三八二年 祈の二十三日 ②
最後の訓練は総仕上げ的なものとなっていた。
これが終われば休憩だからね、と前置いて、ロイヴェインがにやりと笑う。
「最後の課題は連携。ジェットたちパーティーに全員でかかるよ。そっちに膝着かせたら勝ちで」
「だから無茶言うなって!」
またもや内容を変更され、ジェットのぼやきが投げられる。
「リックはこっちにもらうからね。俺も参加するけど主導はしない。三対七、作戦練るよー!」
受け取ることなく話を進め、ロイヴェインは六人を連れて距離を取る。
聞けって、と洩らしてから、ジェットはダリューンとナリスを見た。
「どうすっかな?」
「ロイが主導じゃないならディアレスだろうね。リックが向こうだから手の内はバレてるか」
頷いて先を促すふたりに、ナリスはそのまま続ける。
「ダンなら、ふたりがかりでロイを押さえてほかから確実に潰すよね。ジェットなら、俺が押さえるからあとを頼む、かな?」
付き合いが長いだけあって、迷いもなくそう告げるナリス。
「お前なら?」
「俺ならというか、そう読まれてるなら…」
ジェットの言葉にナリスが考えを告げる。その作戦に、ジェットとダリューンは顔を見合わせた。
「行けるか?」
ジェットに尋ねられ、ナリスはどうだろうねと笑いながら。
「たまには兄弟子としていいとこ見せないとね」
「始めっ!」
ゼクスが開始を告げた。
同時に走り出したナリスが、訓練生たちをかい潜ってロイヴェインに突っ込む。
「そう来たんだ?」
口角を上げるロイヴェイン。勢いに乗せての初手は軽く防がれた。弾かれた拳を引き戻しながら、反対の手で服を掴みにいく。
うしろに下がるロイヴェインに合わせて同じだけ距離を詰め、反撃は受けずにかわすに徹する。
一定の距離、攻撃の手は休めず、反撃は避ける。
まともに戦えば敵わないことをわかっているナリスは、ただそれだけを徹底する。
ロイヴェインとの戦闘に手一杯のナリスをジェットがほかの訓練生から庇い、ひとり自由なダリューンが仕留めていく。
ロイヴェイン以外の訓練生が膝を着くまで、そう時間はかからなかった。
食堂で準備に追われるククルとテオ。
最終日だけとゼクスが許可した休憩中のお茶。程々でいいと言われていたのに、気付けば結構な数の菓子を作っていたことに改めてククルは気付いた。それなりに人数がいるからと、少し張り切りすぎたようだ。
「カウンターに並べておいて好きに取ってもらったらいいだろうけど、皆悩むんだろうな」
笑ってそう言うテオに、返す言葉もなく。
せめて今日作った物だけ並べようかと悩むうちに、ぞろりと一団が入ってきた。
「あーもう疲れたぁ」
珍しくぼやきながら、一番近い椅子に座り込むロイヴェイン。
「ナリスほんっとしつこい。さすがジェットの弟子だよね」
ジト目で見上げるその様子に、ナリスは笑う。
「そんなに疲れてないくせに。でもまぁほめ言葉として受け取っておこうかな」
「ほめてないんだけど?」
「そもそもどうしてそこで俺の弟子だって話になるんだ」
うしろに立つジェットの呟きに、吹き出すナリス。
このパーティーのいつもの会話に巻き込まれたロイヴェインは、呆れ顔でふたりを見上げ、溜息をついた。
食堂内には四人がけのテーブルが四つ、今回の訓練に関わる十五人でほぼ満席だった。
このあともまだ訓練はあるのでくれぐれも食べすぎないようにと注意されながら、各自好きに菓子を取る。
ククルが皆にお茶を配り終えるのを待ってから、ゼクスがやってきた。
「色々ありがとう。大変じゃなかったか?」
嬉しそうな訓練生たちを一瞥し、礼を言うゼクス。
「前回同様楽しかったですよ。その、ちょっと作りすぎましたけど…」
すみませんと謝るククルに首を振り、ゼクスはもう一度うしろを見やった。
「ククルちゃんには本当に世話になった。よければ今後の訓練もここでやらせてもらって構わんだろうか?」
その視線の先には気付かず、頷くククル。
「もちろんですよ。次回も楽しみにしてますね」
迷いのないその返事。笑みを見せたゼクスが重ねて礼を返した。
休憩後は初日と同じように各自の身体能力を改めて測り、成長度合と今後の自主訓練の方針とを見ることになっていた。
各々思うところはあるだろうが、ひとまずそれなりの成果と共に終われそうだと安堵するロイヴェイン。またライナスに来る為にはここで結果を出さねばならなかった。
(…ホント、無事に済みそうでよかった)
我ながら迷走した今回の自分。結果としてはここに来られてよかったと断言できるが、露呈した己の弱さには自嘲すら浮かばない。次の訓練まではしばらくあるので、その間に色々な意味で鍛え直すつもりだった。
(結局俺は、自分で思ってたよりこどもだったんだな)
こどもじみた怒りが欲にすり代わったのにも気付かず、怒りをぶつけるつもりで欲を叶えた。
償おうにも何をすればいいのかわからないまま傍に来て、迷って醜態を晒した挙げ句、結局彼女のほうから何度も許しをもらって。
―――もういい加減、情けない自分にも慣れてきた。
だから改めて、そんな程度の自分と向き合ってみようと思っている。
(…皆には感謝、かな)
無茶だとわかっている自分の課題に、それでも必死に喰らいついてきた訓練生たち。そのがむしゃらさを自分は見習うべきだろう。
程度の差はあれど、初日より伸びた今日の結果に喜ぶ訓練生たち。穏やかな笑みを浮かべながら、ロイヴェインは彼らを眺めていた。
最後の追加訓練を終え、訓練生たちが食堂に集う。
明日帰るのかとしみじみ言い合う彼らに、ククルは笑って夜食を出した。口々に礼を言われる様子にいつぞやのお茶の時間を思い出し、ディアレスと顔を見合わせて笑う。
「テオも。座ってきたら?」
お茶を淹れていたテオに、カウンターに戻ったククルがそう勧めた。
「しばらく会えないんだから」
視線を上げたテオを、ディアレスたちが笑って手招く。
「ありがとう。行ってくる」
嬉しそうにそう返し、カウンター席で食事をするロイヴェインにお茶を出してから、残る七つのカップと共にテーブルに向かった。
微笑んでそれを見送り、ククルはもう一度お湯を沸かそうと紫色の水差しを手に取る。
「使ってくれてるんだ?」
目の前のロイヴェインの声には安堵と喜びが混ざっていた。くすりと笑って、頷く。
「もちろんですよ。その為に作ってくれたんでしょう?」
「そうだけど…」
「豪華すぎて少し緊張しますけどね」
そうつけ足すククルに、割れても何個でも作るからとロイヴェインは笑った。
目の前で使われる水差しに、ロイヴェインは胸をなでおろす。
普段使いにと思っていても、どうしても手をかけたかった。込めすぎた想いに気付かれないか、気付いたら使ってもらえないのではないか。そんな心配もしていた。
使う度に自分のことを思い出してくれたらいいのに―――。
以前の自分ならからかって口にしただろうそんな台詞も、本気でそう思っている以上言えるわけもなく。
そう。まだ言えない。
自分はまだ自分自身を許せない。ようやくただの情けない自分に気付いたばかりなのに、言えるわけがない。
だから。
ククルを見上げるロイヴェインの笑み。その瞳にあるのは、消えない翳りと少しの希望。
「…胸張って言えるようになるまでがんばるよ」
唐突な宣言に、ククルが首を傾げる。
「何をですか?」
「内緒」
翡翠の瞳を細め、ロイヴェインは呟いた。




