40◇姉妹の仲直りと子孫との仲直り
十二形骸の一角、『毒炎の守護竜』の討伐は、完了。
魂の抜けた骨格が暴れまわるという想定外の事態もあったが、これもお姫さんと協力することでなんとかなった。
だが問題が一つ。
俺が全裸ならぬ全骨になってしまった点だ。
「……聞き忘れてたんだが、俺が元に戻るのに、またデカい魔石が必要なのか?」
例の魔石自体は壊れていないのでお姫さんの実家にある筈だが、肝心の魔力がない。
俺を元に戻す際の説明によると、数代にわたって溜めていたようだし。
「いえ、あそこまでの魔力は必要ないのですが……」
「そうなのか?」
「はい。あの膨大な魔力は、そのほとんどが魔女の呪いを一部打ち消すことに費やされていたので」
「あー、なるほど」
つまり、感染能力を封じるのが主だったわけだ。
俺の肉体の再生は、それに比べると少ない魔力で済むらしい。
俺は再び形骸種になったのではなく、ただ竜の炎によって肉が焼け溶けただけ。
感染能力は、今も封じられている、ということ。
これは朗報だ。
『毒炎転化』を受けても問題ないなら、そこらへんの形骸種に噛まれても、感染能力が再び芽生えることはない。
「万が一に備え、わたしも日々魔石に魔力を溜めていたのですが……」
学園の実技訓練などでも、俺は加護なしで戦っていた。
おかげで、お姫さんは他の生徒に比べても、多くの魔力を魔石に貯金できていたようだ。
しかしそれも、先程使い切ってしまったという。
「そりゃ大変だ。つぅかお姫さん、非常時の魔力を溜めてたのはさすがだけどさ」
「……なんでしょう?」
「非常時の着替えは、用意してくれなかったんだな」
「――あ」
まぁ、考えなしに突っ込んでいった俺が言えた義理ではないが。
「つ、次からは用意いたします……」
「いや、どうしても必要って時以外は、俺も控えるよ」
そもそも、人間に戻る度に彼女に大きな負担を強いるのも申し訳ない。
「……で、では、わたしの加護を?」
「あぁ、次からは頼めるかい」
俺が言うと、彼女は嬉しそうな顔をする。
「もちろんです」
俺はもっと早く、彼女を共に戦う相棒として認めるべきだったのだろう。
「――何を抱き合っているのです」
声がした。
そちらの方へ頭蓋骨を向けると、白銀の長髪と氷の双眼。
「お、お姉様……!?」
お姫さんがバッと俺から離れ、「いえ、あの、これは、ちがっ、その……」としどろもどろになる。
「問いへの返答になっていませんよ、アストランティア」
「わ、わたしが倒れてしまったのを受け止めてもらっただけでっ! あ、こちらはそのアル殿でっ、わたしたち、その、竜を、あの……」
そもそもなんでオルレアちゃんがいるのだろう。
それに、本人は隠しているつもりらしいが、凄まじい汗だ。
呼吸もなんとか整えようとしているが、漏れ出る吐息はやや荒い。
学園から急行して間に合う距離ではないので、元々近くにいたのでなければおかしい。
監督役の中にはいなかったから、こっそりついてきたのだろうか。
妹が心配で?
かわいすぎないか?
「ここにくるまで、激しい戦闘痕がありました。聖騎士アルベールに問います――『毒炎の守護竜』、その討伐は成ったのですね?」
「アストランティア様の祈りによって、竜の魂は救われました」
「……十二形骸としての、貴方の力ではなく?」
「後ほどアストランティア様から報告が上がるかと思いますが、この御方の祈りなしには、竜の救済は叶わなかったでしょう」
「そうですか、理解しました」
オルレアちゃんがお姫さんを見る。
「自ら危険に飛び込むような行いは罰せられるべきでしょうが……」
「うっ……」
「しかし、結果を示したのもまた事実」
「お、お姉様……」
「……私は、貴女の能力を見誤っていたようです」
ぶわりと、お姫さんの瞳から涙が溢れ出る。
それを見て、オルレアちゃんが固まったのがわかった。
「わ、わたし……お姉様に、き、嫌われてしまったものと……」
「……泣き止みなさい。そもそも、何故私が妹を嫌うのです」
無表情を貫こうとしているが、明らかにおろおろしている。
「だって、あんなにお優しかったのに、急に、冷たくなって……」
「私への憧れから、貴女が聖女を目指さぬよう、諭そうとしただけです。平和な世は私が取り戻します。貴女はその後の世界で、幸福に生きればよいのです」
「お、お姉様だけに背負わせるなんて、そんなことはできません!」
「逆でしょう。妹にまで重荷を負わせるわけには参りません」
結局、似たもの姉妹だったということだ。
しかしそれが判明したことで、お姫さんの怒りに触れたらしい。
「ど、どうして一緒に頑張ろうと仰ってくださらないのですか!」
「私の目の届かぬところで貴女がもし傷つき命を落としたら、私はどうすればよいのです!」
オルレアちゃんが叫ぶところを初めて見た。
「それはわたしだって同じです! お姉様のことを心配しない日はありませんでした!」
「…………」
あ、オルレアちゃんが嬉しいような心配かけて申し訳ないような、複雑な表情を一瞬浮かべたぞ。
「あのー」
俺が挙手すると、オルレアちゃんが「発言を許可します」とのお言葉をくれる。
「オルレア様がお越しくださったということは、私の体に関する諸々の準備もご用意いただいたものと推察いたしますが」
「その通りです。考えなしに『骨骸の剣聖』が形骸種としての姿を取り戻し、戦いの果てに元に戻る術を失って途方に暮れているのではないかと考え、事前に全てを用意しておりました」
全部図星なのでいっこも言い返せない。
というかこの人、そんな万が一の為に色々と準備をしてこっそり妹の実地訓練についてくるとか、シスコン極まってるな。
「とはいえ……十二形骸の一角を還送するとは思っておりませんでした。改めて――見事な働きでしたね、聖騎士アルベール」
「ありがたきお言葉」
姉妹に揃って褒められるのは、悪い気はしない。
「ところで、マイラはどこに?」
オルレアちゃんに尋ねる。
ロベールの子孫である、前髪ぱっつんちゃんのことだ。
「彼女には魔法を発動する場の選定、魔石の運び込みなどを任せています」
「あの、お姉様。アルベールの着替えは……」
「? 用意しているに決まっているでしょう。裸の殿方を外へ連れ出すつもりですか?」
「う……」
妹と違い、手抜かりはないようだ。
俺の考えていることがわかったのか、お姫さんが振り返って拗ねるような視線を向けてくる。
と、そこへ金髪碧眼クール巨乳聖騎士のマイラが登場。
前髪は少し伸びただろうか。しかしぱっつんのままだ。
あとで整えたりはしなかったらしい。
「ただいま戻りました」
「準備が整ったのですね」
「全て滞りなく」
「ご苦労でしたね、マイラ」
「はっ……。しかし、急いだ方がよろしいかと。パルストリス様やオージアスを中心に、事情を知らぬ者がお二人の捜索を開始しておりますので」
パルちゃんとオージアスの二人は、本気で心配してくれているらしい。
ありがたいことだが、今対面するのは確かにまずい。
さっさと肉の鎧を取り戻さねば。
「そうですか。では、急ぎ向かうとしましょう」
マイラ先導のもと、俺たちは歩き出す。
「マイラ」
俺は彼女に声を掛ける。
前髪の件を謝ろうと思ったのだ。
「……なんでしょうか、アルベール様」
「……ん?」
なんか、前と態度違わないか?
「マイラには、貴方の正体を告げてあります。つまり、『英雄ロベールの義兄』であることを」
俺の戸惑いを察したのか、オルレアちゃんが教えてくれる。
あー、そうか。
オルレアちゃんは初対面で色々と察していたようだが、マイラからすればただの無礼な聖騎士だったわけだ。
しかし今回、俺の体を元に戻す為には、マイラも事情を知っておく必要がある。
妹の聖騎士は『骨骸の剣聖』で、あいつが骨になってた場合元に戻す方法を用意しておいたから、今から妹たちを助けに行くよ、みたいな。
教えたのはもっと前のタイミングかもしれないが、とにかくマイラは知ったわけだ。
自分の家の始まり。初代マクフィアル家当主。
英雄ロベールの義兄こそが、先日自分が頬を斬った男なのだと。
「知らなかったとはいえ、先日は大変なご無礼を働き……」
「いやいややめてくれ。俺こそ、ロベールの子孫とは知らず、悪かったな」
「この髪は、己の未熟の証として、残そうと思っております」
「えー……。いやまぁ、似合ってるけどよ」
ロベールと違って、堅物すぎる……。
あいつは結構冗談が通じたのだが。
「オルレア様にお仕えし、共に形骸種を救済するという大願があります故、この命を捧げることはできませんが、それ以外でしたら罰はいかようにも……」
俺の頬を斬ったことを、だいぶ深刻に捉えているようだ。
「だから、気にしないでくれ。俺のことは、そう、親戚の兄ちゃんくらいに思ってくれればいいよ」
「そのようなこと、とても、畏れ多く……」
「つっても、子孫にヘコヘコさせたなんてなったら、あの世で再会した時に、俺がロベールに愚痴られるぞ」
愚痴というか、あいつは苦笑するだけだろうが。
そこは俺しか知らないのでいいのだ。
「――――」
「ロベールを尊敬しているなら、あいつを困らせるのはよくないな~」
「で、では、アルベール、殿、と……」
「まぁ、それでいいか」
なんだか、妙なことになってしまった。
こんなしおらしい態度をとられては、より一層放っておけないではないか。
そんなこんながありながら、俺たちは廃屋へ到着。
その中で、人の身を取り戻す魔法を使うことになった。




