44◇骨骸の剣聖が死を遂げる
その日、休日だというのに、俺たちは学園内に建設された講堂に呼び出されていた。
学園長を名乗るおっさんが俺とお姫さんの名を呼ぶので、壇上に上がる。
見物人は、オルレアちゃん・マイラの『深黒』ペアや、パルちゃん・オージアスの『金色』ペア他。
おそらく、学園トップの十二組の面々だろう。
しかしよく見ると十組にも達していないので、来れるやつだけ参列しているのかもしれない。
「『毒炎の守護竜』還送への貢献を考慮し、貴殿らを――『雪白』に任ずるものとする」
学園長が高級そうな紙を手に持ったまま、そんなことを言う。
お姫さんが恭しく礼をするので、俺も倣った。
どうやら俺たちは、学園トップに名を連ねることになったようだ。
参列したセンパイたちから、拍手が上がる。
パルちゃんは祝うような表情で、オージアスは興味ないので飛ばすとして、オルレアちゃんはクールに。
中でも一際大きな拍手をしてくれたのは、マイラだった。
かわいいやつめ。
とはいえ、素直に大喜びできる状況でもない。
俺たちが入学した時点では、色を冠する十二組に空席はなかった。
あとで聞いたところによると、先代『雪白』は聖騎士が戦死したことで、位を失ったばかりだったとのこと。
別の十二形骸と遭遇してしまったようだ。
そんなこんなで席が空いてしまった。
そこに都合よく俺たちが功績を上げたので、空席に滑り込まされたわけだ。
とはいえ、評価されたことは、めでたい。
十二聖者だとさすがに数段飛ばしの昇格なので避けたかったが、学園上位くらいならば問題ないだろう。
その後任命式は滞りなく済んだので、俺たちは孤児院に向かうことに。
みんな心配しているので顔を出すようにと、クフェアちゃんに言われたのだ。
俺たちは任務の後にバタバタしており顔を出せずにいたので、不安にさせてしまったらしい。
出口に向かう最中、知り合いの二組に迎えられる。
「おめでとう」
パルちゃんだ。
「ありがとう。少し複雑だけどな」
「……先代『雪白』のことなら、気にしない方がいいわ。昨日まで隣の席で勉強していた友人が、ある日戦死するのが聖者というものだもの」
パルちゃんが複雑そうな顔で言う。
「そうだな」
そのあたりは、三百年前の聖騎士も同じだ。
同僚が魔獣に殺されるなんてことは、珍しくもなんともない。
その死を一つ一つ真面目に受け止めるような者は、すぐに精神を病んでしまう。
死を悼んだ上で前を向ける者しか、戦い続けることは出来ないのだ。
あるいは、死をなんとも思わぬ異常者か。
オージアスが黙って俺を見ている。
「なんだよ」
「……祝いの言葉を伝えたいのだが、貴殿から返ってくる言葉が容易に想像できてな」
「あはは、言ってみてくれ」
「実に素晴らしい戦果だった、アルベール殿」
「男が俺を褒めるな」
オージアスが「やっぱり……」みたいな顔になる。
分かってて褒めるあたり、やはり良いやつだ。
なるべく名前を忘れないようにしてやろう。
まだ軽く言葉を交わした程度だが、パルちゃんとオージアスは気を遣うように去っていった。
オルレアちゃんとお姫さんの姉妹で話したいこともあるだろう、と考えたのか。
「おめでとうございます、アストランティア様、アルベール殿!」
我が事のように喜ぶマイラに「ありがとうな」と返す。
今は嫉妬するクフェアちゃんもいないので、撫で放題だ。
かと思えばお姫さんが僅かに頬を膨らませている。
「……貴方がたの真の戦果を思えば到底足りぬ結果ではありますが、このあたりが落とし所でしょう」
裏で、お姫さんの実家やオルレアちゃんが頑張ってくれたのだという。
オルレアちゃんとマイラを十二聖者に押し上げようとする者たちもいたらしい。
ちなみに十二聖者自体は、現在幾つか空席があるようだ。
常に十二組選出されるのではなく、相応の実力者だけに与えられる上限十二の称号、というものだからだ。
「学生の身分でいられるなら、お姫さんがいきなり最前線に送られることもないだろうし、上々なんじゃないか?」
「……三年の猶予を無駄にせず、立派な聖女となるべく修練を積もうと思います」
「よい心がけですね。ですが、無理は禁物ですよ」
「は、はい。そ、それで……お姉様」
お姫さんがもじもじしだす。
「なんです、はっきり言いなさい」
相変わらず口調は厳しいが、これはもうそういうものなのだろう。
シスコンが確定した今、安心してやりとりを見ていられる。
「魔法の鍛錬を……お姉様に見ていただければな……って」
「……妹だからといって、手は抜きませんよ」
姉の返答に、お姫さんの顔がパァッと華やぐ。
「あ、ありがとうございます!」
オルレアちゃん、顔には出していないが、心の中で胸を押さえて悶絶しているのではないか。
お姫さんの笑顔にはそれだけの破壊力があった。
「あ、アルベール殿……!」
見れば、マイラが緊張した面持ちで俺を見つめている。
俺はすぐに、何事か察した。
「剣の鍛錬ってことなら、姉妹と予定を合わせてやるか」
「は、はい! よろしくお願いします!」
こちらも劣らず笑顔の花を咲かせた。
しかし、三百年経って、ガキ共やクフェアちゃん、その次はマイラに剣を教えることになるとは……。
学園に入る前は思いもしなかったことばかりだ。
オルレアちゃんたちとはそこで別れ、俺たちは学園の外へ向かう。
ちなみに、紫色に染まった骨の大剣は、念じたら俺の体に戻った。
元々能力で作った武器は出し入れ出来たのだが、竜の能力が消えたら嫌なので迷っていたのだ。
武器にこだわりはないつもりだったが、守護竜エクトルの力が呆気なく消えてしまうというのは、どうにも受け入れ難かった。
だが先日見た夢で、竜の能力は大剣に宿ったのではなく、あくまで俺が吸収したのだという解釈を得た。
それで思い切って体内に戻したら、竜の能力込みで出し入れ自在だと判明。
前回のように大剣としても出せるし、手に馴染んだ剣としても出せる。
俺の能力で出した武器全般に、炎を出す力を付与できるわけだ。
竜の能力の剣と呼ぶもあれなので、一応銘をつけた。
竜灼骨という。
「アル殿」
「ん?」
「一つ、尋ねてもよろしいでしょうか」
「なんだ、改まって」
休日なので人通りがまったくない学園内を、二人で歩く。
ちょうど学園の外へ向かう道に入ったのだが、そこはちょうど並木道になっており、なんだか先日見た夢の景色を連想させた。
「……ずっと、引っかかっていることがあったのです」
彼女の声はどこか暗い。
「ふぅん?」
「アル殿が……その、聖女と組むことを、受け入れた本当の理由について、なのですが……」
「……本当の理由って?」
彼女が立ち止まったので、俺もそうする。
「貴方は初めて逢った日、こう仰っしゃいましたね。『十二体の特別な死者を、俺が殺そう』と」
「確かに言ったな。お姫さんに、俺もその内の一体だから無理って訂正されたやつ」
形骸種になったら自殺できないのだから、自分で自分は殺せない。
「その時は気づけませんでしたが……貴方は最初から、自分を『還送されるべき死者』だと受け入れていたのではないですか?」
「そうだな」
俺は頷く。
お姫さんは、悲しげに顔を歪めた。
「全ての死者を殺して、魔女を殺して、そうしたら俺の復讐は終わりだ。でも自殺は出来ないみたいだから、どこかの聖女サマに還送してもらう必要がある」
まぁ、別に剣で殺してもらってもいいのだが、俺は負けず嫌いなのだ。
自分より弱いやつにやられるのはゴメンだし、そもそも剣士は大体男なのでお断り。
殺されるのなら美女一択である。
最初はその程度の考えだったが、今は少し酷かもしれないと思い始めている。
心優しいお姫さんは、俺を還送する時に悲しむだろう、と。
「それは……あまりに、悲しい考えです」
やはり、そのような意見が返ってくる。
「だが、お姫さんの実家は同じ考えだと思うぞ? 全ての問題を解決したあとで、俺という形骸種を残しておくのはリスクでしかない」
「そんなの……」
「第一、お姫さんはどうするつもりだったんだ? 俺に一人永遠を生きろとでも?」
「……わたしは、目的を達成したあと、貴方が人としての生を全うできるように、するつもりでいました」
「普通に年取って、死んだあとは骨だけで動き回ることもなくて、ちゃんと墓の下で眠れるように?」
「はい」
「優しいんだな」
そんな魔法、存在するのだろうか。少なくとも、今はないように思えるが……。
新たに編み出してでも、俺を人に戻すということだろう。
遠大な計画だ。
「貴方に与えられるべき、当然の権利です」
「俺はさ、お姫さん。三百年前の人間なんだよ。目的の為に死に永らえているだけだ。だから全部済んだら、終わるべきだろ。そして出来れば、それは君に頼みたい」
今日するような話ではないが、誤魔化すようなことでもない。
彼女は目を伏せ、黙考。
しばらく経ってから、口を開いた。
「――条件が、あります」
「あぁ、俺に出来ることなら」
「わたしと交わした約束を果たしてもらいます」
「約束?」
「言ったではないですか! つい先日! 最期までお供すると!」
お姫さんは泣きそうな顔で声を荒げる。
「そりゃ、覚えてるけど。目的を達成するまでの話だろう?」
どれだけ時間が掛かっても関係ない、的な意味での約束だったのではないのか。
「違います! 貴方には――わたしの最期まで、付き合っていただきますから!」
「……君が亡くなるまで、ってことか?」
しかし、それでは……。
「そうです。わたしはその頃には、皺だらけの老婆になっていることでしょう。しかし貴方は言いました、わたしの魅力は若さではないのだと!」
「それも、きちんと覚えてるよ」
お姫さんは俺の正面に回り、俺の両手をきゅっと掴む。
「ならば、わたしがおばあちゃんになっても、一緒にいてください」
「…………」
「そうしたら、わたしも貴方を還送します。いつかわたしがこの世を旅立つ時、貴方の魂を解放します」
なるほど。
彼女を看取って、俺が残されるのではなく。
お姫さんが死ぬ時が、俺が死ねる時、ということか。
「貴方を一人では死なせはしません。だから……わたしを一人残そうとは、しないでください」
最初は、思ってもいなかったのだ。
女性とはいえまだまだ対象外もいいところな小娘を、ここまで大事に想うようになるとは。
同時に、少女にとっても、俺がここまで重要な人間になってしまうとは。
本当に、人生というのは、死んでからも何が起こるか分からない。
俺はそっと、彼女の頭を撫でた。
「じゃあ、そうしようかな」
「――――っ」
「最期は、一緒に逝くか」
「……ほんとうですか」
「あぁ」
「やくそくしますか」
「するよ」
「めがみさまに、ちかえますか」
「誓うとも」
俺の胸に額をくっつける彼女の顔は見えないが、声は先程から上擦っている。
泣きながら喋る子供みたいだ。
「……うそだったら、のろいますよ」
「嘘じゃないさ。俺は君の聖騎士だもんな。最期まで守らなきゃ、無責任だった。これを、俺が生きる為の、もう一つの目的に決めたよ。だから泣かんでくれ」
これまであまり意識しないようにしていた、彼女の花のような香りが、何故だか無視できなくなる。
俺はそっと、花を手折らぬよう気をつけながら愛でるように、彼女の背中を撫でる。
「ないてません……ずびっ」
「おい、まさか貴族令嬢が男の服に洟を付けたりしてないよな?」
「ずびび」
「つけてるなこれ、絶対やってるわ。はしたないにも程があるわ」
「ふふっ……笑わせないでください」
俺はハンカチを取り出し、彼女に渡す。
彼女はそれを受け取り、俯いたまま使用したようだ。
しばらくしてから、そっと離れる。
目許も鼻頭も赤いが、彼女の美しさは何ら損なわれない。
「胸のつっかえがとれました」
「そうかい。俺はまだドキドキしてるよ」
「そっ……そう、なのですか?」
彼女が嬉しそうな、照れくさそうな顔をする。
「あぁ、だっておばあちゃんになるまで一緒にいてくれ、一緒に死のうって、そんなのプロポーズじゃないか」
「――――え」
お姫さんの顔が固まる。
なるほど、特に意識せずあのフレーズになっていたのか。
「まさか女の子の方から、そんな熱い告白を受けるとは思わなくてね。三百年生きてきて初だよ。いやぁ、照れちゃってまだ顔が熱を――って、お姫さん?」
「……てください」
「ん?」
「忘れてください!」
彼女は羞恥心から顔を真っ赤にしている。
「え? じゃあ約束は撤回か?」
「うっ、そんなことはいたしません! ただ先程の文言だけ記憶から消してください!」
「無理無理。絶対無理。そうだ、俺もロベールみたいに手記を残そう。未来のやつに俺の人生を残せるように。えーと『今日は主に終生の愛を誓わされた』……っと」
「~~~~っ! もう! もう! 貴方という人は!」
お姫さんは耳や首まで赤くして、俺の肩をポカポカと叩く。
どうやら元気を取り戻したようだ。
「効かんなぁ」
「呪いますっ、呪いをかけますっ」
「もう呪われてるよ。君を置いて死ねなくなった」
これ以上からかうのも可哀想なので、真面目な声で言う。
「……そうです。これは、『とこしえの魔女』の呪いよりも重いものですよ。破ったら……貴方の主は涙を流すのですから」
「あぁ、胸に刻むよ」
お姫さんと再び歩き出す。
並木が途切れ、正門が見えてきた。
学校と外の境界が、夢と死者の国の境界を思い出させる。
夢ではロベールだけが消えてしまったが。
今日の俺は、隣を歩くお姫さんと共に、先に進む。
三百年前に、死んだ筈の聖騎士アル。
そんな俺は、時を越えて一人の少女と出逢い。
復讐が終わったあとの目的を、与えられてしまった。
これは、一人の聖女と一人の聖騎士の、戦いの物語だ。
そして一人の少女と、骨骸の剣聖が――死を遂げるまでのお話だ。




