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23話


 ルイさんが扉の傍を離れてから、随分と時間が経った。一体、一階では何が起きているのだろう。あの人がここまで私を追ってやって来たのだろうか。


 ……どうか、思い過ごしであって。


 手を組み、強く強く願う。


 扉から離れ、ソファに腰を掛けていると、廊下の方から複数の足音が聞こえた。ハッと顔を上げて、扉の方を凝視した。


 心臓が高鳴り、手のひらにジワリと汗が浮かび上がる。金縛りにあったかのように、全身が動けなくなる。足音は次第に大きくなり、やがて私の部屋の扉の前で止まった。


 ああ、とうとうこの時が来てしまった。


 足音はルイさんと、フレッドさんだけのものではなかった。確実に二人以上の足音だった。もう、覚悟するしかない。


 扉が遠慮がちに叩かれる。


「……どうぞ」


 深呼吸をした後、私は扉の向こうへそう告げた。


 扉は一瞬の間も置かず開かれた。


 ……ああ。


 こうして向き合うのは、一年と半年ぶりだろうか。


 彼はあの時と変わらず、童話の絵本から飛び出してきたような美しさと高貴な雰囲気を漂わせていた。繊細な金色の髪に、海を思わせる青色の瞳。何も変わってない。


 変わったのは私だけ。容姿も、生活も、未来も……何もかも変わった。


「ご無事だったのですね、絢様」


 あの人……アランはそう言うと、部屋の中へと足を踏み入れた。その背後にはルイさんとフィレンツォさんが立っている。


 アランは初めて出逢った頃のように、柔らかな笑みを浮かべて私を見つめていた。その笑みに、私は背筋が凍るような冷たさを感じた。


 何故、笑っているの?微笑みの下には、一体どんな感情と思惑が眠っているの?


 ……騙されない。私はもう騙されない。


 雑念を払うようにカブリを振ると、ソファから立ち上がり、アランを見据えた。


「だから、私の息の根を止めに来たの…?」


「……どういう意味でしょう」


 私の言っていることが理解出来ないというふうに、アランは目を丸くした。そのアランの反応に、私は頭を殴られたような衝撃を感じた。


 どうして、そんな反応が出来るのだろう。あの夜、私を殺すよう男たちに命じたのは他でもなくアランなのに。


「貴方は一年半前、夜の森に私を呼び出して殺そうとしたでしょう!セリーヌまで殺して……」


「私が、ですか?」


 アランの表情から驚きと戸惑いが消え、深刻そうな顔つきへと変わった。そして、一歩一歩踏みしめるような強い足取りで、私の方へと近づいてきた。


「なっ……」


 アランが近づいてくる分、私は後ずさった。恐ろしいほど真剣な顔つきをしているアランの迫力に負けそうになる。いや、現にもう負けているかもしれない。


 全身はガクガクと震えているし、恐怖で手足に力が入らない。しかし、ここで大人しく彼の手に捕まるわけにはいかない。


 慌ててソファの背後へと回り込み、アランと距離を作った。私の抵抗に驚いたのか、彼は足を止めた。アランと私の間にソファという障害物が出来る。


 「クロイド家の人間として……王宮と神殿の関係を壊しかねない私を消すって……アランは私に言った…!私の力が強すぎて国の脅威になりかねないから……その前に私を殺せって、男の人たちに命じてた……!だから私は……神力を使って……お守りに適当な記憶を残して……逃げたの…」


 緊張が高まっているせいだろうか。呼吸が荒くなり、言葉が途切れ途切れになってしまった。


 酸素が上手く肺へと届かない。肩を激しく上下させながら、懸命に呼吸をする。


「あれは偽の記憶だったのですね。私は絢様がお亡くなりになられたのかと……」


「…死んだと思われたら……もう追ってこないと思ったから……」


「絢様、先ほどから貴女がおっしゃっていることは全て事実なのでしょうか?」


 アランの問いかけに、私は頭を上下に振る。


「しかし、私には全く記憶にございません」


「えっ……?」


 私が茫然としたまま立ち尽くしていると、見計らったようにアランが近付いてきた。


 すかさず逃げようとしたが、流石は騎士だ。俊敏な動きで私の前に躍り出ると、いとも簡単に私の手を捕らえてしまった。


 慌ててその手を振り解こうとすると、アランが私の前に跪いた。


 突然のことに思わず呆気に取られてしまった。てっきり、身動きが取れないよう身体を拘束してくると思ったのに。


 アランは私の手を握ったまま膝をつき、もう片方の膝を立てた状態で、私を見上げていた。


 ……そうだ。


 以前、私が緊張して話せなくなった時、アランがこの姿勢で私の話を聞いてくれた。見上げながら話すことが苦手な私の緊張を解すために。


「私は重要な任務を陛下より直々に任され、貴女の護衛から外れていました。そして任務中に、貴女が亡くなったという報告を騎士たちから受けました。数人の神官と警護も亡くなった、と」


「任務中に…?」


「王宮を盲信する過激派の者たちによって神殿を襲撃された、と私は報告を受けたのです。絢様がその者たちに襲われたという現場へ向かった時には、既に現場の検証が終わった後でした」


「嘘……」


 違う。


 私の知っている事実と、全く違う。


 アランは一体何を言っているの?


 「誓って嘘は申しません。私は貴女から離れたことを酷く後悔しました。そして、自分の愚かさを呪いました。今日、貴女の御姿を見つけた時、幻覚かと疑ってしまいました。後悔の末にとうとう精神を病んでしまったのかと。しかし、貴女は生きていた。私はそれを確かめたくて、ここへ参りました」


「嘘だよ……」


「何故、私が貴女を殺めなければならないのですか。私にとって最も大切であり、最も護るべきなのは絢様です。クロイド家は二の次です。たとえ貴女が国の脅威になろうとも、私は貴女に忠誠を誓います。絢様が任を解かない限り、私は永遠に貴女の騎士です」


 以前、似たような言葉を言われたような気がする。


 確かアランの誕生日に、神殿近くの湖で………


『絢様から任を解かれない限り、私は永遠に絢様の護衛騎士です』


 そうだ、あの時もアランは同じようなことを言っていた。


 でも、嘘なんでしょう?私をまた騙そうとしているんでしょう?戸惑っている私を見て、ほくそ笑んでいるんでしょう?


 ………分からない。


 何が本当で、何が嘘なのか、分からない。


 あの夜の出来事が、頭の中で走馬灯のように駆け巡る。あの日感じた恐怖だけは本物だ。


 緊張の糸がプツンと切れて、私の身体から一気に力が抜けた。


「絢様!」


「アヤ!!」


暗転していく意識の中で、アランとルイさんの声が重なって聞こえた。


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