33◇移動と到着
『毒炎の守護竜』のいる封印都市までは、馬車で移動となった。
普段お姫さんと乗っている、お貴族様とか用の箱馬車ではない。
積載量の多い幌馬車で、物資を運ぶのに使われるようなものだ。
それを何台も用意して、生徒たちを乗せる。
一部のお嬢様がたから文句が出たが、教官たちも慣れているのか、嫌ならば自前の馬車を使ってもいいと流す。
うちのお姫さんは他の生徒と混ざって運ばれることに抵抗がないようだったので、俺も続く。
馬車の中には見知った顔が。
クフェアちゃんとリナムちゃんだ。
だがクフェアちゃんは、俺を見るとツーンとそっぽを向いてしまう。
きっかけは、お姫さんに贈った髪飾りを二人に見られた時のこと。
どうやら、俺とお姫さんのお出かけをデートと捉えたようで、そこから少し機嫌を悪くしてしまったのだ。
馬車が動き出し、車内が揺れる。
「おはよう、アストランティア」
「え、えぇ、おはようございます」
「ところで貴女、いくつだったっけ」
「新入生なので、リナムさんと同じく十五歳ですが……」
お姫さんは戸惑いがちに答える。
「へぇ~そうなんだ~。ねぇアルベール?」
そして彼女は、普段からは想像できないニッコリ顔を俺に向ける。
なんだか背筋が寒くなってきた。
「な、なんだい」
「アストランティアは、三年後じゃないんだ?」
先日、クフェアちゃんとより親密になれそうなタイミングがあったのだが、二年後にまた……と先送りにしたのだ。
その時はいい雰囲気で終われたのだが、年下のお姫さんが俺とデートしたことで、あの時の俺の発言が実は遠回しな拒絶だったのではと勘違いしてしまったようなのだ。
「……だから言っただろう、デートしたわけじゃない。あれがデートなら、孤児院に向かう途中で差し入れ買うのだってデートになるぞ」
二人きりで歩いて、店を覗いて何か買う、という流れは同じなのだ。
「アストランティア、その髪留め似合ってるわね」
クフェアちゃんは俺を無視して、お姫さんに声を掛ける。
お姫さんの頭には、俺の贈った髪留めが留まっていた。
「あ、ありがとうございます」
「自分で買ったの?」
「えと……いえ、その、アルベールに」
「へぇ~。アルベールって、ただの買い物で女の子に贈り物するのね~」
俺は自分を、恐怖の感じない人間だと思っていた。
恐れるくらいなら、どう切り抜けるか考えるべきではないか、と。
しかし、遠い昔、もはや顔も思い出せない同僚が言っていたことを思い出す。
『幽霊には物理攻撃が効かないので、そういうのはやはり怖い』とかいう意見だ。
そんなものは冷静に退却して、聖女サマを引き連れて戻ればいいと、当時は思ったものだが……。
今ならば分かる。
一時退却が許されない状況で、通常攻撃が効かない相手をなんとかしなければならない時というのは、あるらしい。
だが、俺は故郷の街で最強になった男。
三百年後の世界で『骨骸の剣聖』などと呼ばれる死者。
抜かりはない……!
「な、なぁクフェアちゃん」
「なによ」
俺は昨日急いで用意した品を懐から取り出し、彼女に手渡す。
「勘違いさせて悪かったな。お姫さんは大切な主で、聖女としても人間としても好感を持ってるのは本当だが、君が想像してるようなことはなかったんだ」
「どうだか。騎士とお姫様が……って、物語とかだと定番だし。リナムがおこづかいで買った本にもそういうのあったし」
誤射を受けたリナムちゃんが「クフェアちゃん! 言わないでっ」と赤面している。
だが今はフォローしている場合ではない。
「贈り物をしたのにも理由はあるんだが……それは置いておいて。クフェアちゃん、これを受け取ってくれないか」
クフェアちゃんは拗ねた顔のままだが、ちらりとこちらを見る。
「もので機嫌をとろうっての?」
「そういう魂胆は否定しないが、君に似合うと思って選んだんだ」
「……一応、見てみるわ」
彼女が俺から紙の包みを受け取る。中から取り出したのは、髪を結ぶ紐だった。
中心部に、花を象った銀色の装飾もついている。
「いつも髪を結んでるしさ、紐はいくつあっても邪魔にならないだろ」
「……うん」
と素で答えてから、クフェアちゃんは慌てて表情を不機嫌に戻そうとする。
「祭りは無理だったけど、君が嫌じゃなければ今度出かけようぜ。街を案内してくれよ」
「……嫌々言ってない?」
前も感じていたが、クフェアちゃんは女の子としての自分に自信がないようだった。
リナムちゃんやお姫さんを魅力的だと感じる中で、自分はそこに遠く及ばないと思っているようなのだ。
「どうでもいいやつを助けたり、訓練つけたり、ものを贈ったりとか、そこまで暇じゃないよ。それで、どうだい?」
「……わかった」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「そりゃあよかった」
気持ちが落ち着いたのか、クフェアちゃんはお姫さんとリナムちゃんに謝った。
「ごめんなさいアストランティア、貴女にも棘のある態度をとってしまって」
「お気になさらず。我が騎士は女性と見るや良い顔をするので、今回の件は良い薬になったでしょう」
お姫さんはニッコリと微笑んでいる。
俺が彼女の実家のメイド達と親しくなりまくった時からの念、みたいなものを感じた。
「リナムも、流れで趣味を暴露してしちゃってごめんね」
「ううん、いいの。二人が仲直りできてよかったよ」
実は、リナムちゃんだけ仲間はずれになるのも申し訳ないので、彼女にも贈り物を用意したのだが、あとにしよう。
「アルベール」
クフェアちゃんが改めて俺に向き直る。
「あぁ」
「こ、これ、ありがとう。子供みたく拗ねちゃってごめんね」
「勘違いさせたのは俺だしな。二年後までに、色々出掛けたり遊んだりしよう」
「うん……」
クフェアちゃんが頬を染めて頷く。
「髪紐、つけないのか?」
「えと……封印都市で汚れたり解けたりしたら嫌だから、しまっておくわ」
「そっか、それもそうだな」
そう言って彼女は、ポケットに紐をしまう。
なんだかお姫さんが静かだなと思ったら、リナムちゃんと小声で何やらやりとしていた。
「……先程お話しに出た、物語についてですが」
「あっ、アストランティア様も興味がお有りなら、今度学園に持っていきましょうか……?」
「……よろしくお願いします」
どうやら庶民の読む本に興味があるらしい。
そんなふうに、俺たちは和やかに談笑しながら馬車に乗っていたのだが……。
同乗者たちには、「こいつらマジかよ」みたいな目を向けられていた。
どうやら、自然体なのが余裕だと受け取られているらしい。
初めての封印都市で緊張している者が大半のようだ。
実地訓練では、正規の聖者たちに何組かの上級生を加えたメンバー監督のもと、形骸種の討伐を体験することになる。
俺は既に経験済みだが、他の生徒たちは違う。
訓練とはいえ、実際に死者を還すのだ。
想像と現実は違う。
ここで、本当に死者を殺せるものと、それに耐えられない者に分けられることだろう。
そこから数日の行程を経て、俺たちは壁に囲まれた都市に到着。
馬車から降りた俺たちは、引率の教官からの注意事項を聞かされている。
街壁は元々あったものらしく朽ちかけているが、結界は機能しているので問題ない。
結界は透明で、形骸種の出入りを阻むもの。
俺も故郷の街から出られなかったくらいなので、強度はかなりのものだ。
人間は素通りできるので、以前は盗人の侵入が問題にもなったらしい。
人の死んだ街から金品を盗み出すという、地獄行き確実な商売を思いついた奴らがいたようなのだ。
そういうやつらは大抵が噛まれて転化し、形骸種の仲間入りを果たしたとのこと。
「まずは第一歩だな、お姫さん」
今日は実地訓練という形だが、外に出て初めての不死者殺しなのも事実。
「……はい。ここからです、アル殿」




