三八二年 祈の十九日
訓練が始まった。
朝、用意された食事を食べ、意気揚々と出ていく訓練生たち。
ククルは訓練の様子を見に行くことはないので彼らが何をしているのかはわからないが、昼食に戻ってきた訓練生たちは明らかに疲れていた。
それでもまだ話す余裕のあった彼らも、夕食時にはすっかり黙り込んでしまっていた。
「にしても、リックはさすがだな」
けろりとした顔のディアレスが前に座るリックに話しかける。
「ディーに言われても」
まだ話す余力はあるのだろう。珍しく苦笑してリックが返す。
「俺たち以上に動いてるのに、まだ大丈夫なんだ?」
「前はこんなもんじゃなかったから」
何でもないことのように返したディアレスの言葉に、残る四人の訓練生の驚愕の視線が集まる。
「それに、俺なんかまだまだ。ロイヴェインさん、ほんっとにすごいからな?」
それには気付かないまま、笑うディアレス。
「俺も、ジェットとか見てるとまだまだだって思うよ」
「英雄と比べるなって」
リックの言葉にさらに笑うその様子に、最初に会った頃の影はなく。
ちらりと隣のテオを見る。ククルと目が合うと、嬉しそうに笑って頷いた。
この分なら信頼を取り戻すのも早いかもしれない。
疲労困憊の四人が何とか夕食を詰め込んでしばらく、ロイヴェインが顔を出した。
「ディアレス。追加でやるなら付き合うけど?」
「お願いします!」
嬉しそうに答え、勢いよく立ち上がるディアレス。
「俺も見学、いいですか?」
手を上げるリックに頷いてから、ロイヴェインはククルを見る。
「じぃちゃんたちはもうすぐ来るけど、俺の分だけあとでもいい?」
「わかりました。いつでも構いませんので」
ありがと、と笑みを見せ、出ていくロイヴェイン。
トレイをカウンターに返したディアレスとリックがあとに続く。
残された四人は顔を見合わせ、慌ててトレイを返してあとを追った。
程なくしてゼクスたちがセドラムと共にやってきた。ウィルバートは仕事の区切りがついてから来ると言っていたと教えられる。
四人でテーブルについてから、セドラムが感嘆の息を洩らした。
「ディアレスの急成長に合点がいきました。あれよりも厳しく訓練していたとは」
「あやつらは引かぬとわかっていたからな。少々無茶をさせた」
笑うゼクスに、ククルの隣でテオが遠い目をしている。
「リックはともかく、ほかは同じようにやってもついてこないだろうからな」
「尤も、ディアレスはあのあとも鍛錬を続けていたんだろう。そこはほめてやらんと」
口々に言われ、わかっていますとセドラムが頷く。
「普段にあの調子でやると、確実に芽を潰すでしょうから。しかし加減は難しそうです」
「そういう点ではこの第三者の臨時訓練はいい案かもしれんな。恨みを買うのが儂らなら、仕事に支障は出んだろうし」
遠慮なくしごけると、物騒なことを言うノーザン。
耳に入る話に、指導する側も色々考えなければならないのかと思いながら、ククルは仕上げた食事を出しにいった。
一時間程してから戻ってきたロイヴェイン。ククルがカウンター席の真ん中を勧めると、笑みを見せてそこに座った。
「お疲れ様でした。お食事、用意しますね」
「ありがと。お願いするよ」
昨日話をしてから、少し固さが取れたように感じる。食事くらいは肩肘張らず食べてもらえればいいと思いながら、ククルは準備に取りかかる。
作業部屋で片付けをしていたテオが誰が来店したかを確認する為顔を出し、手を止めてやってきた。
「ロイ。ディーのこと、ありがとな」
唐突に礼を言うテオを見上げるロイヴェイン。
「何のこと?」
「今日一日でほかの奴らがディーのこと見る目が変わった気がする。追加の訓練も…」
「あれは昨日ディアレスから頼まれてたから。テオに礼を言われることじゃない」
軽く言って笑い、それより、と指を向ける。
「訓練、加われば? あの四人よりテオのほうがこっちもやりがいがあるんだけど?」
新人とはいえギルド員より優秀だと暗に告げられ、テオは瞠目してロイヴェインを見返した。
まっすぐテオに向けられた眼差しからは、冗談で言っているようには見えない。
テオがそれ程評価されていることを知らなかったククルも、思わず手が止まってしまった。
しばらく呆けてロイヴェインを眺めたあと、我に返ったテオは苦笑する。
「…それは言い過ぎだと思うけど。でも、できたらジェットが来てから参加してみたい」
「英雄さんかぁ。確かに俺もちょっと興味あるかな」
見るだけでいいけど、とつけ加え、ロイヴェインは頬杖をついた。
カラン、とドアベルが鳴る。
食べながら、開くと同時に振り返りもせず手を上げるロイヴェイン。
お疲れ様、ということなのだろうが、それを目に止めた相手―――ウィルバートの眉間には少し皺が寄った。
「すみません、遅くなって」
「大丈夫ですよ。すぐに用意しますね」
ククルが席を勧める前に、ウィルバートはいつもの右端の席に座った。
「ロイヴェインさん、お疲れ様でした」
「そちらこそ。遅くまで大変ですね」
言葉を交わしたのはそれだけで。
そういえば昨日お茶を渡しに行ったときもおかしな空気になっていたことを思い出す。
作業部屋にいるテオも、ウィルバートの顔を見て挨拶をしただけで戻ってしまった。どうにも居難い雰囲気の中、ククルはどうすればいいかとふたりの様子を見る。
気配に敏いロイヴェインが自分を窺うククルにすぐ気付き、苦笑を見せた。
「どうにも気が合わなくって。心配かけてごめんね」
その言葉にはっと見上げたウィルバートは、困ったように微笑むククルにすみませんと呟く。
ククルからしてみれば、ふたりとも人当たりがよくて優しい人なのにと思うのだが。それでも馬が合わないこともあるのだろう。
纏う空気を変えようと息をつき、ククルはふたりに振れる話題を探す。
「…今回の訓練は試しにということでしたよね?」
ククルの意図には気付いているのだろう、ちらりとロイヴェインを見てから、ウィルバートが頷く。
「俺のほうでは町との調整と費用を主に見ています」
「こっちは日程と内容、あとは成果」
言葉を継ぐロイヴェイン。
「全然な奴がどのくらいになるかと、動けてる奴がどこまで伸びるかと。そういう意味では今回はいい人選かな」
「今回の結果で調整案を出して、祝の月に入ってからまた試すことになると思います」
気は合わなくても仕事に関しての息は合っているようで。
ククルは内心ほっとしながら話を聞いていた。




