28話
私はどうしても事件の全容を自分の目で確かめたかった。アランは自分たちだけで片付けるので、私には安心して休んでいて欲しいと言ったが、そうはいかない。事件に関わった人間として、自分の目と耳で真実を知るべきだと思った。
アラン、ルイさん、そして神殿騎士団の騎士たちと共に辿り着いたのは、城下町の一画にある石造の家だった。城下町は建物が所せましと並んでいるので、建物の多くは縦長いものばかりだった。私たちが訪れた家も例外ではなく、他の家々に馴染むように縦長い家だった。
「ここは…?」
「とある官吏の自宅です」
私の問いかけに答えると、アランは家の扉に掛かっている鐘を鳴らした。私の隣では、ルイさんが怪訝な顔をしてアランの背中を見つめている。
「あ、あの……一体何事でしょう?」
扉の先から現れたのは、メイド服を着た若い女性であった。恐らくこの家の使用人だろう。重苦しい雰囲気を漂わせている騎士たちを目の前にして、萎縮しているようだ。目が泳いでいる。
「主人はどこだ?」
女性の様子を気にも留めず、アランは強い口調で尋ねた。
「自室にいらっしゃいます」
女性の言葉を聞くと、アランは女性の傍を通り過ぎ、家の中へと押し入って行った。その後を続くように、神殿騎士団の騎士たちも家の中へと入っていく。
「お、お待ちください…!」
女性は慌てて騎士たちを制止しようとするが、その手は空を切るだけで、騎士たちの身体に触れることすら出来ていない。
私とルイさんも騎士たちに便乗するように家の中へと足を踏み入れた。
騎士たちが向かったのは、家の二階にある一室であった。神殿騎士団の騎士たちは部屋の外で待機し、アランだけが部屋の中へと入った。私とルイさんもアランの後を追って、その部屋の中へと立ち入った。
部屋の中には、アランと見覚えのある女性の後ろ姿があった。女性は本棚から本を取っている途中だったようだ。手に持っていた本を本棚に戻すと、こちらを振り返った。
「貴方がここにいらっしゃったということは、どうやらグランセルが失敗したようですね」
淡々とした口調。この声、聞き覚えがある。
「嘘……どうして…?」
振り返った女性の顔を見て、私は愕然とした。そこに立っていたのは、あの夜、命を落としたはずのセリーヌだった。
「絢様はおっしゃいましたよね。私がセリーヌを殺した、と。彼女は生きていますよ。王宮を支える官吏として」
セリーヌを睨みながら、アランはそう言った。
「あの時、確かにセリーヌは……」
確かに、セリーヌは刺客によって殺されたのだ。腹部を刺され、地面に倒れこんだ。そして、そのまま……
「ええ、死にました。もっとも、死んだように見せ掛けただけですが」
見せ掛けた……?あれが全て演技だったというの?
確かに、私はその夢をセリーヌの口から聞いた。そして、私は心の底からその夢を素晴らしいと思った。
「それは、貴女が自分の手で王国を支えていきたいという意味だと思ったからだよ」
まさか私を世界の脅威だと思っているとは、微塵も思わなかった。セリーヌは私の言葉を聞くと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「はい。だから、私の手で国の脅威である貴女を殺害しようと思ったのです」
セリーヌの言葉に、アランの眉がピクリと動く。私の傍にいるルイさんは、息を呑んだ。
………狂ってる。
目の前のセリーヌは、共に神殿で過ごしたセリーヌと同一人物なんだろうか。あの時のセリーヌは優しくて、理知的で、人の死を願うような人ではなかった。
……私が知らなかっただけ?私がセリーヌの本質を見抜けなかっただけ?
「そんなの、おかしい。私はそんな夢を応援したいと思ったわけじゃない…!」
私は声を荒げながらセリーヌに詰め寄り、胸元を掴んでしがみついた。
今、私に言ったことを全てを撤回して欲しい。冗談ですよ、と以前のように笑い飛ばして欲しい。嘘だって言ってよ……セリーヌ……!
「本当に不憫でなりません。貴女のようなか弱い無知な娘に、強大な力を与えた神が悪いのです。貴女は決して悪くありません。共に神を恨みましょう」
抑揚のない淡々とした声。気が付くと、私は手を振り上げ、セリーヌの頬を叩いていた。
パシン、という乾いた音が部屋に響き渡る。
「ふざけないで!何が神を恨む…!?私はそこまで落ちぶれていない…!!私は決して脅威になんてならない!その考えは今も昔も変わらない!!」
「絢様……」
まるで我儘な子供を憐れむような顔をして、セリーヌは私を見る。
セリーヌが私にしようとしたことは決して許されないし、許したくない。きっと何を言っても、セリーヌの考えは変わらないのだろう。でも、それでも私は……
「生きて、とセリーヌが私に言ったことを覚えてる?私はあの言葉を思い出して、生きなきゃと思ったの。貴女の言葉のお陰で、私はこの一年半を生きてこられたんだよ……」
あの言葉が無ければ、あの夜、私は生き残ろうとは思わなかった。意地でも生きようとは思わなかった。ただ自分の運命を嘆きながら、生涯を終えていたかもしれない。
例えセリーヌにとってあの言葉に意味がなかったとしても、私には大きな意味をもたらしてくれた。あの言葉が私を救ってくれたことは、嘘偽りない真実だ。
セリーヌは目を丸くして私を見つめると、やがて諦めたように力なく微笑んだ。
「皮肉ですね。何となく叫んだ言葉が、貴女の生きる理由になっていただなんて………」
「私にとって、セリーヌは心の支えだった…。この世界で、唯一同性で私と仲良くしてくれたから……。時には、お姉ちゃんのように思ってたんだよ…」
嘘の関係だったかもしれない。それでも、彼女に救われたことは嘘ではない。
「早く私を連れて行きなさい。もう十分です」
セリーヌが騎士たちに向かって言い放つ。
騎士たちは部屋の中へと足を踏み入れると、セリーヌの両側に立った。セリーヌは軽く私に向かって会釈をすると、騎士たちと共に部屋の外へと去って行った。
「セリーヌ……」
彼女の背中を見送りながら、私は小声で呟いた。
「絢様、私は事後処理へ行ってまいります。私が傍を離れる間、彼を頼って下さい」
立ち尽くしていた私に、アランが声を掛けてきた。その指をさす先には、ルイさんが立っている。
「頼んだ」
「はい」
アランとルイさんが短い言葉を交わす。そして、アランは部屋を調べている神殿騎士団の騎士たちの元へと去り、ルイさんは私の傍へと歩み寄って来た。
「屋敷に戻ろう」
ルイさんが私に向かって手を差し出す。私は小さく頷くと、その手を取った。
私とルイさんは、屋敷へと戻った。彼に案内されたのは、私が使わせてもらっていた部屋。私の荷物は既に運び出され、私が使う以前の状態に戻っていた。生活感を失った部屋は、どこか物悲しく見える。
部屋に入ると、ルイさんは私にソファへ座るように促した。私がソファに腰を下ろすと、ルイさんは窓際に立ち、壁に寄りかかった。
「ルイさん……。色々とご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
ルイさんの方へと身体を向き直して、頭を下げる。ルイさんには、たくさんの迷惑をかけた。頭を下げても下げ足りないくらいに。
私が部屋から逃げ出した日、ルイさんは抜け殻になった部屋を見てきっと驚いただろう。私は彼に監視されているものだと思っていたから、とにかく逃げ出すことしか考えていなかった。
まさかルイさんが、私の命を狙っている人間から私を守る為に警護してくれているとは思わなかったのだ。
レオニード・グランセルの言っていたことは一理あるかもしれない。私は自分のことしか考えていなかった。もっと冷静に行動をするべきだった。あの時、ルイさんが助けに来てくれなかったら……考えるだけでゾッとする。
「これで全部終わったな」
「え?」
顔を上げると、ルイさんと目が合った。すると、ルイさんが少年のように無邪気に微笑んだ。
「お前が命を狙われる心配はなくなった。本当の名前を名乗って、安心して生活を送ることが出来る」
「そうですね…。でも……」
「まさか、あの辺境村に戻りたいなんて言い出すつもりか?」
辺境村じゃなくて、アカイ村という名前なのに。まだ覚えていてくれないんだ、と唇を尖らせる。
今頃、アカイ村の人たちはどうしているのだろう。すぐに戻る、と言い残して帰って来ない私を心配しているかもしれない。彼らに私の無事を伝える必要がある。それと、本当のことを話さなければ。
「村の人たちには、感謝してもしきれないくらいです。だから、せめて恩を返したいんです。それと、王都のお土産を渡さないと……。頼まれていたし……」
「まだ諦めてなかったのか」
「約束ですから」
しかし、どうやってお土産を渡そうか。きっと神殿の人たちは、私が村に戻ることを許さないだろう。たとえ戻れずとも、感謝の気持ちは伝えたいし、お土産を渡すという約束は果たしたい。
腕を組んで真剣に悩んでいると、ルイさんが堰を切ったように笑いだした。
「今でもお前が、神の愛娘だなんて信じられない。神の愛娘は、もっと高貴な娘かと思っていた。それがまさか、こんなに世俗的な娘だったとはな」
「随分とはっきり言うんですね」
みんな神の愛娘に夢を持ち過ぎなんだよ、と思ったが、私だけが例外なのかもしれないと開こうとした口を堅く結んだ。昔の神の愛娘たちは、高貴で美しい存在だったのだろうか。
機会があれば、神の愛娘に関する伝承に目を通してみたい。
ルイさんはじっと私を見つめると、口元に微かな笑みを浮かべた。
「これが夢だったらと思う俺は、本当に諦めが悪いな」
「ルイさん…?」
ルイさんの言葉に、首を傾げる。
ルイさんは無音の溜息をつくと、神妙な顔つきになった。
「アヤ、クロイド騎士長の元に戻れ」
まるで、重病を患っていることを告白するような重たい声で、ルイさんはそう言った。
時間が止まったような不思議な感覚。ルイさんの言葉が自分に向けられていることにやっと気が付くと、私は慌ててソファから立ち上がった。
「わ、私は………!」
「まさか、まだクロイド騎士長を疑っているのか?あの人も被害者だ」
「それは分かってます!」
「分かってるなら戻れ。クロイド騎士長もそれを望んでいる」
「私は………」
言葉が、続きが、言えない。
ルイさんは自嘲するように笑うと、私の元へと歩み寄って来た。そして、私の肩にそっと手を置いた。
「俺のことは気にしなくていい。これでも俺は結構モテるんだ。縁談なんていくらでも来るし、女性に困ることはない。でも、クロイド騎士長は違う。あの人には、お前しかいない。お前を必要としているんだ」
言いたい言葉があるはずなのに、言葉を紡ぐことが出来ない。
「お迎えがいらっしゃっています」
振り返ると、扉の傍にファニーさんが立っていた。遠慮がちにこちらの様子を窺っている。
「……早いな。どうやら、クロイド騎士長は心配症らしい」
「ルイさん…」
ルイさんが私の肩から手を離す。そして、扉の方に向かうよう私を促した。
「お前と過ごした時間を、俺は決して忘れない。ありがとう、アヤ。短い時間でも、俺は幸せだった」
私も、幸せだった。ルイさんと過ごした記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
「ルイさん、今までありがとうございました」
ルイさんに向かって、深々と頭を下げた。初めて出逢った頃の関係にはもう戻れない。それでも、あの頃の記憶は私の中に刻まれている。
「アヤさん、お迎えが待ってるよ」
ファニーさんの背後から、フィレンツォさんが顔を出す。
「元気で、アヤ」
ルイさんに向かって軽く会釈をすると、私は部屋を後にした。




