20◇加護と一撃
強い者をより強くしてくれる『身体強化』。
身に纏う淡い光によって敵の攻撃を拒絶する『身体防護』。
現代の対形骸種戦闘は、聖女のこの二つの魔法が要となっている。
聖女は、この二つの加護を自分と聖騎士両方に掛ける必要があり、かなりの精神力と魔力を消費するらしい。
その点、俺とお姫さんは加護を聖女のみに割けるので、魔力効率はいいのではないか。
「――パルストリス様」
「えぇ、オージアス。加護を強めるわよ」
金髪聖女ちゃんの名前は、パルストリスというらしい。
そして、加護の出力を更に上げることができるようだ。
封印都市での活動を考慮した場合、加護の持続時間が継戦能力に大きく関わってくる。
出力の調整は非常に重要な部分だろう。
オージアスの踏み込みで大地がえぐれ、瞬きほどの速さでやつと俺の間の距離が消し飛ぶ。
「ははっ、いいじゃないかオージアスセンパイ。これで八番目か!」
俺は彼の真上からの振り下ろしを剣で受け流し、跳ね上げるように放たれた切り上げを身を反らして紙一重で回避し、すぐさま放たれた袈裟斬りが空を裂いている頃には、彼の横を通り抜けていた。
オージアスの横っ腹を割く軌道だったが、被害は純白の制服が裂けるに留まる。
――衣装は加護の対象外。これも聞いてた通りだな。
そのまま、オージアスが振り返るまでの一瞬に、やつの背中を四回斬りつける。
斬撃を弾くと共に、ほんの僅かにではあるが、やつを覆う光の総量が――減っていた。
――光そのものが防護膜の役割を担っていて、ダメージを相殺するほどに消滅するのか。
ならば相手が纏う光の量次第で、ある程度防御力の限界は図れそうだ。
いや、聖女によって、光の粒子あたりの防御性能も違うのだろうか?
パルストリスちゃんなら一粒あたり防御力『10』で、お姫さんなら『9』みたいな。もちろん数字は適当だが。
その場合は単純には計れないので、今後経験の蓄積が必要になってくる。
「……素の戦闘能力がそれだけあって、何故聖女の加護を受けない」
振り返ったオージアスが悔しげな顔をしながら問うてくる。
加護を受ければ更に強くなれるのに、何故しないかと訊いているのだ。
正直に答える必要もないので、適当に流す。
「必要ねぇからさ」
「……そうか」
オージアスが構えを変える。
肩の横で大剣を構えるように持ち、放たれるは――突きだ。
「ははっ、大剣で刺突とはな!」
それも連続かつ高速だ。
これは三百年前ではとても見られなかった動きである。
しかし彼自身の速さを既に把握しているので、己の読みと合わせて回避。
五連突きはただの一度も俺にかすることなく、使い手の許へ引き戻される。
「お返しだ」
いいものを見せてもらった礼とばかりに、俺も連続突きを放つ。
こちらは八連。七つは彼の加護に弾かれたが、八つ目で変化が。
「――――」
オージアスの瞳を狙う軌道で放った刺突に対し、やつは大きく後退するという過敏な反応を見せた。
――あぁ、そうか。光が身体を守ってるわけだから、目の近くをうろちょろさせるわけにはいかんか。
視界上できらきらされては邪魔極まりない。
ということは、防護膜は瞳を守らないのだ。
殺すのなら、これは結構有用な手段かもしれない。
だがこれはあくまで実技試験。
ちらりとパルストリスちゃんの方を確認すると、疲労感が顔に出ている。
こちらが防護膜を削るごとに、新たに加護を注いでいるようなので大変だろう。
とはいえ有望な聖者候補が集まるこの学園で八位を務めているのだから、まだまだ限界には遠かろう。
加護なしの聖騎士に押されているという状況が、精神に負担を強いているのかもしれない。
このまま彼女の加護が切れるまで攻め続けることも可能ではあると思うが、どうしたものか。
単純な勝ち負けだけでなく、教官たちの意見が合否にも響いてくるのだろうし。
こういう時は、わかりやすい結果が重要だったりする。
そうなると……。
「よし、次で終わらせよう」
対戦相手二人が警戒の表情を浮かべる。
「安心しな。真正面から斬りかかるだけだ」
オージアスが一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに俺の意図を察したようだ。
「……これが聖騎士としての戦いならば、私は既に死んでいただろう。だがこれは聖者に相応しき者を見定める試合――悪いが負けられん」
「負けられないのは、どいつも同じだろ」
俺たちは同時に大地を蹴り、ほんの一瞬だけ交錯し、互いに通り抜ける。
最初の立ち位置を逆にしたような形だ。
そして――。
オージアスの大剣が、半ばから砕けた。
俺の身体と剣には、傷一つついていない。
ステージ周辺の空気が凍ったかのように静まり返る。
どうやら俺とお姫さん以外の誰も、この結果を予想できなかったらしい。
ここから徒手空拳で戦うことも不可能ではないが、これが実戦を意識しての戦いであるというのなら、得物を失った聖騎士は一時撤退すべき状況だ。
オージアスが申し訳なさそうに、パルストリスちゃんを見る。
「……受験者の実力を測る場で、こちらのみが武器を破壊されたのです。パルストリス様、ここは――」
「わかってる……!」パルストリスちゃんは悔しげに言葉を遮りつつも「教官方、この試合、わたくし達の負けのようです」と自ら敗北を認めた。
戸惑いの表情を浮かべていた審判の教官だったが、パルストリスちゃんの発言を受けてようやく、状況を受け入れたようだ。
「しょ、勝者――アストランティア、アルベールペア」
ひとまず、こんなものだろう。
ちなみにお姫さんも突っ立っていたわけではなく、きちんと自分の身を加護で守っていた。
多少知恵の回る形骸種だと、直接戦闘能力を持たない聖女を狙ったりもするので、加護による自衛はとても重要なのだとか。
『身体防護』で身を護り、聖騎士が駆けつけるまでの時を稼ぐのだ。
「楽しかったぜ、センパイ」
男を褒めるのは趣味じゃないが、これは本音だ。
三百年の時が生んだ新たなる戦闘スタイルと、学生とはいえその中でも上位の聖者の戦いは非常に興味深かった。
「貴殿は一体……何者なのだ」
「ん? どういうことだ?」
「……非常に優れた戦士であることは理解できたが、解せないのは――まるで聖者の戦いというものを解明するかのように立ち回っていた点だ」
おや、さすがに実力者にはバレてしまったようだ。
「まぁ、聖女サマと組んで戦うなんてやり方とは、つい最近まで縁がなくてね。色々確かめるように立ち回ってたことに関しちゃ、認めるぜ」
嘘ではない。
「……その若さでその境地、一体どこに隠れていたというのか」
封印都市ですとは言えないので、「さぁなぁ」と適当に誤魔化すしかない。
それに、十八歳で一度死んだだけで、実年齢は三百超えだ。若くもない。
「あぁ、だけど何者だって質問には答えられるぜ」
「聞かせて頂こう」
「――聖騎士だ。あんたもそうだろ?」
俺が笑ってそう言うと、オージアスは呆気にとられたような顔をしたあと、僅かに口の端を歪めた。わかりにくいが、微笑んだようだ。
「その通りだ。またいずれ、聖騎士アルベール」
そう言ってオージアスがステージから去っていこうとする。
彼らが立ち去る直前、パルストリスちゃんが俺たちの方を見た。
キッと睨んでいるように見えるが、目つきが悪いだけなのか敗北が悔しいのか。両方かもしれない。
「言っとくけど、今回のはわたくしたちが志願したわけじゃあないから」
まぁ、オージアスのまともっぷりからして、陰湿な行為は似合わない。
パルストリスちゃんだって、自分から負けを認める度量があるのだし。
試験で強者とあてて不合格にさせよう、という手段はこの二人には合っていないのだ。
「では、どなたの発案で?」
パルストリスちゃん相手なので、一応丁寧に問う。
「『深黒』よ」
それだけ答えて、今度こそパルストリスちゃんは帰ってしまう。オージアスもそれに続いた。
「『金色』に『深黒』か……ってことは、そいつも学内トップの十二組ってわけね」
試験に介入するほどの影響力があるのは不思議だが、実力者というだけでなく権力も握っているのだろう。
まぁ聖女は半分以上が貴族だというから、力関係によってはそういうことも罷り通るのか。
何故そうまでしてお姫さんを不合格にしたかったのだろう。
いずれ逢って確かめねば。
「取り敢えず――私たちの初勝利ですね、アストランティアサマ」
てっきり彼女も喜んでいるものと思ったが、どういうわけか表情が暗い。
俺は彼女に近づき、改めて小声で話しかける。
「どうした、お姫さん」
「……です」
「ん?」
「『深黒』は、わたしの姉なのです」
……なるほど。
彼女に姉がいることは、この半年の間に知る機会があった。
だがメイドとの会話でたまたま知っただけで、お姫さん自身から話題に出したことはなかったのだ。
だから俺の方も訊かなかったのだ。
やはりというかなんというか、姉妹仲が良好とは言えないらしい。
しかし、妹の入学試験を邪魔する姉って、どんなだよ。