表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【3分で読める怪談】ピスタチオ

作者: 薫 サバタイス








その男性はいつもおびえていました。


仮にAさんとしましましょう。


Aさんのおびえっぷりは尋常ではありません。


なんというか、24時間おびえているのです。


本当に、24時間。


例えば、歩くとき。


1分ごとに振り返っては、辺りをキョロキョロ見回します。


まるで多額の借金があり、非合法の借金取りにでも追われているというふうに。


そうかと思えば、駅のホームで電車を待つとき。


常に線路から離れたところに立ちます。


誰かに突き落とされはしまいかと、心配しているというふうに。


電車に乗りこむときも、おかしな行動をとります。


ドアが閉まる直前に飛び乗るのです。


要は、目の前の電車に乗るかどうかギリギリまで判断を遅らせ、尾行者を混乱させようとしているふうに、私には見えます。


Aさんのそんな行動を不思議に思い、私はときどき笑っていました。


あるときなど面と向かって、こう言ったこともあります。


「Aさん、なにをそんなにオドオドしてるんです? 尾行者なんて、どこにもいませんよ。まるで国家機密を握ってるスパイが、暗殺者から逃げ回っているような警戒ぶりじゃないですか」


しかしAさんは、私に対してもおびえた目を向けるだけで、事情を説明しようとはしませんでした。


ただ、こんなことを言いました。


「きみは平気な顔をしてるけど、この世は悪魔だらけなんだよ。もし自分が命よりも大事なものを持ってると思ってごらん。いくら心配しても、しすぎることはないんだ」


『悪魔』『命よりも大事』などという大げさな言葉が出てきたので、私は思わず吹き出してしまいました。


もっとくわしく聞こうとしたのですが、Aさんはそれ以上、話してはくれませんでした。


しかし、それからしばらくして、私はAさんの秘密をつかんだのです。


ファミレスでランチしているときでした。


Aさんがコソコソと自分のカバンをあさっていました。


そして、黒い布に包まれたものを取り出して、ホッとしたような表情を見せたのです。


ピンときた私は、あえて何も言いませんでした。


その代わり、彼がカバンをおいてドリンクバーへ行った隙に、黒い布に包まれたものを抜きとりました。


布を開けると、小石が出てきました。


なにやら緑色の石で、赤い筋が入っています。


変わった模様だといえばそうですが、特に高価だとは思えません。


とはいえ、私は小石をポケットに突っ込み、代わりにテーブルに上にあったピスタチオを先ほどの黒い布に包んで、大急ぎでカバンへ戻しました。


ラッキーでした。


Aさんはトイレに行くときはカバンを持っていくのですが、目に見える範囲にあるドリンクバーなら大丈夫と考えたのでしょう。


その隙にAさんの秘密をつかんだのです。


私は何食わぬ顔で、テーブルの上のピスタチオの殻を剥き、口へ放り込みました。


その瞬間からです。


私の全身に悪寒のようなものが走りました。


そのうちドリンクバーからAさんが戻ってきて、私の前に座りました。


と、不思議なことが起こります。


Aさんの顔が変形しているのです。


目は吊り上がり、鼻は尖り、口には牙が生えています。


どうしたんでしょうか?


私があっけにとられていると、驚くことに、Aさんはピンク色のよだれを垂らしながら言ったのです。


「ありがとう。やっと呪いが解けたよ。あの石は『ブラッドストーン』と言ってね。由来はよく知らないが、一説によると、十字架にかけられたイエス・キリストの血が垂れたものだと言われている」


憑きものが落ちたようなスッキリした顔で続けます。


「今、オレの顔が悪魔に見えてるんじゃないのかい? あの石のせいさ」


Aさんは気分がいいのでしょう、これまでの寡黙っぷりがウソのように、ペラペラと話してくれました。


あの石を持っていると、周りの人間すべてが悪魔に見えて、日常生活が破壊されたこと。


車に轢かれたり、身内に不幸があったりと、運に見放されること。


あの石の所有者が変われば、元に戻れる。


ただし、あげたり、捨てたりしてはダメ。


盗まれなくてはならない。


実際、Aさんは何度も捨てたにもかかわらず、翌朝になると、枕元に戻ってきていた……


Aさんの話を苦々しい思いで聞いている最中にも、ファミレスの店員が私の足を踏んづけていきます。


そして気づいたのです。


Aさんが芝居を打っていたことに。


つまり、こういう筋書きです。


ブラッドストーンを秘密めかして持っていれば、いずれ誰かが関心を寄せる。


何十人かが興味を持てば、そのうち1人くらいは盗もうと考える間抜けが出てくるかもしれない、と。


その間抜けこそ、この私だったのです。


私はあの「不運」な日からずっと、秘密めかした行動をとるようにしています。


誰かから追われているようにキョロキョロ見回し、電車に飛び乗り、まるで大事なものが入っているかのように、コソコソとカバンを隠すのです。


こうしていれば、いつかどこかのバカが引っかかってくるはず。


そう、45年前の私のように。


今、私にはあなたの顔が悪魔に見えているんですよ。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ