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25話


 夢を見た。この世界に来たばかりの夢。


 神官たちが私を中心に円陣を組んでいて、物珍しそうに私を眺めていた。彼らは私を『神の愛娘』だと呼び、賞賛し、崇めた。皆、私を必要としてくれている。私を求めてくれている。


 ………違う。


 私は、誰にも求められていない。求められているのは『神の愛娘』という存在だけ。その存在が不要になれば、私という存在も不要になる。


『あや』


 誰だろう、私を呼んでいるのは……。振り返ると、視界が揺れ、世界が光に満ちた。


「ん………ルイ…さん……?」


 重い瞼を開き、身体を起こすと、ルイさんが部屋の扉に寄りかかってこちらを見つめていた。気分が悪いのだろうか。ルイさんの顔色が少し青白い。


「目が覚めたのか?」


 ルイさんの問いかけに、コクリと小さく頷く。すると、ぼんやりとしていた頭が次第にはっきりとしてきた。思い出したように、身体が震え始める。


「私…倒れて……!あの人……アランは……アランはどこに…?」


「栄誉騎士長なら帰った」


 ……え?

 

 恐る恐るルイさんの方へと視線を向けると、ルイさんが真面目な硬い表情をしてこちらに歩み寄って来た。そして、ソファに座っている私の目線に合わせるようにして屈んだ。ルイさんの手が私の肩へと伸び、そっと撫でる。まるで、子供をあやすように。


 その手を振り払うように、私は頭を横に振った。ここで大人しくあやされている場合ではない。


「帰った…?どうしてですか?あの人は私の命を狙っています!私を逃がすわけがありません!」


「お前、神の愛娘だったんだな」


 ハッと息を呑む。ルイさんからその言葉が出てくるとは思わなかった。


「アランから聞いたんですね……!彼から何を聞いたんです?」


「詳しくは何も聞いていない。ただ、自分は神の愛娘の護衛騎士だと言っていた」


 唇を強く噛みしめる。ルイさんは何も聞いていないというが、何も聞いていないわけがない。こんな不審な私を、何も聞かずに自宅へ置いておくわけがない。


 私が神の愛娘だと知った以上、ルイさんの私を見る目は変わっただろう。しかも、私が国から追われている人間であるということも知れば………。


 私はただ普通に生きたかっただけなのに…。どうして、それさえも許されないのか。目頭が熱くなってくる。唇をさらに強く噛みしめ、どうにか溢れそうな涙をこらえた。口内にじんわりの血の味が広がる。


 何故、アランは私を置いて行ったのだろう。


 命を奪うべき人間が目の前にいたのに、それを簡単に逃すなんて。いや、逃したとは言わないか。今は監禁状態であると言ってもおかしくない。準備が整い次第、私を回収に来るのだろうか。それとも……


 色々な疑念が込み上げて来て、水を欲するように答えを求めている。しかし、答えらしい答えは全く浮かばない。疑念ばかりが増えていく。


「一年半経っただけで、人は変わるものなんでしょうか…。彼は自分で護衛騎士をやめると言ったんです。それなのに、まだ護衛騎士を名乗るだなんて……。何か考えあっての言動なんでしょうか…?私をまた騙そうとしてるんじゃ……」


 溢れだした疑念は、いつの間にか声に出ていた。しかし、声にしたところで答えは見つからない。


「落ち着け」


 ルイさんはそう言うと、再び私の肩に手を置いた。その手をじっと見つめる。


「神の愛娘のことを、黙っていて申し訳ありませんでした…」


「自衛の為だったんだ。謝るな」


 たとえ自衛の為だったとしても、嘘をつき、騙していたことに変わりない。罪悪感のせいで胸が苦しくなる。


「以前、十七歳の頃に両親と生き別れたと言っていたな。その時、異界から来たのか?」


「……はい。それから少し経って、アランが護衛騎士として選任されたんです。それからは、ずっと神殿で生活を送っていました」


「なるほど、お前が言っていた露店の店主というのは騎士長のことだったのか」


 ルイさんは呆れたような、しかし感心しているような曖昧な笑みを浮かべてそう言った。


 ルイさんには露店の店主に解雇されて、アカイ村で暮らし始めたと話していたことを思い出した。解雇……とっさの嘘だったけれど、我ながら上手い嘘をついたものだ。


 そうだ……アランは確かに言った。あの夜、不安要素だから消えてもらう、と私に言ったのだ。


 もしアランの言っていたことが本当ならば、あの夜の出来事は何だったのか。私に死を宣告したアランは何者だったのか、という話になる。まさかアランは双子……ここまで考えて、自分の推理力の低さを自嘲した。


そんな都合のいい馬鹿な話、あるわけがない。


「彼は、どうしてあんなことを言っていたんでしょう。あの夜、私を殺そうとしたのは紛れもなく彼なのに……」


 ルイさんに向かって言いつつも、独り言のように私は呟いた。


「本当に騎士長だったのか?」


「え?」


 ルイさんから発せられた言葉に、私は目を見張った。


「お前を殺めようとしていたのは、本当に騎士長だったのか?」


 私が言葉の意味を理解できていないと思ったのだろう。今度は強めの口調でルイさんはそう言った。


「……勿論、そうです」


「見間違いの可能性は?」


 ……見間違い?


「ま、待ってください…!確かに私が彼に殺されかけたのは夜の森で、辺りは真っ暗でした。見間違いをしてもおかしくありません。でも、アランの姿は神殿内ではっきりと見ましたし、森で私を殺そうとした人物の声はアランのものでした!嘘はついていません!」


 見間違いなわけがない。この目で見たのは、確かにアランだった。二年半も傍にいた人の顔を間違えるわけがない。


「お前が嘘をついていないことは分かってる。でも、俺は騎士長がお前を殺そうとしているとは思えない」


 ルイさんは冷静に、迷いがない力強いまなざしでそう断言した。


「ど、どうして…?さっき彼に何か言われたんですか!?」


「そうじゃない。騎士長の態度を見ていてそう思った。俺自身の考えだ」


 俺自身の考え………誰にも影響されていないルイさんだけの考え。


 茫然とした。目の前の人物がルイさんの姿をした別人にすり替わったような感覚。


「お前はさっきの騎士長の言葉を、嘘だと思うか?お前を騙していると思うか?」


「アランは……表情や言動から思惑を読み取れるような人ではありません」


 あの人は普通の人の一手先を読むような人だ。


「俺も以前まではそう思ってた。でも、違った。あの人の言葉は真実だ。あの人はお前が思っている程、器用な人じゃない」


『お前には俺がいる』私にそう言ったルイさんが、遠い昔の存在のように感じる。


「そういえば、ルイさんも騎士でしたね」


 そうだ、彼もまた王国を守る騎士だった。私は国に追われる身。人々の生活を守り、国を守る騎士とは相反する存在。その二つの存在が交わるなんて、夢のようなお話だ。一瞬でも期待してしまった自分が愚かだった。


「少しの間でいいので、一人にさせてもらえませんか?色々と考えたいこともあるので…」


「それは出来ない」


「お願いします…。私を一人にさせて下さい…」


 肩に置かれていたルイさんの手を払う。ルイさんは驚いたように私を見ると、立ち上がった。


「……分かった。何かあったらすぐ呼んでくれ」


 そう言い残して、ルイさんは部屋を立ち去って行った。


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