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6話~過去~

『今日の絢様は一段とお美しい。どんな花も絢様の美しさには敵いません。所詮、引立て役に過ぎませんね』


 わざとらしく大きなため息をつくと、私は声の主を睨み付けた。声の主である彼は、花瓶に活けられた花と私を交互に見て微笑んだ。


『だーかーらー、そういう歯の浮くような台詞はやめてって言ったでしょう。そろそろ歯が浮くどころか抜け落ちてしまいそう』


 アランと出会ってから二年。アランは相変わらず飽きもせず、私に耳をふさぎたくなるような台詞を唱えていた。最初は顔を真っ赤にして反応していたけれど、二年もすれば対応の仕方が分かってくる。


『残念です』


 ため息交じりにアランはそう呟いた。


『何が?』


『頬を赤らめて必死に否定する絢様の御姿を見る為に、私は様々な台詞を考えていたのですが…。これももう潮時ですね』


『待って……それってどういう意味?』


『そのままの意味ですよ』


 どうやら、私は謀られていたようだ。


『つまり私の反応が面白いから、わざと歯の浮くような台詞を言ってたの!?』


『どうでしょう』


 この男、神の遣いのような神々しい姿をしていながら腹の中はまっ黒である。

 

 アランは計算高い男だった。礼儀正しく忠実な態度を突き通すが、口がうまいので、気が付けば彼の口車に乗せられていた、ということはよくあることだった。


 今日はそのほんの一例である。


『ア……アランの意地悪!極悪漢!非人道主義者!!』


 思いつく限りの汚い言葉でアランを罵倒する。しかし、彼は全くと言って気にしていないようだ。気にするどころか、余裕そうな笑みを浮かべている。


『申し訳ありません。絢様が可愛らしくて、つい』


 くす、と笑い声をこぼすアラン。彼の一言で、私の頬が一気に紅潮した。


 気が付くと、いつもアランは傍にいた。神殿直属騎士団の長、という肩書を持つという彼は、いつ騎士の仕事をしているのだろう、と私は疑問を抱いていた。彼は暇なのだろうか。それとも長の仕事というのは、神の愛娘の子守なのだろうか。


 その疑問の答えを教えてくれたのは、神殿直属騎士団の副長を名乗る男レオニード・グランセルだった。


 どうしても抜けることの出来ない任務があるというアランの代わりに、私の護衛を任されたという。不意に背後から名前を呼ばれ、アランだと思い笑顔で振り返ると、この男が傍に立っていた時は思わずたじろいだ。


『クロイド様は長としてのお仕事も全うされておられます。決して暇などではございません』


『でも……朝から晩まで私と一緒にいますよ…?』


『空き時間を有効活用なさっているのですよ。クロイド様は器用な方ですから』


 確かにアレンは器用な男だ。知識は豊富だし、剣術や武術にも長けている。さらに、神殿の人間をまとめる統率力もある。羨ましいくらい器用だ。


『クロイド様は神殿直属騎士団の長であると同時に、王宮騎士団の幹部もなさっています』


『さらに私の護衛となると……』


『ええ、暇どころか多忙過ぎて倒れてもいいくらいですね。ひと一人が担うような仕事量ではありません』


『わ、わーお……』


 ブラック企業の社員もびっくりのレベルだ。彼は暇人どころか、超多忙人だったのだ。


『クロイド様は勤勉なお方です。神殿騎士団の長を休まれることなく勤め上げ、名ばかりと言われている王宮騎士団の幹部のお仕事も決して手を抜きません』


『名ばかり?それは、どういう意味なんですか?』


 レオニード・グランセルは困ったように笑うと、私の質問に分かりやすく答えてくれた。

 

 神殿の外を知らない私にとって、彼の話には驚かされてばかりだった。アランは思っていた以上に偉い人間だったらしい。彼は、幼い頃から英才教育を受けてきたエリートだったのだ。彼の高貴な立ち振る舞いの所以は、幼い頃からの環境にあったようだ。


 古くから、王宮と神殿の二つの勢力は緊張状態にあったそうだ。実際は王宮の方が立場は上だが、王宮は神殿の力を無碍には出来ず、二つの勢力はにらみ合いの状態にあったという。


 この二つの勢力をつなぐために推薦されたのが、クロイド家だった。クロイド家は、二つの勢力を平衡に保つため、古くから尽力してきたのだという。そして、アランもクロイド家の人間として王宮と神殿の平衡を保つよう命じられたのだ。


 本来、彼の仕事は神殿騎士団の長であったが、王宮との仲も断ち切れないという理由で、王宮騎士団の幹部に選任された。結果、彼は二足の草鞋を履くこととなった。


 選任されたばかりの頃は、神殿側の密偵ではないかと王宮側の人々に疑念を抱かれていたそうだ。しかし、彼はそんな疑念を気にせず、幹部としての仕事も見事に両立してみせた。王宮騎士団の幹部として、多く貢献したのである。彼の真摯な態度に、やがて人々は疑念を抱くことをやめた。


『いまやクロイド様は、人々から英雄と呼ばれています』


 遠い目をしながら、レオニード・グランセルは語った。


『英雄…?アランは氷の伯爵と呼ばれていると聞きましたが…』


『いえ、クロイド様は英雄です。クロイド様をそう呼んでいるのは、頭の足りない大衆ばかりです』


 レオニード・グランセルは、眉を潜めた。どうやら、アランが氷の伯爵を呼ばれていることが気に食わないようだ。確かに、センスない二つ名だと思うけれど。


 そうか、私は英雄と呼ばれる男を護衛としてつけていたのか。


『この世界では、何歳になると大人なの?』


 アランと二人きりになった時、私はふと尋ねた。


『二十になった時、成人の儀を受けることが認められます。絢様はあと一年ですね』


 この世界の成人は、日本と同じ年齢で成人として認められるらしい。


『あと一年…。長いなー…』


『そう焦らずとも、一年など早いものです。それとも、早く成人にならなければならない理由でもおありなのですか?』


『大人になったら、責任感のある落ち着いた人間になれるかなと思って』


『成人の儀を受けた途端に、ですか?』


『成人になった途端、大人の自覚ができるかもしれない』


『個人差があるでしょう』


 アランの言葉に、私はぐっと詰まった。


『でも、やっぱり早く大人になりたい。責任感のある落ち着いた人間になりたい。子供っぽいのは嫌だよ』


『どうして焦っておられるのですか?そういうことは時間が解決してくれるものです』


『だって……英雄って呼ばれている人に護衛されてるんだから、それに似合った護衛対象になならないと…』


『レオニードが余計なことを言ったようですね』


 アランの表情が曇った。どうやら、私は余計なことを言ってしまったようだ。


『私が強引に迫ったの!教えて欲しいって。だから、あの人は悪くないよ。私のせいでアランが笑われて欲しくない。だから、早く大人になりたいと思ったの』


『笑われませんよ。絢様は立派なお方です。神の愛娘という難しい役目を立派に果たされておられる。貴女の騎士になれたことを、私は誇りに思っているのです。今のままの絢様でいいのです』


 アランは椅子に座っていた私の元に歩み寄ると、私の視線に合わせる為に膝をついた。宝石のような青い瞳が私の姿を捉える。


『私はそんな絢様だからこそ、お守りしたいと思ったのですから』


 恥ずかしい言葉をさらりと言ってしまうアラン。でもアランが言うと様になる上に、信用性がある。


 今のままでいい。その言葉に私は救われた。

 

 別に大人になれずとも、アランは私という人間を受け入れてくれている。頼もしい腕で、アランは私を守ってくれる。

 

 神殿の外のアランは一体どんな人なのだろう。私と一緒にいる時のアランと、氷の伯爵と呼ばれているアランは、どちらが本当のアランなのだろう。


 アランの笑顔を見つめながら、私は思った。


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