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15◇慰めと用件




 俺が人の身を得てからの三ヶ月、常にお姫さんと一緒にいたわけではない。

 だが仮にも従者兼相棒になるわけで、顔を合わせる機会は多かった。


 彼女が落ち込んだ時に逃げ込む場所くらいは、想像がつく。

 お姫さんの亡き母が愛していたという、庭園だ。


 そこに設けられたガゼボに、彼女はたまに逃避する。

 屋根と柱だけで構成された、日除けの為の建造物だ。

 中には椅子も設置されており、そこに座って日陰から庭の景観を楽しむこともできる。


 まぁ、今のお姫さんはそんな気分じゃないだろうが。


「お姫さん」


「…………っ」


 椅子の上で膝を抱える様は、まるで子供だ。

 彼女は俺の登場に肩を震わせたが、顔を上げてはくれない。


「さっきの言葉への俺の返しだけどな――『いや、もう呪われてますよ』だ」


 俺が『呪いますよ!』への返答をすると、彼女が更にびくりと震える。


「うっ……ご、ごめんなさ――」


 やっと顔を上げた彼女だが、泣いていたのか目許が腫れていた。


「謝るくらいなら笑ってくれ、スケルトン……いや、形骸種(キュリオン)ジョークだ」


 俺は紳士の嗜みとして持ち歩いているハンカチを、彼女にそっと差し出す。

 彼女はそれを受け取ってくれたが、涙は拭かない。


「笑うなんて、とてもそんなこと」


「お姫さんは、もう少し肩の力を抜いたらいいのになぁ」


「……全ての形骸種(キュリオン)の魂を解放するまで、わたしには、そのようなことは許されないのです」


「へぇ? 誰が許さないんだ?」


「それは、もちろん、わたし自身が……」


「じゃあ、お姫さんの気分次第ってことじゃないか」


「貴方は……」


 お姫さんが、何か言いかけてやめる。


「ん? どうした?」


 俺が促すように尋ねると、彼女は言いにくそうにしながらも口を開いた。


「貴方も同じ目的を持っている筈なのに、どうしてそのように、明るく振る舞うことができるのですか?」


「ふむ……」


 なるほど。

 お姫さんが怒っていたのは、そういうことなのかもしれない。


 『とこしえの魔女』を見つけ出して報いを受けさせる。

 俺たちの目的はそこにあるのに、俺は全然無関係な色恋に現を抜かしている。


 契約者として釈然としない、という想いを抱くのは当然と言えた。


「そうだなぁ、もし俺が落ち込むことで強くなれるなら、いくらでも落ち込むんだけどな。何の得もないのに気分だけ暗くしておく理由ってあるのか?」


「……」


「むしろ、お姫さんが暗い雰囲気漂わせてると、メイドたちが心配するぞ。さっきも、お姫さんを傷つけちゃったんじゃないかって、申し訳なさそうにしてたからな」


「そんな……っ! あれはわたしが悪いのです!」


「俺は別に悪いとは思わないけどな。お姫さんにとっては、お守りみたいな言葉だったんだろ」


 お守り、という言葉に彼女が表情を歪める。


「聞いたのですね……。確かに、その通りです。わたしを傷つけようとする人たちを止めてくれる、魔法の呪文のようでした。けれど、先祖の罪を武器にするような行いは、恥ずべきものです」


「順番が違うぜ、お姫さん」


「……順番?」


 俺の言葉に、彼女が目を丸くする。


「恥じるべきなのは、君を責め立てた奴らだ。そのくせお姫さんが自己防衛をしたら被害者ヅラしてビビるとかよ、情けないったらありゃしねぇ」


 もちろん、あのメイド二人はイジメっ子ではないので除外される。

 幽霊を信じて怖がる者と、幽霊の住む場所と知りながら踏み荒らして祟られる者くらい違う。


「不当な攻撃に対して、わたしは正当な防衛行為で応じることが出来ませんでした。わたし自身、呪いという卑しい手段に頼ってしまったのです。たとえそれが、言葉の上のものだったとしても」


「いちゃもんつけてくるヤツに対する、正当な防衛行為なんて存在しないだろ。殴られっぱなしでいるか、反撃するかの二択だ」


 話し合いで解決できるような理性的な相手は、そもそも理不尽に攻撃してこない。


「ですが……」


 こ、この娘、潔癖すぎる……!


 俺はがりがりと頭を掻いてから、彼女の前に屈み込む。


「わかった。じゃあもう一回俺に謝ってくれ」


「え、あ、はい。えと、あの、先程は、大変申し訳ございませんでした」


 戸惑いつつも、彼女は素直に謝罪。


「よし、許す!」


 彼女はぽかんとしている。


「……ゆる、す」


「そうだ。これで仲直り。これでチャラだ。だから、もううじうじするな」


「……わたしは、魔女の呪いの被害者である貴方に、とんでもない無礼を――」


「俺が気にしてないのに君だけ気に病んでどうする。言っとくがな、お姫さんの魔法の呪文、俺にだけは効かないんだぞ? なにせ、俺はもう呪われ済みだからな」


「……え、えと」


 俺はわざと両手を掲げ、それぞれの指をうねうねと動かし、彼女の胸を凝視する。


「つまり、俺の不当な攻撃に対して、お姫さんに反撃の手段はないわけだ。ふっふっふ」


 お姫さんは顔をカァッと赤くした。

 自分の胸を両腕で隠す。


「な、なんなのですか急にっ」


「だからな、お姫さん。俺のことだけは、呪っていいぜ」


「――――」


「小さい頃のお守りを、捨てることはないんだ」


 世界中に否定されるような最悪の言葉だったとしても、幼い頃の彼女を守ってくれた宝物に変わりはない。


 じわりと、彼女の瞳が水気を帯びる。

 彼女はしばらく声が出ないようだったが、やがて絞りだすように語りだす。


「……幼い頃、あの言葉は、わたしにとって、とても心強いものでした」


「あぁ」


「でも、成長するにつれて、あの言葉が持つ重みを知り、怖くなってしまったのです」


「そうか」


「わたしを守ってくれた言葉は、沢山の人を……形骸種(キュリオン)に変えた元凶でした」


「そうだな」


「……それでも、わたしは、あの言葉を、捨てなくてよいのでしょうか?」


 俺を見つめる彼女の瞳を真っ直ぐ見返し、しっかりと頷く。


「あぁ、俺が許すよ」


 彼女は子供みたいに、顔全体で笑った。

 目の端から雫がこぼれ落ちるが、悲し涙ではない。


「……ではアル殿、わたしに何か不敬を働いてください」


「胸を揉むのは冗談だぞ? 正直もう三年は育ってほしい」


「違いますっ! もう、の、の、の……」


 まだ覚悟が決まらないようだ。


 俺は自分の手を彼女の頬に伸ばし、両手で挟み込むように玉の肌を揉む。

 柔らかさと弾力が凄まじい。まるで手に吸い付くようだ。


「もきゅっ」


 彼女が変な声を上げる。

 ひとしきり堪能したあと、俺は手を離した。


「ご無礼をお許し下さい、アストランティアサマ。あまりにお肌が柔らかそうだったので、つい」


 言われた通り、不敬を働く。

 彼女は何度か目を瞬かせてから、小さく笑う。


「……ふふっ。不敬ですね我が騎士アル。そんな人は――呪いますよ?」


「失礼ながら、既に呪われております」


 俺たちは顔を見合わせ、ほとんど同時に、吹き出す。


「……ありがとうございます、アル殿」


「いいさ」


「この言葉の罪深さが薄れたとは思えませんが、少しだけ、心が軽くなりました」


「そうかい」


「イルムとウルリの二人にも、あとで謝罪に行こうと思います」


「それがいい」


「……その、一緒に来てくださいますか?」


 彼女がもじもじと、照れくさそうに言う。


「もちろんです。私は貴女サマの騎士ですから」


 俺が恭しく答えると、彼女がまた笑った。


「……アル殿は、お優しいのですね」


「俺が優しいのは、女性に対してだけだ」


「人さらいから男の子を救い出したり、怪我をしたご老人を家まで送り届けた、という話を聞いていますが?」


 彼女がじとりとした視線で俺を見る。


「甘いぜお姫さん。男を助けることによって、その知り合いの女性と親しくなれるかもしれないだろ? 俺はそういうとこまで考えているわけよ」


「素直ではないと伝え聞いてはいましたが、実物はここまでとは……」


「……伝え聞いていた(、、、、、、、)?」


 彼女は一瞬「しまった」という顔をしたが、すぐに思い直したかのように首を横に揺らし、俺の方へ向き直る。


「先程わたしが貴方の部屋を訪ねた理由について、まだ話せていませんでしたね」


「今の話と関係あるのか?」


「はい。これから貴方には、共に来ていただきたい場所があるのです」


 初めて逢った時から、彼女は何かを隠しているようだった。

 悪意はないようだったので気にせずいたが、やはりおかしい。


 三百年前の聖騎士について、何故か詳しく知っているふうなのだ。

 そして今の『伝え聞いていた』発言。

 何者かの存在を感じる。


「『場所』か。誰かに逢うわけじゃないんだな?」


「それは……考えようによるかと」


 その説明で、大体わかった。


「なるほどね。じゃあ連れてってくれ」


「……はい。すぐに馬車を用意させます」


 俺の予想が正しければ、これから行く場所は――墓だ。


「あ、その前にお姫さん」


「なんでしょう?」


「先にイルムとウルリに会いに行かないか? モヤモヤを抱えたまま仕事させるのは可哀想だ」


「あ、はい。確かに、その通りですね」


 俺の言葉には納得しているようだが、自分の隠し事に気づきながら俺が大した反応を示さないからか、なんだか居心地が悪そうだ。


「さすがに、もう俺の寝室にはいないだろうな」


 朝の一場面を思い出したのか、お姫さんが赤面する。


 やはり、こんな初心(うぶ)な娘が俺を騙せるとは思えない。

 何か理由があって黙っていたのだろう。


 取り敢えず、行ってみようではないか。





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