13◇解呪の魔法と赤面お姫さん
まるで誰かの為に準備されていたかのような魔法。
そのことについて俺が尋ねると、お姫さんはこう答えた。
「元々、当家には貴方を迎え入れる計画があったのです。わたしが実行者となったのは、魔力の都合や、わたし個人の都合などが絡んでくるのですが……」
目的の部分が、あっさり判明した。
判明したが、釈然としない。
一体何故、そんな話になったのか。
――まぁいいか。
彼女はまだ全てを話していないようだが、そこに悪意は感じない。
「疑う気持ちは理解できますが、どうか信じ――」
「わかったわかった。それより、早く魔法を使ってくれないか?」
「……貴方ほど、話が早い人には逢ったことがありません」
呆気にとられたような顔をしたお姫さんだったが、すぐに複雑そうな顔になる。
まぁ、彼女は真剣に悩んでいるのに、相対する俺が気の抜けたことばかり言うのだから、気持ちは分からないでもない。
「褒め言葉と受け取っておくよ」
彼女は小さな溜息を吐いてから、話を進める。
「……発動前に、少し説明を。この魔法は、解呪と治癒という二種類の魔法を組み合わせたものです」
「……治癒ねぇ。腐り落ちた肉の鎧を『負傷』と判断して、治すってわけか」
怪我で死んだ人間を治すことはできないが、致命傷を負っても生きている死人相手ならば治癒魔法が効く? いや、そんな話は聞いたことがない。
解呪との組み合わせ、という部分が肝なのだろう。
「この魔法によって、魂に刻まれた肉体の情報を再現します。具体的には、転化直前の肉体ですね。三百年分老いることはないので、ご安心を」
それを聞いた俺は、肩甲骨を落とす。
「えー、これを機に金髪碧眼長身筋肉もりもりイケメンにして貰えるかもと期待してたのによー」
「元がそういう姿でない限り、不可能かと」
「いや、俺は元々そういう姿だった気がしてきたわ」
「申し訳ございませんが、気の持ちようという話ではありません」
「ちっ」
手に入れられるのは、黒髪黒目に中肉中背の青年ということだ。
まぁ、ないよりはあった方が嬉しいのも確か。
戦うのに不便しない骨の身だが、これでは女性とお近づきになることも出来やしない。
「また、先程アル殿自身が仰っていたように、形骸種としての能力も一部封印されます。具体的には『魔女の福音』の拡散ですね」
つまりは噛んで感染させる力のことだ。
「他の能力は封じなくていいのか? さっき人前で使うなとか言ってたが」
「はい。そのお力は、形骸種の救済に有用なものですから」
「なるほどね。俺を選んだ理由が、ちょっとずつ分かってきたよ」
本気で世界中の形骸種を殺したいと考えた時。
パートナーが強ければ頼もしいのは当然。
聖女に癒やしの魔法があるとはいっても、限度はある。
首さえ落とされなければ死なず、骨へのダメージならば自身で再生可能。
おまけに、人目さえ気をつければ形骸種の固有能力をも使用可能。
そんな騎士が手に入るのなら、多少の危険は許容範囲。
実家の魔力貯金を切り崩してでも、仲間にする価値はある。
もちろん、仲間にできるという確信がなければ、博打も同じなのだが。
お姫さんがその博打に賭けるだけの何かが、おそらくあるのだろう。
「もちろん、アル殿の剣技も頼みにしていますよ」
「あはは、そりゃどうも」
途中から戦う敵こそいなくなったが、この三百年、俺は剣の腕を磨き続けてきた。
あくまで死者の戦い方なので、人の身を得るとまた感覚が変わるだろうが、まったくの無駄ではあるまい。
「最後の確認です。本当によろしいのですね?」
「君こそいいのか? 外に出したあとで、俺は逃げるかもしれないぞ?」
「そうは思いません」
「そりゃまたどうして?」
「現状、わたしを利用するのが貴方の目的達成に近いからです」
「……納得だ」
俺の目的意識と、自分の利用価値を理解した上での考え、というわけか。
「それはよかった。では、魔石の前へ」
彼女が胸の前で祈るように両手を組み合わせ、目を閉じる。
俺も魔石の前へと進み出た。
彼女が呪文を唱えると、魔石の中で揺らめいていた光が増幅し、石の外へまで広がり、俺の身体を包み込んだ。
そして、光が晴れた時。
俺は、人間アルとしての身体を取り戻していた。
瞳で見る世界、耳で聞く世界、鼻で嗅ぐ世界、肌で触れる世界、舌で味わう世界。
それらを、俺は再び手にしたのだ。
「おぉ……! 懐かしの我が肉体! 本当に再生できるとは!」
ぺたぺたと自分の身体を触る。
びりびりと電流のようなものを全身が駆け巡るような感覚。
触覚というのは、ここまで鋭敏な感覚だったろうか。
髪もある、肌もある、そして一番大事な――男の初期武装も復活していた。
「聖女の魔法ってのはすごいんだな、お姫さん! さすがの俺も感動したぜ!」
彼女の方を見ると、綺麗な顔が石みたいに固まっていた。
「あ? どうしたんだよ、どこか変なところでもあるかい?」
百点満点とはいかないが、別段恥じるところもない肉体なのだが。
「きゃ」
「きゃ?」
「きゃあ……!」
彼女が悲鳴を上げ、両手で顔を覆い、地面にしゃがみ込んでしまう。
「一体どうしたってんだ……あ」
そこで俺は気づく。
「そうか、男の裸が照れくさい年頃だもんな。すまん、気が回らなかった」
一旦、手で隠すことに。
間抜けな姿勢なので出来るなら避けたいが、小娘相手に秘部を見せつけるなんて露出狂めいた趣味はない。
「いっ、いえっ、非はわたしにありますっ……! 衣類の準備という基本的なことを失念していたとは、なんたる不覚!」
いつまでもこうしているわけにはいかないので、何かないかと視線を巡らせる。
すると、水晶を包んでいた布が目に入った。
「……取り敢えずこれでいいか」
腰に布を巻き、一旦下半身を隠すことに成功。
「も、申し訳ございません。外に出ましたらすぐに着替えを用意いたしますので」
「いいさ、こっちこそ慣れないもんを見せちまって悪かったな」
「お、思い出させないで頂けると」
彼女の顔は火を吹きそうなほどに赤い。
「わかった、もう言わない」
「お願いします」
やや気まずい空気が流れる。
「えぇと、じゃあ、あとは外に出るだけか」
こういう時は話題を変えるしかない。
「はい。あ、いえ、その前に、もう一つだけ」
「なんだ?」
彼女が自分の手を、俺に向かって差し出した。
手の甲が上を向いている。
「? あー、なんか、敬愛を込めて手の甲に口づけすんだっけ? 今やれってことか?」
「ち、違いますっ」
再び赤面した彼女だったが、今度は咳払いで落ち着きを取り戻す。
「こほんっ……。貴方には、わたしを噛んでいただきたいのです」
「……なるほどね。大した覚悟だ」
「貴方を外に出す以上、安全性の確認は必須です。わたしの都合なのですから、責任はわたしが負うべきでしょう」
『魔女の福音』、その感染能力が本当に封じられているか確かめようというのだ。
彼女は己の扱う魔法の効力を把握していると言っていたから、魔法が成功したのなら無事に感染能力も封じられている筈。
とはいえ、何事にも絶対はない。
少女をゾンビに変えてしまうかもしれないと思うと躊躇いが生まれるが、そもそも確認しないことには外に出られない。
彼女と俺、両方の覚悟が問われていた。
主の覚悟が済んでいるというのに、騎士が迷うなど情けない。
俺は差し出された彼女の白魚の手をそっと掴み、自分の口を近づける。
彼女の顔に緊張が走る中、その人差し指を、そっと噛んだ。
「っ」
「悪い、痛かったよな」
「いいえ……。その、念の為、しばらく様子を見ますが、よろしいですか?」
「構わねぇよ」
時間が経っても彼女は無事だった。
俺の感染能力は確かに封じられているのだ。
これで安心して外に出られる。
そして、安心して外の女性と親しくなれる。
◇
――とまぁ、そんな感じで俺は生身の身体を取り戻したのだ。
そして、彼女の暮らす屋敷で世話になることになり。
三百年後の世界の知識を学んだり、生身の肉体の動かし方を鍛え直したり、女性を口説いたりして、三ヶ月が経過。
屋敷のメイド達の多くと、非常に親しくなった。
イルムとウルリの二人と更に仲良くなるべく、朝から励もうとしたところで――。
「アル殿。今日は付き合っていただきたい場所があるの……で……す、が」
寝室に繋がる扉が開かれ、白銀の髪に青の双眼を備えた美少女が入ってくる。
お姫さんこと、アストランティアサマだ。
可愛さと美しさを兼ね備え、更に巨乳という将来が有望な少女ではあるのだが、俺の個人的な感覚により対象外。
具体的には、せめてあと二、三年はすくすくと育ってもらいたい。
あどけなさが抜け、少女から女性への変化を遂げてからでないとな。
まぁ、仮にもご主人サマにこんなこと言うのは不敬だろうから、心にしまっておくが。
「おはようございます、アストランティアサマ。いい朝ですな」
「アストランティア様!?」「お、お嬢様っ」
今更だが、イルムとウルリはこの屋敷で働くメイドだ。
ベッドの上や床には、彼女たちの下着と共にメイド服も落ちている。
彼女たちの手前、お姫さんに普段より丁寧な言葉遣いをしている俺であった。
我ながら偉いなぁ、空気読めて。
しかしお姫さんの顔は険しい。
険しかったが、すぐに紅潮していく。
「あ、あ、あ、貴方という人は!」