18◇出立と学園
それから更に時が経ち、ついに出発の日。
俺とお姫さんは、屋敷の者たちに見送られながら学園へ向かおうとしていた。
「アル様……!」「お嬢様~!」「アル殿!」「アルさん!」「アストランティア様!」「うぅ……アル様」「頑張って下さい、アル様!」「どうかお気をつけて!」
笑顔で送り出してくれる者、涙ぐんでしまう者、様々なメイドたちに囲まれる俺。
「おぉみんな……! ありがとう、アストランティアサマのことはどうか俺に任せてくれ。そして約束しよう、必ずや二人でここへ戻ってくると!」
そんな、俺達の超感動的な別れの場面を、お姫さんが微妙な顔で眺めている。
「……そろそろ参りましょう、我が騎士アル」
我が騎士、の部分を強調する我が主。
名残惜しいが、それぞれとの別れの時間は前日までにたっぷりととっている。
俺はなんとかメイドたちの囲みからそっと抜け、お姫さんと共に馬車に搭乗した。
馬車が出発してしばらくは、彼女たちの呼び声が聞こえてくるようだった。
「あぁ、みな素晴らしい女性だった」
「……釈然といたしません」
お姫さんがジト目で俺を上目遣いに見上げている。
そういえば、こういうじとりとした視線を、今はジト目と呼ぶらしい。
三百年もあれば言葉の流行も変わる。大本の言語が変わっていなくても、若者らしい言葉遣いというのは日々変化していくものだ。
復活してからの半年で色々と仕入れてきたので、そこもばっちり。
これで『あいつの言葉ジジ臭くない? というか化石じゃない?』みたいに言われずに済む。
どうか三百歳の若作りとか言わないでくれ。
「拗ねないでくれよ。みんなちゃんと、お姫さんのことも応援してくれただろう?」
「もちろん理解していますし、そのことを嬉しく思っておりますが……」
「まぁ、さすがに多少の熱量の差はしょうがないって」
「凄まじい熱量で貴方との別れを惜しんでいたのは、全員が女性なのですが」
「あっはっは」
お姫さんほどではないが、あの屋敷で働く者たちも街では冷遇されがちだ。
金の為に魔女の家で働いている、なんて陰口を叩く者までいる。
俺に聞こえる範囲でそれを言った者は、不思議なことに痛い目に遭ったようだが。
「……釈然といたしません。ですが、メイド達の楽しそうな顔を見られるようになったのは、貴方が来てからということも確かです」
お姫さんも、気づいてはいたらしい。
「まぁ、笑って暮らせるなら、それが一番だよな」
「そう、ですね。みなが笑って暮らせる世の為にも、共に立派な聖者になりましょう」
「あぁ、そうだな」
ちなみに、俺たちは既に入校が決まっている……わけではない。
入学試験なるものがあり、それを突破しないことには学園には入れないのだ。
そして少しややこしいのだが、あくまで生徒になるのは聖女のみ。
聖騎士はあくまで、仕える者という立場。
言ってしまえば、学園に通うお嬢様の護衛的な感じで、ついて回る。
これは、優れた聖騎士を確保することの重要性を考慮した結果、と言われていた。
『聖女と聖騎士』はその性質から行動を共にすることが多いが、同年代のペアだけで固めるのは非常に難しい。
第一、俺だって肉体年齢十八ではないか。
お姫さんは最近、ようやく十五歳になったばかりだというのに。
なので、学生の籍は聖女の方だけが持つ。
そしてその聖女を守る聖騎士は、性別年齢問わず、その家が確保できる強者があてられるのだ。
「ふっふっふ」
「どうしたのですか、アル殿」
お姫さんが怪訝な視線を向けてきた。
「いやぁ、聖女の学園と聞いた時は、小娘だらけの空間を想像していたんだが……」
俺の個人的な趣味により、少女は対象外。
そうなると学園生活も窮屈なものになりそうだ、とは思っていたのだ。
しかし、聖騎士の年齢制限がないと気づいた時、俺は天啓を得た。
聖女が無理なら、大人で美しい女性の聖騎士とお近づきになればいいじゃないか、と。
「あの、アル殿。何を考えているか察しはつきましたが、やめてくださいね?」
「んー?」
「もちろん女性の聖騎士もおりますが、聖女の半数以上が貴族で占められています。つまり聖騎士に手を出すということは、他家の人材に手を出すということになり、ややこしい問題を生みかねません」
「マジか。まぁ、両者合意の上なら、秘密の恋というのも……」
三百年後の世界にあった二大便利な言葉は『マジ』と『ヤバい』だ。
この二つは応用力が高い上、しっかりと定着もしている。
一瞬現れては消えていく流行の言葉もある中で、中々に頼もしい存在である。
まぁお姫さんが使っているのは聞いたことがないので、お貴族様にまでは広まっていないようだが。
「やめてくださいね?」
彼女の目がマジだったので、俺は渋々頷く。
「お姫さんに迷惑掛けないよう、気をつけるよ」
これでも俺は、彼女に感謝しているのだ。
彼女のおかげで、結界から出ることができた。人の身を取り戻すことが出来た。貴族の邸宅で何不自由なく暮らすことができた。
もし自力で結界を脱出できたとしても、スケルトン状態では情報収集にさえ苦労しただろう。
どれだけの時を掛けても黒幕を見つけ出すつもりだったが、段違いにやりやすくなったのは事実。
「ご理解いただけたようで、なによりです」
「それに、あんまり夢見てると打ち砕かれるのがオチだしな」
俺の時代は、女性の聖騎士自体がほとんどいなかった。
この三百年で多少は事情が変わっているにしろ、聖騎士なんてのは大抵が男だろう。
癒やしは、週に一度あるという休みの日だけになりそうだ。
学園のある街は栄えているらしいので、休日に繰り出そう。
「……まさか、聖騎士の女性関係が一番の不安の種になるとは思いもしませんでした」
「それくらいしか心配事がないなら、いいじゃないか。俺たちが目指すのは聖者なんだ、不死者を殺せるかどうかが一番大事だろう?」
「その通り……と言いたいところですが、本当に気をつけてくださいね」
「わかってるって」
「本当に」
貴族同士のいざこざというのは、よっぽど面倒らしい。
「承知いたしました、アストランティアサマ」
従者モードで応じて、なんとか話を終わらせる。
さて、聖者の学園となると、どんな入学試験が待ち受けているのか。
◇
実技試験、当日。
筆記試験についてはお姫さんが受け、見事好成績を収めたようだ。
続けて受けるこの実技試験からは、聖騎士も共に戦う。
実戦を意識した試験になるわけだ。
内容はシンプル。
学園の先輩ペアと戦い、それを教官数名が観戦。
内容を見て、適性を判断するというもの。
やはり一年でも先に学んでいる方が有利なのか、先輩に勝つ者は稀だ。
今の時代、それだけ聖女のサポートの重要性は高い。
屋外の修練場で行われる実技試験は、同じ受験者たちも見学している。
これだと先輩ペアを観察できる後発が有利になりそうなのだが、試合は四つのフィールドで同時に進行しており、対する先輩ペアもちょこちょこと入れ替わっているようだ。
そして、俺たちの順番がやってくる。
「次。アストランティア、アルベールペア」
どうでもいいが、学園に入るにあたって新しい名前を用意してもらった。
アルなんてありふれた名だが、『骨骸の剣聖』の名前をそのまま使うのは避けようという判断だ。
なんだかクソイケメン義弟ロベールと語感が似てしまったが、あくまで偶然である。
「そ、そんな……」
フィールドに進み出た俺たちだが、何故か後ろのお姫さんが愕然としている。
現れたのは、金髪のツリ目がちな少女と、寡黙そうな長身の聖騎士だ。
どうやら俺たちのタイミングで、対戦相手が変更になるらしい。
「なんだ、お姫さん。あの二人、有名?」
俺は小声で尋ねる。
「……この学園では、未来の十二聖者候補として、十二組のペアが常に選出されます。あの二人はその一角、『金色』を冠する者たちです……!」
その話は聞いたことがある。十二の色が割り振られた生徒が、十二聖者候補。
つまり、この学園内トップの強者ということ。
「ふぅん……?」
男の方は、二十代前半から、後半に差し掛かったあたり。
確かに、強そうだ。
「通常、試験に出てくるような方たちでは……」
「あ、そういうことか。圧倒的な強者をあてれば、何もできずに俺たちは負ける。そうしたら、それを理由に不合格にするってわけね。あはは、お姫さん、嫌われてるなぁ」
しかもお姫さんを嫌っている何者かは、十二聖者候補を試験に出せるような伝手を持っている。
「うっ……」
「驚くのは分かるけど、不安になる必要はないぜ。あんたの聖騎士が誰か、思い出してみろよ」
俺がそう言うと、彼女は目を見開かせ、それからすぐに、落ち着きを取り戻す。
深く呼気を漏らし、それから俺を見た。
「そうでしたね、我が騎士アル。相手が何者であっても、関係ありません」
「そうそう。それに――ちょうどいいではありませんか、アストランティアサマ」
後半からは、相手にも教官たちにも聞こえるように声を大きくする。
「我々は全ての死者を救済するのですから、十二聖者の候補程度、超えられねば話になりません。向こうから来てくださったのですから、ありがたく倒して行きましょう」
俺の発言に、金髪ちゃんが更に目を吊り上げ、聖騎士もぴくりと肩を揺らした。
ちょうどいいから、これも言おう。
「しかし『金色』相手に全力も申し訳ない。アストランティアサマは、どうぞごゆっくりと。ここは私だけでお相手いたしますので」
俺とお姫さんの契約。
俺の方から頼まない限り、彼女は自分の魔法を自分を守ることにしか使わない。
聖女のサポートを受けることが戦いの基本形である現代において、この発言は相手に対する最大限の挑発になり得る。
実際、金髪ちゃんが怒りのあまりぷるぷる震えだしていた。
対戦相手とはいえ煽るようなことを言って申し訳ないが、主を不合格にさせようと企む者がいるのなら、聖騎士として立ち向かう他ない。
「アルベールと言ったか」
聖騎士が低い声で言う。
「なんだ?」
「――不敬」
「不思議なことに、最近よく言われる」