17◇再会と銅貨
ダンの家族は全員、変だった。
派手な喧嘩で捕まった貧民窟のガキを、逢ったその日に引き取ろうと決めた聖騎士。
立派な両親と自分という完璧な家庭に、小汚いガキが兄として加わることになったのに、拒絶するどころか慕ってきた義弟。
普通は血の繋がった我が子の方が可愛いだろうに、兄弟に分け隔てなく情を注いでくれた義母。
あの三人が底抜けの善人だった所為で、俺の生き方も少しおかしくなってしまった。
柄にもなく人助けするようになったり、あの家族に恩義を感じたり。
気づけばただの仕事であった聖騎士が、生き方として染み付いてしまった。
「お前だろう? お姫さんの家に、俺のことをべらべらと喋ったのは」
ロベールの墓石を軽く睨む。
十二騎士の候補であったとか、素直じゃない性格だとか、三百年前の個人について語るには、情報が細かすぎると思ったのだ。
「まぁ、おかげでお姫さんと逢えたとも言えるわけだから、許してやるよ」
見れば、墓石の上に木の葉が一枚載っている。
近くには木も植えられているので、そこから飛んできたのだろう。
俺はそれを払い、少し考えて、墓石を乱暴に撫でる。
「約束通りミルナサンを守ったな。よくやった」
男と長話してもしょうがないので、そろそろ終わりにしよう。
「また来るよ、ミルナサン。今度は花を持ってくる」
最後に義母にそう声を掛けて、俺はお姫さんの許へ戻った。
「……もう、よろしいのですか?」
「あぁ。それより、さっき言ってた詳しい説明を頼むよ」
歩きながら、お姫さんは語りだす。
「はい。ですがまずは、母君や弟君について隠していたことをお詫びします」
「それは気にしてないよ。というか、理解できるしな」
もし、初対面で「わたしは貴方の弟から話を聞いてやってきました」とか言われたら、胡散臭さに聞く耳を持たなかったかもしれない。
相手が男だったら斬り掛かっていた可能性もある。
秘密を打ち明けるには、相手側がその秘密を受け入れられる状態か見極めるのも重要。
「それでも、申し訳ございませんでした」
「わかった、許すよ」
真面目なお姫さんは、こうでも言わないとずっと引きずりそうだ。
本当に気にしていないのだが。
「それで、義弟が家名を頂くようになったのは、お姫さんの実家のおかげなのかい?」
「いえ、むしろ我々がロベール殿に助けられたのだと伝わっています」
「ふぅん?」
お姫さんの家は今も昔もお貴族サマなのだが、俺は最初、少し不思議に思っていたことがある。
世界にゾンビ騒ぎを巻き起こした黒幕の血縁者。
俺個人としては、本人の罪は本人だけのものだと思うのだが、世間の考えは違う。
そいつの所属する組織、家系、部族にまで責任が求められることは、実際にある。
そうなると、黒幕が判明した時点でお家が潰されてしまってもおかしくないのでは……とも思ったのだが。
そうはならなかった。
『とこしえの魔女』を生んでしまった家、という罪に対し。
『世界を滅びから救った』家、という功を立てたからだ。
具体的には、都市を封印する結界術の考案と展開、今の世の『聖女と聖騎士』という戦闘スタイルの確立、そして女神様から授かった新たなる魔法などなどだ。
ここまでは、この三ヶ月の間に学んだ基礎である。
「当家から『とこしえの魔女』が出たと知ったロベール殿は、時の当主様を訪ね、情報提供を行いました」
「えらい行動力だな」
まぁ、尊敬する父を失った息子の行動としては、有り得なくはないのか。
恨み言じゃなく情報提供というのが、ロベールらしい。
「形骸種発生地域の生存者は極めて稀なので、当主様も関心を抱き話を聞いたそうです。そこで『首を断てば還ること』『祝福するかのように人を噛むこと』など、彼の実体験や義兄の発言を許にした仮説など、多くの情報がもたらされました」
そういえば、最初に見つけた幼女ゾンビが温かい気配を纏っていたことは、ロベールには伝えていたのだった。
「結界による封じ込めこそ行いましたが、当家は元々魔術師の家系。被害者の救済を望む人々の当然の要望に、すぐに応える術を持ちませんでした」
まぁ、魔法使いってのは特別な才能がないとなれない。
お貴族様とはいえ、一つの家にそう何人もいない特別な人材なのだ。
十二箇所の封印都市を、それだけの人材で解放できるわけがない。
首を斬れば死ぬっていう弱点を知っていたところで、戦力不足も甚だしい。
「そこでロベール殿が提案されたのが、聖女と聖騎士の組み合わせです」
「あ、それってロベールの案なのか」
当時の聖騎士は、言ってしまえば厄介な敵全般を引き受ける戦士団だ。
戦いに慣れているし、国中にいる。
更に、聖女は信仰心によって魔法を授かる人員で、通常の魔法使いと比べるとかなり数が多い。
ただ、とある女神様への信仰心で授かる聖女の魔法に、攻撃魔法は存在しない。
ロベールはそこで、その二つを組み合わせようと考えたのだ。
ゾンビを殺す聖騎士と、女神の魔法で補佐をする聖女、という具合に。
「ロベール殿個人の案とするよりも、当家の案として国に提出する方が通りやすい、という事情があったようです」
「まぁそりゃそうだな」
聖騎士といっても、庶民だし。
しかし、うちの国も中々やるではないか。
大罪人の家系だと頭ごなしに否定するのではなく、有用な提案があれば聞き入れるとは。
いや、国もそれだけ困っていた、ということなのかもしれない。
「様々な苦難や衝突がありつつも、ロベール殿のご尽力もあり、今日『聖者』と呼ばれる職種が成立したのです」
ロベール自身も聖者として戦い、最終的に家名を貰ったらしい。
「はっ、さすがは優秀な弟サマだな」
「その活躍から、彼を英雄と呼ぶ者も少なくありません」
父親と同じ呼び方をされるとは、あいつも本望なのではないか。
「……訊かれないのですか?」
「何を?」
「ロベール殿が、あの街に赴かなかったことについて、です」
「あぁ、考えもしなかったな」
そういえばそうか。
生き延びて聖者になったのなら、理屈の上では死者救済の為に故郷に戻ることも出来たわけだ。
「当時、我々の急務は結界範囲から漏れた形骸種の救済でした」
さくっと囲って封印したから万事問題なし、なんてのは理屈の上だけの話。
実際は封印範囲から逃れたゾンビも沢山いて、そいつらが更に死者を増やして……ということが起こり、聖者が大忙しだった。
それでも結界で形骸種の大部分を封じ込められたからこそ、人類が対応可能な範囲に留められたのだろう。
「あの街周辺の被害は驚くほどに少なく、どうしても優先度は低くなっていました。また、これはロベール殿の手記に残されていた言葉ですが……」
「なんだ?」
「『あの街は、兄上にお任せすれば問題ない』と」
あの街で別れたあとも、俺がそのまま生き残り、街中の死者を殺し尽くすと信じていたのか。
期待が重いにも程があるが、実際そうなっているので、なんか悔しい。
だが、正しい。
俺がなんとかすると信じているから、あの街に来なかった。
そんなことをしている暇があったら、聖騎士として一人でも多くの者を救うべき。
わかっているじゃないか。
「まったく、自慢の弟だよ」
かつてのように、むかつくくらいのきらきら笑顔で応じてくれる弟は、もういない。
「あ、あの……ロベール殿から、お預かりしている品があるのですが」
「……んー、遺品とか持ち歩く柄じゃないんだが」
お姫さんが取り出したのは小さな布。そこに、ロベールからの品が包まれているらしい。
受け取って包みを開くと、出てきたのは――銅貨だった。
それを見て、遥か昔の記憶が脳裏に蘇る。
――『いえ、ここのところ、ますます剣の腕に磨きがかかっているように思いまして』
――『おだてても何も出ないぞ』
――ポケットを漁ると銅貨が出てきたので、ロベールに放り投げる。
――ロベールは微笑みながらそれを受け取った。
――『銅貨が出てきましたね』
――『今のが有り金全部だから、もう出ないぞ』
「――――」
「その……兄君から最後に貰ったものとして、とても大事にされていたそうです」
あんな、軽い冗談で投げた銅貨が、餞別になるとは思っていなかったのだ。
わかっていたら、もう少し上等なものを贈っていただろうか。わからない。
「はは。こんなもん、大事に抱えてたのかよ……気持ち悪いやつ」
銅貨をグッと握る。
「……アル、殿?」
「……ん、あぁ、大丈夫だ。これ、貰っていいんだよな」
「はい。マクフィアル家からは許可を得ています」
どうやらロベールの家は今も続いているらしい。
なるほど、そこが管理しているから、俺を墓場へと案内するのに許可をとる必要があったのか。
あんたのとこの初代サマの兄を復活させたから、墓参りを許可して遺品も寄越せなんて言い出したら、それが世話になった相手だろうと難色を示すのは当然。
逆に、よく説得できたものだと感心する。
「なんとか、学園に向かう前にお連れすることができました……」
「あぁ、俺も話が聞けてよかったよ」
学園はこことは違う都市にある。
次の墓参りは、きっともう少し先のことになるだろう。
「帰ろう、お姫さん」