ロイヴェイン・スタッツ/茨の道
ミルドレッドまで戻ると、追っかけて来てくれてたんだろう、じぃちゃんが待ってた。
少し心配そうなその顔に、俺は笑う。
「忘れてくれるって」
そう報告すると、安心したようによかったなと返された。
帰り際。急に気が引けたんだろうか、苦手なものを食べさせてすみませんと謝ってくるククルに大丈夫だからと答えて。手を振ろうかと上げかけたら、びくりと身を引かれた。
ククル自身も驚いてて。重ねて謝られたけど。
忘れるって言ったって、そう簡単じゃないことは俺だってわかってる。
それでも最後は微笑んで、また来てくださいと言ってくれた。
最初はただ面白いと思って、反応がかわいくてからかってただけだった。
お人好しがすぎるくらい優しいのに、本人はどうにも甘えるのが下手なのがわかってきて。皆のおかげと笑う割には、寄りかかれずにひとりで立って。
そんな彼女を抱きしめたいと思い始めた頃には、きっともう、好きになってたんだろう。
気付くのが、遅すぎたけど―――。
午後発のゴードン行きの馬車には乗らず、今日はここで泊まることになった。家に帰るまでに、俺が落ち着く為の時間をくれるつもりなんだろう。
「で、お前はどうするんだ?」
宿の部屋に入るなり、唐突にじぃちゃんが聞いてくる。
「許してもらえて、それで満足か?」
「…俺にはもう、そんなこと言う資格も権利もないんだと思う。それくらいククルのこと傷つけたから」
俺の動きに怯えるククルの姿が頭から離れない。
耐えきれなくてうつむく。
「…でもさ。諦められる気がしないんだよ…」
無意識に怯えながら、それでも微笑んでくれた。それだけで、嬉しいと思えるくらい。
「気付いたらこんなに好きになってるとか、ホント、どうかしてるよ…」
「よくもまぁ、恥ずかし気もなく…」
呆れた口調だけど、じぃちゃんの声はいつもより優しかった。
「で、どうするんだ?」
「どうもしないよ」
二度目の質問に、うつむいたまま返す。
「まだ諦めたくないけど。理由もなく行ける程、受け入れてもらえなくなったことはわかってるから」
「建前はいい。ロイヴェイン。お前はどうするんだと聞いている」
じぃちゃんの声が強くなった。
わかってる。聞かれてるのは俺の覚悟。それはもう決まってる。
「俺は、諦めないよ。何もできなくても、まだそれだけはしない」
たとえそれが茨の道でも。俺自身が撒いた種なんだから、進むしかない。
言い切った俺に、じぃちゃんは少しだけ嬉しそうに、そうかと呟いて。
ぺしんと頭をはたかれる。
「なら少し手を貸してやる。断ろうと思ってたが、丁度いい」
じぃちゃんの笑みが何かを企むそれになった。
「忙しくなるぞ」
わけがわからず、でも俺の為に何かするつもりらしいじぃちゃんに、とりあえず礼を言った。
宿の部屋の中、ぼんやり座って片隅に置いた荷物を見る。
鞄の中にはあの水差しが入ってる。
ククルは俺にも忘れろって言ったけど、俺は自分のしでかしたことを忘れちゃいけない。
あれは俺の罪の象徴だから、戒めに置いとくことにした。
ククルには改めて、ククルの為に作るから。詫びも気持ちも思いっ切り込めて、俺の精一杯を作るから。
何だか空でも重たい水差しになりそうだと苦笑して。
いつか渡しに行けるのを待ちながら。
次に会うときに、ちゃんと笑って彼女の前に立てるように。
俺は俺として。もう自分を見失わないように。
とりあえず、家に帰ったら色々改めようと、そう思った。
夕食で、珍しくじぃちゃんから酒を飲もうと誘われた。ホントに俺のこと、心配してくれてるんだな。
じぃちゃんも年だし、俺もそこまで強いわけじゃないから、飲むと言っても食事と一緒に一杯ずつ。ベニーツィでのギルド員たちの飲みっぷりは、正直ちょっと憧れでもあるかな。
まぁ、英雄さんは早々に自分の事務員に潰されてたけど。
初見と違ってちょっとクセのありそうなあの事務員。間違いなく、ククルに気があるんだろう。
テオもいるし。ホント、俺の前にはどれだけの茨が生えてるんだか。
少し酔ったせいか、割と呑気に事実確認をしながら部屋に戻る。
「ところで、お前は一体何をしたんだ?」
戻るなり、じぃちゃんがそう聞いてきた。
「何?」
「ククルちゃんに。何をしたんだ?」
じぃちゃん、まだ気になってたのかと思いながら。
「絶対怒られるから言わないよ」
何も考えずにそう答えてから、気付く。
じぃちゃん! 俺に酒飲ませたのって!!
案の定じぃちゃんの眼光が鋭くなった。
「…儂が怒るようなことをした、と」
あぁもう…。絶対口割らされる…。
一気に酔いが醒めた。
だからじぃちゃん、ヘコんでる孫にひどいだろって!!
話を聞いたじぃちゃんは。
かなり本気の拳骨を落としてから。
「…お前もお前だが、ククルちゃんもククルちゃんだな…」
呆れたように、そうぼやいた。




