テオ・カスケード/隣に立って
帰る皆を見送って。今日の客に向けて、今から店は仕込み、宿は使った部屋を整えないといけない。
宿には三人いるから、とりあえず仕込みかな。
そう思ってククルと一緒に店に行こうとすると、父さんに呼ばれた。
どうやら訓練は今日までになってるらしい。訓練中ほかのギルド員は泊まりに来ないことになってるから、今日はお客が来ないだろうって言われた。
「ちょうどいい。テオ、明日の昼まで休め」
「父さん?」
急に何言うんだよ?
驚いて見返す俺に、父さんはまぁまぁと俺を宥める。
「ジェットにお前を休ますよう言われている。気付かず悪かった」
「じゃなくて、大部屋に、二階も五部屋使ってるんだ。片付けだけで結構かかるだろ?」
祖父と孫のゼクスさんとロイはもちろん、メイルさんとノーザンさん、ダンとナリスも気を遣って同部屋で過ごしてくれた。それでも五部屋。片付けて整えるだけでも結構かかるはずなのに。
「それくらい大丈夫だ。何なら大部屋は明日に回してもいいんだからな」
いや、父さんは絶対明日になんて回さない。俺がわからないわけないのにそんなこと言うってことは、それだけ俺に休めってことなんだろうけど。
「…じゃあそっちは任せる。でも食堂は…」
「こっちも大丈夫よ」
俺の言葉に被せてくるククル。
「シチューは作っておいても大丈夫だし、お客さんがいないならその分仕込みだってできるもの」
ククルまで…。
俺が見ると、にっこり笑って。
駄目だ、ククルも俺を休ませるのに賛成らしい。
どう考えても勝ち目はない。頷くしかなかった。
とりあえず寝てろと家に帰された。
誰もいないひとりの家なら寝てなくてもバレないんじゃないかと思って、試作でもしようかと調理場にいたら、様子を見に来たレムと鉢合わせた。
「そんなことだろうと思った」
呆れたようにそう言われる。
「…見逃してくれる気は?」
「これ以上ククルに心配かけないの!」
笑ってそう言うレムの耳元、朝はつけてなかったピンが光るのに気付いた。
「それ、どうした?」
指を差して聞くと、レムがピンに触って嬉しそうに笑う。
「もらったの」
細い金のピンに小さな緑のガラス玉。
そういやレムの誕生日には来られないからって、ジェットたちがプレゼント渡してたな。
「そっか。よかったな」
うんと頷いてから、そのままの顔でレムが俺の腕を掴む。
「ちゃんと部屋で寝てきてね、お兄ちゃん」
仕方なく、ベッドに寝転がる。
静かな部屋でひとりになると、どうしても考えてしまう。
―――ククルに聞けないままの、ロイのこと。
ロイがククルのことを好きだってことは、もう見てたらわかって。
でも、俺と、多分ウィルには強気な態度のロイなのに、ククルのことはちょっと離れて見てるだけで。
そんなロイを、ククルも何だか気遣ってて。
―――だから休みたくなんかなかったのに。
本当は気になって仕方ない。
絶対あの日に何かあったんだってわかってる。
問い詰められるなら問い詰めたい。気付いてない振りなんてしたくない。
でも、それをしたら間違いなくククルを泣かせる。泣かせて、謝られるに決まってる。
わかってるから。俺にはできない。気付いてない振りを貫くしかない。
溜息をついて、ベッドに突っ伏す。
俺がそれなりにククルのことがわかるって言われるように、ククルだって聡いんだ。引きずったまま前に出たら、絶対にバレる。
だから今のうちに。ひとりのうちに、全部押し込めておかないと。
ククルのことが好きだから。
悲しむ姿は見たくないから。
ククルの為に俺にできることは、全部やるって決めてるんだ。
気付いたら昼過ぎだった。
変な時間に寝たからか、ホントに疲れてるのか、少し身体が重いけど。
部屋にいたって色々考えるだけだし。それくらいならククルの傍にいたかった。
食堂に行くとククルが俺を見て笑う。
「少し休めた?」
いつもの笑顔に少しほわんとする。
忙しくてもいい。疲れてもいい。
俺はやっぱり、ククルの隣にいたいんだ。
「うん、ありがとう。…ここにいていい?」
もちろんよと返してくれる。
断固として手伝わせてはくれなかったけど、ククルが仕込みをする間、ずっとふたりで話してた。
夕方前に父さんが来て、訓練の間だけ宿を手伝ってくれる人を雇うつもりだって言った。とりあえず町で話をしてみて、それからギルドに相談するつもりだって。
町の皆には家業があるし。きっとギルドに頼むことになるんだろうな。
「それと、やっぱり客は来なかったから、宿は閉めてレムと母さんもここに呼んで。協力してくれた町の皆に酒の一杯でも出そうかと」
それってククルが大変に決まってる。
顔を見上げた俺に、わかってると言いたげに父さんが頷く。
「まずはお前たちとレムと母さんを、父さんがもてなすからな」
つまり自分がやるからってことらしいけど。
ククルがずっと座ってるわけないだろって…。
最初は父さんがひとりで立っていたんだけど。
やっぱりククルは父さんをもてなすと言い出して、途中からずっとカウンターの中にいた。
俺が何度手伝うって言っても駄目の一点張りで。ホントにククルは頑固なんだから。
いつもより早く店を閉めて。俺は椅子に座ったまま作業の指示を出すように言われ、代わりに母さんとレムが手伝ってくれた。
毎日やってる鍵の確認だけはやらせてと頼んで。
店の中から表の扉の施錠を確認して、ククルと一緒に裏口に回る。
「お疲れ、ククル。ちゃんと休めよ?」
「お疲れ様。テオこそゆっくり休むのよ」
「もう十分休んだよ」
苦笑する俺に、ククルも笑ってから。
裏口の扉が閉まり、鍵のかかる音がした。
部屋に戻り、息をつく。
今日はククルとゆっくり話せたのは嬉しかったけど、やっぱり俺はククルの隣で店に立てるほうが嬉しい。
幸せそうに店に立つククルの隣で、同じ景色を見たいんだ。
だから明日も。きっと手伝わせてはくれないだろうけど、いつも通りに店に行こう。
朝食を出す必要がなくても、ククルは絶対起きてきてるだろうからーーー。
そうして迎えた翌朝。
いつも通りに店の裏口に行くと、ちゃんと鍵を開けてくれてた。
ククルも俺が来るってわかってくれてたのかなって思うと、何だか嬉しかった。




