26◇演説と十二形骸
義弟の子孫が美少女で、強い剣士だった。
しかもお姫さんのお姉さんを守る聖騎士だという。
大抵のことでは動じない自信があるが、これはちょっと驚きだった。
先に知ってれば、あの子も前髪も無事だった……かは、分からない。
あんなに殺意バリバリで剣を抜かれちゃあ、何もしないわけにもいかないし。
でも、おー、おー、『おー、チャースッ』みたいな名前の八位と戦った時みたいに、武器を破壊するという手もあった。
「あ、あの……」
ちょこんと、誰かが俺の袖を引っ張る。
お姫さんだった。
他の者の手前、俺は詫びるように頭を下げる。
「先程は失礼しました。姉君とのお話し中であったというのに、差し出がましい真似を」
「い、いえっ。よいのです。……むしろ、その、嬉しかった、と言いますか」
お姫さんが唇をもにょもにょとさせながら、小さな声で言う。
「私は思ったことを口にしたまでです」
まぁ、お姉さんの胸の内がどうであれ、言葉の上で主を否定されては、黙っているわけにはいかない。
今の俺は、彼女の聖騎士なのだから。
とはいえ。
「しかし、オルレア様の聖騎士が、マクフィアル家の者だとは知りませんでした」
「あ、はい、その……一応、以前に一度、お伝えしようとしたのですが」
いつのことだろう。
と、そこで記憶に引っかかる場面が。
……あぁ、実技試験の日だ。確かに、お姉さんの聖騎士うんぬんと口にしかけていた。
「あ、あの、アルベール」
「はい?」
「頬の傷を、治します」
「ん、あぁ、ありがとうございます」
そういえば怪我したのだった。
彼女から淡い光が発せられ、それが俺の頬に吸い込まれていく。
お~、切り傷特有の鋭い痛みが消えていく。
「マイラの前髪は大丈夫かな」
「姉の聖騎士とはいえ、我が騎士に剣を振るったのですから、報いとしては不足なくらいかと思いますが」
おや、お姫さんはマイラに怒っているようだ。
「俺の為に怒ってくれてるのかい? 嬉しいね」
小声で話しかけると、お姫さんが頬を紅潮させながら俺をジト目で見上げる。
「やはり気が変わりました。髪は女性の命とも言います、その命を無情にも断ち切られたことで、マイラはとても落ち込んでいるでしょうね」
「急に手厳しいね……」
そもそもロベールと俺に血縁関係がないので、俺とマイラにも血の繋がりはない。
義理の家族と呼ぶには、世代が遠すぎるし。
それでも無理に言うなら、姪っ子的な感じだろうか。
ならば、俺の身体が反応しなかったのも頷ける。
どれだけ美人でも、姪では対象外だ。
「アストランティア様、アルベールさんっ」
青髪ボブのリナムちゃんが駆け寄ってくる。
その後ろから赤髪ポニテのクフェアちゃんもやってきた。
「あのっ、あのっ、私たちの為に怒ってくれて、ありがとうございます。嬉しかったです」
リナムちゃんがお姫さんの手を両手で包み、感謝の言葉を伝える。
「うん……あたしも、こんな貴族がいるとは思わなかったわ。ありがとうね」
クフェアちゃんも、恥ずかしそうに視線を逸しつつではあるが続いた。
「い、いえ。あの……はい、どういたしまして」
感謝されたお姫さんはどう反応していいか分からないようだ。
それでも嬉しいのだろう、照れたように頬を染めている。
大変素晴らしい場面なのだが……陰口集団がこれで改心することはないだろう。
オルレアちゃんの存在から、お姫さんの方にちょっかいを掛ける可能性は低いが……。
クフェアちゃんとリナムちゃんには、注意しなければならないかもしれない。
とまぁ、そんなこんながありつつ、入学式の時がやってきた。
出欠を確認したり、整列したりはないらしい。
遠くからでも見えるように台が用意され、そこに代わる代わる誰かが立って、退屈な話をしては降りていく。
お姫さんの護衛という職務がなければ、居眠りしていたところだ。
救いがあるとすれば、たまに美人の教官も台に上がったりするところだろう。
「あ」
と、お姫さんが声を上げたので、彼女の視線を追うと――オルレアちゃんだ。
在校生代表として、何か話をしてくれるらしい。
なるほど、元々優等生として入学式に呼ばれていたわけか。
もしくは、妹に逢う口実に引き受けたのだろうか。
だとしたら可愛いな、とそんな妄想をする。
「――十二形骸。我々が全ての封印都市を解放出来ずにいるのは、これら十二体の形骸種が存在するからです」
そうそう。俺のいた街以外にはまだまだ普通の形骸種も沢山いるが、特に厄介なのが全部で十二体いると聞いた。
「『片腕の巨人兵』『無声の人魚姫』『隻翼の大天使』『盲目の女神』
これらを四つの喪失。
『黄金郷の墓守』『監獄街の牢名主』『世界樹の汚泥』『天庭の祈祷師』
これらを四つの汚染。
『毒炎の守護竜』『錆色の番人』『黒き血の聖女』
そして――『骨骸の剣聖』
これらを四つの異端と、それぞれ称します」
オルレアちゃんが、一瞬、俺を見た。
『骨骸の剣聖』が入学式に参加していることを、お姫さんと彼女だけが知っている。
「計十二体。これら全てを還送しないことには、世界に正常を取り戻すことは出来ないのです。知っての通り、私には『とこしえの魔女』と同じ血が流れています。ですがこれは贖罪ではありません。私には優れた才があり、強靭な精神が備わっている。故に――十二形骸は私が還送します」
今度はお姫さんを見ている。
お姫さんも目を逸らさない。
たった数秒、姉妹で視線が交わされる。
先に視線を外したのは、姉の方だった。
「貴方がた新入生に求めるのは一つ――私の邪魔をしないことです」
すごいこと言うなこの子。
会場の空気がめちゃくちゃ重くなっている。
入学おめでとう! 何もしないでね! とは強烈な祝いの言葉だ。
「貴方がたが封印都市で恩寵を注がれた場合、この世に形骸種が増えることになります。それはつまり、私が還送しなければならない個体が増えるということです。限りある命はどうか有効に活用するように。以上」
これはあれだろうか。
ものすごく遠回しに、命を大切にしようね、封印都市では気をつけてね、と言っているのだろうか。
だとしたら分かりにくいにも程がある。
それに、十二形骸を殺すのは俺だ。
いや、その内の一体も俺だけど。
基礎訓練が終われば、とある封印都市にて実地訓練が行われると聞いた。
そこにも一体、いる筈だ。
俺と同じ、特別な死者が。
他の生徒を巻き込むつもりはないし、そもそも訓練で無茶をするつもりもない。
だが、楽しみではないと言えば、嘘になる。
どんな奴なのだろうか。