表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/88

28◇クッキーと覚悟




 その日クフェアちゃんは早退することになった。


 俺とお姫さんは、授業を終えてから孤児院へ向かう。


「お、そうだ」


 道中、俺は菓子店を発見。


「……手土産ですか?」


「まぁな。肉とかの方が喜ばれるかもしれんが、疲れた時は甘いもんだろ」


「では、支払いはわたしが」


「え? いやいいって」


「お二人はわたしにとっても……ゆ、友人です。なのにあの場でわたしは何も出来ませんでした。せめて今、何かしたいのです」


 まぁ、模擬戦の件はルール上は問題なかったりもしたので、お姫さんも強く咎められなかったのだろう。

 そもそも、咎められても言い逃れが出来るように仕組んだものだったろうし。


 こういう時、真っ直ぐな性格をした者は損かもしれない。

 俺のようにひねくれた奴の方が、敵の搦め手には強かったりするのかも。


「んじゃまぁ、頼もうかな」


「はい」


 お姫さんから財布を預かり、適当に焼き菓子を選ぶ。

 注文した量が多かったからか店員さんに驚かれたが、特に問題なく包んでもらう。


「いい匂いですね」


 店から出ると、お姫さんの表情が少し綻んだ。

 紙袋から漂う焼き菓子の匂いに気づいたようだ。


「ここで少し喰うか?」


「そんな、はしたないです」


 あぁ、お姫さんもお嬢様なんだなぁ、とこんなところで思う。

 そうだよな、お貴族様は買い食いとかしないよな、そりゃ。


 俺は気にせず袋を開け、クッキーを一枚頬張る。


「あ――もう。そもそも手土産を自分で食べてどうするのです」


「うまいうまい。あ~ほどよい甘さとサクサク感。うまいなぁ~」


「……わざとやっていますね?」


 お姫さんが目を細めて俺を睨んだ。


「アストランティアサマもいかがです?」


 俺はもう一枚取り出し、お姫さんの口許へ向ける。


「そんな……歩きながらなんて……でも、うぅ……」


「味見ですよ。美味しいかも分からないものを、手土産に渡すおつもりですか?」


「っ。そ、それもそうですね。では――」


 彼女がクッキーを受け取ろうとした瞬間、俺は彼女の口にそれを放り込む。


「むぐっ」


 お姫さんは抗議するような視線を向けてきたが、吐き出すことはせずにもしゃもしゃと可愛く咀嚼。んくっと飲み込んでから「……甘いですね」と呟いた。


 頬に朱が差しているのだが、照れているのだろうか。


「いやぁ、街中で『あーん』だなんて、俺たち道行く人に恋仲と思われたかもしれませんねぇ」


「なっ、さ、先程のは貴方が強引にっ」


 やはり照れていたらしい。


「冗談です」


「~~~~っ。不敬っ、不敬ですっ! の、呪いますよっ」


「既に呪われておりまーす」


 お互い気をつけて、小声で冗談を交わす。


 よしよし、店先では少し落ち込んだ様子だったが、元気になったようだ。

 そんなふうにお姫さんと仲良く歩いていると、孤児院が見えてきた。


「アルくーん」


 とてとてと駆けてくるのは、いつぞやの幼女だ。

 薄紫の髪をツインテールに結っている。


 どうやら俺が来ると聞いて待っていたらしい。

 童女は対象外どころではないが、そこまで健気なことをされては冷たくも出来ない。


 アルくん呼びくらいは許してやろう。

 俺の足にひっついてきたチビの頭を、軽く撫でる。


「おう、元気だったか。リナリア」


「うん!」


「そりゃよかった。ほら、土産買ってきたぞ」


 俺は紙袋からクッキーを取り出し、リナリアの口の中に放り込む。

 こちらは抵抗なく口を開いて、クッキーをもぐもぐと食む。


 そして、星でも煌めいたかのように、パァッと表情を明るくした。


「おいふい!」


「食べながら喋るな」


 クッキーに感激するリナリアを伴って、孤児院の入り口へ向かう。


「あ、兄ちゃん!」「ほんとに来た!」「もう休みの日!?」「いや、クフェア姉ちゃんと約束あるって言ってたろ」「剣教えて!」


 庭で遊んでいたガキどもが群がってくる。


「えぇい、男が俺を囲むな! 俺を囲んでいいのは女性だけだ!」


「あはは、兄ちゃんほんとに『おんなずき』だなー」


「当たり前だろうが。お前らと話すくらいなら、聖女サマと話したいのが男の性というもんだ」


「聖女サマ?」「エーデル母さんのこと?」「母さんはお仕事に行ってるよ」「兄ちゃん、母さん狙ってんの?」「げー」


 どうやらあの人はエーデルといい、更には孤児たちに母と慕われているようだ。


 ガキの質問に「当然だ」と答えようとしたのだが、リナリアがいることを思い出す。


「アルくん、ママ好きなの?」


 つぶらな瞳で、そんなことを尋ねてくる幼女。


「……お前らみんなを育ててる、優しい人なんだろ。誰でも好きになるさ」


「うん! リナもママすきー」


 ふぅ、誤魔化せてよかった。チビに大人の恋愛はまだ早い。


「それよりさー、兄ちゃんこの人だれ?」


 ガキ共がお姫さんの方を囲みだす。


「俺の(あるじ)だよ。どさくさに紛れて尻を触ったりするような奴は、首を斬るから覚悟しとけよー」


「あ、アルベール。子供をそのように脅すものではありませんよ」


「いや、アストランティアサマ。ガキにはこれくらい言わないと通じませんよ」


「えっ、じゃあ貴族様!?」「クフェア姉ちゃんをいじめたやつ!?」


「違うっつの。この御方は、良い貴族だ」


「そんなのいるのかよー」


「いるいる。超たまにいる」


 ガキ共と喋りつつ、建物に近づいていく。


「そういやガキ共、前にいた奴らが何人かいないが、仕事行ってんのか?」


「うん。俺たちのこと雇ってくれる人なんてあんまりいないから、全員は無理だけど」


 農民ならば、六歳七歳くらいのガキでも、自分の家の仕事を手伝わされたりする。


 だが都市部で、しかも孤児を雇ってくれる者は中々いないのだろう。

 見れば、ガキ共の中で背の高かった数人がいないので、そいつらだけなんとか働き口を見つけられた、という感じか。


「そうか」


「だから、兄ちゃんに剣を習うんだ」「そうそう、魔獣倒したりして金を稼いで、みんなで肉を喰う!」「その前に、姉ちゃんいじめた貴族を倒さないと!」「姉ちゃん、それ自分でやるって言ってたろ」「でもさー」


 ボロボロの格好をしたガキたちが、どうにも眩しく見える。


「――あんたたち、なに騒がしくしてんの」


 建物に入る直前、クフェアちゃんが出てきた。


 彼女の叱りつけるような声に、ガキ達がびくりと震える。


「兄ちゃんが来たから、案内しようとしただけ!」


 彼女は気丈に振る舞っているが、目許が赤く腫れていた。

 どうやら、俺達が来る前に泣いていたらしい。


「あら、本当に来てくれたのね」


「当たり前だろ。俺と君の仲じゃないか」


「どんな仲よ」


「そんな……俺の口から言わせたいのかい?」


 俺が身体をくねらせて言うと、クフェアちゃんが顔を歪めた。


「きもっ」


「あはは」


 ツッコミが出来るのなら、まだ大丈夫だろう。


「あっ、アルベールさん! アストランティア様も、来てくださったんですね」


 リナムちゃんも出てくる。


「お邪魔しています」


 お姫さんが一礼すると、リナムちゃんが慌てた。


「いえっ、本当に大したおもてなしは出来ないのですが、来てくださって嬉しいですっ」


「お気になさらず。リナムさんとお話しができれば、それで充分ですので」


「わ、私なんかでよければ……えへへ」


 リナムちゃんは、お姫さんに心を開いているようだ。

 陰口集団への一喝が効いたか。あれ、格好良かったもんな。


「クフェアちゃんも、俺が来て嬉しいよな?」


「は?」


「あはは、照れてる照れてる」


「あんた無敵?」


「割とな」


 本気で拒絶されればもちろん退くが、クフェアちゃんは素直じゃないだけだ。


「なー兄ちゃん、それ何持ってんの? なんかいい匂いするんだけど」


 ガキの一人が、目ざとく気づく。


「土産だよ。こちらのアストランティアサマが買ってくれたんだ。お前らの分もあるから、感謝して食え」


「土産!?」「食い物!」「やったー!」「ありがと、あ、あすと、らんてあサマ?」


「あ、はい。どういたしまして、落ち着いて召し上がってくださいね」


 ガキ共はまるで祭りかのように騒いでいる。

 相手してられないので、配る役はリナムちゃんに任せた。


「じゃあみんな、お茶も用意するから、食堂に行こうね」


「お姫さんも行っててくれ。俺はクフェアちゃんと早速訓練するから」


「え、えぇ、では……」


 頷きはするが、お姫さんはなんだか不安そうだ。


「失礼しました、アストランティアサマ。貴女の聖騎士、このアルベールが共にいなければ心細いでしょうに、このような無理難題を――」


「い、行けますっ! 行けますからっ。リナムさんとお話ししていますので、そちらもどうぞごゆるりと! どうか、クフェアさんにご迷惑を掛けないように!」


 頬を膨らませて怒ったお姫さんが、リナムちゃん達を追いかけるように歩いていく。


「……んで、リナリア。お前はどうして残ってるんだ」


「くっきー……もう食べちゃったし」


 あぁ、一緒についていっても、自分は食えない。

 ならば行っても……ということか。


 俺は彼女の側に屈み、耳に顔を近づける。


「お前がクッキー食べたのは、誰にも見られてないだろ? 俺も秘密にしてやるから、もう一枚食ってこい」


 彼女は一瞬顔を明るくしたが、すぐに首を横に振った。


「他の子のぶん、なくなっちゃう」


「心配するな。最初から多めに買ってあるんだ」


「ほんと?」


「おう」


「じゃ、じゃあ、リナ、たべても、いいかな」


 そわそわしだす彼女に、俺は頷く。


「食え食え」


「やたー!」


 瞬間、リナリアは駆け出した。

 だが途中で立ち止まり、こちらを振り向いて満面の笑みを浮かべる。


「アルくんすきー」


「そうかよ」


 俺は立ち上がり、クフェアちゃんに視線を向ける。


「クフェアちゃんも、あとで食べてくれよ」


「……うん」


「じゃあ、早速始めるか。あ、木剣とかあるか?」


「……持ってくる」


 彼女を待つ間に、敷地内の開けた場所に移動しておく。


 前回、ガキ共と剣術ごっこをしたのと同じところだ。


 しばらくすると、木剣を二振り持ったクフェアちゃんが戻ってきた。

 片方を受け取って、軽く振る。


「あ、あの……っ」


「んー?」


 何気なくクフェアちゃんに視線を戻すと、彼女はとても真剣な顔をしていた。


「アルベール殿――よろしくお願いします」


 そう言って、彼女は俺に頭を下げた。


「……あぁ、ちゃんと君が勝てるように指導するよ」


「あたし、負けたくない。あのペアにってことじゃなくて――こんな現実に」


 彼女の身体は小刻みに震えている。


 他の生徒たちの目がある中、あんな屈辱を味わわされたのだ。

 悔しくて当然だ。


「大丈夫だ、強くなれば奪われない」


 都市一番くらいの強さでは、義父や自分の人生を奪われてしまったけれど。


 それは強さが足りなかったということだ。

 ならば世界で一番強くなってでも、奪われない己を体現するのみ。


 少なくとも、イジメっ子の学生程度突破するのに、それほどの力は必要ない。


「あたし達の人生の邪魔を、させたくないの」


 クフェアちゃんたちが、あの貴族たちに敵対したわけではない。

 ただ貧乏というだけで嫌われ、攻撃されたのだ。


 反撃する権利は、ちゃんとある。


「簡単だ。障害は、取り除けばいい。立ちはだかる壁は、壊せばいい。勝つ為になんでもする覚悟があるのなら、一週間後の勝者は君たちだ」


 彼女は顔を上げ、大きく頷いた。


「わかった、なんでもするわ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

◇書籍版①は10月10発売予定!!!◇


◇骨骸の剣聖が死を遂げる◇
i770411


◇↓御鷹穂積・他作品↓◇


◇最近入った白魔導士がパーティークラッシャーで、俺の異世界冒険者生活が崩壊の危機な件について(コミックオリジナル)◇
i739833/
◇ダンジョン攻略がエンタメ化した世界の話(書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ
i781730

◇ダンジョンに潜るのに免許が必要な世界の話(書籍化&コミカライズ)◇
大罪ダンジョン教習所の反面教師
i781729/

◇殺された妹の復讐を果たして自殺した少年が異世界で妹と再会する話(書籍化&コミカライズ)◇
復讐完遂者の人生二周目異世界譚
― 新着の感想 ―
[一言] 不謹慎だけど、なんでも!?と思ってしまったw
[良い点] 元聖騎士かつ、多数の聖者を跳ね返してきた男だ、面構えが違う。 アルベールの琴線にも触れただろうし、マジでなんでもさせるだろうなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ