27◇いじめと決闘
俺は学校に通ったことがない。
そもそも、教育というのは金持ちだけが受けられるものだ。
貧乏人からすりゃ、十に満たない自分の子だって大事な労働力。学費と子供の両方が出ていってしまうなんてのは、かなりの損失。
子供に学をつけようなんて考えられるのは、それだけ生活に余裕のあるやつらだ。
一応、聖騎士団に入ってから教わったこともあるにはあるが……。
あと、読み書きや丁寧な話し方などは、義母のミルナサンに教わった。
「そういや、お姫さん。庶民……一般からの受験生を受け付けるってのはあれか? 人材不足だから?」
割り当てられた寮の一室から、お姫さんと共に外へ出る。
登校中に、思ったことを尋ねた。
ちなみに寮では、一室に一組のペアが暮らすという形。
もちろん、一室の中に複数の部屋が用意されており、俺とお姫さんでは寝室も別。
まぁ、護衛という観点からはやりやすくはある。
こういうの、庶民としては男女ペアが同室って危ないのでは? と思うのだが、心配無用らしい。
主に手を出す愚か者はいない。
身分の違いというやつだ。
その割には、お姫さんはやけに緊張して「不敬はだめ……だめですからね」と顔を赤くしていたが。
「そう……ですね。聖女の魔法は、女神様への信仰心によって賜るものですが、難点もあります」
「あー、女神様がくれるのはあくまで『魔法』だもんな」
「はい。『魔力』や、覚えた魔法を扱う上での『技量』は術者依存ですから」
要するに、女神様は祈ることで武器をくれるのだ。
だが当然、体力腕力や、武器の操作技術なんかは自分次第。
さすがに、なんでも祈って手に入る世界ではないらしい。
「まぁ、魔法をくれるだけ太っ腹だよな」
「その通りです。神に出来るのは人の世を導くこと。実際に行動するのは人でなければなりません」
さすがは、信仰心で魔法を得た人材だ。
俺なんかは、そんなスゲー存在なら、他にもなんか出来るんじゃないのか、とか考えてしまうのだが。
まぁ、やらないってことは、女神様の方にも事情があるのだろう。
それに、女神様も女性。俺は女性の味方だ。
「じゃあ聖女の才能ってのもあれか、信仰心だけじゃなく、魔力とかも含めて判断するんだな」
「えぇ、むしろ信仰心は大前提ですので、魔力やその操作技術がより重視されます」
「なるほどねぇ。だから身分問わずなわけだ」
「そうなのですが……やはり、貴族の方が高い資質を持った子供の生まれる確率が高いので……」
「だろうなぁ」
大抵の庶民は、魔力云々など考えず結婚し子を育む。
だが貴族の中には、術士の家系を維持する為に魔力量の多い者と婚姻するなどして、才能の遺伝を試みる者もいるだろう。
そういうことができる権力、調査能力、意志がある。
聖者とか抜きにしても、魔法使いは重要な人材だし。
「その特別意識が邪魔をして、一般の方への差別が横行しているようで……」
「うちのお姫さんは、そういうタイプじゃなくてよかったよ」
「形骸種を救済する為に集まった仲間ですから、そこに上下はないかと」
な、なんて心の綺麗な子なのだろうか。
みんなこうなら話は楽なのだが。
「……クフェアさんと、リナムさんを心配されているのですね」
お姫さんが、微笑ましげな顔で俺を見ている。
「まぁな。正直、お姫さんの陰口叩くやつらもいると思ったんだが、そっちは杞憂に終わってよかったよ」
「……もしいたら、何をするつもりだったのですか?」
「いや大丈夫だ。俺に繋がるような証拠は残さないから」
「絶対にやめてくださいね?」
「もちろん女性の場合は改心の余地があるので、お仕置きもマイルドにするぞ」
「本当にやめてくださいね?」
「男の場合は、魚の餌になる」
「アル殿?」
冗談はこのあたりにしよう。
それに、周りに登校中の生徒も増えてきた。
そういえば、クフェアちゃんたちは孤児院からの通いにしたらしい。
まぁ、寮に入るのにも金はかかる。
彼女たちからしたら当然の判断だろう。
聖者としての実力が認められてからも、金というしがらみに邪魔をされるとは。
三百年くらいでは、世界から不平等は消えてくれないらしい。
◇
もうひとつ、追加しなければならない。
三百年くらいでは、世界から理不尽も消えてくれないようだ。
実技の授業でのこと。
色んなタイプの相手と戦いの経験を積むべきということで、クラス内で模擬戦を行うことになった。
制限時間つきで、それが過ぎれば次の相手、という具合だ。
当然、俺とお姫さんは連戦連勝だったのだが、問題はそこではない。
別のステージから苦鳴が響く。
「く、ぅっ……!」
相手聖騎士の斬撃が、クフェアちゃんの腹部に叩き込まれた。
幸いにして『身体防護』の加護が掛かっているので、怪我は負わない。
だが彼女の制服は裂け、その身体は大きく後ろへ飛んだ。
――衝撃を殺しきれていない?
八位ペアのパルストリスちゃんの加護は、確か衝撃ごと弾いていた筈だが。
リナムちゃんを見ると、凄まじい量の汗を掻きながら、息を乱している。
「……おい、なんで訓練であんなに消耗してるんだ?」
あれほど疲労していては、完全な形で加護を維持できなくとも無理はない。
視線を巡らせると、何人かの貴族聖女が集まり、くすくすと笑っている。
――何かしやがったな。
俺は一般からの受験者である他の聖者ペアに近づいた。
彼女たちは、クフェアちゃんたちを心配そうに見ていたのだ。
「失礼、彼女たちは何をされたんだ?」
俺とクフェアちゃんたちに交流があることは知っているのか、一瞬表情を強張らせつつも、聖女ちゃんたちは教えてくれた。
この訓練、監督役の教官こそいるが、全員を常に見張れるわけではない。
そこで、教官の目を盗み、貴族集団は、まず適当に模擬戦を流す。
自分たちは、力の温存をするわけだ。
そして、クフェアちゃんに模擬戦をふっかけ、そこでとにかく彼女に攻撃。
制限時間ぎりぎりまで決着を避け、彼女の加護を削ることだけに集中。
それを何組も繰り返すわけだ。
だから、リナムちゃんはあれほど消耗しているのか。
適度に休憩すりゃあいいものを……と思うが、きっとそれをさせないよう相手が煽りまくったのだろう。
「……学校ってのは、こんな陰湿なもんかね」
聖騎士団にも理不尽に思えるしごきはあったのだが、あれには選別の意図があったのだろう。
乗り越えられない者は魔獣戦に向いていないから、普通に生きていくべきだと突きつける為の。
だがこれは、ただの憂さ晴らしではないか。
お姫さんが模擬戦を止めるよう教官を呼びにいったが、取り合ってもらえない。
確かに、連戦を禁じるルールなどないのだ。
それに、クフェアちゃんペアも引き受けたからこそ、勝負が成立している。
生死に関わるような攻撃をしているわけでもない。
『身体防護』が解ければ、やつらとて追撃はしないだろう。
その線引きを弁えているからこそ、巧妙でいやらしい。
ここで俺が介入すれば、授業の邪魔をしたことになり。
お姫さんに迷惑がかかる。
「アル殿、もしもの時は気にしないで下さい」
……やはり、この子が主でよかった。
今にも飛び出したいのだが、クフェアちゃんの目が諦めていない。
ここで介入するのは、彼女のプライドも傷つけることになる。
結局、彼女は制限時間ぎりぎりまで耐え抜いた。
だが――。
「あらぁ? ごめんなさいね? うちの聖騎士ったら、つい熱が入りすぎてしまったみたいで」
対戦相手の聖女が笑う。
『身体防護』は、衣服には適用されない。
その所為で、クフェアちゃんの制服はボロボロ。いや、もはや制服と認識することすらできない。
下着と肌が露出してしまっていた。
大勢の前でそのような姿を晒すのは、屈辱だろう。
「…………っ」
「でも大丈夫よね? 戦場では服が汚れるなんてよくあることですし、ここは平和な学園内。すぐに着替えればよいだけ――あぁ!」
わざとらしく手を叩く相手の聖女。
「すっかり失念していましたわ。替えの制服をお持ちではなかったのよね? しかし大変ですわ。当校は制服の着用が義務付けられておりますから、校則違反になってしまいます」
……これが狙いか?
こんなことを、する為に?
「また制服が購入できるようになるまで、精々頑張って働きに出てくださいな。貯金が溜まったら、またお相手願えますでしょうか? またすぐに、汚れてしまうかもしれませんけれど。ふふふ」
「…………っ」
クフェアちゃんは唇を噛みながら、涙だけは流すまいと堪えている。
その姿を見て、貴族連中は楽しげに笑っていた。
前回、直球の陰口はお姫さんによって黙らされてしまった。
だから、このような遠回しな手段でクフェアちゃんたちを追い出そうというのだろう。
俺やお姫さんが、制服代を立て替えることは出来る。
だが、そんなものは根本的な解決にならない。
俺はステージに踏み入り、己の上着をクフェアちゃんに掛ける。
「あ、あんた……」
クフェアちゃんが驚いたような顔をし、相手の聖女が顔を引きつらせる。
「な、何かしらアルベール殿。わたくしたちは、何も悪いことはしていませんけれど」
「えぇ、まったくその通りですね。ですから、私は一つだけ確認させて頂きたかったのです」
「確認……?」
「つい今しがた、仰っしゃいましたね? 彼女たちが戻ってきた際は、再び相手をすると」
「え、えぇ。それが何かしら?」
「あぁ、よかった。それが聞きたかったのです!」
俺は敢えて叫ぶ。
クラスメイト全員と教官にも聞こえるように。
「次に戦う時、貴方がたは絶対に負ける! 何故なら、私がこの者を指導するからです!」
「……え」
何も聞いていないクフェアちゃんは、ぽかんとしている。
「い、一体何を……」
「一週間! この七日で、覆してご覧に入れましょう。彼女たちと貴女がたの実力差を」
そもそも実力で負けたわけではないが、煽るためなのでなんでもいい。
実際、相手の聖女ちゃんは顔を真っ赤にしていた。
貴族などのプライドの高い者にとって、自分が下に見られることは絶対に許せないのだ。
ゆえに扱いやすい。
「……一週間で、わたくしと、そこの貧民の才能差が、覆ると?」
相手聖女はぷるぷる震えている。
「本当は三日あれば充分なのですが、制服代を稼ぎながらになるので……」
俺はわざとらしく申し訳なさそうな顔をする。
働きつつの訓練で充分、煽っているのだ。
「……ば、ば、馬鹿にしてッ!」
「そのようなことは決して。それで、いかがです? 恐ろしくなったというのなら、我々も鬼ではありません。再戦はなかったことに――」
「引き受けるに決まっているでしょう!」
こうして、クフェアちゃんペアに反撃のチャンスが用意できた。
いじめっ子というのは、耐えても耐えても改心してくれないのだ。
反撃して、二度と攻撃してこないように躾ける以外に、平和に過ごす方法はない。
いやもっと過激な方法はいくらでもあるが、お姫さんが許してくれないし……。
「立てるか、クフェアちゃん」
「う、うん……」
リナムちゃんの方には、お姫さんが駆け寄っていた。
彼女を支え、ゆっくりと歩き出す。
「勝手に色々決めちゃってごめんな」
「……ううん。上着、ありがと」
彼女が頬を染めているが、恥ずかしいのか照れているのか。
「どういたしまして」
「でも、一週間って。あいつらむかつくけど、弱くないわよ」
むかつくやつが三下なのは、劇とかの中の話。
世の中には性格の悪い実力者が結構多い。
「大丈夫大丈夫、俺の言うこと聞けば余裕だよ」
「……あんたって、ほんと何者」
「ガキ共だけじゃなくて、君の師匠にもなる男だ」
「……修行とか言って変なとこ触ったら、怒るから」
おっ、いつもの調子が戻ってきたな。
クフェアちゃんはこうでないと。
「変なところって具体的にどこだい? お師匠さんに詳しく教えてくれ」
彼女はふふっと笑い、そして言う。
「死んで」
「あはは」
もう死んでるよ。
さておき。
一週間後が楽しみだ。