表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

24話


 クロイド騎士長と、彼女の会話は、全て理解できるものではなかった。ただ、確実に分かったことは、クロイド騎士長と彼女が只ならぬ関係であるということ。


 緊張した雰囲気の中で交わされた会話の末、彼女は血の気が失せた顔をして気を失ってしまった。倒れかけた彼女の身体を、クロイド騎士長がすかさず支える。その行動があまりにも手馴れているように見えて、胸を強く締め付けられたような錯覚を覚えた。


「彼女をソファの上に休ませましょう」


 先ほどまで黙っていたフレッドが、クロイド騎士長に声を掛けた。


「私が運ぶ。手助けは不要だ」


 近づこうとする俺を、クロイド騎士長が手で制止した。クロイド騎士長は、彼女の身体を抱きかかえると、丁寧にソファの上に横たえた。


 茫然とその様子を見ていた俺の背中を、不意にフレッドが叩いた。フレッドの方へと視線を向けると、心配そうな顔をして「大丈夫?」と声に出さず口の動きだけで伝えてきた。


 俺は大丈夫なんだろうか。自分の状況も、気持ちも分からない。ただ、混乱していることだけは確かだ。取り敢えず、頭を縦に振っておいた。


「それで、お前たちは何を知っている」


 クロイド騎士長がこちらへと振り返る。その顔はいつもの冷淡とした顔つきだ。


「彼女は一年半前に王都を出てきたと言っていました。その後は、国の北部にある辺境の村で暮らしていたようです」


「他に知っていることがあれば、全て話せ」


 他に……俺は何を知っているのだろう。数日間、傍にいたはずなのに、俺は彼女のことを殆ど知らない。


「あとは……アヤという名前が本名であることしか知りません」


「そうか、分かった」


 クロイド騎士長は淡々とそう呟くと、彼女の方へと視線を向けた。


 クロイド騎士長は俺よりも、彼女のことをよく知っているのだろうか。胸の奥の方から痛みのようなものを感じる。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか。彼女と栄誉騎士長はどのようなご関係なんです?」


 クロイド騎士長の様子を見つめていたフレッドが尋ねた。


「彼女は『神の愛娘』だ」


 ハッと顔を上げる。


「神の愛娘…?あの異界から訪れるという…?」


 歴史を学んだ際に、何度か聞いた言葉。まさか、現代に実在するのか。しかも、それがアヤ……?


「絢様は国の繁栄の為に異界から召喚された。そして、私は絢様の護衛騎士だ」


……護衛騎士。


 神の愛娘と呼ばれる娘の傍で、娘を守るという使命を与えられた騎士。護衛騎士は神の愛娘の盾となり剣となり、その生涯を全て神の愛娘の為に捧げるという。


 生涯を捧げる……それは、つまり………。それ以上は考えたくない。


「まさか、彼女が神の愛娘なんて。どうしよう。僕、神の愛娘に色々と失礼なことをしたような気がする……。わー、罰が当たりそう」


 フレッドはそう呟きながら、困ったように頭を抱えた。


 神の愛娘……神に愛された娘、か。確かに名前からして、冒涜的なことをすれば祟られてしまいそうだ。


 彼女が神の愛娘……彼女が神に愛された娘…?信じられない。


 辺境の村で出会った彼女は聡明でしっかりとしていて、でもどこか抜けているような普通の女の子だった。それが実は高貴な存在である神の愛娘だと聞かされて、そう簡単に信じられるわけがない。


 信じたくない。


「協力感謝する。後は私に任せて欲しい」


 クロイド騎士長がソファに横たわっている彼女を抱きかかえようとする。

 

 我に返ると、騎士長の元へと歩み寄り、膝をついた。そして、頭を下げる。


「待ってください…!彼女の精神状態を考えると、栄誉騎士長の傍に置いておくことは得策ではないかと!」


「ルイ…!」


 フレッドが俺を制止しようとしたが、その手を振り払った。


 きっと今、ここで騎士長を止めなければ、俺は後悔をする。まだ彼女と話したいことがある。それまでは、ここに彼女を引き止めなければ。


「この場所は安全ではない。おそらく絢様は何者かに命を狙われている。今すぐ絢様を安全な場所にお連れする必要がある」


「安全な場所とはどこです?今、彼女を連れまわせば、彼女が生きていることを知られることになります。特に、栄誉騎士長は人々の注目を集めやすい。貴方の傍は、危険です」


「お前は絢様をここに匿っておくことが、安全だと言いたいのか?」


「はい」


 筋は一応通っているはずだ。


 彼女と騎士長が抱えている事情を、深くまでは知らない。ただ、彼女が危険な状況にあることだけは分かる。この際、上官に対する抗命であると責められようと構わない。最悪、騎士の位をはく奪されるかもしれない。しかし、今ここで主張しなければ、俺は俺を許さないだろう。


 騎士長は俺を静かに見下ろした。しばらく沈黙した後、騎士長がゆっくりと口を開いた。


「まあいい。私は調べたいことがある。その間、絢様をお前たちに任せよう」


「ありがとうございます…!」


 騎士長の胸の内は分からないが、彼女をここに留まらせることを認めてくれたようだ。相変わらずのポーカーフェイスで、騎士長は俺から彼女へと視線を移した。


「少し、絢様と二人にしてくれないか?長居はしない」


「も、勿論です。行こう、ルイ」


 フレッドはすかさず跪いていた俺の腕を掴むと、引きずるようにして部屋の扉へと連れ出した。


「絢様……ご無事で本当に良かった。夢のようです。神の御加護に感謝します」


 ほんの一瞬。


 穏やかな笑みを浮かべた騎士長の表情が見えた。錯覚かと思い、二度見をしようとしたが、彼女と騎士長の姿は扉の向こうへと消えていった。


 部屋を出ると、フレッドはその場にへたり込んでしまった。その顔は真っ青に染まっており、深い溜息をつきながら項垂れた。


「ポーカーフェイスで有名なクロイド栄誉騎士長が、あんな顔をするなんてね。僕たち、いいことあるかもよ。ほら、騎士長の微笑みを見た人は幸せになれるっていう噂、君も知っているだろう?」


 どうやら錯覚ではなかったらしい。フレッドも騎士長の微笑みを見たようだ。


 そういえば、そんなくだらない噂もあったな……と思いながら、顔を上げる。冷たく、無機質な天井が俺たちを見下ろしていた。


「だからさ、何が言いたいかと言うと……彼女のことは諦めなよ」


 寝静まったように静かな廊下に、フレッドの声が響き渡った。


「別に彼女にこだわらなくても、君には新しい女性が見つかるよ。きっと君が気に入る女性だ。僕が保障する。だから、彼女のことは諦めなよ」


「その話は今、必要か?」


「今するような話じゃないかもしれないけどさ、一応釘を刺しておこうと思って。君が真面目で一途な男だってことは、僕が一番よく知ってるから。君には幸せになって欲しいんだよ。茨の道を進んで欲しくないんだ」


「フレッド……」


 いつもならば口を縫ってしまいたくなるほど冷やかしてくる幼馴染も、今回ばかりは色々と察してくれているらしい。珍しく暗い顔をして、俺を見つめていた。


「でないと、からかい甲斐がなくなるだろう?幸せな人をからかうのが、僕の楽しみなんだ」


 口にしている言葉は冷やかしているようだが、声色はいつもより低く真剣だった。


 ガチャリ、と廊下に扉の開く音が響く。背後を振り返ると、クロイド騎士長がこちらを見ていた。どうやら、用事は済んだらしい。


「クロイド騎士長、もういいのですか?」


「ああ。迷惑を掛けてすまない。私の部下に頼んで警護を……」


 俺の問いかけに、クロイド騎士長は間を置かずに答えたが、言葉途中で口を閉じてしまった。視線を反らし、腕を組む。何か考え込んでいるようだ。


「いや、やめておいた方が良さそうだ。絢様を頼んだ」


 クロイド騎士長はそう言い残すと、毅然とした態度で去って行った。


 フレッドはクロイド騎士長の背中が見えなくなると、大げさな溜息をついた。張りつめていた緊張が一気に抜けたようだ。しかし、まだ終わったわけではない。これからが肝心だ。


「お前は、俺の両親に事情を説明してきてくれ。きっと心配してるはずだ」


 フレッドを両親の自室である一階へと促す。フレッドは困惑したように眉をひそめて俺を見た。


「え、何で僕が君の両親を安心させないといけないんだよ。それは実の息子の仕事でしょ」


「子供の頃から、俺の両親は俺よりお前を信用してる。お前は口達者だからな」


「それ、褒めてるの?」


「彼女はお前に怯えてる。お前と会わせたくない」


 気を遣ってくれたフレッドにここまで言うのは忍びないが、今は色々と思案している暇はない。


 今の状況をいつまで保てるのかは分からないのだ。すぐにでも、騎士長が彼女を回収しに来るかもしれない。それまでに、彼女と話しておきたいことがある。


 フレッドは呆れたと言わんばかりに肩をすぼめると、口元に笑みを浮かべて俺の顔を覗きこんできた。


「一つだけ忠告。神の愛娘に変なことをしたら罰が当たるかもよ」


「変なこと?」


「いやー、男女が二人で密室と言ったら……」


 数秒の沈黙が訪れる。


「それは冗談で言っているのか?本気なら……」


「冗談!冗談だよ!!じゃあ、僕は下の階に行くから!」


 フレッドは逃げるように階段を駆け下りていった。どうやら、いつもの調子に戻ったようだ。いつもならば腹を立てることもある幼馴染の冗談が、何故か今日だけは心地よく思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ