39◇竜の最期と騎士の誓い
俺の役目は時間稼ぎだ。
お姫さんの加護も纏っていない。
先程祈ってくれとは言ったが、想いで充分。
今、聖女の力が必要なのは――あの竜なのだから。
俺は竜の許へ駆け戻り、すれ違いざま奴の右前脚を切断する。
「あんま壊すなよ、お前と相棒が守ってた街なんだろ」
首を失った竜は、魂さえも抜けた骨の体で、ただただ暴れ回る。
災害の如き破壊を振りまくが、戦いの相手としては、ただただ不足。
俺はこれ以上街への被害が及ばぬよう、やつの四肢と尾を斬り落とし、無力化を図る。
すぐさま再生するが、その度に斬り落とす。
竜は目も見えないだろうに、ほんの僅かずつ身を捩るようにして進もうともがいていた。
「早めに頼むぜ、お姫さん……」
あんな記憶を見た所為か、こいつを刻むのは忍びないのだ。
それに、あまりに残念だ。
竜の心が残っている時は、あれだけ強かったのに。
ただ暴れるだけの骨格と化してからは、戦術も何もない。
そもそもこちらも見えていない。
これでも人類にとっては、幾つもの都市を滅ぼしかねない脅威なのだろうが……。
こんなのは、あの竜に対する侮辱だ。
ますます元凶の魔女への怒りが募っていく。
「アル殿!」
遠くからお姫さんの声が聞こえた。
見ると、通りに出てきた彼女が、祈りのポーズをとっている。
そこから莫大な光の粒子が噴き出し、その全てが竜の骨格へと殺到。
それに触れぬよう、俺は回避行動をとる。
あの光は、三百年前にもあった、『動く死者をただの死者に還す』魔法だ。
当時のそのままではなく、形骸種用に改良が施されたものらしい。
竜との遭遇前にも、彼女が使っているのは見たが、光の量が桁違いだ。
それでも本来であれば、十二形骸を還すには到底足りないようなのだが、今ならば効くのではないか。
魂を還すのに膨大な魔力を消費するとのことだったが、竜の魂は既に失われている。
今、やつの骨格を動かしている『何か』だけ無力化してくれればいい。
それは絶対に、『とこしえの魔女』の呪いに関わる力だ。
呪いを無力化する魔法ならば、効く筈。
「……おいおい」
魔法は、効いている筈だ。
実際、やつの尻尾が再生しなくなり、後脚が再生しなくなり、体の後ろの方から骨がぽろぽろと崩れては消えていっている。
だが、残る上半身はゆっくりとお姫さんの方へと向かっていた。
前脚も中途半端だが再生している。
――再生能力の配分を、上半身に集中させてるのか?
考える頭は残っていない筈だが、やっていることはそう思える。
そして面倒なことに、光に包まれている竜の骨格に、俺が手を出すことは出来ない。
あの光は俺にも効くのだ。
一番厄介なのは、残る上半身が光の発生源に近づいていること。
お姫さんは今、極限の集中状態で魔法を維持している。
彼女が努力家で、竜が魂を失っているとはいえ、入学したばかりの聖女に十二形骸を還送しろと言うのは、かなりの無茶振りだ。
彼女はとても頑張ってくれているが、あの状態で動くのは無理だろう。
俺が運ぶにしたって、集中力が切れてしまうやも。
お姫さんも全部理解しているだろうに、竜をじっと見ている。
あいつが還るのが先か、お姫さんが殺されるのが先かという状況だ。
「……予定通りには行かないもんだな」
死を覚悟して、お姫さんと竜の間に割り込もうとした俺だが、その時――大剣が震えた気がした。
竜の首を断ったことで、どういうわけだか紫色を帯びた大剣である。
「まさか……そういうことなのか?」
いや、ごちゃごちゃと考えている暇はない。
だめだったのなら、光に割り込んででも彼女を守ればいい。
俺はお姫さんの光に当たらぬよう気をつけながら、彼女の横に立つ。
「あと少しだお姫さん、君なら出来る」
陳腐なセリフだが、本心でもある。
竜の体はもう、ほとんど残っていない。
それでも、やつがお姫さんに到達する方が僅かに早いだろう。
俺は剣を高く掲げる。
「俺の勘違いじゃないなら、力を貸せ――エクトル」
こんなふうに声を掛けても、無駄だ。
あの竜の魂がもうこの世にないことは、俺も分かっている。
だが、何かが残されたこともまた、感じ取っていた。
剣が、燃え上がる。
紫色の炎だ。
――『一部の形骸種は、特殊な能力に覚醒します。その能力は千差万別であり、その個体の精神の影響を強く受けているようなのです』
お姫さんがかつて話していたことだ。
自分で敵を全部ぶっ殺すと考えていた俺には、無限の武器生成能力が宿り。
相棒の家と家族を外敵から守ろうと考えていた竜には、敵を焼き払う息吹が宿った。
これもまた、魔女の呪いの範疇なのかもしれない。
だが、やつの心の残滓が、決着の一撃を通して俺に宿ったのは間違いない。
俺が剣を振り下ろすと、斬撃に合わせて――紫炎が迸った。
それは光と混ざって竜を包み、その骨を焼いていく。
いかな変化があったのか、形骸種の骨さえも焼き尽くす炎と化している。
左前脚が燃え尽きて消える。
やつの体が傾き、倒れる。
だが、残った右前脚が、お姫さんに伸ばされた。
彼女は逃げない。目も逸らさない。
「……もう聞こえちゃいないだろうが、俺がお前の相棒なら、約束を守ってくれたことに感謝するだろうよ」
誰かが竜に言ってやるべきだった言葉を、口にする。
これを言うのが俺でいいのかは分からないが、他にはいないのだ。
鋭利な爪は、お姫さんに触れる直前で止まり。
砂のように、崩れていった。
「――――っ」
限界だったのか、お姫さんが倒れる。
俺はそれを咄嗟に受け止めた。
「大丈夫か、お姫さん」
彼女は大量の汗を掻いており、白銀の髪が、火照った顔にぺたぺたとくっついてしまっている。
「……最後まで、見事な働きでした、我が騎士アルベール」
そう言って、彼女は力なく微笑む。
「アストランティア様のお力あってこそ、です」
「わたし一人では、とても果たせない偉業です。貴方と出逢えたからこそ、『毒炎の守護竜』を救うことが出来たのですから」
「俺を褒めると夜の誘いがくるって分かってるよな。それでも言うということは――」
あんまり褒め殺しにされるのも妙な気分になるので、そろそろ冗談で流そうとしたら――。
「全ての形骸を殺したあとでしたら、断る理由もなくなりますけれども……」
彼女が、頬を紅潮させ、そんなことを言う。
予想外の返答に、俺は言葉に詰まってしまった。
「それとも、わたしにそこまでの価値はありませんか?」
彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべたことで、なんとか言葉を絞り出す。
「いや、あとでなしって言われては困るので、契約書を作成しましょう」
「ふふふ、何年掛かるか分かりませんよ? その頃には、わたしはお婆ちゃんになっているかもしれません」
「構わんさ。君の魅力は若さじゃない」
お姫さんは目を丸くする。
「…………では、なんです?」
「前にも言ったろう?」
ごくり、と彼女の喉が鳴る。
その時の喉の動きから、彼女の緊張が伝わってきて、それがとんでもなく愛おしく感じられた。
髪を撫で、言う。
「――頭蓋骨さ」
確か、祭りの日にもそうやって褒めたと思う。
「もう! なんで貴方はそうなのですか! 少し真面目な話をしていると思ったら、すぐにふざけ始めて!」
お姫さんは目の端に涙さえ浮かべて、怒り始める。
「いや、悪い悪い」
「許しません! 呪います! すごく呪います!」
「ごめんな、照れ隠しだったんだ」
「……ならば、挽回の機会を与えます」
また冗談を言ったら、今度こそ彼女はへそを曲げてしまうだろう。
「先祖の咎を背負い、全ての死者を悼み、十二の災厄を取り除かんとする貴女の、強き魂に胸を打たれました。貴女は気高き聖女、忠節を尽くすに足る主です」
「――――」
今度こそ、彼女は泣いてしまう。
だが、怒りや悲しみによるものではない。
彼女はそのまま、俺の背中に腕を回した。
今は全身骨なので、随分抱きつきにくいだろうが。
「よ、よろしい。では、必ず最後まで付き合って頂きます」
「あぁ、最期までお供しますとも」
俺たちは、しばらくの間そうしていた。
そして――。
「……なぁ、お姫さん」
「形骸種が来たのでもなければ、もう少しこのまま……」
「それはいいんだけどさ……俺、どうやって帰るんだ?」
戦いの最中はそんなことを考えている暇などなかったが、改めて考えると困る。
肉の体もないし、服もない。
ゆっくりと顔を上げたお姫さんは――困ったような顔をしていた。
「な、なんとかいたします」




