29◇修行の成果と反撃
学園は、一般からの受験者が合格した場合、学費を免除してくれるらしい。
こうでもしないと、借金しないことには庶民は聖者になれないので、よい制度だと思うのだが……成立にはかなり苦労したのだとか。
十二都市に取り残された先祖や縁者を救ってほしいと考える、貴族や大商人などの一部の金持ちは、『庶民だろうがなんだろうが、聖者になってくれるのならそれでいい』という考え。
だがこの三百年で、聖者は特別な職業になってしまった。
しかも魔力に長けた者が生まれやすいのは貴族……という関係から、組織の運営に貴族関係者が食い込んで久しい。
庶民でもなれる……つまり誰でもなれるなんてイメージは特別感を損なう。
それだけが理由ではないだろうが、とにかく庶民を排斥しようという考えの勢力もいる。
この、『才能あるなら誰でも採用派』と『あくまで貴族中心に構成するべき派』の争いは長く続いているようだ。
だからこそ、『学費は免除』だけど『制服や教材は実費だし、破損や紛失の際も自分でなんとかしてね』という、いびつな制度になっている。
死者を救うために一致団結できないかと思うものだが、三百年前だってそう変わらない。
困っている者がどれだけいても、格差はなくならんし戦争は起こる。
まぁ、そんな大きな話は、俺たちにはどうでもいいのだ。
クフェアちゃんは、制服さえ用意すれば再び登校しても問題なし。
だがイジメっ子たちがいるので、この対策は必要。
一週間後、その時はやってきた。
◇
再び、実技の授業を利用しての模擬戦。
「あら、まさか本当に来るだなんて。それも、新しい制服をお召しで」
前回と同じ聖女ちゃんだ。髪はロングで色は金。広げた手を口許に当てて笑うのが特徴。
彼女の聖騎士は、やけにごつい男。髪は短髪。
「当然でしょ」
「ごめんなさい、庶民の稼ぎというものが想像できませんの。お二人で一週間、働き詰めだったのですか? それとも、孤児院の他の者たちにも働かせ、稼ぎを掻き集めてなんとか購入したのかしら?」
「……あんたに関係ないでしょ」
「そんな悲しいこと仰らないで? わたくしは心配しているのですよ? 貴女が卒業する為に、一体何着の制服が必要になるのか、と。いつまで、貴女の孤児院が制服代を賄えるのか、と」
「……余計なお世話よ。あんたこそ、覚悟してよね」
「ぷふっ。一体、何を覚悟すればよろしいのかしら?」
「これは実戦を意識しての模擬戦なんだから、戦場でしておくべき覚悟に決まってるでしょ。あんた、聖者が何する職業かも知らないで入学したわけ? 貴族って呑気なのね」
「……孤児は孤児らしく、路地裏を這いずり回っていればよいものを」
そして、模擬戦が始まる。
今日の俺とお姫さんは、最初から観戦だ。
この一週間、クフェアちゃんとリナムちゃんには作戦内容を叩き込んだ。
そして、聖女の魔法に関してはお姫さんとリナムちゃんで修行。
剣術……いや、戦い方に関しては俺とクフェアちゃんでみっちり修行した。
「たかが一週間で実力差が覆るものですか! ――現実を教えてやりなさい」
金髪ロング聖女の指示で、むきむき男が飛び出す。
「クフェアちゃん……行こう」
「えぇリナム――全力でね!」
二人が言葉を交わした直後、周囲には――クフェアちゃんが消えたように映っただろう。
だが違う。
あまりの加速に、そう錯覚しただけ。
「――なっ!?」
そして彼女は相手聖騎士の横をすり抜け、相手聖女ちゃんに肉薄する。
「覚悟はもう出来た?」
クフェアちゃんは迷わず、聖女に向かって剣を振るう。
「きゃあっ!?」
それは弾かれた。
当然だ。
聖女は常に、自分と聖騎士に『身体防護』を掛けるよう教わる。
だが、相手聖女を覆う淡い光は、今の一撃で大いに乱れた。
貴族は学園入学以前から聖女としての修練を積むことがあるが――貴族は貴族。
さぞ大切に育てられたことだろう。
自分のことは聖騎士が守る。
だから、聖騎士を突破して自分を攻撃してくるなんて、知識としては知っていても――現実感を持った未来として想定できない。
結果、精神で操る魔法に乱れが生じる。
「くっ、卑怯者が!」
バカ正直に怒りを撒き散らしながら、相手聖騎士がクフェアちゃんに襲いかかる。
後ろから斬りかかるのは卑怯ではないのだろうか。
だが、こちらはそれらも想定済み。
やつの振り下ろしを、まるで後ろに目がついているかのように見事に回避したクフェアちゃんは、斬撃の後の隙を見逃さず――やつの腹部に膝蹴りを叩き込んだ。
「そんなも――のォッ……!?」
むきむき男の体が腹を中心に、まるで犬の後ろ足のように曲がり――吹き飛んだ。
周囲がざわめく音が心地よい。
これまでの戦いで、聖女次第で加護が弱まることは把握していた。
初手で聖女を狙うことでこれを意図的に引き起こし、『身体防護』の弱まった聖騎士に一撃を見舞うのが作戦の第一段階だったのだ。
フィールドを無様に転がる相手聖騎士だが、なんとか剣は手放さずにいた。
膝立ちになり、片手で腹を抱えながら大きく咳き込む。
「なんて卑劣なの! それでも誇り高き聖者!?」
相手聖女の叫びを聞き、俺はステージに声を掛ける。
「おやぁ? 戦場では服が汚れることがあると仰っていませんでしたか? 同様に、戦場では形骸種が聖女を狙うこともあるはずですが――ご存じない?」
本来ならば俺は小娘と言えど女性の味方なのだが、なんでもかんでも許容するわけでもない。
悪いことをすれば、お仕置きをせねばなるまい。
今回、お仕置き役を務めるのは俺ではなくクフェアちゃんとリナムちゃんだが。
「くっ……」
「戦場を意識しなければ、訓練の意味がないでしょう? それに当然――ルール違反ではありませんよ」
「わ、わたくしは、この学園の生徒としての矜持はないのかと問うているのです!」
「聖者の矜持とは死者を還すこと一点のみ。服装も、教養も、血統も、貧富も、関係がない。それを理解できない者は長生き出来ませんよ」
「~~~~ッ!」
金髪ロング聖女ちゃんが、唇を噛む。
「棄権してもいいわよ?」
クフェアちゃんが言った。
相手聖騎士は明らかに顔色が悪い。
普段はパートナーが加護で無効化してくれる筈の痛みを受けたのだから当然だが……。
実は、理由はそれだけではない。
「馬鹿言わないで! その程度治せば済む話でしょ!?」
自分が怪我したわけでもないのに『その程度』扱いし、聖騎士に治癒を施す相手聖女。
すぐに顔色が戻った聖騎士は立ち上がるが、やつの表情は険しい。
それもその筈。先程の一撃は、やつの想定を遥かに上回るものだったろうから。
その謎はすぐに判明する。
「まさか……貴様、『身体強化』を――脚部のみに集中しているのか!?」
リナムちゃんから発せられる淡い光は、クフェアちゃんの下半身だけを包み込んでいる。
聖女の加護は今、彼女の脚力を強化することだけに注がれていた。
これが、速さと蹴りの威力の正体だ。
「だったら何よ。別に普通の技術でしょ?」
そう、加護の配分は聖女の技術の範疇。
八位のパルストリスちゃんは、注ぐ魔力を増やして全身を更に強化していたが、さすがに今のリナムちゃんでは同じ規模の加護は与えられない。
故に、魔力配分を極端にしたのだ。
脚部だけの強化ならば、対戦相手に劣らないどころか、強化率で大きく上回る。
「貴女、正気じゃないわ! 『身体防護』を切ってまで脚力を強化する!? 一撃掠れば死んでもおかしくないのよ!?」
相手聖女が、信じられないとばかりにクフェアちゃんを見ている。
そう。今のクフェアちゃんは、脚部の強化以外を捨てた形。
一撃でも貰えば、負けどころではない。
「リスクは承知よ。それに、一撃も掠らないから問題はないわ」
その一言に、相手ペアのどちらもが、怒気を露わにする。
「もう油断はしませんわよ。最大強化で決めて差し上げます」
――来た。
相手騎士がクフェアちゃんとの距離を詰め、斬撃を振るう。
一度、二度、三度……と振るうが、クフェアちゃんはその度に華麗に回避。
紙一重で避けることもあれば、余裕を持って斬撃の範囲外へ飛び退ることもある。
それだけではなく、斬撃後の僅かな隙に敵に斬りかかるのも忘れない。
そうすることで敵の『身体防護』が傷つき、相手聖女ちゃんは再び加護を注ぐ必要が出てくる。
前回と立場が逆転していた。
むきむき男の制服はどんどん傷つき、見たくもない筋肉が露出していく。
クフェアちゃんが時々、体の向きを相手聖女に傾ける。
そうすると相手聖女はびくりと警戒し、相手聖騎士は主の前に駆け戻る。
気づけば、相手聖女ちゃんは滝のような汗を流し、息も絶え絶え。
そして相手聖騎士は、制服が斬り裂かれ――ほとんど上裸になっていた。
相手が連戦を仕掛けてクフェアちゃんとリナムちゃんを追い詰めたのと同じことを、こちらは一組でやっただけ。
最初に斬りかかられた衝撃で乱れた精神は、落ち着かせたと思っても完全回復とはならない。衝撃は記憶に刻まれ、いつまた襲われるのではという不安を植え付ける。
そして精神の乱れは魔法の乱れを生む。
そんな状態で、更に聖騎士の防護が削られまくれば、その負担は相当なものになる。
「何故だ……何故当たらない」
相手聖騎士がうわ言のように呟く。
「だって……強化状態の貴方よりも――強化なしのアルベールの方が速いもの」
「――――」
そう。残る問題は、脚力強化に振って機動力を得たとしても、防御力のなさをどう補うか、ということ。
これに関してはシンプルに、当たらなければいいという考えでいくことに。
『骨骸の剣聖』と一週間打ち合いをしたのだ。
――そこらの剣士の斬撃が、怖いものかよ。
そこで、制限時間終了。
勝敗は着かなかったが、それこそが狙いなのだ。
この戦いを見た者は、誰もが気づいた。
明らかにクフェアちゃんは――決着を避けていた、と。
そしてイジメっ子たちは悟った。
彼女たちに手を出した場合、次は自分たちが恥を掻くのだ、と。
模擬戦の制限時間ギリギリまで、他の生徒の目がある中で――庶民に一撃も当てられない。
更には、庶民に聖騎士の衣装がボロボロにされる。
場合によっては聖女も攻撃されてしまう。
しかも、相手は加護の全てを脚部に集中しているので、他は無防備なのだ。
そんな相手に、勝利を収めることが出来ずに模擬戦が終わる。
プライドの高い貴族にとって、こんな屈辱はない。
いじめをやめさせるコツは――それが損だと思わせることだ。
クフェアちゃんがただ強いだけならばイジメは形を変えて続くかもしれない。
だが、彼女の反撃が具体的に示されたことで、イジメっ子たちの中に大きな抵抗感が生まれたことだろう。
この庶民は、つついて遊ぶにはリスクが大きすぎる、と。
「それで? 次は誰がお相手をしてくださるのかしら?」
クフェアちゃんはわざとらしく丁寧な口調で、先日世話になった貴族たちを見回す。
貴族たちは、一斉に目を逸らした。
クフェアちゃんたちと直接対峙することから、逃げたのだ。
見下していた庶民相手に、逃走を選んだ。
それを見て、クフェアちゃんの体が、ぶるりと震える。
「~~~~っ!」
彼女はそのまま俺のところへ駆け寄ってきた。
「やってやったわ!」
その表情は輝いている。
パートナーと勝利の喜びを分かち合うより先に俺の方へ来たのだから、修行の件をよっぽど感謝してくれているのかもしれない。
今回の戦い方、相手が言っていたように、見ようによっては卑怯に映るだろう。
だが俺はこのやり方が、今回は合っていると思った。
やられたら、相手の理屈でやり返してもいい筈だ。
聖女に負担を強いるのも、聖騎士の服をボロボロにするのも、敢えて制限時間ギリギリまで戦うのも――全て相手が最初に仕掛けてきたことだ。
それらを全て相手に返した上で、イジメもやめさせる。
話を聞いた最初の方こそクフェアちゃんは顔を顰めていたが、貴族連中がリナムちゃんに負荷を掛けたことを思い出し、積極的に訓練に臨んでくれた。
それに、彼女たちの地力も確実に上がっている。
あとは、このまま鍛錬を積んでいけばいい。
「おう。さすがは俺の弟子だな」
「ふふっ。ありがと、アルベール師匠」
こうして、クフェアちゃんとリナムちゃんへの嫌がらせはやんだ。
めでたしめでたしである。