22◇焦燥と約束
お姫さんが、実技試験で活躍した褒美をくれるという。
てっきりお小遣い的なものかと思ったが、彼女自身への願いはないかと尋ねられた。
う、うぅん……。
確かに、お姫さんはこれまで出逢ったこともないくらいに顔の整った美少女なのだが……。
俺の個人的なこだわりで、生前の俺基準で年下の女性には、手を出さないことにしている。
ていうかそもそも、主に手を出すとか不敬どころの話ではない。
つまりそっち方面に考えること自体が間違いなのだろう。
でもお姫さんも頬染めてるし、一瞬勘違いするのも無理ないのではないか。
「ほ、ほんの少しくらいの不敬ならば、見逃してあげますから」
いややっぱり雰囲気が変だな?
彼女はなんで急にこんなことを言いだしたのだろうか。
変化が急な場合は、大体が直前の出来事に原因が隠れているものだが……。
実技試験の内容? 八位を倒したこと? あとはえぇと……あぁ、お姉さんの件か。
しかし、お姉さんが彼女を心配しているのでは、という意見をもらったくらいで、こうなるか?
あと、急に過激なことをする時の理由といえば、嫉妬……はないだろうし。
危機感?
――あ、もしかして。
俺が彼女の姉を「美人なんだろうなぁ」とか冗談交じりに言ったことで、女好きの聖騎士が主人を鞍替えするとでも思ったのか?
「あー、お姫さん。さっきも言ったが、聖騎士としての俺はお姫さん一筋だから、無理に何かしてくれなくても大丈夫だぜ」
図星だったのだろう、彼女の顔がボフッと爆発したかのように真っ赤になる。
「い、い、意味がわかりません! わ、わたっ、わたしは別に、お姉様を見たらあの人と契約する方が目的達成に近いのではと貴方が判断するやもなんて危機感を抱いてはいませんし、そのことへの不安から褒美を切り出したりなどもしていませんっ!」
すごいな、全部説明してくれたよ。
「そうかい。ならこれは独り言だが――俺が君以外の聖騎士になることはない」
「…………これは独り言ですが、理由をお聞きしても?」
「お姫さんのお姉さんも、立場的には俺を勧誘できた筈だ。でもしなかった。三百年前の死者を自分の騎士にしようと考えたのは、君だ。俺を選んだ君のことを、俺も選ぶってだけのことさ」
俺としてはこれ以上ない答えのつもりだったが、お姫さんの顔を見ると納得いっていないようだ。
「……最初に声を掛けたから、ということですか?」
「あれ、そうとるか。いや、俺が言いたいのはだな……そうそう、俺の運命の聖女サマは、お姫さんだってことだ」
少々クサイセリフだが、それだけに意図は伝わりやすいのではないか。
「運命……」
お姫さんが何かを考え込むように俯く。
「あぁ、だからこの先、聖女としてお姫さんより優秀で、女性としてお姫さんより魅力的なやつが、万が一現れたとしても、俺の心は変わらんよ」
「……そういえば、そもそも貴方は聖女としての優秀さを求めるような戦士ではありませんでしたね」
「そこまでは言わないさ」
「『とこしえの魔女』の血縁が運命の相手だなんて……貴方にとっては皮肉ですね」
「違うね。俺と君が組んだことが、『とこしえの魔女』にとっての皮肉になるんだ」
「……?」
「自分が不死にした男と、自分と同じ血の流れる女に、『とこしえの魔女』は殺されるんだからな」
特大の迷惑をかけたその相手に、思いっきり仕返しされるわけだ。
「……ふふ。貴方はいつも、わたしとは違う視点から、不思議な言葉をくれますね」
「また泣いてるのか? ハンカチいるか?」
「いいえ、大丈夫です。くだらない焦燥感で、妙なことを口走ってしまいごめんなさい」
「いや、いいんだ。ご褒美に関しては、三年後とかなら大歓迎だしな」
「あら、三年後のわたしに何を求めるおつもりで?」
「そりゃ三年後のお楽しみだ」
彼女が再び小さく笑う。俯いているので、表情は見えない。
そこで一度、会話が途切れた。
魔女の血縁として虐げられ、慕っていた姉に突き放され、幼い頃の自分が放った呪いの言葉で更に孤立を深めてしまった彼女は、自信というものが育ちづらい環境に生きてきたのだろう。
だから、お嬢様だというのに、庶民相手にもすぐ謝る。
自分より優秀な姉と遭遇したら、自分の聖騎士がとられてしまうかもと不安になってしまう。
だが、彼女自身、努力家な上に非常に優秀で、それに、とても優しい娘だ。
もうちょい胸を張って生きていいと思うのだが、そう簡単には行かないのだろう。
「あ、そうだ。お姫さん」
「……はい」
「ご褒美が無効じゃないなら、頼みたいことあったわ」
「例の言葉を準備した方がいいでしょうか?」
『呪いますよ』って言うのに準備が必要なのか。まぁ彼女なりの冗談だろう。
「いや、少し先だが祭りがあるだろう。なんだったか、ほら、女神様が初めて人類に魔法を授けてくれた日を祝うとかで」
「えぇ、この街でも盛大に祝われるようですよ」
女神様への感謝を捧げる儀式か何かが、いつの間にか国中で行われるお祭り騒ぎに変化していったのだ。
三百年前にもあったが、今でも残っているというのだからすごい。
いや、今も昔も女神様の魔法は大活躍なので、忘れようがないのか。
「それに一緒に行かないか?」
彼女は勤勉で努力家なのだが、息抜きというものをほとんどしない。
唯一やってるのは、亡き母の庭園を眺めるくらいだろうか。
遊ぶということに関しては、非常に縁遠い生活を送っているのだ。
「……お祭りに」
「そうそう。自分からは行かないだろ? だから、君と一緒に出掛けたい聖騎士へのご褒美として、街に出るんだ」
「……わたしでよいのですか? 小娘ですが」
初対面の時のことを、意外と根に持っているのかもしれない。
「あぁ、頼むよ」
「…………わかりました。それが、褒美になるというのなら」
「やったぜ」
彼女とは、これから先の戦いを共に切り抜ける相棒でもあるのだ。
できることなら、暗い顔より笑顔を沢山見たい。
顔を上げた彼女は、淡く微笑んでいた。
「あ、不敬はだめですよ?」
「しないっての」
こうして俺たちは、祭りを一緒に回る約束をした。
◇
数日後。
試験結果の発表までまだ日があるので、待機していなければならない。
俺はお姫さんの聖騎士なので彼女の護衛も務めているのだが、なんと。
その日は彼女に休みを頂いたのだ。
「よし、街に繰り出すぞ!」
俺は意気揚々と、慣れない街の探索に出た。
新たなる出逢いの予感に胸を高鳴らせていた俺だったが……。
「おい、邪魔だ!」
そんな乱暴な声が聞こえたかと思うと、視界の先で、チンピラに絡まれている老婆一人と子供数人を見かけてしまった。
どうやら買い物帰りの老婆と子供たちが、チンピラにとって進行の邪魔だったようだ。
だからってガキと婆さん相手に怒鳴るかね。
そもそも道は広いので、少し避ければ済む話だというのに。
見ろ、驚いて野菜やらなんやらを落としてしまったではないか。
それを見て、チンピラが更に機嫌を悪くした。
そしてそいつは、許されないことをする。
「とろくせぇババアだな!」
あろうことか、婆さんを突き飛ばしたのだ。
既に歩き出していた俺は、婆さんが腰から倒れる前に、その身体をそっと受け止める。
「あ!? なんだテメェ!」
チンピラはいきなり現れた俺に驚いている。
「……大丈夫か、婆さん」
「は、はい……。ありがとうございます」
彼女を助け起こし、俺はチンピラの前に立つ。
「婆さんに謝って、んで消えろ」
「はぁ? そいつがとろくせぇのが悪いんだろうが」
「……よし、お前の理屈はわかったよ。じゃあまず――『邪魔だ』」
確かここから始まった筈だ。
「てめぇ、何言って」
しっかりと聞こえるように言ったのに退かないので、そいつを突き飛ばす。
「ふぎゃっ!?」
アホみたいな声を上げて、チンピラが吹き飛んだ。
そのまま転がっていき、道の端で止まる。立ち上がる様子はない。
「『とろくせぇチンピラだな』と。これでいいよな? お前がとろいのが悪いんだもんな?」
あいつが人に強いた理屈だ。
自分に返ってきても文句は言えまい。
俺は呆然とする通行人たちを無視して、野菜を拾うのを手伝う。
「あ、あの、助けていただきありがとうございます」
婆さんが恐縮している。
「いいよ、あんたに怪我がなくてよかった」
俺の好み云々は置いておいてくとして、婆さんだって女性には違いないのだ。
ガキのうちの一人が、俺の言葉に同意するように頷いている。
「兄ちゃん、なんで助けてくれたの?」
継ぎ接ぎだらけの服を着た、十歳くらいのガキが言う。
「俺は女性の味方なんだよ」
「女性だなんて、こんな、枯れ木のような老婆に……」
「何言ってんだ。枯れるってのは命が終わるってことだ。だがあんたは元気に生きてるじゃないか。天に召されるその日まで、女性はずっと花盛りだよ」
「はなざかりってなぁに?」
今度は八歳くらいの幼女だ。
幼女というと一瞬三百年前のことを思い出すが、こいつは当然無関係。
「女の一番綺麗な時って意味だ。つまり、生まれてから死ぬまでだな」
「じゃあ、わたしもはなざかり?」
「あぁ。俺の好みからは外れるがな」
何が楽しいのか、幼女は「はなざかり~」と笑っている。
野菜を拾い終えたので、俺は立ち上がる。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「あ、あの――」
「なんだ?」
「何かお礼を……」
「気にすんな」
「そういうわけには」
ガキと婆さんから礼の品を引き出そうなんてつもりは本当にないのだが……。
というか俺は、まだ見ぬ美女と出逢う為に外出したのだが。
「兄ちゃん、うちでご飯食べてけば?」
ガキの発言に老婆が「大したおもてなしは出来ませんが、是非」と言葉を重ねる。
「いや……」
どうしたもんかと考えていると、俺の右袖を先程の幼女が握っていた。
にぱーっと呑気な笑顔で、こちらを見上げている。
「いこ?」
「…………じゃあ、ご馳走になるよ」
婆さんと子供たちが嬉しそうな顔をする。
あぁ、貴重な休日が……。
婆さんたちと一緒にしばらく歩くと、廃墟では? というくらいにボロい建物に着いた。
元教会のようだが、聖女サマがいるようには見えない。
ちなみに現代でも、人々を癒やしたりする聖女サマが教会に勤めている。
形骸種退治専門の職業になったわけではない。
婆さんが言うには、ここは孤児院だそうだ。
「おかえり! 遅かったから心配したのよ!」
敷地から飛び出したきたのは、赤い髪を馬の尾のように結った、勝ち気そうな少女だ。
お姫さんほどではないが胸が大きく、急いで出てきた拍子に豪快に揺れた。
「――ってあんた誰よ……ん?」
彼女が俺を見て、何かを思い出すような顔をする。
俺は俺で、彼女に見覚えがあるように感じていた。
そして俺たちは同時に「あ」と口に出す。
「あんた――『金色』とかいうペアを倒した聖騎士ね!」
「俺も君を覚えているよ」
実技試験の帰り道に、ボロボロの服をお嬢様がたにクスクスと笑われていた聖者がいたのだ。
確かこの子の方が聖騎士だったと思う。
「な、なによ。どうせ汚らしい格好の貧乏人として記憶に残ってたんでしょ」
彼女がしゅん……と項垂れる。
服の印象は確かに強いが、彼女たちの実技試験のことも覚えている。
「君の剣は独学だろう? 型に嵌まらない動きが面白かったのをよく覚えている。聖女との呼吸も合っていたし、あの日の受験者たちの中では上位に入るんじゃないか」
まさか褒められるとは思っていなかったのか、赤髪ちゃんが口をぱくぱくさせた。
ツンツンしているように見えるが、可愛いところもあるではないか。
そういえば聖騎士の年齢に制限はないが、赤髪ちゃんはいくつなのだろう。
見たところ、お姫さんとあまり変わらないように思えるのだが。
「クフェアちゃん……どうしたの?」
今度は建物の方から、別の少女が出てくる。
空色の髪をした、タレ目がちな少女だ。大人しそうな雰囲気を纏っている。
ゆっさゆっさと揺れる胸は、やはり大きい。
「あ、あれ……貴方は――」
彼女もすぐに俺を思い出したようだ。
オージアスとパルストリスちゃんのペアとの戦いは、結構注目されていたらしい。
「この方には、先程助けていただいたのよ。二人共、知り合いなのかしら?」
老婆が不思議そうな顔をしている。
「兄ちゃんすげーんだぜ、ぽんって押しただけで悪者がすげー飛んでいってさ!」
「おばあちゃん、まもってくれたの」
ガキ共が説明を買って出るが、通じているかどうか。
しかし奇妙なこともあるものだ。
たまたま老婆を助けたら、同じ受験者の少女たちと出逢うとは。