三八二年 祈の十七日
先行したゼクスたち四人がライナスに到着した。ギルド員たちは明日の昼頃着くという。
「無理を聞いてくれてありがとう」
顔を合わすなり礼を言うゼクスに、とんでもないですと首を振って。
「私も楽しみにしていました」
色々作りますね、と微笑むククル。
少し驚いて見返したゼクスの表情が、申し訳なさそうに曇る。
「…ククルちゃん、今回はギルドの訓練の一環なんでな。前回のようにお茶をするわけには…」
「そうなんですか…」
目に見えて落胆するその様子に、困ったように顔を見合わせるゼクスたち。
「ククルちゃん、息抜きだと言ってたからな…」
メイルの呟きに、ノーザンがゼクスの肩を叩く。
「最終日のみ、でどうだ?」
「…儂らにも楽しみは必要、か」
仕方なさそうに苦笑して、ゼクスは改めてククルを見た。
「最終日だけだが、頼まれてくれるか?」
向けられた優しい笑みに、もちろんですと頷く。
「気合いを入れて作りますね!」
程々でいいと笑いながら、ゼクスたちは荷を置きに宿へと向かった。
三人にはついていかず、ひとり残ったロイヴェイン。ククルを見て、翡翠の瞳を少し細める。
「久し振り、かな?」
テオがいないので、ククルのいるカウンターまでは距離を空けたまま立ち止まる。もどかしい距離だが、まだこれを詰めるだけの勇気はなかった。
「お久し振りです」
返された今まで通りの声。安堵と喜びは隠したまま、ロイヴェインはククルを見つめる。
「またしばらく、よろしくね」
「こちらこそ。行き届いていないことがあれば教えてくださいね」
微笑むその様子に怯えも怒りもないことが、本当に嬉しくて。
ふっと笑み、ロイヴェインは鞄から荷を取り出す。
「今度はちゃんと、ククルに使ってもらう為に作ったから」
包みを開けて、テーブルに置く。
「受け取ってくれる?」
ククルの瞳の色に寄せた、淡い紫色の水差し。普段使いにしてもらえるように、装飾も飾りではなく模様にした。
諸々思い切り込めた、自分にとっては空でも重いそれ。尤もその重さをククルに伝えるつもりはないが。
「でも…」
「また持って帰るのも何だし。押し付けで悪いけど」
努めて軽くと言い聞かせ、声を紡ぐ。
「ね?」
困ったようにロイヴェインと水差しを交互に見ていたククル。
引かぬ決意が伝わったのか、暫しの沈黙の後、頷いてくれた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えますね」
内心ほっとしながら、俺のほうこそ、と呟く。
「じゃあ、色々説明しないとだし、宿行ってくるね」
「はい、ありがとうございます」
重ねて礼を言うククルに、扉を出かけたロイヴェインが振り返った。
「ホントはさ、年、ひとつしか違わないんだ。テオにも言うつもりだけど、よかったらロイって呼び捨てて」
返事を待たずに小さく手を振り、ロイヴェインは店を出た。
再びひとりになった店内。カウンターから出たククルは、ロイヴェインが置いていった水差しを手に取る。
青い水差しは割る為に作ったものだから、使ってもらう為のものは改めて作ってくると、前回帰り際にロイヴェインは言っていたのだが。
まさか本当に新しいものを作ってくるとは思っていなかった。
淡い紫色の水差しには、深い藍色と白色で細かい模様が描かれてある。手入れをしやすいようにだろう、装飾の為の凹凸は一切なかった。
手が込んでいるのは間違いないだろうが、言葉通り使う為に作られていることがわかった。
それならば、きちんと使うべきだろう。
水差しから視線を上げたククルが立つのは、二列に並んだテーブルの間、部屋の中央付近だ。
今までと違い少し遠慮がちな態度のロイヴェイン。
お互い忘れようとは言ったものの、前回自分が怯えた様子を見せてしまったので、まだ気を遣ってくれているようだ。
からかわれるのは困るが、もう少し普通に過ごしてくれたほうが正直こちらも落ち着く。
ここは食堂なのだから。寛いで食事をし、喜んでもらえる場所でありたかった。
宿に戻っていたテオは、アレックに呼ばれてロビーに来た。そこで待つゼクスたち三人に、また世話になると挨拶をされる。
「訓練生たちにもいい刺激になるだろうから、気が向いたらいつでも参加するといい」
そう言い笑うゼクス。
今回はおそらく忙しくて無理だろうと思いつつも、礼を言って頷いておく。
事前に聞いている人数はゼクスたちを含め十一人。訓練の間は関係のないギルド員は来ないよう知らせてくれているが、おそらく前回より慌ただしくなるだろう。
そんな話をするうちに、遅れてロイヴェインが宿に来た。
髪を切った姿に、少し驚いたようにテオが見る。
視線に気付き、ロイヴェインはテオの前へと歩み出た。
「今まで略称で失礼しました。ロイヴェイン・スタッツです」
瞳を細め、ロイヴェインは右手を差し出す。
「年もほとんど変わらない。ロイと呼び捨てで、普通に話して」
「その前にひとつ聞きたい」
手を取らないまま、ロイヴェインを見据えるテオ。
「こないだ急に帰ったのはどうしてだったんだ?」
事故現場を見に行ったあの日、いつの間にかロイヴェインは消えていた。ライナスとミルドレッドの間の道には自分たちがいたのに、すれ違いもしなかった。
見返すロイヴェインが、ふっと笑う。
「…南のほうに、用事を思い出してね。挨拶もできずに悪かったよ」
おそらく本当のことではないと感じたが、言うつもりがないこともその表情からわかった。
「ククルと何かあった?」
「聞きたいのはひとつじゃなかったっけ?」
これにも答えてくれるつもりはないのだろう、笑みを浮かべたままのロイヴェインが強引にテオの手を取って振る。
「よろしく、テオ」
見据える瞳に浮かぶのは、自分への先制。
内心息をつき、テオはその手を握り返した。
「こっちこそよろしく、ロイ」




