25◇深黒と剣聖
お姫さんのお姉さんが登場した。
名前はオルレアちゃん。
しかしちゃん付けが憚れるくらいに、冷えた空気を纏っている娘だ。
超然としているというか。
確かに、こんな態度の相手から「自分を心配してるのかも?」とお姫さんが汲み取るのは難しいだろう。
「聞こえなかったのですか? アストランティア。貴女に問うているのですよ」
次に逢ったらお姉さんと話してみようと決意したお姫さんであったが、突然の出来事に固まってしまっている。
仕方ない。
「恐れながら――」
俺がお姫さんの後ろから進み出るのと、オルレアちゃんの聖騎士が動き出したのは同時だった。
「下郎――ッ!」
金髪碧眼聖騎士ちゃんは、迷うことなく抜剣し、そのまま刃を振るう。
そこから鞘に納めるまでの一連の流れは洗練されており、その上神速。
おそらく、この場で彼女の動きを捉えられた者は数人といないだろう。
ピッと、俺の右頬が裂け、血が流れた。
「オルレア様の前に立つな、次は首を刎ねる」
すごいな。
加護なしの動きでこれというのは、この三百年でも見たことがない。
もしかすると、生前の俺と同じくらい強いのではないか。
だが申し訳ないが、俺はそれから三百数十年更に生きているのだ。
「女の子ってのはさ、些細な変化に気づいてもらえると嬉しいってのは本当かい?」
「……なに?」
俺が突然妙なことを口走るものだから、彼女の表情が怪訝を超えて不気味そうなものに変わる。
「実際はあれだよな、気づいて欲しい変化に気づいてほしい、って感じだと思うんだよ。それ以外の変化に気づかれても、反応薄かったりするし。ん? だとすると、男女関係なく同じかもしれないな」
「貴様、気でも触れたか?」
「でもまぁ、折角の機会だから、君でも試させてくれ」
「貴様いい加減に――」
「君、前髪切った?」
はらりと、彼女の前髪が落ちて行く。
まるで、自分が切断されていたことに、今ようやく気づいたみたいに。
「な……に」
前髪がぱっつんになってしまった聖騎士ちゃんが、目を見開いた。
「やっぱりそうだ、印象変わるなぁ。それも似合ってるぜ」
さすがに他のやつらも、彼女に合わせて俺も斬撃を放っていたと気づいただろう。
ただしこれに関しては、見えた者は一人もいなかった筈だ。
そしてこのことで、彼女は彼我の実力差を悟ったことだろう。
彼女は俺の斬撃に気づけなかった。見えなかったのだ。
ならば先程の一瞬は、よくて相打ち。
俺の余裕からして、聖騎士ちゃん側の斬撃は見えていたと推測できる。
つまり最悪、自分の首だけが飛んでいた。
これが本物の殺し合いであったのなら、死んでいたのは仕掛けた側である筈の自分だった、と。
それはつまり、俺が敵であったのなら、彼女は聖女を守りきれず命を落としていた、ということだ。
「き、貴様ッ」
ギリ、と聖騎士ちゃんが歯を軋ませる。
さっきからどうにも、この子に対して食指が動かない。
年齢的には十八歳には達してそうだし、厳しい表情が多いがとても美人だ。
だが何故か、反応しないのだ。ピンとこない。
「――マイラ」
「――――ッ」
オルレアちゃんの呼び声一つで、聖騎士ちゃんが姿勢を正す。
名前はマイラというらしい。
「下がりなさい、今ので理解出来ました」
「……はっ、承知いたしました」
こちらを睨みながらも、マイラは素直に引き下がる。
そして、オルレアちゃんの視線が俺に向いた。
「名を」
「アルベールと申します」
「……銅貨を」
「受け取っております」
「やはりそうですか」
今ので全部理解したらしい。
お姫さんも中々に話の早い子だと思っていたが、もしかすると家系なのか。
オルレアちゃんは再び妹を見た。
「……お祖母様には、やめるようお伝えした筈ですが」
「わ、わたし自身の意志で、ここに参りました! 聖者になると、決めたから……!」
おぉ。お姫さんもようやく復活したようだ。
それなら俺も、進み出た甲斐があった。
「貴女に才能があるとは思えません」
「そ、そんなこと――」
「ですが、その者。貴女の聖騎士アルベールには、才覚が備わっている。実力も備わっている。貴女の未熟を差し引いてなお、有用な聖者と呼べるほどに」
「…………」
「己の聖騎士に感謝なさい」
お姫さんが俯き、制服の裾を握る。
「オルレア様」
俺の発言にマイラが再びキッと睨みつけてくるが、今度は飛び出してこない。
「発言を許可しましょう、聖騎士アルベール」
「我が主アストランティア様を、侮らないでいただきたい。私はこの御方こそが、全ての死者を救済するのだと確信しております」
「根拠を提示できますか」
「目的を達成する為ならばどのような努力も惜しまない覚悟を、アストランティア様はお持ちだ」
「根拠と呼ぶには、薄弱に過ぎます」
そう切り捨てるオルレアちゃんだが、俺は見逃さなかった。
ほんの一瞬ではあるが、彼女が妹を慈しむような、それでいて悲しげな、そんな視線を向けていたことを。
やはり彼女は、お姫さんを危険に晒したくないだけなのではないか?
そしてお姫さんのひたむきさを知っているからこそ、諭すのではなく心を折ることで諦めさせようとしている?
「アストランティア」
「……はい」
「封印都市では、貴女を守る姉はいません。封印都市では、貴女の呪いの言葉は無意味です。封印都市では、貴族の位に頭を下げる者はいません。自らの力と聖騎士のみが頼りなのです。わかっているのですか?」
「……承知しています」
「では結果を示しなさい。貴女自身の生き方に、説得力が生じるような実績を」
……お?
頭ごなしに否定するのではなく、これは……。
猶予が与えられた?
「お、お姉様」
「叶わぬ夢へと走る者は家へ帰すつもりでしたが……。今日のところは、聖騎士の実力に免じて引き下がりましょう」
そう言って、オルレアちゃんは踵を返す。
「……き、貴様、名をアルベールと言ったな!」
マイラが叫ぶ。
ずっと視線を鋭くしてるけど、目のあたり疲れないのだろうか。
「あぁ、前髪ぱっつんちゃん」
「ぐっ、覚えていろ。この借りは必ず返す!」
「頑張ってな」
軽く返すが、正直あの歳であの剣技は凄まじい。
そこにオルレアちゃんの加護が加わるのだから、実際の強さは相当だろう。
いずれ手合わせする機会があればいいのだが。
「私の名を忘れるな、聖騎士アルベール! オルレア様が聖騎士、この――マイラ=マクフィアルの名を!」
「――――は?」
俺の反応を見ることなく、マイラは去っていく。
俺はというと、珍しく頭が混乱していた。
待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
マクフィアル?
それって、クソイケメン義弟ロベールがもらった家名と同じでは?
いや確かに、あいつの家が今も続いているとは聞いていた。
だから、あいつが結婚して奥さんと子供を作ったことも、理解は及んでいる。
しかし、なんだ、そうか。
子孫まで剣の才があって、しかも金髪碧眼まで受け継がれていやがるのか。
――相変わらず、腹の立つ義弟だなぁ。
んでもって、すまん。
お前の子孫の前髪、ぱっつんにしちまった。