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お星さまとの約束

作者: 阿部凌大

 それは夜空にチョークで一本の白線を引いていくみたいに見えた。小さな光の点が一瞬ふわっと光ったかと思ったら、それは光の尻尾をどこまでも伸ばしながら斜め下に向かって走り出したんだ。

 僕はそれを見てすぐに願いごとをしなきゃいけないって思った。

「お母さんの病気を治してください、お母さんの病気を治してください、お母さんの病気を治してくださ、あぁ!」

 その瞬間流れ星は、破裂してしまった。パッと勢いよく光ったと思ったらその光はいくつもの光に分裂して、弾けてしまったのが見えた。それは一、二、三と数えて全部で七つの小さな光となって、僕の町の色んなとこに向かって降り注いだのが見えた。

「……うわあ」

 そしてそのうち一つの光は、いつまでも夜空に浮かんでいるように見えた。僕はそれをじっと見ていると少しずつ、その光が僕の方に向かって近づいてくるのが分かった。なんだか僕はそれを受け止めてあげなくちゃいけない気になって、慌てて辺りを見渡したけど使えそうなものは何も無かった。僕はその時一人でその丘に出ていていたから、こんなことなら何か役に立つ物を持ってきておいたら良かったと思った。ほんとはあんまり一人でこうして夜に外にいるのは良くないことだと分かっていたけど、その時の僕はどうしたって不安な気持ちが膨らんでいくばかりで、部屋の中にいるのが少しだけ怖かったんだ。

 光はそのまままっすぐに僕の方へ向かい、僕のすぐ傍を走り抜けて少し遠くの位置に墜落した。大きな音はしなかったけど、その光が僕の横を通り過ぎていくとき、それはピュンッてふうに白い線を引いていた。その線は一瞬で消えてしまったけど、いくつもの光の粒が瞬いてるみたいに見えてとても綺麗だった。

 近づくとすぐそれと分かった。墜落した星の粒はただぼんやりと、そのすぐ近くを照らしているばかりで、心臓みたいに光が大きくなってはまた小さくなってを繰り返して、なんだかとても弱ってるみたいに見えた。その手のひらぐらいの星の粒を両手で持ち上げると、それはほんの少し暖かくて、僕はお母さんの手を思い出した。

 僕はひとまず家に帰ろうと思った。これ以上遅くなるときっとお父さんに怒られてしまうに違いない。お父さんはとても優しいけど、怒るとそれはそれはものすごく怖いのだ。僕は家に向かって駆け出した。この星はきっと、自分の体がバラバラになってしまって今とても不安に思っているに違いない。だから僕は町に散らばったその欠片を集めて、この星に返してあげようと思った。それぞれがどこに落ちたかはしっかりと見ていた。そして明日は土曜日だ。


 お父さんにこの町の地図を貰った。お父さんはお母さんが入院してしまってから少し元気が無くなってしまった。僕だってお母さんがいなくなって、時々泣きだしそうになることもあるけれど、お父さんの前ではいつも元気な僕を見せることにしている。だってもし僕が泣いてしまったら、それを見たお父さんもわんわんと泣いてしまう気がするからだ。

 お見舞いに行くとお母さんはいつも、「いい?ユウは優しいって書いてユウって読むの。そんなお母さんの願い通り、ユウはちゃんと優しい子に育ってくれたわね。だからユウはそのまま色んな人に、目いっぱい優しくして、助けてあげなくちゃダメなのよ」と僕の頭を撫でながら言うのだった。

 もちろん僕はそのお母さんの言葉を守っている。この前だって商店街の近くの公園で眼鏡を落として困っていたお爺さんを助けてあげたし、クラスの高橋くんがこぼした牛乳を一緒に拭いてあげたし、道端で出会ったお腹を空かせた野良猫に丁度持っていたおにぎりを分けてあげたりした。

 僕は貰った地図を部屋で広げると、そこへ順番に印を付け始めた。忘れないうちに、こうして落ちていった場所を書いておけばいいんだと思ったからだ。

「もうちょっと待っててね、必ず全部見つけてあげるから」

 そう声をかけると星の粒は一瞬だけふわりと白い光を放った。きっと喜んでいるのだろうと思った。


 朝の六時に起きて、食パンを二枚食べると、僕は星の欠片を探しに出かけた。パンには大好きなピーナッツバターを塗った。お弁当にそれを挟んだサンドイッチを二つ作って、地図と一緒にリュックサックに入れておいた。一応水筒とグミも入れておいた。なんだか冒険に出かけるみたいでワクワクしてきた。

 僕の作った地図はもう完璧だった!始めに着いた河原で少し目を細めていると、土手の草むらの中に、うっすらと光る柔らかい光を見つけた。近寄ってみるとやっぱりそれは星の欠片だった。僕はそれをそうっと持ち上げると、持ってきた新聞紙にくるんでリュックに入れた。どうやらやっぱり星っていうのは温かいものらしいぞと、欠片を持ち上げながら僕は思ったのだった。

 それからも学校のグラウンドの上や、おばけが出るって噂のトンネルの入り口近くに欠片は転がっていた。別に怖かったわけじゃないけど、お化けトンネルからはすぐに走って離れた。

 こうして歩き回ってみると、僕の町は意外に広かったんだなと思った。欠片を三つ集め終わる頃にはもうお昼になってしまっていて、僕は近くにあったバス停のベンチに座ってサンドイッチを齧った。

次に向かう広場の遠さを考えると、少しだけ気が重たくなった。目の前を通り過ぎていく自転車を見て、ものすごく羨ましかった。そして遠くから中学生の集団がこちらに向かって自転車で走ってくるのが見えて、一台くらい分けてくれないかなと思った。ただ僕はまだ自転車に乗れないけれど。


「お、ユウじゃん」

 その声で顔を上げると、そこには中学生たちに混じった高橋くんがいるのだった。高橋くんはもう乗れるらしい、一人で自転車にまたがっていた。

「おれこれから野球しにいつもの広場まで行くんだよ、ユウも行こうぜ」

「え!あそこ行くの!?……ごめん今日は野球できないけど、そこの広場には行こうと思ってたんだ」

「へえー、じゃあ後ろ乗れよ」


 自転車はやっぱり速かった。高橋くんの背中に掴まりながら、頬にあたる風の気持ちよさを思う存分味わった。もう少し乗っていたいぐらいだったけど、自転車はあっという間に広場に着いた。

 高橋くんにお礼を言うと、僕はすぐに広場を探した。探していた欠片はまるで待ち構えていたかのように、広場の中心に落ちていた。


 なんと五つ目の欠片は屋根の上に引っかかっていた!それは僕が三人積み重なっても届かないであろう高さで、僕はしばらく途方に暮れてしまった。その時何かが瓦の上を動いたかと思い目をやると、そこには一匹の猫がいた。

「ねえ!そこにある光ってる欠片をさ、こっちに落としてほしいんだ!お願い!もう君にしか頼めないんだよ」

 僕は気づくと猫に話しかけ、とても伝わるとも思えないのに、必死に頼みこんでいた。すると猫はこちらをじっと見つめた後、のっそりと身体を動かすと、星の欠片に近づき、前脚の先でちょこんとそれを落としてくれたのだった。僕がそれを受け止め、お礼を言おうと顔を上げると、猫はもうそこにはいなかった。


 六つ目の欠片があるはずの商店街を探しても、欠片はどこにも見つからなかった。僕は近くの公園のベンチに座ってがっくりとうなだれ、気が付いたらもう夕方になり始めていた。けれど僕は欠片を全て集めてあげると、星の粒と約束したわけだから、これからどれだけかかっても、諦めずに最後まで探そうと思った。それを決意して立ち上がろうとすると、その時隣にお爺さんが座った。

「あ、お爺ちゃん。この前は眼鏡が見つかってよかったね」

「おや、この前はありがとうねえ。おかげで助かったよ」

 そのままお爺さんと少しお喋りをしていると僕は驚いた。お爺さんは手に、僕が探していた欠片を握っていたからだ。

「あ!」

「どうしたんだい?」

「お爺ちゃん、それ、」

「ああ、綺麗だろう。今朝散歩していたらね、そこで拾ったんだよ」

「……お爺ちゃん、あのね、実はそれを探してて、困ってる人がいるんだ。それが無いとね、どうなっちゃうかわからないんだよ。だからね、」

 僕の話の途中で、お爺さんは僕の手にそっとその欠片を握らせた。

「困ってる人がいるなら、助けてあげないとねえ。そしたらこれを、早く届けておやり」

「ありがとう」

 僕はリュックにそれを大切にしまうと、家に向かって思い切り駆けた。リュックの中は欠片でいっぱいになっていて、もう随分重たくなっていたけど、そんな重さなんてもう感じなかった。


 家に戻るとほとんど夜になっていて、お父さんにただいまと、もう少ししたら帰ってくるとだけ伝えて、部屋の中の星の粒を抱えてまた外に飛び出した。

 僕はあの丘に着くと、リュックから取り出した欠片を草の上に固めて置いて、その上に星の粒をそっと置いた。その瞬間に、星の粒は大きな光に包まれた。眩んだ目が和らぐとそこには、一つになった大きな星が宙に浮かび上がって、光り輝いていた。僕は良かったと思った。本当に良かったと思った。

 星はそのまま僕の前に何度かふわりふわりと上下すると、そのまま一気に夜空へと駆け上がっていった。夜空に向かって真っすぐな、光の線が引かれた。それは雪の結晶が溶けるみたいにきらきらと輝いて、あっという間に夜の闇に溶けてしまった。僕は少しだけ寂しかったけど、これで良いんだって思った。


 それから数週間が経って、僕のもとに嬉しくて仕方がない事が起こった!お母さんが退院したんだ!

 まるで奇跡みたいなことが起きて、病気が全部治ってしまったらしい!それを聞いて僕は泣いてしまった。僕の頭を撫でるお父さんも少し泣いていた。

 きっとあのお星さまが、僕の願い事をきいてくれたんじゃないかって思う。夜空を見上げるとそこにはたくさんの星があって、その中のどれかがあのお星さまなんじゃないかって、そんな風に思う。


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