26話
私はどうやら監禁されたようだ。
次の日、そして次の日になっても、私は部屋の中にいるよう指示された。身体を洗う時や、お手洗いの場合は、部屋の外へ出ることを許されたが、それ以外は全て部屋で済ませるようルイさんから告げられた。
仮面舞踏会の日から五日が経った頃だろうか。星空が広がる夜空を窓越しに見つめながら、私は深い溜息をついた。
「このまま……どうなるんだろう……」
アランは一向に私を回収に来ない。それどころか、ルイさんも極力私との接触を避けているように感じる。まあ、罪人に近い存在である私と言葉を交わす必要はないだろう。
何も分からない上に、何も物事が進まない。最初はしょうがないと諦めていたが、五日も経つと自分の状況くらいは知りたくなってくる。
部屋の扉がノックされ、ファニーさんが扉の向こうから顔を出した。部屋の中央に設置されているテーブルを一瞥し、顔をしかめている。
「お食事……とられていないようですね」
「すみません…。食欲がなくて…」
テーブルには、一切手をつけていない食事が並べられている。
食欲がないわけではないが、食べる気分になれなかった。ずっと部屋に閉じ込められていることに対する軽い抵抗のようなものだ。
本当に私はこのままでいいのだろうか。私はこのまま死刑囚のように死を宣告される日を怯えながら暮らすのだろうか。
……嫌だ。
何故、大人しく死ななければならないの?私は、死を願われるようなことをしてしまったのだろうか。
『絢様……逃げて下さい…必ず生きて……!』
不意に脳裏を掠めたのは、セリーヌの声。
あの夜、私は誓ったはずだ。利用されるだけ利用されて死ぬなんて絶対に嫌だ。生きて、生きて生きて、例え無様でも、情けなくても、この先の未来が闇に閉ざされていても、私は絶対に生きる。……そう誓ったはずだ。
どうしてここで死の時を待っているのだろう。あの日の私は、今の状況を望んでいないはずだ。もちろん、今の私も。
「何か、必要なものはありますか?」
テーブルの上を片付けていたファニーさんに声を掛けられ、我に返った。
必要なもの………ふと自分の姿を確認する。
「新しい服を用意していただけないでしょうか。体調が悪いのか、どうも身体が重くて…。動きやすい軽装なものを持ってきていただけると嬉しいのですが……。それと、別室にある私の荷物を運んできてもらえないでしょうか。荷物の中に常備薬が入っているんです」
「畏まりました。すぐにお持ちしますね」
ファニーさんはにっこりとほほ笑むと、扉の方へと歩を進めた。
「あの、ルイさんはどうされていますか?」
扉のノブを握ろうとしているファニーさんの背中に、慌てて声を掛ける。
「ルイ様なら廊下にいらっしゃいますよ。お呼びしましょうか?」
「いえ、結構です…!」
「そうですか。それでは頼まれたものを用意してきますので、少々お待ちくださいね」
ファニーさんはそう言うと、扉の先へと消えていった。
ルイさんは一体廊下で何をしているのだろう。私がおかしな行動をしないか監視しているのだろうか。
少しでも派手な音を立てれば、不審に思ったルイさんが部屋に入ってくるかもしれない。事を成すなら、慎重に行う必要がありそうだ。
ファニーさんは、すぐに服と荷物を用意してくれた。廊下にいるというルイさんは、ファニーさんの行動を不審に思わなかったようだ。廊下は静まっている。
ファニーさんが用意してくれた服は、白いワンピースだった。生地が薄いので、確かに軽い。だが、スカートの開きが大きいので、あまり派手な動きは出来なさそうだ。
用意されたワンピースに着替えると、荷物を漁った。財布や軽い生活必需品など、適当なものを選び取っては運びやすい小袋へと移す。そして荷物を入れた小袋を手に持つと、窓の方へと向かった。
音が出ないように窓を開き、下を覗きこむ。部屋は二階なので、地面にまでは結構な距離がある。
ごくり、と喉を鳴らすと、瞼を強く閉じたまま外へと身を投げた。
瞬時に手元から白い光が発せられ、私の身体がふわりと浮かび上がった。そして、私の身体は何の衝撃もなく、地面へと降り立った。
「……やっぱり、神力が使えるようになってる」
一年半前から使えないと思っていた神力。仮面舞踏会の会場から逃げた時、私は無意識に神力を使ってしまった。それがキッカケとなったのだろうか。今では、いとも簡単に神力を使うことが出来る。
「ごめんなさい……ルイさん」
先ほどまで監禁されていた部屋の窓を見上げてそう告げると、私は夜の闇に向かって走り出した。
頭に残された僅かな記憶を頼りに、夜の城下町を走り抜ける。目指すのは、城下町を取り囲む外壁にある門だ。門さえ通ることが出来れば、私はこの城下町を離れることが出来る。
「もうアカイ村には戻れない…。また逃亡生活だね……」
それでもいい。生き残ることが出来るのなら。
あの夜の日と同じ……また最初から、だ。もう一度、自分を受け入れてくれる場所を探そう。
「お嬢さん、お嬢さん」
不意に背後から声を掛けられ、振り返ると一人の中年男性が立っていた。随分と長く洗濯をしてないのだろう。羽織っているマントは泥にまみれており、鼻にツンとくる異臭を放っている。
私と目が合った途端、男はニタアッと気味の悪い笑みを浮かべた。背筋が凍り付き、すかさず男と距離を作る。
「こんな夜更けに、一人で散歩かい?」
「違います」
「綺麗な恰好をしているね。どこかの貴族の娘かい?」
「とんでもありません。仕事を求めて王都へ来た田舎娘です」
男はのそのそと私の元へと歩み寄ると、私の顔を覗きこんできた。男の口臭が顔にかかり、私は思わず眉を潜めた。
「……お嬢さん、綺麗な顔をしているね」
男の笑みがさらに深いものへと変わっていく。
……まずい。全身が、逃げろ、と叫んでいる。この男は危険だ。
「もうよろしいでしょうか。急いでおりますので」
踵と返すと、男がいる方とは逆の方へと歩き出した。一刻も早くこの場を離れようと、歩調を速める。しかし、男は私の傍を離れようとはせず、私の歩調に合わせて歩き始めた。
「さっき仕事を探していると言っていたね。いい仕事があるんだ。お嬢さんにぴったりだよ」
「申し訳ありませんが、お断りさせて戴きます。それでは」
「もう少し話を聞いてよ」
男が私の腕に手を伸ばそうとしてきた。ハッと身体をねじらせて避けようとしたが、運悪くここは路地裏の狭い道だった為、背後にはすぐ壁があり、上手く身動きが取れない。
……驚かせる程度なら。
私は男に向かって手を翳すと、その手に力を込めた。
手が光を放つ………前に、突然男が前のめりになり、そのまま地面に倒れてしまった。
「え………」
どういうこと?私は、まだ何もしていないのに……。
戸惑いつつ倒れた男を凝視すると、その背中にナイフが突き刺さっていることに気が付いた。男を中心にして、血だまりが広がっていく。男は小刻みに痙攣をすると、やがて動かなくなった。
「いけませんね、絢様。今、神力を使おうとしましたね。またその力で人を殺める気ですか?」
路地裏の奥の方から声がして、私はそちらへと視線を向けた。見覚えのある顔が月明かりに照らされて鮮明になっていく。ブロンドの髪を夜風に靡かせながら、彼は立っていた。
「アラン……」
彼の名前を呼ぶ。すると応えるように、アランはゆっくりとこちらに向かって歩み寄って来た。
すかさず逃げ出そうとしたが、足が恐怖のせいですくんでしまっており、棒のように固まって動かない。私はただただ唇を震わせながら、アランを眺めていた。
「貴女の力は世界を揺るがす強大な力。たった一人の人間に、その力を使おうとするとは本当に恐ろしい」
「殺すつもりなんてない…。私はただ逃げようと……」
「たとえその気がなくとも、貴女にはそれを可能にする力がある。そんな貴女を周囲が放っておくと思いますか?」
「う……」
鉛のように重くなってしまった足をどうにか動かしながら、ゆっくりと後ずさる。しかし、アランはすぐに後ずさった分も詰め寄って来た。
ふと背後を振り返ると、そこは壁だった。もう後ずさることは出来ない。
アランはフッと口元に微笑を浮かべると、壁に手をつき、私を見下ろした。アランと私の距離は、吐息がかかる程までに近づく。
「まさか、まだ生きていたとは。あの時、死んだものだと思っていましたよ。貴女が舞踏会の会場に現れた時は、本当に驚かされました。その髪も瞳の色も、神力を使って変化させたのですか?」
アランはそう言うと、私の髪を掴み上げた。頭皮を引っ張られる痛みに耐えられず、私は短い悲鳴を上げた。
「痛っ…!」
「ご自慢の黒髪を捨て、姿を変えてまで、貴女は生きたかったのですね。執念深い人だ」
「あの日、絶対に生きるって…決めたから……!」
痛みに顔をしかめ、息も絶え絶えになりながら声を張り上げた。執念深いと罵られたって構わない。私は、生きたい。
「貴女は自分のことしか考えていないのですか?貴女は生きていてはいけないのです。貴女が生きていることで、多くの人々が貴女という脅威に怯える。貴女だって、そんなことは望んでいないでしょう」
「望んでない…でも……うっ……!」
アランがさらに髪を引っ張る力を強める。ぶちっと切れる音が聞こえてきた。何本か髪が抜けてしまったようだ。
「神力は使わせませんよ。叫んでも無駄です。ここは人通りの少ない路地裏ですから。その道を選んだのは貴女でしょう」
ああ……もっと道を選んでおけば良かった。
人目に入らない道を、と思ったのが裏目に出てしまったらしい。まさか一番避けたかった人物と鉢合わせするなんて、夢にも思わなかった。
「今度こそ、貴女には消えてもらう。この私の手で…!」
アランの手元で銀色のナイフが光る。先ほど、男の背中に刺さっていたナイフと同じものだ。
ナイフの刃が首元に突き付けられる。随分と研ぎ澄まされた鋭利な刃だ。少し首を切っただけでも、ただでは済まないだろう。
……ここまでか。私は両手をだらりと力なく垂らした。
その時、アランの青い瞳が大きく見開かれた。ガン、という重たい音が路地裏に響く。
「……誰だ!?」
アランは私から手を離して、自分の頭に手を当てると、後ろを振り返った。




