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18話


「人殺しよ!人が殺されたわ!!」


ホールから出てきた一人の女性が、金切り声を上げた。顔に付けていた仮面が中途半端に外れ、恐怖に歪んだ顔が半分露出している。


先ほどまで酔いを覚まして寝転がっていた人も、ホールの異常を感じ取ったらしく、おぼつかない足取りで辺りを見回していた。


「アーニャ、俺から離れるな」


「は、はい…」


ルイさんが、私の肩に手をそっと置いた。布越しに彼の体温が伝わってきて、緊張で強張っていた身体が少しだけ緩んだのを感じた。


「ルイ!まずいことになった」


ホールの招待客たちをかき分けながら、フィレンツォさんがこちらに駆け寄って来た。仮面を外した彼の顔からは、焦燥感がにじみ出ている。


「舞踏会に参加していた神官が殺されたらしい」


「神官だと?この舞踏会に神官が参加していたのか?」


神官…!


まさか神官が舞踏会に紛れていただなんて。もしかして、神殿で顔を合わせたことがある人だろうか。招待客は全員仮面で顔を隠していたので、神官が出席していたなんて全く気づかなかった。


「犯人は捕えられたんだけど、どうも怪しいんだ。恐らく過激派の者だろう」


「最近、活発になっていたからな…」


「恐らくこれから騒ぎが起こる。君はアーニャさんから離れるなよ」


「分かってる」


ルイさんとフィレンツォさんは、落ち着かない様子で顔を見合わせた。


過激派?騒ぎが起こる?


物騒な言葉が二人の間で交わされ、私は焦りを隠せずにいた。自分の状況が分からず、不安ばかりが押し寄せてくる。


「神官が、この舞踏会にいたんですか?」


今にも噛み付きそうな勢いで、私はフィレンツォさんに尋ねた。


「うん、どうもその神官がそれなりの位を持っていた人だったらしくてね。もっと自衛して欲しいものだよ。庶民の舞踏会に参加するなんて、相当変わり者だったんだろうけど。まあ、僕も人のことは言えないか」


それなりの位となると、おそらく神殿で顔を合わせたことがある神官だろう。高位の神官が、神殿を出入りしないわけがない。神官の業務の多くは、神殿で行われているのだから。


どうして高位の神官が、このような庶民の舞踏会に参加しているのだろう。それよりも、高位の神官が殺されたとなると、恐らく……


「我々は神殿騎士団である!最高神官の命により、この会場を封鎖する!」


ホールの方から鋭い声が聞こえてきて、私は深い穴の中に突き落とされたような錯覚を覚えた。


「し、神殿騎士団…!?」


神官の護衛や神殿に関する事柄は、神殿騎士団が管轄している。高位の神官が殺害されて、神殿騎士団が出てこないわけがない。最も恐れていた事態だ。


神殿騎士団の中には、私と顔を合わせたことのある騎士が数人いるはずだ。


「仕事が早いな」


ルイさんがポツリと呟く。そして、私をホールの方へと促した。


行きたくない。でも、行かないと怪しまれる。


庭園は全て高い生垣に囲まれていて、外へは出られない。いずれにしても、外へ出たいのならばホールの中を横切らなければならないのだ。


覚束ない足取りでルイさんの後を付いて行き、私はホールの中へと足を踏み入れた。


ホール内は騒然としており、ほとんどの招待客が仮面を外していた。彼らの視線の先には、仮面をつけた一人の男が真っ赤な血だまりの中で、仰向けになって倒れていた。恐らく、この男が神官だろう。


血の量からして、刺殺だろうか。凶器らしいものは見当たらない。しかし、今は男の死因を考えている場合ではない。


見覚えのある白い軍服を身に纏った男たちが、ぞろぞろと入口から入ってきているのが見えた。神殿騎士団だ。


入口は一つしかない。あの入口を通らなければ、外へは出られない。まさに八方塞がりの状況にいるということに気が付き、血の気が引いていくのを感じた。不意に冷水を浴びせられたように、全身が震えあがる。


「どうやら、殺された人は本当にお偉いさんだったみたいだね。珍しい人までいるし」


フィレンツォさんが、ある方向を目配せする。そこには、もう二度と会わないことを願っていた人物の姿があった。


「あれは……アラン・クロイド…?」


ルイさんがその名前を口にした瞬間、私は意識を奪われそうになった。


……駄目。


この状況だからこそ、しっかりと意識を保たなければ。


神殿騎士団の長であるアランが駆り出されたということは、本当に高位の神官が亡くなったようだ。アランは殺された神官の傍に歩み寄ると、状況を把握するように神官の全身を隅々まで眺めていた。そして、傍にいる他の騎士に声を掛けている。


あれは、レオニード・グランセルだ。


また見知った顔を見つけて、私は卒倒しそうになった。彼らとは距離がある。人ごみに紛れていれば、こちらに視線を向けることすらしないだろう。私はさり気なくルイさんの背後にまわった。アランが視界から消えて、安堵の溜息をつく。


アランの姿を見ていたルイさんは、不機嫌そうに眉をしかめた。そんな彼を見ていたフィレンツォさんが、クスリと笑いをこぼした。


「嫌そうな顔してるね」


「そうか?気のせいだろ。それよりアーニャ、どうした?身体が震えてるぞ」


私の様子に気が付いたルイさんが、心配そうに私の顔を覗きこんできた。


「あの神殿の騎士たちは、何をしているのですか…?」


私は、適当な騎士を指さした。今の私の状況を、ルイさんに悟られたくない。


私が指した先には、騎士たちが招待客たちに一人一人声を掛けていた。真剣は表情をした騎士が、怯える招待客を詰問しているように見える。


「軽い荷物検査と事情聴取だろうね。最近、民衆の間で神殿派と王宮派の対立が活発化してきているんだ。神官を殺したのは、おそらく王宮の過激派だ。そいつに加担した者がいないか調べているんだよ」


フィレンツォさんが私の質問にさらりと答えた。


流石は騎士だ。ひと一人が殺されたというのに、ルイさんとフィレンツォさんは動揺せず、冷静な面持ちでこの状況を見ている。周囲の招待客たちは動揺を隠せず、右往左往しているというのに。


……え、事情聴取?


ハッと我に返った。二人の冷静さに感心している場合ではない。事情聴取ということは、神殿騎士団の騎士と顔を合わせるということ。そして、色々な質問を尋ねてくるということだ。


まずい。もし、素性を聞かれたら?


アーニャ・ガストと答えればいい。出身はアカイ村だ。おかしくない、絶対に怪しくない。


騎士たちが調べているのは、神官を殺した犯人に関すること。神の愛娘とは全く関係ないことだ。騎士たちも、まさか神の愛娘が会場に紛れ込んでいるとは思わないだろう。


大丈夫、きっと大丈夫。自分に何度も言い聞かせる。


「そう怖がるな。お前には俺がいる」


不意に、ルイさんが私の頭を撫でた。顔を上げると、ルイさんの優しい笑みが見えた。


「は、はい……」


今、私は一人じゃない。ルイさんがいる。そう考えると、緊張のせいで高鳴っていた心音が、ほんの少しだけ穏やかになった。


きっとルイさんは、私が突然の事件発生に不安がっていると思っているのだろう。彼を騙しているような気がして、少し胸が痛んだ。


「わー、妬けるー」


ニヤニヤと笑みを浮かべたフィレンツォさんが、ルイさんの腕を小突く。


「黙れ」


僅かに火照った顔で、ルイさんはフィレンツォさんを睨んだ。


「次の者、こっちへ」


不意に、横から声がした。


声がした方へと目を向けると、神殿騎士団の騎士の一人が私たちを手招きしていた。その手には紙の束と、ペンが握られている。おそらく、事情聴取だ。


「行こうか」


フィレンツォさんが、騎士の元へと向かう。私もルイさんの背後に隠れるようにして、騎士の元へと歩き出した。


私たちに声を掛けてきた騎士は、顔を合わせたことがない人だった。まだ入団して日が浅いのではないだろうか、十代後半くらいの容貌をしている。どうやら、彼は騎士団の中でも下っ端のようだ。


騎士はぎこちない口調で、名前と出身、神官の殺害時は何処にいたのか、怪しい人物がいたか、舞踏会に参加した理由を答えて欲しいと告げた。どうも事情聴取には、慣れていないように見える。


ルイさんとフィレンツォさんは、冷静に全く動揺した素振りもなく、その質問に答えた。そして、自分たちが王宮騎士団の人間であることも伝えた。


「王宮騎士?何故、庶民の舞踏会に参加しておられるのです?」


「何故って言われても……ねえ。本当のことを言わないといけないの?」


「そ、それは勿論」


フィレンツォさんの探るような視線に、騎士がごくりと喉を鳴らす。


「実はね、この舞踏会に参加したのは、彼の恋を成功させる為の作戦だったんだよ。本当はもっと質のいい舞踏会が良かったんだ。でも、この仮面舞踏会しか舞踏会は開催されないっていうからさ、しょうがなく参加することにしたんだよ。それで、どうしても彼が協力して欲しいと請うから、僕もこの舞踏会へ参加することになったんだ。それに至るまでのことを話すと長くなるんだけど、聞きたい?」


フィレンツォさんは早口で、一切噛むことなく、そう言い切った。私と騎士は、驚きのあまり茫然とフィレンツォさんを見つめた。


あまりの早さに、フィレンツォさんの言葉はほとんど頭に入って来なかった。というより、本人も理解させるつもりはないのだろう。使命を果たしたと言わんばかりに、晴れ晴れとした表情をしている。


「はあ…」


騎士は唖然としてただただ口を半開きにしている。


「フレッド…!お前…!!」


フィレンツォさんの言葉を聞き取れたのか、ルイさんは目角を立ててフィレンツォさんに掴みかかった。


「だって、彼が本当のことを言えっていうから」


勢いよく胸倉を掴まれたというのに、フィレンツォさんは落ち着いた様子でルイさんに微笑みかけている。凄い根性だ、と何故か感心してしまった。


「その恋の相手というのが、彼女というわけですか?」


何とか言葉の端々で理解したらしい騎士が、私の方へと視線を向けた。私は慌てて姿勢を正すと、騎士の方へと身体を向けた。


「ア、アーニャ・ガストと申します…」


「出身は?」


「アカイ村です」


「アカ……?初めて聞く地名ですね。他国ですか?」


不審そうな顔をして、騎士が私を見る。アカイ村は、そんなに知名度が低いのだろうか。


どうして本当のことを言って、怪しまれなければならないのだろう。まあ、出身というほど長くは住んでいないから、完全に本当のこととは言いきれないけれど。


「アカイ村は、辺境にある村だ。確かに国内に存在する。それと、彼女は俺の連れだ」


ルイさんが騎士から私を庇うようにして、言葉を挟んだ。


「ところで、この会場からはいつ出られるんだ?俺たちは殺された神官と顔を合わせたことはないし、事件に関しては何も知らない。事件発生時には庭園にいた。話せることは何もない」


はっきりと、威嚇するような強い口調でルイさんはそう言った。


ルイさんの迫力に、騎士がたじろぐ。ルイさんの方が頭一つ分くらい背が高いせいか、騎士がとても小さく見えた。


「わ、分かりました。お聞きすることはもうありませんので、帰っていただいて結構です」


声を掛けてきた時よりも一回りくらい小さくなったのではないだろうか。騎士は声を震わせながら、ルイさんを出口の方へと促した。


「行こう、アーニャ」


ルイさんが私の手を引こうと、こちらに手を伸ばす。しかし、私の手を掴んだのはルイさんではなく、騎士だった。


私の手を掴んだ騎士は、ルイさんから距離を離すように、私の手を無造作に引っ張った。突然引っ張られ、身体が大きく傾く。どうにか両足で踏ん張って、私は体勢を取り戻した。


「お待ちください!彼女は王宮騎士団の人間ではありませんから、残ってもらいます」


そうだ、私は一般人だ。ルイさんたちのような身分の証明は、一切出来ていない。それに、どうやら騎士は私に多少の疑心を抱いているようだ。おそらく、先ほど聞いたアカイ村の地名が気になるのだろう。


「彼女の無実は俺たちが保障する!」


ルイさんが声を張り上げた。その視線は、私の腕を掴んでいる騎士の手に注がれている。その鋭い瞳は、怒りを孕んでいるように見えた。


「いえ、彼女を疑っているわけではありません。参考人として残ってもらいたいのです」


「しかし、彼女だけこの場所に残すわけには…!」


騎士とルイさんの声が会場に響き渡った。声に気が付いた招待客たちの視線が、二人の方へと向けられる。


「……ったく」


フィレンツォさんが呆れたように深い溜息をついた。そして、二人の元へと一歩踏み出そうとした時だった。


「随分と騒がしいな。何があった」


懐かしい声が、聞こえた。


毎日のように聞いていた声。温かくて、優しくて、時に厳しくて。押し寄せる不安から、私を救ってくれた。耳にするだけで、安心できた。


でも、今は違う。蘇るのは、思い出したくないあの夜の記憶。


背筋が凍るような感覚に襲われる。声が聞こえてきた方向とは逆の方に、すかさず顔を背けた。まるで死の淵まで追い込まれたかのように、全身が震えあがった。


「アラン・クロイド王宮特別栄誉騎士長…!」


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