14◇突撃お姫さんと、お守りの言葉
お姫さんがノックもなしに入ってきたものだから、裸を見られてしまった。
三ヶ月ぶり二度目だが、今度も大人な雰囲気はなし。
しかも今回に至っては、俺の落ち度でもない気がする。
しかし俺はそんな反論はしない。
「ん? あぁ、失礼。すぐに着替えますので、少々お待ち下さい」
相手が急に訪ねてきたのだとしても、従者として下手に出て応じる。
社会とは厳しいものだ。
上司が男ならば腹が立つが、お姫さん相手だと微笑ましい気分でいられる。
「……この屋敷に来て三ヶ月、これで何人目だと思っているのですか!」
お姫さんの甲高い声が寝室に響き渡った。
メイドの二人はとてつもなく気まずそうだ。
お嬢様に、その騎士と朝を迎えているところを目撃されては、居た堪れないだろう。
「アストランティアサマ、貴方の騎士を侮らないでいただきたい。私は女性をモノのように扱い、一夜経てば忘れるようなクズではありません。貴女様に拾われて以降に親しくなった女性の数を述べよと申されるのならば、お答えしましょう――」
「そんなことを言っているのではないのです!」
「当然、名前も覚えておりますが?」
「そんなことを言っているわけでもないのです!」
「はぁ、ではどこが問題なのでしょうか? 私は無理に迫ったことも、他の女性との関係を隠したこともありません。正々堂々、正面から真摯に接し、心を通わせる努力を致しました」
「うぐっ……そ、それは――」
お姫さんが言葉に詰まった。
だからというわけではないだろうが、左右のメイド二人が加勢してくれる。
「そうですアストランティア様! アル様は何も悪くないのです。それどころか、一メイドの家族が困っているというだけで、命がけで戦ってくださったのです!」
イルムの生まれた村は森で狩りや採集をするらしいのだが、そこに魔獣がうろつくようになってしまったのだという。
村人が食われたり怪我したりなどの話を手紙で知った彼女は、家族を心配して暗い顔で仕事をしていた。
落ち込む女性は放っておけないので、さくっと村へ赴き、魔獣を討伐したわけだ。
イルムは感激し、俺たちの距離は近づいた。
「私の妹もアル様に救われました! 妹の病の治療薬は、魔力濃度の高い山にだけ咲く希少な花からしか作れないと医師に言われ私は絶望していました。そんな私を見て、アル様はボロボロになりながらもその花を摘んできてくださったのです!」
魔力濃度が高い場所……つまり天然の魔力溜まりなわけだが、そうなると必然、周囲には魔獣がうろうろしている。
魔力溜まりの影響を受けて変質した動物が、魔獣だからだ。
そういった場所にしか咲かない花なんて、腕の立つ聖騎士でもなければ摘んでこられない。
このままでは八歳の妹が死んでしまうと嘆くウルリを放っておけず、摘んできたのだ。
妹は無事助かり、子供とはいえ女の喪失を防ぐという正義を果たした俺は満足。
ウルリは感激し、俺たちの距離は近づいた。
「……確かに、領内で貴方に救われたという声が、男女問わず届いております」
二人のメイドの話を聞き、お姫さんは静かに頷く。
残念なことに、男も守るべき民であることは変わらない。
生前聖騎士だった者として、見捨てるのは寝覚めが悪かった。
「――だからといって、無制限に女性と関係を結んでよい理由にはなりません!」
「ほう……それはまたどうして?」
いや、お貴族様だと跡継ぎ問題で家が割れたりもするから、男はそのあたりを慎重にすべきだという理屈はわかる。
しかし庶民の色恋は自由ではなかろうか。
「じょ、常識的に考えてください!」
「貴方の騎士は、常識に収まる男ではないということで、どうかご容赦を――」
「アル殿!」
ふぅむ……。
お姫さんはどうにも潔癖というか、まだ初心なところがある。
「ご安心ください。アストランティアサマに邪な目を向けるような不敬は働きません」
俺からすれば、十四歳はまだ小娘だし。
あと数年……彼女はもうすぐ十五歳になるようだから、もう三年は成長していただきたい。
年下は口説かない云々は、自分が三百歳越えの時点で諦めた。
「そ、そ、そんなことは心配していません! もう! ――の、呪いますよ!」
お姫さんから出た言葉に、両脇のメイドが固まる。
まるで、一瞬の恐怖を隠しきれなかったかのように。
俺は俺で、『いや、もう呪われてますよ』という返しをグッと呑み込むので精一杯だった。
俺の正体は一部の者以外には秘匿されているので、人前でうっかり口にするわけにはいかない。
だがそれをどう受け取ったのか、お姫さんの顔が青くなる。
「……あ、あ、わ、わたしったら」
「アストランティアサマ?」
「ご、ごめんなさいっ」
そう言って、逃げるように部屋から出ていってしまった。
「……どうしたんだ、急に」
俺はイルムとウルリを交互に見た。
彼女たちは、先程の自分たちの反応を悔いるように、消沈している。
「すまない、話が見えないんだが、君たちは何か知っているみたいだね。教えてくれるだろうか」
話をまとめると、つまりはこういうことらしかった。
お姫さんは『とこしえの魔女』の血縁者ということで、幼い頃から嫌われていた。
頭の悪いガキ共が彼女をいじめようとしたことがあったが、彼女はそれを撃退したい一心で『とこしえの魔女の呪いをかけますよ!』と口にした。
効果は覿面。
子供だけでなく、大人の中にもビビリ散らかす者たちが現れたようだ。
それは、彼女にとって、お守りのような言葉となった。
繰り返される内に、先程の『呪いますよ!』まで短縮されたのだろう。
俺からすれば、子供ながらに上手いことを思いついたじゃないかと感心する場面なのだが……。
成長したお姫さんは、『とこしえの魔女』による被害や、故郷や家族を失った人々の悲しみを思い、かつての自分の発言が最低であった、と深く後悔したようなのだ。
そうして、彼女はお守りを封印した。
だが過去の発言は消えず、今でも彼女にビビっている者がいるらしい。
あるいは信じてなんかいないくせに、彼女を呪いの魔女と罵る為に過去を掘り出している者もいるかもしれない。
「この屋敷で働く者は、メイド長にこの話を聞くのです」
「お嬢様に呪いは使えない。そのような噂は嘘である、との説明の為ですね」
二人のメイドがそう締めくくる。
まぁ、雇い主の娘が呪いを使えるかもと怯えながら働くのは大変だろうから、噂の真相まで含めて説明するメイド長の判断も頷ける。
そうはいっても、『とこしえの魔女』本人は呪いが使えた。
これは世界中の人間が知っているので、その血縁者が咄嗟に口にすると身構えてしまう、というわけか。
想像していたよりも繊細な問題だった。
「あぁ、わたしってばアストランティア様になんて失礼な反応を……。あの御方が、呪いなど使われるわけがないのに」
「優しいお嬢様のことですから、メイドを怖がらせてしまったと悔やんでいる筈だわ」
先程の二人の反応と、お姫さんの後悔したような顔、どちらの理由も判明。
俺が彼女を慌てさせてしまったので、封印した筈の言葉が口をついてしまったのか。
それは悪いことをしてしまった。
口癖のように馴染んだお守りの言葉は、いくら意識的に封じていようと、完全に自分の中から消してしまうことはできないのではないか。
ましてや、平常心を乱されて無意識に言葉を発してしまう時なんかは。
「魔女の呪いを恐れるのは当然の感情だ。怖くないふりをするのではなく、今きみたちが言ったように、あの方の優しさの方を信じて差し上げれば、それでいいんだ」
まずは、メイド二人の気持ちを落ち着かせてあげねば。
俺自身はピンとこないが、恐怖という感情はそう簡単に克服できぬものだという。
お姫さんの人となりを知っていても、魔女の呪いに対する恐怖を簡単に消し去ることはできないだろう。
彼女たちの先程の反応は、責められるようなものではない筈だ。
「アル様……。そう、ですね」
「次にお逢いした時に、わたし達の気持ちを伝えようと思います」
「あぁ、それがいい」
俺はベッドを降りて適当に着替えを済ませる。
この二人と更に親しくなるのも、その後にしようと思っていた朝の鍛錬も、後回しだ。
「ちょっとアストランティアサマに逢ってくるよ」
今頃どこかで大層落ち込んでいるであろう主を、捜しに行かねば。