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23◇昼飯と孤児院

 



「いただきまーす!」


 二十数人のガキ共の声が重なる。

 食事を頂けることへの感謝の言葉を口にした直後には、飯にかぶりついていた。


 かぶりつくといっても、メニューは野菜の入ったスープと固いパンだけだが。


 赤髪ポニーテールのツンツン娘は、クフェアちゃん。

 青髪ボブの人見知り娘は、リナムちゃんというらしい。


 この二人は最初俺を警戒していたが、婆さんとガキ共から話を聞いて、少し態度が軟化した。


 そして、こうして一緒にボロボロの長卓を囲むことになったわけだ。


「ふ、ふんっ。お貴族様に雇われた聖騎士様には、残飯同然でしょうけど!」


 クフェアちゃんは、金持ちが嫌いらしい。


 まぁ、あの日のことを思えば無理はない。それ以前から、色々と苦労しているのだろうし。


 俺はパンをスープに浸して少し柔らかくしてから、噛みちぎる。

 むしゃむしゃと咀嚼し、飲み込んでから、クフェアちゃんを見た。


「君なぁ、食事にありつけるだけでありがたいと思わないと。せっかく用意してもらったのに、残飯って言い方はないんじゃないか」


「んなっ……! ち、違うわよ! あ、あたしは」


 俺の冗談に、クフェアちゃんが慌てる。


「ふふ……クフェアちゃん、大丈夫、みんなわかってるからね」


 青髪のリナムちゃんが、慰めるようにクフェアちゃんの背中を撫でている。


 クフェアちゃんが聖騎士で、リナムちゃんが聖女だ。


「うぅ……」


 自分のイメージする金持ち像と俺が重ならないので、クフェアちゃんは対応に困っているらしい。


 この二人は卓を挟んで、俺の向かいに座っている。

 俺の両隣は、先程助けたガキ二人だ。


「……アルくん、おいし?」


 幼女が言う。


「おい誰がアルくんだチビ」


「ちびじゃないよ、リナリアだよ」


「……そうかよ。まぁ、悪くない味だと思うがな」


 俺がそう答えると、リナリアは嬉しそうに笑った。

 よく笑うチビだ。


「なぁなぁ、お貴族様って普段何食ってるの?」


 今度は反対側のガキだ。


「あー、うちのお姫さんは無駄に金掛けるのが嫌いみたいで、変に豪華なのは出てこないぜ」


「肉は? でかい肉とかは!?」


「肉は出るが、普通に皿に乗るサイズだったな」


 ガキの言わんとしていることが分かって、少し悔しい。

 俺も貧民窟で暮らしていた時は、金持ちはさぞ素晴らしいものを食ってると思ってた。


 だが自分自身が貧乏人なので想像力が及ばす、パンなら一斤丸々とか、肉ならでかい塊とか、スープなら具材があふれそうなほど入ってるとか、そういうイメージをしていたのだ。


 だが、ボリュームを求めるのはどちらかというと庶民で、お貴族様の方は見栄えや希少性、調理の手間や伝統などを重んじるのだと知った時は、がっかりしたものだ。


「こんなものしか出せませんで、申し訳ございません」


 やや離れた席に座る婆さんが、俺に頭を下げる。


「何言ってんだ、充分すぎる礼だよ」


 俺はそう言うのだが、婆さんはまだ恐縮している。


 話を聞くと、ここは婆さんとその娘が運営している孤児院のようだ。


 そして、これが今日一番の驚きだったのだが――その娘というのが、大層美人だったのである。


 歳は三十過ぎのようだが、つややかな金の髪も、弾力を失っていない肌も、憂いを帯びた目許と泣きぼくろも、豊満な胸も、くびれた腰も、曲線を描く臀部も、全てが素晴らしい。


 まさしく大人の女性だ。

 婆さんの向かいに座る娘さんが、俺を見た。


「アルベール様、この度は本当にありがとうございました」


「いやぁ、女性の危機に駆けつけるのは当然のことですから。あ、俺のことはどうかアルくんとお呼びください」


「……リナが呼んだらおこったのに」


 チビがなにやら拗ねている。


 適当に頬をこねくり回したら、「やめてー」とか言いながら笑い出した。これでいい。


「ふふ、冗談がお上手なのですね」


「いや、このような施設を運営されている立派な聖女サマと、お近づきになりたいと思っているだけですよ」


 そういえば、聖女サマがいるなら癒やしの魔法が使えるはず。

 それで多少なりともお金を稼いだりはできないのだろうか。

 それとも、その上でこの生活なのだろうか?


 まぁ、初対面で訊くことではないだろう。


「……こいつなんかあたしの時と態度違くない?」


 クフェアちゃんが不機嫌そうに目を細めている。


 飯を食い終えた俺は、片付けを手伝う。


 そのまま帰ろうとしたのだが、ガキ共に捕まった。

 何故かやつらの遊びに付き合うことになる。


「おりゃー!」


 と木の棒で挑んてくるガキを、同じく木の棒で軽くあしらう。


「遅い」


「もらったー!」


 背中から聞こえる声に呆れながら、横にずれて足だけ出す。

 すると背後から俺を狙っていた別のガキが引っかかって転んだ。


「不意打ちは黙ってやれ」


「みんなで一気にいくぞ!」


 そうそう、相手が一人なら囲んでボコるのが正解だ。

 ちゃんと囲めればだが。


 完璧な連携というのは、かなりの訓練が必要なのだ。

 結局、一斉に攻撃なんてことはできず、俺に各個撃破されるガキ共。


「お前らの負けな。じゃあもう帰るぞ」


「待って待って、兄ちゃん、俺に剣を教えてくれよ!」


「嫌だが?」


「頼むよー!」


「ええい服を掴むな! つーかお前ら、クフェアちゃんに教わればいいだろ!」


「クフェア姉ちゃんは、教えるの下手なんだよー!」


「ちょっと! 失礼なこと言わないでくれる!?」


 俺とガキのやりとりを見ていたクフェアちゃんが、顔を赤くして叫ぶ。

 教えベタと言われて恥ずかしかったらしい。


「つーか、剣なんか覚えてどうすんだよ」


「俺が、みんなを守るんだ……!」


 ガキが、キラキラした瞳でそんなことを言う。


 いい女を抱き、愛する者を守ること。

 これが男の幸せらしい。


 その歳で守りたい者が定まっているこいつは、俺よりも幸福に近いのかもしれない。


「……俺は男の面倒は見ねぇの」


「……! リナ!」


「なっ、お前……」


 ガキの呼び声に、リナリアがとてとてと駆け寄ってくる。


「リナも、兄ちゃんにまた来てほしいよな!?」


 リナリアはこくりと頷き、上目遣いに俺を見上げる。


「こんど、いつくるの?」


 つぶらな瞳は、断られることなど想像していないかのよう。


 ――や、やるじゃないかクソガキ。


 相手の弱点を的確に突き、自分の目標を達成しようとは。

 少なくとも戦士の適性はあるぞ。


「女はずーっと『はなざかり』で、兄ちゃんは女に優しいんだもんなっ? なっ?」


 仕方がない。今日はこいつの作戦勝ちだ。


「……休みの日だけ、たまにな」


「やったー!」「やったー」


 ガキ共が大喜びしている。

 そんなに嬉しいだろうか。


 まぁ、年上の女性はいるが、成人してる男はここにいないようなので、兄貴分がほしかったのかもしれない。


 俺だってダンがいなければ、剣士として強くなることはできなかった。


 はぁ……。

 どう考えても、師匠なんて柄ではないのだが。


 しかし、ものは考えようだ。

 ここには美人の聖女サマがいる。

 それに、クフェアちゃんとリナムちゃんも将来有望だ。


 一人の美女と二人の美少女がいる場所と考えれば、ここも悪くない。

 俺を引き留めようとするガキ共から逃げるようにして、その日は孤児院を後にする。


「ね、ねぇ」


 帰り際、クフェアちゃんに声を掛けられた。


「どうした、クフェアちゃん」


「そ、その、あの……」


 彼女がなんだかもじもじしている。


「告白なら、十八歳になってからで頼む」


「誰がするかぁっ!」


 この子、反応が素直すぎて可愛いな。


「じゃあ、それは未来に期待するとして」


「だからっ――って、もういいわよ。あたしが言いたかったのは――今日はありがと、ってこと!」


「あぁ、どういたしまして」


「……あんた、思っていた聖騎士と違ったわ」


「そりゃそうだろ。俺も元は孤児だしな」


「えっ、そ、そうなの?」


「あぁ、俺からすればここはまだ恵まれてるぜ。建物の中で暮らせるし、大人が飯を用意してくれるしな」


「そ、そう、大変だったのね……」


 俺の境遇を想像したのか、彼女が労るような視線を向けてくる。

 自分も大変な生活だろうに、すぐに他人を心配できるとは、随分優しい子だ。


「受かってるといいな、お互い」


「……うん。受かって、聖者になっていっぱい稼がないと。それで……」


「それで?」


「なんでもない。じゃ、じゃあ――またね!」


 俺の返事を聞かず、クフェアちゃんは教会に戻っていった。


「そうか、金か。普通はそうだよなぁ」


 働く動機として最たるものかもしれない。


 俺とお姫さんの方が異端なのだ。その意識は持っておくべきだろう。

 そんなことを考えながら、宿に戻る。


 お姫さんの部屋を通り過ぎる直前、扉がギィと少しだけ開いた。


 隙間から、お姫さんのジト目が覗く。


「……外は楽しめましたか」


「思ってたのとは違ったよ」


 というかそれ何? 可愛いけど少し怖いな。身体を全部出してはダメなのだろうか。


「そう、なのですか? 楽しそうな顔をしていますが」


「そうかぁ?」


 まぁ、大人の魅力漂う聖女サマと知り合えたので、収穫ゼロではなかったが。


「あぁ、そういえば同じ受験生にバッタリ逢ったよ」


 俺の発言にお姫さんがドアをバッと開け、顔を青くしている。


「まさかアル殿――」


「いやいやいや、違う違う。お貴族サマでもその聖騎士でもないよ」


 そういうのに手を出すとややこしい問題に発展するので頼むから控えてくれと言われているのだ。


「一般からの受験者、ですか。だからといって無礼を働いていい理由には――」


「なんで俺が手を出している前提なんだ、お姫さん。さすがに傷つくぜ」


「ご自身の胸に、一度手を当ててお考えください」


 ふむ。

 心当たりがありすぎる。


「お姫さんの心配は尤もな気がしてきたよ」


「そうでしょう」


「とにかく、心配するようなことは起きてないから。気になるならあとで説明するぜ」


「では聞かせて頂きます」


 それから数日後、宿に手紙が届いた。


 合格通知である。


 これでお姫さんは聖騎士に学園への入学が決まったことになる。

 そして俺はその護衛。


 さて、クフェアちゃんとリナムちゃんは受かっただろうか。

 入学式とやらで逢えるといいのだが。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、サブキャラ達も魅力があっていいですね〜
[一言] 気の良い兄ちゃんって感じで子供たちと触れ合ってて和む
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