花にしか興味を示さないらしく。
『毒炎の守護竜』と並んで危険度が低い形骸種とされていた。
こちらから手出ししなければ、襲いかかってこないタイプだったわけだ。
――道理で、剣の腕が『上の中』で止まっているわけだ。
墓守業以外に興味がなかった為に、剣の腕を磨くことをしなかったのだろう。
それが今や、外に出て他の形骸種を狩っている。
妙な話だ。
「職務放棄とは、不良墓守だな」




