31◇十二形骸談義と実習先
ある日、学園の昼休みに、お姫さんと飯を食っている時のことだ。
他の席からこんな会話が聞こえてきた。
「もうすぐ実習ですけれど、どの封印都市が選ばれるのでしょう……」
そう口に出した聖女ちゃんは、どこか不安そうだ。
まぁ、よっぽどのことがない限りは、学園に入るまで封印都市にも入れないので、不安に思うのも無理はない。
「王家が管理している、三都市のいずれかではないでしょうか?」
別の聖女ちゃんが答える。
生徒同士のそんな会話を聞いて、俺は向かいに座るお姫さんに話しかけた。
いつもの口調なので、小声だ。
「その三都市にいる十二形骸って、どれだっけ?」
お姫さんが小さく溜息を吐いた。
「授業で習った筈ですが」
ちなみに、お姫さんは魚料理、俺はステーキを食っている。
学内のこの食堂は、無料で利用できるのだ。
なので、クフェアちゃんとリナムちゃんも、他の友人と別の席で食事をしている。
「それ、担当教官男じゃなかった? 女教師なら忘れてる筈がないんだけどなぁ」
男の言葉は右耳から入ると同時に左耳から抜けていくが、女性の言葉は忘れない。
その人との会話の種になるかもしれないからだ。
お姫さんは俺の性格にも慣れたのか、一瞬目許を歪めただけで、すぐに話してくれた。
「……封印都市は、様々な事情により管理している者が異なります」
たとえば、そもそもどこぞの大領主に与えられた領地だったりすると、ゾンビだらけになったから没収! とはいかなかったりするのだろう。
王様といっても、なんでも思い通りとはいかない。
「そっか。『骨骸の剣聖』の街は、お姫さんの家が管理してるんだもんな」
「はい。聖者とは言え、全ての都市に自由に出入りすることは出来ないのです」
貴族からすれば、自分の土地の問題は自分で片付けたいだろう。
他の貴族と縁のある聖者に、自領の形骸種を沢山倒されると、面目が立たないとか考える者もいそうだ。
「……そんなんだから、三百年経っても解決してねぇんじゃねぇの?」
「その……」
お姫さんは気まずそうな顔をする。
あと、封印都市がそういう閉鎖的な環境であるということを考えると、嫌な想像もいくつか浮かぶ。
形骸種は限定的であるとはいえ、不死だ。
そして、もうみんなスケルトンになっているだろうが、元は人だ。
それを利用して、魔法や武器の性能を試す実験体に使う、とか。
首と頭を切り離さなければ、骨の体は再生していくのだから。
第一、俺の体を再生して外に連れ出すというかなりの荒業を、お姫さんは成功させている。
これに関しては俺にとっては得しかないのでいいのだが、お貴族様が自分の領域で隠し事をするのは、実際可能ということになる。
世の中には、形骸種が全て倒されたら困るやつも、いたりするのだろうか。
「他の貴族が押さえてる都市に入るには、当然そいつの許可が必要なんだろ?」
「そうなります」
だから、学園の生徒を実習で連れて行けるのは、王家直轄の都市に限られるわけだ。
「……他の九都市は、入るまでがまた面倒くさそうだなぁ」
「そちらは、わたしがいずれなんとかしますので」
庶民の俺が何か言ったって変わらないだろうから、そこはお姫さんに任せよう。
「まぁ、取り敢えず三つあるなら、そっちから攻めていけばいいか」
「『毒炎の守護竜』『監獄街の牢名主』『無声の人魚姫』ですね」
『毒炎の守護竜』がいるのは、俺がいたような普通の街だ。
ぼんやりとしか思い出せないが、当時、亜竜を使役して戦う竜騎士ってのがいると聞いたことがあるような気がしないでもない。
そいつは、十二騎士入りを打診されても、自分の街が好きだからと断ったとか。
ん? 竜の方が十二形骸に数えられてるってことは、聖騎士の方はどうなった?
……いや、考えても仕方ないか。
「監獄街ってあれだよな、流罪にされたやつらばかりが集められた辺境の」
「はい。当時、開拓の目的で咎人や奴隷などを労働力としようとした土地ですね」
奴隷も投入されていたのか。罪人だけでは数が足りなかったかな。
「そこに呪いが振りまかれ、悪いやつらが軒並みゾンビになったわけか」
まぁ、奴隷だろうが罪人だろうが、きっちり殺して魂を解放するのは変わらない。
「人魚姫ってのは当時聞いたことがなかったが……」
「元々は、とある島の伝説だったそうですが……その個体が本当に人魚なのか、変質した形骸種なのかは分かっていないそうです」
人魚自体は知っている。
上半身が美女で、下半身が魚という不思議な生き物だ。
実在するかはわからん、想像上の生き物とも言われている。
「……どうせなら、生きている人魚に逢いたいもんだ」
「人魚とも親しくなるおつもりですか?」
「当然だ」
「もう……」
彼女は呆れるような笑みを浮かべている。
「島と辺境と都市なら、都市を選ぶんじゃないのか?」
ここから一番近いのは、『毒炎の守護竜』がいる街だった筈。
「昨年は、監獄街だったそうですよ」
「お姫さんのお姉さんの代か」
そういえば、ロベールの子孫マイラだが、俺の切った前髪は伸びただろうか。
あれ以来、まったく話す機会がないのだ。
「『監獄街の牢名主』は、形骸種を操る術を持っているようで、あの都市の形骸種は統制がとれた軍のように脅威だそうです」
「そりゃ厄介だなぁ」
他の形骸種を操るのが、牢名主って個体の特殊能力なのだろう。
『神心の具現』とか言うのだったか。
俺にもあるが、そんな多数を操るような能力ではない。
「『無声の人魚姫』は滅多に姿を現さず、『毒炎の守護竜』はある建物の前から微動だにしないのだと聞いています。ただし、その建物に近づこうものならば暴れるのだと」
「……ふぅん。なんか大事なもんでもあんのかもな」
「いずれにしろ――アル殿」
「なんだい」
お姫さんが真剣な顔で言う。
「十二形骸救済を本格的に考えるのは、卒校後の話です。どうか堪えてください」
「さすがに分かってるよ。前途ある学生たちを巻き込んでまで、無茶はしないさ」
「……はい」
三百年も、敵に殺されることなく生き続ける十二体の特別な死者。
これは、黒幕の『とこしえの魔女』にとっても、無価値ではない筈だ。
やつが望んでいるであろう、真の永遠を、ゾンビの性質と己の強さで果たしている個体たち。
これを全部殺せば、少しはやつを刺激できるだろうか。
逸る気持ちがないと言えば嘘になるが、抑制は効く。
そして入学から二ヶ月ほどが経った頃、実習先が決まった。
今年は――『毒炎の守護竜』のいる都市へ向かうそうだ。
もうすぐこの街で祭りがあるが、それが終わってからの出発となるらしい。
祭りと言えば。
お姫さんと一緒に行く約束をしていた。




