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27話



「そういうことだったのか」


 声がした方へと目を向けると、黒い軍服を身に纏った男が立っていた。


 切れ長の目に、力強さを思わせる濃い眉、そして敢然たる立ち姿。その姿が視界に入った途端、一筋の涙が頬を伝っていった。


「ルイさん……」


 王国騎士団の軍服を身に纏ったルイさんが、こちらを見据えていた。


「王宮騎士…?何故、ここに…?」


 頭を抱えるアランの足元には、割れた植木鉢の破片が散らばっている。どうやら、ルイさんがアランの後頭部に向かって植木鉢を投げつけたらしい。


 アランは痛みをこらえるように唇を噛みしめながら、ルイさんを睨み付けていた。その目は真っ赤に血走り、わずかに瞳が揺らいでいる。


「アヤ、お前にはその男がクロイド騎士長に見えるのか?」


「え…?」


 私はルイさんの言葉に茫然とした。


 一体ルイさんは何を言っているのだろう。私の目の前に立っているのは、どこからどう見てもアランだ。いくら薄暗い路地裏でも、その人物が誰なのかくらいの判別は出来る。


「ということは、おそらくこの近くに……」


 私の返事を待たずに、ルイさんは辺りを見回し始めた。どうやら、何かを探しているようだ。


「神官なら、既に捕えた」


 路地裏の角から現れた人物に、私は目を見張った。そこには、絶対にいるはずのない人物が立っていた。


「アラン…!?どうして…?」


 角から現れたのは、紛れもなくアランだった。白い服を身に纏う見知らぬ男の腕を掴みながら、アランはこちらを見つめていた。アランに掴まれている男は、項垂れたまま動かない。


 私の傍に立つ人物へと視線を移す。先ほどから私を責め立てていたのも、紛れもなくアランだった。傍に立っているアランは目を白黒させて、新たに現れたアランの方を見つめている。


 一体、目の前で何が起きているのだろう。全く理解できない。


「絢様、貴女が見ていらっしゃるのは幻覚です。この神官が神力を使って、貴女に幻覚をかけているのです」


 角から現れたアランはそう言うと、掴んでいた男を地面に放った。男の身体が地面に放り出される。


「今すぐ絢様から幻覚を解け」


 アランが地面に放り出された男に向かってそう言うと、男は苦悶の表情を浮かべながら手を翳した。男の手元に白い光が生まれる。


「う……っ」


 視界がぐらりと揺れる。バランスを崩しかけた身体を立て直し、コメカミに手を当てながら顔をゆっくりと上げた。


「貴方は……レオニード・グランセル?」


 傍に立っていたアランは、いつの間にかレオニード・グランセルの姿に変わっていた。


 レオニード・グランセルの顔は恐怖と驚愕で引き攣っており、額には冷や汗がじわりと浮かび上がっている。


「クロイド様、何故貴方がここにいらっしゃるのです。貴方は今、任務中のはずですが」


「任務中だ。絢様の護衛騎士をしている」


「謀ったのですね…。直属の部下であるこの私を…」


 全身を震わせながら、レオニード・グランセルはアランを見つめた。


「私を騙ることが出来るのは、私の行動を知り、私をよく知る人物だと考えた。そして、お前に辿り着いた。何故このようなことをした。理由を聞かせろ」


 アランは、刃のように鋭い視線でレオニード・グランセルを睨み付けている。その視線に怯えているのか、レオニード・グランセルは背中を丸めて後ずさった。


「お、王宮と神殿の均衡を図る為です…」


「理由はそれだけか?お前がそこまで国政に熱心だったとは」


 アランがこちらへ歩み寄って来る。すると、背後から腕を引っ張られた。慌てて振り返ると、ルイさんが心配そうに眉間に皺を寄せて私の様子を窺っていた。


「アヤ、大丈夫か?」


「は、はい…。何とか…」


 ルイさんに腕を引かれ、レオニード・グランセルと距離を作る。そのレオニード・グランセルの目の前に、アランは立ち止まった。


 ……初めてかもしれない。アランがここまで感情を露わにしているところを見るのは、初めてかもしれない。


 顔の表情は相も変わらず無表情だが、アランの周囲には殺気立った空気が漂っており、その視線は今にもひと一人を殺せそうなほど、鋭く冷たい。


「この娘が、クロイド様の癌になり兼ねないと思ったからです」


 レオニード・グランセルはそう言うと、諦めたように肩を落とした。


「人々の羨望と期待を一身に集め、英雄として国を率いていかなければならない貴方が、何故このような小娘にご執心なさっているんです!?」


 ……え?

 思わずレオニード・グランセルの言葉に唖然とした。


「貴方が神の愛娘の護衛騎士をするとおっしゃった時は、耳を疑いました。そのような雑用は、そこらの騎士にやらせておけばいいものを、何故英雄である貴方が小娘の子守のようなことをしなければならないのか…!!クロイド様は全ての業務を欠かすことなくこなされていた…。いつ、お身体を壊されるかと私は心配で…!しかし、この娘はクロイド様の苦労を、さも当然のごとく思っていた!それが許せなかったのです!!」


「と、当然だなんて、そんなこと思っていませんでした…!!」


 私は顔を真っ赤にして、慌てて口を挟んだ。


 アランが傍で支えてくれていたことを、当たり前だと思ったことはない。むしろ、感謝していたし、心配もしていた。


 レオニード・グランセルは私を一瞥すると、舌打ちをした。


「この娘がクロイド様の将来の弊害になりかねない。そう考えた私は、この娘を消そうと考えました。護衛対象が殺害された場合、護衛騎士は懲戒対象となりますが、貴方は陛下の任務中でした。陛下の任務に携わっていた貴方を誰も責めることは出来ないだろうと、わざとその時を狙ったのです」


「なるほど。そして、敢えて絢様に私の幻覚を見せた上で、殺害をしようと考えたのか」


 “敢えて”の部分を強調しながら、アランはそう言った。


「クロイド様の御姿を騙ることで、その娘が大人しく付いてくると考えたからです」


「私がいつ英雄と呼ばれるようになった?私が知っているのは、氷の伯爵くらいだが」


「……知っていたのか」


 アランの言葉に、ルイさんが目を丸くする。その隣に立っていた私も、驚きを隠せなかった。まさか、アラン本人が『氷の伯爵』と呼ばれていることを知っていたとは。てっきり知らないものだと思っていた。


 どうやら、アランを英雄と呼んでいたのはレオニード・グランセルだけだったようだ。それほどレオニード・グランセルはアランに心酔していた、ということだ。


「お前は私に理想を押し付け、その理想から離れようとする私を、意のままに操りたかったというわけか」


「そんな恐れ多い……!」


「そうだろう。お前は理想でなくなっていく私が許せなかった。その怒りを絢様にぶつけようとした。違うか?」


「ち、違いま…」


「私はお前の人形ではない。崇拝するための偶像でもない。私はお前の言う英雄などではない!」


 アランの剣幕に、レオニード・グランセルは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。そしてその場に崩れ落ち、項垂れたまま動かなくなってしまった。


「本当はここでお前の首を切り落としたいくらいだが、お前の処罰を下すのは私ではない。私はお前を信頼できる仲間だと思っていた。……残念だ」


 レオニード・グランセルを見下ろしながら、アランは吐き捨てるようにそう言った。そして、レオニード・グランセルの傍を通り過ぎると、私の元へと歩み寄って来た。それが合図だったのか、路地裏の影から次々と神殿騎士団の騎士たちが現れた。


 一体、いつから路地裏の影に隠れていたのだろう。彼らは手馴れた様子でレオニード・グランセルと神官を捕えると、現場の処理をし始めた。


 アランが私の前に跪き、胸元に手を当てて頭を下げる。


「絢様、ご無事ですか?」


「アラン…私……貴方を疑って……」


 私はレオニード・グランセルをアランだと信じて疑わなかった。まさか、自分が幻覚に囚われていたなどとは思いもしなかったのだ。レオニード・グランセルの仕草も口調も、アランに本当にそっくりで見分けがつかなかった。


 しかしどんなに言い訳をしようとも、私は二年半も支えてくれた人を疑ってしまったのだ。その事実は変わらないし、許されることではない。


 ルイさんの屋敷で、私はアランに酷い言動をとってしまった。アランは護衛騎士として、本当に私を心配して屋敷まで来てくれたのに。その時のアランの気持ちを考えると、罪悪感で胸を引き裂かれるような思いになった。


「どうか、ご自分を責めないで下さい。貴女が無事で本当に良かった」


 にっこりとほほ笑みながら、私を見上げるアラン。私はこの笑顔の裏をずっと疑っていた。彼は常に私を思っていてくれたのに。


「ごめんなさい…アラン……」


「絢様、落ち着いてください。主犯であるレオニードを捕えることはできましたが、まだこの件は終わっていないのです」


 アランはそう言うと立ち上がり、せわしなく動く神殿騎士団の騎士たちの方へと視線を向けた。


 ……まだ、終わってない?


「何かあるのですか?」


 ルイさんが私の心の声を代弁するように、アランに向かって尋ねる。


「レオニードには、協力者がいる」


 アランは珍しく深刻そうな顔をして、そう言い放った。



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