12話
次の日、ルイさんは私を城下町へと連れ出した。
なるべく人目を避けたかったのだけれど、もっと王都のことを知ってもらいたいというルイさんの好意を断ることが出来なかった。
どうせ、三日の滞在時間だ。そうそう私を知る者とは出会わないだろうと開き直り、私は城下町を楽しむことにしたのである。
私が想像していた通り、城下町は賑やかで楽しげな街だった。石畳の通りがいくつも行き交い、通りの端には沢山の露店が出展されている。露店には威勢のいい店員たちが、客寄せの為に声を張り上げていた。
通りには溢れんばかりの人々で賑わっており、まるで祭りの中に迷い込んでしまったのかのように騒がしい。
「懐かしいか?」
「え、ええ……とても」
ルイさんに声を掛けられ、適当に相槌を打つ。
懐かしいどころか、城下町に来たのは初めてだ。しかし、ルイさんには城下町の露店で働いていたことになっている。本当のことは言えない。
「行きたいところがあるなら、何でも言ってくれ。案内する」
ルイさんはそう言ってくれたが、地図の中の城下町しか知らないので、具体的な案が浮かばない。城下町の有名スポットなどを、もっと知っておけばよかったと後悔した。
「お、お土産屋さんに行きたいです!」
「土産?」
私の提案に、ルイさんは眉を潜めた。
「王都に来たばかりなのに、もう土産を買うのか?」
「来たばかりと言っても、滞在時間なんてあっという間ですよ。先にお土産を買っておいても、損はないと思います」
村長や村人たちは、私のお土産を期待して待っているはずだ。お土産を買っていかなければ、彼らから非難轟々を浴びせられるかもしれない。優しい彼らに限ってそれはないと信じたいが、買うのを忘れる前に先に買っておいた方がいいだろう。
ルイさんは腕を組んで考え込むと、頭を横に振った。
「土産は後でいいだろう」
「え、どうしてです?」
「それは………早く買ってしまうと、腐ってしまうかもしれないからだ」
「生ものを買うつもりはありませんよ。例えば、日持ちするものとか、雑貨とか……」
「取り敢えず、土産は後だ」
私の言葉を遮り、ルイさんはさっさと前へと進み始めた。
私はルイさんの機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろうか。お土産という言葉を聞いたルイさんは、少し嫌そうな顔をしていた。
お土産に嫌な思い出があったりするのだろうか……?けれど、アカイ村に来た時はお土産を沢山持ってきてくれた。もしかすると、お土産に何かこだわりがあったりするのだろうか。
「お姉ちゃん、これあげる!」
不意に背後から声をかけられて、私はビクリと身体を震わせた。精一杯の警戒心を漂わせながら背後を振り返ると、五、六歳くらいの小さな女の子が、私に一輪の桃色の花を差し出していた。
幼い女の子のあどけない笑顔につられて、思わず私もにっこりとほほ笑んだ。
「私にくれるの?」
女の子から花を受け取る。すると、一体どこから出てきたのか、わらわらと子供たちが私の周りに集まって来た。
「お姉ちゃん!僕も!!」
「私のお花ももらって!!」
一体どうしたというのだろう。突然子供たちに囲まれ、可愛らしい花を差し出されている。
「あ、ありがとう」
王都の子供たちは積極的なんだろうか。少し圧倒されつつも、私は子供たちから色とりどりの花を受け取った。
私に花を手渡して、子供たちは満足気に微笑むと、今度は両手を差し出してきた。
「お金頂戴!」
と、訴えながら。
「え、お金?」
聞き間違えじゃないかと、思わず耳を疑った。
「お花の代金頂戴!!」
そういうことか、と私は頭を抱えた。
子供たちは好意や親切で私に花を手渡したのではない。私に花を売ろうとして、手渡してきたのだ。それを知らずに、私は彼らから花を受け取ってしまった。子供と私の間に、売買契約が発生してしまったのである。
今の契約は無効ね、なんて幼い子供たちに言う勇気はなく。自分の情けなさに溜息をつくと、財布の紐を解いた。
「いくらなの?」
「十五セル!」
思わず目が飛び出しそうになった。花一輪の相場は一セルにも満たない。十五セルは、豪華な花束を購入できてしまう価格だ。
子供たちが差し出してきた花は、そこら辺に咲いているような粗末な花だ。一セルどころか、その半分にも到底満たないだろう。
どうやら、私は可愛い詐欺師たちに掴まされたらしい。
「十五セルは高いんじゃない?せめて、一セルでしょう」
「絶対に十五セル!」
子供たちの顔から笑顔が消え、必死な形相に変わる。その迫力に、思わず私はたじろいだ。子供の集団って、ここまで恐ろしいものなのか。
一人一人に十五セルを払うとなると、赤字もいいところである。彼らにお金を払ってしまえば、村の人たちにお土産を買えなくなる。それどころか、村に帰ることも出来なくなるかもしれない。
どうやって子供たちを説得しようか悩んでいる時だった。
「彼女を困らせるな。あまりしつこいと、役人に言いつけるぞ」
救世主が現れた。ルイさんである。
「その花に十五セルの価値があるとは思えない」
ルイさんが私の前に立つと、子供たちは悔しそうに唇を噛みしめながら、ルイさんを見上げた。相手が大人の男性になると、子供たちも態度が変わるようだ。
「一人五セルで我慢しろ」
ルイさんの一言で、私の目が再び飛び出しそうになった。
「五セルですか!?」
多少は減ったものの、決して安い金額ではない。私の財布への大打撃になることは、間違いないだろう。
「じゃあ、それでいいよ」
子供たちは投げやりになったらしく、抑揚のない声でそう言った。それでいいよって、私は全然よくない。
顔から血の気が失せ、財布の中へと視線を移す。子供の数はおおよそ十数人。となると、五十セル以上の出費だ。
村の人たちに土産を買うことが出来なくなってしまった。肩を落としつつ、私は財布の中に手を伸ばした。そして、財布から硬貨を出そうとした瞬間、子供たちは蜘蛛の子を散らすように去って行った。
「あれ…?」
まだお金を払っていないと言うのに、どういうことだろう。去っていった子供たちの手には、渡した覚えのない硬貨が握られていた。
「先に進もう」
何事もなかったかのように、ルイさんは歩を進めようとする。
「ま、待って下さい!子供たちにお金を…!」
「俺が払っておいた。気にするな」
「えっ!?」
気にしないわけがない。すかさずルイさんの腕を引っ張ると、ルイさんは驚いた顔をしてこちらを振り返った。
「突然どうし……」
「申し訳ありません…!今すぐお返しします!」
真っ青な私の顔を見て、ルイさんは呆れたように微笑んだ。
「大した金額じゃない。気にするな」
「気にしますよ!五十セルですよ!?大金じゃないですか!」
五十セルは簡単に出せるような金額では決してない。私の失態のせいで、ルイさんに尻拭いをさせてしまった。
ルイさんは私の手から落ちてしまった花を拾い上げ、綺麗に整えると、私に手渡した。私の腕から今にも溢れそうな花束が出来上がる。
「代金は返さなくていい。その代わり、王都にいる間は俺の我儘に付き合ってくれないか?」
「そんな…!そういうわけには…!」
「俺の我儘に付き合うのは、嫌か?」
嫌なわけがない。私は頭を横に振った。
ルイさんはにこりと微笑むと、私の頭を軽く撫でた。情けない自分が恨めしい。
「アーニャはしっかりしているようで、どこか抜けているな」
「本当に申し訳ありません…」
「もう謝るな。今、俺は嬉しくてたまらないんだ」
嬉しい…?理不尽な理由で大金を支払わされたのに、嬉しいとはどういうことなんだろう。
まさか、ルイさんは散財が趣味だったりするのだろうか。お金を払うことに、喜びを感じる人だったり…?助けてもらいながら、頭に浮かぶのは失礼な憶測ばかりだ。
先を行くルイさんの後を、私は大人しくついて行った。
ルイさんは私を色々な場所へと連れて行ってくれた。噴水のある公園だったり、露店が並ぶ商店街だったり、観光で有名な時計塔だったり…。初めて見る光景に私は幾度も驚き、目を輝かせた。
子供たちから買った花は私の髪飾りとなった。「アーニャの頭は花畑みたいだ」と、ルイさんに言われ、私は思わず赤面した。きっと褒め言葉で言ってくれたんだと思うけれど、他の意味を考えると少し複雑である。
次にルイさんに連れられて辿り着いたのは、高級そうなレストランだった。選ばれた者しか通さないと言わんばかりに、高貴な雰囲気を漂わせている。入口では厳粛な制服を着たウェイターが、深々とお辞儀をして客人たちを招き入れていた。
「昼食をここでとろう」
「えっ」
思わず、目が点になる。水ですら高額な金額を請求されそうな高級レストランを前にして、私は薄っぺらい財布を強く握りしめた。
「……無茶です」
「無茶?アーニャは西国の料理が苦手か?」
好みの問題ではない。金額の問題だ。どうやら、ルイさんにはそれが分からないらしい。
「好き嫌いはありません。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
「それなら、問題はないな」
問題は大有りだ。私が声を上げる前に、ルイさんはレストランの中へと私を引っ張って行った。
外観と同様に、レストランの中も高貴な雰囲気が漂っていた。客人たちは御淑やかに、かつ厳粛な雰囲気の中で、静かな食事を楽しんでいる。どう見ても、私のような平凡な人間が入るようなレストランではない。
ウェイターに案内された私たちは、店内の奥の席へ座るよう促された。レストランの中央では、弦楽器を持った演奏者たちが、高雅な音楽を奏でている。
私が異を唱える前に、ルイさんは慣れた様子でウェイターに注文を伝えてしまった。メニューを一切見ずにルイさんが注文決めてしまったので驚いた。金額の心配はないのだろうか。それとも、このレストランの常連で既に金額を知っているのだろうか。
ここまで来てしまったらなるようになれ、と私は口出しすることを諦めた。皿洗いでも、雑用でも、何でもこなしてみせよう。
「どうした?顔色が悪いな」
「気にしないで下さい…」
ルイさんの財布事情はどうなっているのだろう。自分のことは棚に上げて、ルイさんのことが心配になってくる。
「ここにはよく来るんだ。アーニャが気に入ってくれるといいんだが」
「そ、そうなんですか?」
どうやら、ルイさんは本当に常連さんだったようだ。ということは、金額を知っていてもおかしくない。思わず安堵の溜息をつく。
少し経った後、ウェイターが次々と料理を運んできた。運ばれてくる料理はどれもおいしそうで、私は料理の香りだけでも満たされそうになった。
「アーニャは本当にいい教育を受けてきたようだな」
「いい教育、ですか?」
「さっきから、無意識にマナー通りに食事を進めているだろう」
そういうことか、と手を止める。神殿時代に、嫌というほどマナーを教え込まれた。どうやら、それが無意識に出ていたらしい。
「確かに、いい教育でした」
色々な知識を与えてくれたことだけは、感謝している。
ルイさんはじっと私の顔を見つめると、ウェイターに何かを注文した。そして、運ばれてきたのは瓶に入ったお酒だった。
「お昼からお酒ですか?」
思わず、目を見開く。多くの人たちが働いている昼に、お酒を飲むのは少し気が引ける。
「今日は特別だ」
ルイさんはそういうと、にこりと微笑んだ。蝋燭に照らされたルイさんの笑みは、どこか色っぽい。
ウェイターが瓶のコルクを抜き、二つのグラスにお酒を注ぐ。紫色のお酒が蝋燭の光を浴びて、艶やかに反射した。
お酒はあまり強い方ではない。村の宴会で幾度か勧められたが、いつも断っていた。しかし、既に注がれたお酒を捨てるのは勿体無い。恐る恐るグラスを手に取ると、ゆっくりと口に含んだ。
「あ、美味しい」
甘いけれど、少し苦い。喉にくる熱が心地いい。
「西国の特産果実を使った酒だ。この店の目玉なんだ」
目玉というのも頷ける。
味を舌でじっくりと味わいながら、数回に分けてお酒を飲みほした。このお酒なら、何杯飲んでも飽きなさそうだ。
気が付くと、私は何杯目かのお酒に手を出していた。




